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スリラーバークの墓地、そこに一際立派な墓が建っていた。『RUMBAR・P』と記された猛々しいデザインのその墓はウソップとフランキーが建てたブルックの仲間達の墓だ。その墓の前にブルックは座り込み、ヴァイオリンで供養の曲を奏でていた。
少し前にはその隣にゾロもいた。ゾロはエニエス・ロビーの戦いで失った刀”雪走”をブルックの仲間達の墓の隣で供養して、ついさっき船へ帰っていった。ブルックも、もうすぐ終わるこの曲を弾き終えたら戻るつもりだ。彼もまた、先日の勝利の宴でルフィに誘われ、麦わらの一味に加入することになったのだ。
_~♪……
「………よし。」
「いい曲ですね。」
「うわっ!」
曲が終わり、立ち上がろうとしたブルックの背後からひょっこりエレインが顔を出した。ブルックは驚いて尻もちをつく。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんですけど。」
クスクスと笑ったエレインの背後には様々なものがふわふわ浮かんでいる。ノコギリの様な大剣、二つの輪斧、先の刃が曲がった曲剣、やたらと長い刀、弓、大小様々な鎧、極めつけはエレインが手に持っている鉄の仮面だ。
「それは確か将軍(ジェネラル)ゾンビの………」
「はい、知らない顔ではないので一応供養をと思いまして。昨日の宴の後、寝る前に身体は埋葬したのですが、やはり騎士である彼らには象徴たるこれも必要かと。」
そう言うとエレインは、彼らを埋葬したという墓地の片隅の場所に持ってきた剣やら鎧を飾り始めた。団長であるスレイダーの装備を中心に、それを囲むように他の団員の装備を配置。まるで戦闘時の陣形のように飾った後、盛り上がった土に『暁闇の咆哮、ここに眠る』と記し、手を合わせて拝んだ。
「………」
その背中をブルックはじっと見つめる。死体の状態からして、彼らはきっと百年単位で昔の人物だ。そんな彼らを知り合いではないにしろ知っているという。それも、「彼らは、どんな人達なのですか?」と尋ねると、「誇り高き聖騎士ですよ。私の知っている限りでは、陰謀に巻き込まれても、仲間を失っても、国や王に最後まで忠を尽くしました」と、まるで彼らの人格まで知っているようだった。
あの小さな少女は一体何者だろうとブルックは思う。ナミに聞くと、エレイン本人も詳しく分かっていないらしい。記憶を失って行くところがない所を自分と同じようにルフィに誘われ一味に加入したと。種族も妖精族で出生どころか年齢さえ定かではない。
でも騎士である彼らのことを知っていたり、ゾロの傷を治して見せたあの呪言の玉なるものといい、確かに自分達とは”違う世界”を生きたかのような、そんな振る舞いをする少女だ。
「…ブルックさん?」
「……えっ!? あっ! はい!」
いざ二人きりになると何と話しかけていいか分からず、悶々としているといつの間にかエレインの顔が目の前にあった。どうやら深く考え込み過ぎてしまったようだ。ブルックはまたも驚くことになった。
「私はもう船に戻りますけど、どうされます?」
「あっ、では私も一緒に…。」
ということで、ブルックとエレイン。二人は並んでサニー号へ帰ることになった。時折ブルックがエレインの方を見ると、エレインはクッション状態のシャスティフォルに抱きつき、時々大きなあくびをしたりして眠そうに飛んでいる。たまに横道にそれそうになるのをブルックが修正する。長い宴に付き合ったせいで眠くなっているようだ。この見た目相応の子供の様な仕草、とてもオーズを圧倒していた頼もしい彼女とは思えない。
その姿に、ブルックはラブーンの姿を重ねた。50年前、偉大なる航路(グランドライン)の入り口に残してきた子供のクジラ。麦わらの一味に入ったことを決意表明に、もう一度再会を誓った大切な仲間に彼女はどこか似ている。
ルフィのようにガンガン皆を引っ張るわけではない。けれど、嬉しい時、楽しい時、悲しいとき、苦しい時、いつもどこかに彼女がいる。一緒に笑って戦ってくれる。そんな存在に思えた。
「Zzz…はっ! すみません、またウトウトしてました。」
彼女がいれば、自分は頑張れる。ラブーンのことを思い出させてくれるエレインがいれば、自分はこの一味と必ず世界を一周することができる。そうブルックは思った。
◇
そうしてブルックが麦わらの一味に入って早数日、ブルックはサニー号の甲板をトボトボと歩いていた。仲間達の役に立とうと色々なお手伝いをしてみたものの、どれもこれも空回りしてしまっていた。サンジのもとで食器洗いをしてみれば危うく皿を割りかけ、ナミの海図製作を手伝えばかえって邪魔をしてしまい、あげくにウソップとフランキーの新開発の大砲にコーラと間違えて醤油を入れて壊してしまった。
麦わらの一味の一員になったものの、この船で自分はあまりお役に立てていない。そのことに落ち込みながら歩いていたブルック。ふと図書室前のナミのみかん畑の方を見るとみかんの木をじっと見つめるエレインの姿があった。
「……エレインさん?」
「………」
エレインは顎に手をあて、真剣な顔でみかんの木を一本一本観察している。やがて、うん、と頷くと畑の真ん中辺りに生えていた木を魔力を用いて引っこ抜いた。
ズボッ!
「え~~っ!?」
「ひゃっ!」
ブルックは飛び上がって驚いた。ナミがあのみかん畑をどれだけ大切にしているか知っていたからだ。時たまルフィなどがみかんを狙ったりもするが、その度にナミが鉄拳制裁を加えて死守していた。
ブルックは慌ててエレインのもとへ駆け寄ると彼女の肩を掴み、ブンブンと揺すった。
「何しているんですかエレインさんっ! ナミさんにっ! ナミさんに怒られちゃいますよっ!?」
「あのっ……いや……これは………」
エレインはブルックに事情を説明しようとするが、激しく揺すられているため上手く言葉が出せない。
ブルックはエレインの側にプカプカ浮かぶみかんの木を見てハッとすると急いでそれを抱く。
「とにかく、これを何とかしないとっ! ナミさんに見つからない内に!」
「私がどうかしたの?」
あたふたするブルック、そこに間の悪いことにナミが図書室から現れた。その手には海図製作の資料となる本を抱えている。その姿を見てブルックはびしっと固まった。元々骨なので白黒だが、ショックで全身が脱色して白黒になる。
「ナミさんっ! あのっ、これは違うんですよっ! きっとエレインさんも悪気があってやったわけではっ!」
「ああ、そういうこと。大丈夫、分かってるわよ。」
「……へ?」
思ってもみないナミの言葉にブルックは呆ける。ふと隣の妖精の少女を見るとクスクスと笑っていた。
「もう、慌てすぎですよブルックさん。私はただ、間引きをしていただけです。」
「間引き………ですか?」
ブルックが聞き返すとエレインは、ブルックが抱いている木を魔力で浮かせ、ブルックに良く見せた。
「ほらこの木、良く見てください。もうすっかり育ち切っちゃって老木、つまりおじいちゃんになっているんです。こういう木は畑から抜いておかないと土の栄養を取るばかりで他の若い木の成長を阻害してしまう。だからこうやって間引かなきゃいけないんです。」
言われてみればエレインの抜いた木は他の木と比べて幹に艶がなく、葉も少なくてしなしなだった。木全体もどこか弱々しく、他の木よりつけている実が明らかに少ない。
「エレインは妖精族の観察眼か何かでこういうことが見極められるみたいでね。たまに畑の様子を見てもらってるのよ。」
自分が早とちりしただけだと知ってブルックはホッと息を吐いた。考えてみれば仲間思いの彼女がナミの宝物を荒らすはずがなかった。
「なるほど、そういうことでしたか。」
「ええ、いつもありがとうねエレイン。」
「いえいえ。」
ナミに頭を撫でられたエレインは嬉しそうに目を細めた。
「そういえばエレインさん。この木はどうしましょう?」
「あ、それは切り分けて薪にしちゃいます。水分量が少ないのでよく燃えると思いますよ。」
「では、木材置き場へ運びましょう! お手伝いします!」
そう言ってブルックは元気よく立ち上がるとその老木を担ぎ上げた。その際、老木の後方が畑の若い木とぶつかる。
「あっ、その木は」
「へ?」
すると衝撃でその木からボトボトとみかんが落ち始めた。そのまま地面に落ちればたくさんのみかんが潰れてしまう。ブルックは老木を投げ捨てるとその木のもとへダイブした。だが、みかん達は着地寸前でピタッと停止、ブルックはただ土に頭から突っ込んだ。
「ぶへっ!」
「……っとと。この木は老木とはまったく逆でこの畑で一番元気なんです。なっているみかんはどれも果肉がぎっしり詰まっているので落っこちやすくなってましたね。」
「なら今が食べ頃ね。サンジ君にスイーツでも作ってもらいましょうか。」
左手で老木を、右手でみかん達を空中に浮かして制御しながらエレインはナミと談笑していた。やがて胸にたくさんのみかんを抱えてナミがキッチンへ向かうと、エレインはブルックへみかんを一つ差し出した。
「これナミさんからもらいました。一緒に食べましょう。」
二人はメインマストの根元のベンチに座り、みかんを一つずつ食べる。幸せそうに食べるエレインを見てブルックも一口いただく。噛んだ瞬間、果肉が一粒一粒潰れていく感触が伝わり、口の中が忽ちみかんの香りで満たされる。自家栽培の、それも船上で育てたみかんとは思えない味に思わず目を見張る。これはやはり、植物の専門家である彼女が日々管理し、観察したその賜物ということか。
「……何か悩んでらっしゃいますね」
「へっ!?」
唐突に話しかけられ、ブルックはエレインに振り向いた。スリラーバークでの事といい、彼女には驚かされてばかりだ。
「ごめんなさい急に。でも私、妖精なので……ブルックさんが何かモヤモヤとしているのが、分かってしまうんです。」
妖精族は人の心を読むことができる。50年前、ルンバ―海賊団として航海していた時、そんな種族がいることを聞いたことがあった。本人が言うには未熟さ故に完全に読むことはできないが、何となく相手の感情や思考を感じ取ることができるのだという。
ブルックは今の自分の悩みを打ち明けた。ルフィに誘われ、ラブーンとの再会を目的に麦わらの一味へ加入したはいいものの、皆の役に立てず、そればかりか逆に足を引っ張っているのではないかと。自分は、この船に乗って本当に良かったのかと。
それを聞いたエレインは目を閉じて、俯き、やがてフフッと笑った。
「船長にとって、私とブルックさんを仲間にした理由は一緒だと思いますよ。」
「え?」
それはブルックにとって意外過ぎる言葉だった。まだ加入したばかりとはいえ役に立てていない自分と、片や一味のあらゆる面でサポートをこなし、戦力的にも頼もしい彼女が同じ?
「私はですね、船長たちと出会った時にシャスティフォルを見せたんです。この指先一つで十の形態に変わる不思議な武器を。」
エレインが指をまるで指揮者のように振ると、クッションだったシャスティフォルが槍へ、熊へ、大量のクナイへと次々変化した。
「そうしたら船長、『おもしれ~』って言って飛びついて、その後『仲間になれよ』って。要するに手品師枠だったんですよ私。」
その光景がありありと想像できて苦笑するブルック。そして思う。自分も似たような経緯で誘われた記憶がある。確かに採用理由は同じだった。
「仲間になった後はちょうど今のブルックさんのように皆さんの役に立ちたくて、雑用係をやり始めたんですが、これも最初は上手くいきませんでしたよ? 錨は持ち上げられないわ料理は下手くそだわ刀を勝手に触ってゾロさんに怒られるわで。というか今でも直ってませんねこれ。」
まぁ何が言いたいかというと、とエレインは立ち上がって船首の方を見た。ブルックが壊してしまった大砲を組み立て直すフランキーとウソップの横でルフィとチョッパーが釣りをして遊んでいた。するとルフィが釣りあげた大きなカジキが大砲に直撃してまた壊してしまい、二人揃ってフランキーとウソップに追いかけまわされていた。
「あまり暗くならずに、思いのままこの船で過ごしてみてください。いつの間にか染まり、染められてますから。」
ストン、とエレインの言葉が抵抗なく飲み込めた気がした。この船に乗っている人は誰もが活き活きとしている。それは本来混じり合うことのなかった個性が不思議な力によって何かを欠くことなくまとまっているからだ。そしてその力の正体は、一つは船長であるルフィの存在感と大きな器。そしてもう一つは一味を見守り、支えるエレインであるとブルックは理解した。
ルンバ―海賊団も、ヨーキ船長一人がまとめていたわけではない。船員の、船の後ろにはいつだってラブーンがいた。ヨーキ船長の背中を見て歩みながら、その背をラブーンが見守り、支えてくれていた。
麦わらの一味雑用係、妖精族エレイン。彼女はやはり、ラブーンとよく似ている。
おまけ
~~虚飾の皿~~
「いやぁ、今日もご馳走様でした。」
サニー号のダイニング。夕食を終えたブルックは満足気に食器を置いた。いつ食べてもサンジの作る料理は絶品である。
「「「………」」」
しかし、同じく食事を終えた仲間達の顔色が優れない。美味しい食事の後だというのに、あのルフィでさえまるで処刑を待つ下手人のようだ。
「? 皆さん、どうかし_」
「はぁい、ブルックさん。今日はもう一品あるんですよ♪」
ふわりと現れたエレインがブルックの前に皿を置いた。それはハチミツとクリームがたっぷり乗った美味しそうなパンケーキだ。ルフィ達の前にも一皿ずつ同じものが置かれていく。しかし、配膳するサンジはどこか申し訳なさげだ。
「デザート付きですか。今日は豪勢ですね。」
ブルックは早速パンケーキを切り分けて口へ運んだ。まろやかな甘みがすぐに口いっぱいに広が___らなかった。
「うっ…!?」
「ふふんっ、私とサンジさんが腕によりをかけて作った特製パンケーキです。皆さん、味わって食べてくださいね♪」
まるで爆竹を食べたかのように口内を攻撃する爆発的な味。すぐに水をがぶ飲みして流し込んだが、まだ口の中で火花がバチバチと散っている。
「ハァ…ハァ…こ、これは……?」
「はは、ブルック。引いちまったか?」
ブルックの隣に座る、死んだ魚の目でフォークを持つウソップが教えてくれた。
今日は第二土曜日、食後に”虚飾の皿”が出る日だと。この習慣が始まったのはエレインがサンジに料理を教わり始めてしばらく経った頃。一流コックのサンジがいくら教えても劇物しか作れないエレイン。こんなものを食べさせては船員の命にかかわるが、海のコックとして矜持を持つサンジはいくら失敗料理とはいえ食料を処分して粗末にすることはできない。
そこで考案されたのが”虚飾の皿”というイベントだ。食料の無駄をなくすため、エレインがサンジに料理を教わる日を毎月の第2、第4土曜日に定め、夕食後、彼女が作った料理が二皿、サンジの作ったお手本料理に混じって出されるというもの。エレインの料理は味は最低だが見た目だけはサンジのものと比べて見分けがつかない。目の前にあるのは絶品料理か、劇物か。いわば一種のロシアンルーレットなのだ。
「うんぎゃあぁぁっ!! 舌が! 舌が破裂するっ!!」
ちなみに今日のもう一人の被害者はチョッパー。号泣しながら牛乳を流し込み、何とか刺激を和らげようとしている。前回はナミとフランキーが、前々回はルフィとロビンが被害にあったらしい。
苦しむブルックとチョッパー。その姿を他の皆は見ることしかできない。助けに入れば最後、自分もあの地獄を味わうことになるからだ。
「もぐもぐ…。う~ん、卵とオーブンの火力が強すぎましたかね? よしっ、この失敗を次に活かしましょう!」
その惨状を作り出した元凶は呑気に反省会。その様子を見てサンジは口元をヒクつかせる。少なくとも、あの劇物を食べて何の拒否反応も示さない舌を交換しない限りエレインの料理が上達することはないだろう。