みほと共にここ、大洗女子高に転校して早三日が経った。
私達が元黒森峰でみほが啖呵を切って辞めたことはほぼ学校中に知れ渡っている。
本日の午後には生徒会が全校生徒を体育館に集合させて、戦車道復活を宣言するらしい。
「何処行っても落ち着かないわ」
学校中に私とみほの顔は知れ渡っている。
お陰で何処行っても携帯を向けられ、黄色い悲鳴を上げられる。私もみほもチョットした有名人なのだからしょうが無い。
私は余りに鬱陶しい取り巻きから逃れるためにみほと二手に分かれて午後の会が始まるまで逃げ回ることにしたのだ。
流石のみほも此処まで追われると辟易した様子だった。
私は余り人気のなさそうな特別教室が建ち並ぶ学舎に来ていた。理科室、家庭科室、技術室。そう言った少々特殊な器材や実習を行うために必要な環境が揃えられた教室が並んでいる。
「ん?」
耳を澄ませて周囲の物音に警戒していると、人の話し声が聞こえる。慌てて隠れ音源を突き止めると、どうやら、トイレから聞こえる。
何を言っているのか分からないが、取り敢えず、甲高い笑い声と話は話し合いと言うよりも、1人に対して複数人が何かを言っている様であった。
「アンタ、ニシズミとか言う奴とイツミとか言う奴知ってるわけ?」
「は、はい……お二方は黒森峰の有名な戦車道の選手でして、特に西住さんは西住りy「知らねぇよ!」
ドンと音がし、私とみほの説明をしていたであろう少女の悲鳴も聞こえた。多分、突き飛ばされたのだろう。
多分、イジメの現場に遭遇したのだ。
面倒臭い所に出会してしまった。ここは一つ、見つかる前に撤退させて貰う。
「や、止めて下さい!」
「アンタキモいのよ!
いつも戦車戦車って」
「イマドキ戦車道なんて流行んないわよ!」
「どうせそのニシズミとか言う奴だってアンタみたいにキモ「其処までにしておきなさい」
みほを侮辱されそうになって思わず出てしまった。何やってんのよ私……
「はぁ?アンタ誰よ?」
「あ?何時も戦車戦車言ってるキモイ奴の一人よ。名前は逸見エリカよ!覚えておきなさい!」
私が名乗るといじめっ子共は怯んだように一歩退いた。ふん、雑魚ね。
「アンタも、何こんな屑みたいな奴等にいじめられてるのよ。
戦車好きなら、この程度連中に負けてるんじゃ無いわよ」
いじめられていたと思われる頭モジャモジャ少女を睨む。モジャモジャ少女はすいませんと謝るのでこっち来なさいと呼んでおく。
勿論、文句を言おうとするので、携帯を見せる。
「これにあんた達がいじめていたシーンが入ってるから。
変な事考えたら、あんた達はこの学校にいれなくするわよ?」
良いわね?と念を押すといじめっ子共は頷くしか無かった。
それからモジャモジャ少女を連れてこの場から速やかに撤退。取り敢えず、校舎裏までやって来る。
「怪我はない?」
「え?あ、はい!ありがとうございます」
モジャモジャ少女は頭を下げるので髪に付いていた埃を払ってやってやる。
「アンタ、名前は?」
「あ、秋山優花里です!
逸見エリカさん!」
「優花里ね、分かったわ。クラスは?」
それから色々と情報を聞き出す。クラスは隣、入学した頃からいじめられていた。趣味のせいで友達が居たこと無く、いじめられてるとは分かっていたが、自分にかまってくれる彼女達には嫌とは言えなかった。
等々可哀想を通り越して哀れしか残らない青春を聞き出した。
「アンタ、あんな変な連中と絡むぐらいなら私が友達になってあげるわよ。
毎時間、私のクラスに来なさい。アンタの戦車の話につきあってあげるわよ。そこら辺の奴等よりも話が分かるわ」
わたしが告げると優花里はボロボロと泣きながらありがとうございますと頭を下げた。
「ちょ、ちょっと!止めなさいよ!私が「エリカ!何やってんのよ!」
振り返るとみほと知らない女子が二人立っている。
「何もやってないわよ!?」
泣いている優花里の頭を撫でながら、今あったことを要約するとみほはホウと目を細める。
それから優花里の頭をモジャモジャやりながら私を見た。
「これは素晴らしいモジャモジャ……
エリカさん、貴女は素晴らしい人材を見付けてきましたね!」
みほが目を輝かせて私を見る。みほの趣味は分からない。ボコられグマとか言う包帯を巻いた熊が好きと言ったり、よく分からないのだ。
「取り敢えず、体育館に移動しましょう。
この後、生徒会が何やら重大発表をするそうですよ」
黒髪の美しい少女が穏やかに告げる。何やら花の香りがした。
「そうだった。
えっと、逸見エリカさんに……」
隣に居る茶髪の少女が優花里を見る。優花里に自己紹介しなさいと告げると、秋山優花里と答えた。それに呼応するように黒髪の少女が五十鈴華と名乗り茶髪の少女は武部沙織と名乗った。
話を聞くと、花壇に逃げ込んで花を頭部やら肩やらに差しで潜んでいたところを華が見付けたそうだ。何やってんのよ、本当に……
「ドーランと迷彩服三型が有れば簡単に偽装できるんだよ?」
知らんがな。
「此処が体育館だよ」
沙織が私達の前に出て告げる。何の変哲も無いかまぼこ形の体育館が目の前に現れる。入り口では風紀委員と書かれた腕章をしている。
彼女達が入場する生徒達を誘導しているのだろう。
私達も彼女達の誘導に従って体育館の中に入った。
(゜Д゜)
まぁ、結果から言うと不自然しか残らない勧誘であった。
戦車道を選択すれば遅刻取り消しだの授業免除だのと夢のような話であり、みほもそれに関しては苦笑していた。
そして、ホームルームには新たに選択科目の用紙が配られ、これでもかと戦車道を目立たせて書いてあるのだからあきれて物も言えなかった。
「取り敢えず、軍馬殿の様子を見るべ」
放課後、私はみほと共に生徒会のメンバーと共に戦車の様子を見に来た。赤レンガの倉庫は確かに戦車や大型の車両を入れるための物で、倉庫の前の道はRC道であった。
「動くの?」
「分からん。まず履帯ねーべ?次にさび浮きすぎだべ?
つーか……手入れすらされてねーべよ。やばいんじゃね?」
みほは割と真面目な顔で戦車、4号戦車に駆け寄った。皮手を嵌め、工具箱を開き二ポンドハンマーで転輪や誘導輪、起動輪を叩いて確かめる。
私もウエス片手にエンジンルームに登り、油脂系の確認作業。
「……油は抜いてあるわね」
「ボルトはタップリグリス塗ってあったらしくて強力有れば弛めれるべ。
配線系も確り防水処置してあったから外見ほどひどくねーべよ」
みほは朗らかに笑い表面にさびの浮いた装甲板を撫でた。
「パークに置かれた74とどっこいどっこいだな。
DSは居るべ?」
みほが会長である杏に尋ねるとでぃーえす?と首を傾げられた。DS、ダイレクトサポートの略で日本語に直すと直接支援だ。
自衛隊の編制で直接支援連隊という部隊があり、そこから各師団の単一職種連隊へ直接支援中隊が分けられていく。
普通科なら普通科直接支援中隊が、戦車なら戦車直接支援中隊がある。そして、やることは概ね整備であり、みほはそこから整備隊をDSと呼んでいる。
黒森峰では完全に戦車乗りと整備員は別れていたので、整備は基本的に整備隊任せだった。
「一応、自動車部に戦車の整備は渡りを付けてあるけど、如何せん向こうも戦車の整備は初めてだって言うからね~
もしかしたら2人には整備も手伝って貰うかも」
「それは構わないけどパーツは買えるの?」
戦車のパーツや油脂系、燃料は消耗品故にある程度の安さはあるが、それでもこれを直す為に購入するとなればなかなか金が掛かる。
「大丈夫、そこは何とかする」
杏はにやりと笑うと明日から仮登録が始まるからよろしく、今日は帰って良いよと告げた。
私とみほは手を洗ってから帰路に着くことにした。
帰る途中の校門、見覚えのあるモジャモジャシルエットが校門脇に佇んでいるのが見える。
「優花里さん」
「優花里ね」
「はい!優花里です!」
優花里は私達に気が付くと人懐っこい笑みを浮かべて此方に駆け寄ってくる。みほはそんな優花里をモシャモシャと撫でると満足したように頷いた。
「で、アンタこんな所で何やってるのよ」
「お二人をお待ちしていました!
お二人は戦車道をおやりになるのですよね!」
「勿論!優花里さんもやるんでしょ?」
みほはニコニコ顔で告げる。みほの問いに優花里は勿論です!と頷くも、少しシュンとした表情で言葉を続ける。
「自分のようなただ戦車が好きと言うだけの者が西住さんや逸見さんのような全国大会出場をしたような方と同じ戦車に乗るのは烏滸がましい事ですが……」
「関係ないよ!」
みほは優花里の頭をモジャモジャとやる。
「優花里さんは戦車が好きなんでしょ?
だったら戦車道を歩むには十分だよ!それに、好きこそ物の上手なれって言うし」
「下手の横好きって言葉もあるけどね」
言うとみほに脇腹をド突かれた。
「でもまぁ砲手、操縦手はセンスに依る所も有るけど、装填手と通信手は弾の種類や通信接続さえ覚えればセンス要らないから最悪、其処でも頑張れるわよ」
「大丈夫大丈夫。
戦車乗員は一人でも欠けたら戦車は戦えないから。どの役職に付いても重要な役割だよ」
みほは私のお尻をこれでもかと握り締めながら告げる。
「あ、アンタにセンスが在るかどうかはまだ分からないけど、希望を持って戦えば良いわよ」
「はい!ありがとうございます!」
優花里が本当に良い笑顔で告げた。
「アンタの笑顔、良いわね」
「ふぇ!?」
優花里が驚いた顔で私を見ると同時に脇腹に中々良い感じの衝撃を受けた。
「フグゥ!? 」
「あ、優花里さん、私達の寮はこっちだから。
また明日学校で会おうね!これ、私の携帯番号とメルアドにラインね!」
「あ、はい、ありがとうございます!
また明日!」
私はみほに肩を担がれる感じで何とか優花里に手を振るが、それがやっとで喋ることは叶わなかった。
代わりに脇でニコニコ顔で手を振っているみほを睨むと、向こうもこっちを睨んできた。
「何で優花里に色目使ってるのよ!犯すぞ」
「私が何時、優花里に色目使ったのよ!」
「ほーほーほー、しらを切るおつもりですか、そーですか。そんな悪いエリカにはボコの刑ですね」
「はぁ!?
ちょ!ま、待ちなさいよ!ボコの刑は止めなさいよ!聞いてるの!?」
恐ろしいほどの怪力で私はみほの部屋に引き摺り込まれた。
因みにボコの刑とは、私を裸にひん剥いて、包帯やら絆創膏を使って怪我もしてないのに拘束されるのだ。そして、一晩中、みほの看病を永遠と受けさせられる恥辱刑の一種である。
これは中学二年の夏、私が戦車整備中に足を滑らせて全治二ヶ月の捻挫を負った際にみほが大激怒し、足に包帯を巻いて車椅子に乗った私をボコに見立てて“介護”したのが始まりである。
他にも何か包帯をした生徒や物貰いで眼帯をした生徒を見掛けるとボコ扱いをしようとする。そして、一ヶ月に一回はこのボコをやらねばみほは可笑しくなるのだ。
そして、その犠牲は私になる。特にボコの刑はトップクラスで嫌なのだ、が、みほの中では既に決定事項らしく、意気揚々と私を縛り上げて段ボールから包帯やら絆創膏を取り出していた。
あ、三角巾と止血用ガーゼ……これは長い戦いになるわね、耐えるのよエリカ。