俺の顔に免じて許して下さい。
早朝。
身体と脳の休眠状態を終了。一般的には眠りから覚めた、と言うべきなのかもしれないけど、僕達は眠っている間もある程度の情報は感知できるからね。
同時に脳に流れ込む情報量を増加。脳内の瞳を拡大する。
眠っている状態よりも、より多くの事物を感知し、鎮守府全域に異常が無いことを確認。……今日も何かが入り込んでいるようだ、後で見に行かないと……。
朝の情報収集を終了。情報の収集範囲を制限。
普段通り、僕自身を中心に半径十数メートル。透視、読心、予知……、そういったものの範囲の制限はマナーだ。
あまり範囲を広げ過ぎると、見るべきでないものまで見えてしまうから。知り過ぎは身を滅ぼすものさ。
さて、おはよう、提督。
隣で寝ている提督を起こし、提督の綺麗な目を見つめて、声をかける。
「おはよう、時雨。……警護は午後からで良いのに、昨日の夜から悪いね」
今日は午後から、身辺警護をするように命じてもらった。
しかしこれは、僕達と親交を深める為の口実だ。態々気を遣ってくれたんだね、提督は。嬉しいよ。
ほら、皆んなも起きて。警護の前に鎮守府の見回りだ。
「……声を出さないでも、テレパスで起こせば良くない?」
いやいや、声は大事だ。確かにもう、声を出さずとも、脳内に直接語りかけるくらいは簡単にできる。でも、あまりやり過ぎると人らしさを失うからね。
艦娘という人を超えた身でありながら、人らしさを失わず、人の振る舞いをする。ふふ、大事なことだよ。
例えそれが児戯に等しかろうとね。
人間性を失えば、僕らは獣に劣るだろうから。ただ強いだけの獣はこの鎮守府には不要なんだ。
さあ、今日も人らしさを失わずに、提督の為になることをしようじゃないか。
……とっとと起きなよ、村雨。
何?あと二時間?全く、まだまだ啓蒙が足りていないね、君は。
朝。
見回りだ。白露型の狩りを見るといい。
「ま、待てよ、俺はスパイなんかじゃねえ!ほんのイタズラのつもりで入り込ん」
成る程、君は陸のスパイか。
「……な、何を言って」
第六特殊偵察部隊、◾︎◾︎少将の私兵。
「……な、何を」
迂闊だ。いっそ憐れなくらいに迂闊だ。閉ざされてもいない心のままここに入り込んだのかい?僕には見えていると言うのに。
「ま、待てよ、待ってくれ、本当に俺は……」
年齢は27歳、階級は曹長。目的は偵察。黒井鎮守府の機密の奪取。
「……い、いや、俺は……」
母は他界、父親と兄。恋人はいない。
「………………」
任務成功の暁には二階級特進、特別手当も出る……?参ったな、その程度の理由で命を捨てるのか。
「……な、何で知ってる?!お、お前、何をした?俺に何をした?!」
……ああ、君は浅いんだ。思考の次元が低過ぎる。表面を見れば内側まで分かるんだ。
「………………クソッ!!!」
おまけに脆い。
「ッあ、痛え!痛えよ!!手がぁ、俺の手ぇ!!!」
目も濁っていて、美しくない。脳に瞳は無く、啓蒙も持ち得ない。
「うあっ、痛え、痛えよ、折れちまった、手が、手が……」
……だが、分かるよ。
「……ッ?!!わ、分かった、もうやめてくれ、直ぐに帰る、帰るよ。もう機密なんて要らない、要らないから」
秘密は甘いものだ。
「……おい、やめろ、やめてくれ、帰るって言ったろ、なあ」
だからこそ……、
「やめろ、やめろ!やめろやめろやめろやめろ!!!ぎいっ」
……恐ろしい死が必要なのさ……。
「あああ、あああああああああああ!!!!!」
……愚かな好奇を、忘れるような、ね……。
……ここはもう充分だね。この男はもう何もできないだろうし。何も、ね。
次に行こうか……。
『時雨姉』
……何だい、江風。
『さっきそこでぺこぽん?がどうこうとか言ってるカエルみたいなの捕まえたんだけど……』
……瞳を拡大。
『いや、ちょっ、は、離すであります!我輩は怪しい宇宙人では……』
『コラ、暴れんな!!』
……うーん。
まあ、提督に引き渡す、かな……?
午前。
「いやーっはっはっはっは!部下が失礼したな、軍曹殿!」
「ゲーロゲロゲロ!なんのなんの!気にする必要はないであります!」
ああ、よかった。この生き物、提督の知り合いだ。大抵、こういうよく分からないものは提督に見せた方が上手くいく。
この前なんて阪本と名乗る、喋る黒猫が訪ねて来たからね。黒猫が。……悪意が無さそうなら提督に引き渡すのが正解、かな。
目を見れば悪意の有無くらいは分かるしね。
「手間をかけたな、時雨。この人は、そう……、取引先だ。殺られると困る」
うん、何となくそんな気はしてたよ。
「因みに買ったのはこれ。万能兵器化飲料ナノラ。ナノマシンの集合液でな。その名の通りかけたものを何でも兵器に出来るんだ」
……へえ。提督にしては物騒なものを買ったじゃないか。
「いや?前々から買ってるぞ?何せ、これを明石、夕張作のプラモデルにぶっかけて鎮守府近海に放つことによって、近海の防衛ラインを形成をしているからな」
……じゃあ、何かい?
この鎮守府を守るあの無人兵器群は……。
「ああ、元はプラモデルだね」
うわあ、初めて知った。そして知りたくなかった。やはり知識は時に毒にもなる。何事も知り過ぎてはならないものだね。
「でも、物量的にはかなりのもんだし、質もそれなりだし。……深海棲艦の厄介さは深海から無限湧きすることだろ?物量に対抗できるのは同じく物量か、君達艦娘という圧倒的な個のどちらかなんだよ」
確かに、深海棲艦の一番の脅威は、たまにいる鬼クラスのような個体の強さよりも、大量に湧いて出る群の物量だ。
海から出現すること、恐れを知らないこととかも厄介な点だけど……。
「ゴキブリの如く湧いて出るからね、深海棲艦は。一匹見たらなんとやら、だ。そりゃ正義の味方も軍隊の皆さんもまともに相手しない訳だ。……もちろん、俺達だってまともに相手したら物量ですり潰されちまう。だから、ある程度の頭数は必要なのさ」
そう言って提督は、手元にある戦闘機のプラモデルに先程の謎の液体を振りかけて、窓から投げた。
「そぉい!!!」
すると、プラモデルの戦闘機は宙空で光に包まれ、本物になって飛んで行った。
「……と、まあ、このように防衛ラインを形成しておるのじゃよ」
……そっかー。
昼。
今朝は、知りたくなかった新事実を知ってしまった。
知ってしまったからには、やはり不安だ。
だからこうして、確認しに来たんだ。僕の瞳なら、兵器の良し悪しくらいは見抜けると思う。……尤も、提督ほどの瞳は持ち合わせていないけどね。まだまだ啓蒙が足りないね、僕も。
勿論、出撃は済ませた。一日百体程度のノルマ、容易く達成できる。提督が言うには、うちはゲゲル方式を採用している、だとか。仮にノルマを達成せずとも爆死はしないらしい。何の話かな?
「不安?でも、砲台や一部戦艦はちゃんと造ったものなんだよ?」
確認には、提督も面白がってついて来た。
因みに、ちゃんと造った兵器はどのくらいの割合なのかな?
「三割くらい」
……そっかー。
不安だなぁ。ナノマシンによる急造品の質も安定性も確かに確認したけど……。
「大丈夫大丈夫、ケロン星人の科学力は確かだから」
いや、知らないけど。
如何に提督が大丈夫と言っても、保安に関わることで手は抜けないよ。提督の安全より大切なものはないのさ。
「悪いね、なんか」
良いんだよ、提督。君さえ無事なら、ね。
午後。
鎮守府の裏にある山。首輪付きけものと呼ばれる、小さな白い獣が管理する地域。
提督は、綺麗な黒い目を輝かせて、言った。
「最近、梅の花が咲いてさ。皆んなで見に行こうと思ってたんだよね。ここ、並みの自然公園以上に管理が行き届いてるからさ」
ふふっ、じゃあこれはデートかい?
「そうとも言うね。……二人きりじゃなくって悪いけど」
良いよ。白露型の皆んなは同胞、半身とも言えるくらいだ。一緒にいて苦にならないさ。
「そうかい?なら良かった。仲良しなのは良いことだ」
ん、撫でてくれるのかい?……うん、気持ち良いよ。
「あー!私も撫でて欲しいっぽい!」
……夕立、もうちょっと、もうちょっと待って。あと五分だけ。
「わ、私も提督に撫でて欲しいかなーって」
「あ!姉貴達!抜け駆けは駄目だぞ!提督は皆ンなで共有するンだからな!!」
わ、分かってるよ、江風。
夕方。
「……そろそろ帰ろうか」
うん、そうだね。日も暮れてきた。
「夕陽、綺麗だねぇ……」
微笑を浮かべながら、地平線を見つめる提督。
白髪が夕焼けのオレンジに染まって。
黒色の目が太陽の赤を映して。
……君の方がずっと綺麗だ。
「……おお、ちょっとドキッとしたな。カッコいい口説き文句だ」
ああ、ごめんよ、口に出てたかい?
「耳はいい方なんでね。褒め言葉は聞き逃さないのだよ」
そう言って、風に揺れる白髪を手で押さえ、僕に目を向ける提督。
……なんて、綺麗な目なんだろう。
まるで黒曜でできた万華鏡みたいだ。
「でも、そう言うのは男の子の台詞じゃん?……だから、時雨。君はあの赤い夕陽よりも美しいよ」
そして、暖かな言葉。
やめてよ、提督、そんなことされると……。
「……時雨?」
欲しく、なっちゃう。
ああ、ああ、駄目だ。
僕は狗なのに。
抑えが、効かない。
「どうした、時雨?」
黒を。
暖かな黒を。
陽光を宿したその黒を。
「何で顔を触るんだ?」
黒く輝いているんだ。
白い闇、確かな朧月、静謐な騒乱。
全てを秘めていて、讃えていて、愛している。
「俺の顔に何か……、ああ、そうか」
「あげるよ、時雨」
夜。
「時雨、また『貰った』っぽい?」
責めるような口調の夕立。
うん、まあ、『貰った』よ。催促したみたいで、悪いんだけど。
「我慢した方が良いんじゃない?」
それは無理じゃないかな。
僕も、皆んなも。
今日だってそうだ。あのままだと、提督に魅せられて、無理矢理に抉り取ってしまっていたかもしれないし。
大体、夕立だって『貰った』じゃないか。
「赤を少しだけっぽい!提督をちょーっと齧って、舐めただけ!」
量の問題?
「部位の問題じゃないかな……」
ああ、山風。
君は白を一房『貰った』のかい?
「うん……。綺麗な白色だから、編んで紐にして、ミサンガにするの」
それは素敵だね。
「時雨姉は、黒を『貰った』の……?」
そうだよ、ほら。
スプーンで綺麗に抉り取って貰った後は、神経を丁寧に剥がして、その後に透明なガラスの筒に入れて、ホルマリンを流し込んだんだ。
「わあ、綺麗……」
ふふ、そうさ。
世界で一番、綺麗な黒だよ……。
「にしても、提督、片目で大丈夫なの?」
一晩寝れば治るってさ。
時雨
相手が常人なら目を合わせるだけで発狂させることが可能。
夕立
殺気で人を殺せる。
白露型
番犬。脳内に概念的な瞳を持つ。それにより、未来予知並みの直感や透視、読心を行う。
軍曹
ケロン人。まるで侵略が捗らない。
阪本
黒猫。
旅人
再生するからええやろ、くらいの気持ち。