旅人提督の世界征服までの道程   作:ハードオン

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疾走する気はあっても、失踪するつもりはありません。しかし、最近は忙しいので、突然更新できなくなったりもします。

俺の顔に免じて許して下さい。


153話 世界で一番綺麗な黒

早朝。

 

身体と脳の休眠状態を終了。一般的には眠りから覚めた、と言うべきなのかもしれないけど、僕達は眠っている間もある程度の情報は感知できるからね。

 

同時に脳に流れ込む情報量を増加。脳内の瞳を拡大する。

 

眠っている状態よりも、より多くの事物を感知し、鎮守府全域に異常が無いことを確認。……今日も何かが入り込んでいるようだ、後で見に行かないと……。

 

朝の情報収集を終了。情報の収集範囲を制限。

 

普段通り、僕自身を中心に半径十数メートル。透視、読心、予知……、そういったものの範囲の制限はマナーだ。

 

あまり範囲を広げ過ぎると、見るべきでないものまで見えてしまうから。知り過ぎは身を滅ぼすものさ。

 

さて、おはよう、提督。

 

隣で寝ている提督を起こし、提督の綺麗な目を見つめて、声をかける。

 

「おはよう、時雨。……警護は午後からで良いのに、昨日の夜から悪いね」

 

今日は午後から、身辺警護をするように命じてもらった。

 

しかしこれは、僕達と親交を深める為の口実だ。態々気を遣ってくれたんだね、提督は。嬉しいよ。

 

ほら、皆んなも起きて。警護の前に鎮守府の見回りだ。

 

「……声を出さないでも、テレパスで起こせば良くない?」

 

いやいや、声は大事だ。確かにもう、声を出さずとも、脳内に直接語りかけるくらいは簡単にできる。でも、あまりやり過ぎると人らしさを失うからね。

 

艦娘という人を超えた身でありながら、人らしさを失わず、人の振る舞いをする。ふふ、大事なことだよ。

 

例えそれが児戯に等しかろうとね。

 

人間性を失えば、僕らは獣に劣るだろうから。ただ強いだけの獣はこの鎮守府には不要なんだ。

 

さあ、今日も人らしさを失わずに、提督の為になることをしようじゃないか。

 

 

 

……とっとと起きなよ、村雨。

 

何?あと二時間?全く、まだまだ啓蒙が足りていないね、君は。

 

 

 

 

 

朝。

 

見回りだ。白露型の狩りを見るといい。

 

「ま、待てよ、俺はスパイなんかじゃねえ!ほんのイタズラのつもりで入り込ん」

 

成る程、君は陸のスパイか。

 

「……な、何を言って」

 

第六特殊偵察部隊、◾︎◾︎少将の私兵。

 

「……な、何を」

 

迂闊だ。いっそ憐れなくらいに迂闊だ。閉ざされてもいない心のままここに入り込んだのかい?僕には見えていると言うのに。

 

「ま、待てよ、待ってくれ、本当に俺は……」

 

年齢は27歳、階級は曹長。目的は偵察。黒井鎮守府の機密の奪取。

 

「……い、いや、俺は……」

 

母は他界、父親と兄。恋人はいない。

 

「………………」

 

任務成功の暁には二階級特進、特別手当も出る……?参ったな、その程度の理由で命を捨てるのか。

 

「……な、何で知ってる?!お、お前、何をした?俺に何をした?!」

 

……ああ、君は浅いんだ。思考の次元が低過ぎる。表面を見れば内側まで分かるんだ。

 

「………………クソッ!!!」

 

おまけに脆い。

 

「ッあ、痛え!痛えよ!!手がぁ、俺の手ぇ!!!」

 

目も濁っていて、美しくない。脳に瞳は無く、啓蒙も持ち得ない。

 

「うあっ、痛え、痛えよ、折れちまった、手が、手が……」

 

……だが、分かるよ。

 

「……ッ?!!わ、分かった、もうやめてくれ、直ぐに帰る、帰るよ。もう機密なんて要らない、要らないから」

 

秘密は甘いものだ。

 

「……おい、やめろ、やめてくれ、帰るって言ったろ、なあ」

 

だからこそ……、

 

「やめろ、やめろ!やめろやめろやめろやめろ!!!ぎいっ」

 

……恐ろしい死が必要なのさ……。

 

「あああ、あああああああああああ!!!!!」

 

……愚かな好奇を、忘れるような、ね……。

 

 

 

……ここはもう充分だね。この男はもう何もできないだろうし。何も、ね。

 

次に行こうか……。

 

『時雨姉』

 

……何だい、江風。

 

『さっきそこでぺこぽん?がどうこうとか言ってるカエルみたいなの捕まえたんだけど……』

 

……瞳を拡大。

 

『いや、ちょっ、は、離すであります!我輩は怪しい宇宙人では……』

 

『コラ、暴れんな!!』

 

……うーん。

 

まあ、提督に引き渡す、かな……?

 

 

 

 

 

午前。

 

「いやーっはっはっはっは!部下が失礼したな、軍曹殿!」

 

「ゲーロゲロゲロ!なんのなんの!気にする必要はないであります!」

 

ああ、よかった。この生き物、提督の知り合いだ。大抵、こういうよく分からないものは提督に見せた方が上手くいく。

 

この前なんて阪本と名乗る、喋る黒猫が訪ねて来たからね。黒猫が。……悪意が無さそうなら提督に引き渡すのが正解、かな。

 

目を見れば悪意の有無くらいは分かるしね。

 

「手間をかけたな、時雨。この人は、そう……、取引先だ。殺られると困る」

 

うん、何となくそんな気はしてたよ。

 

「因みに買ったのはこれ。万能兵器化飲料ナノラ。ナノマシンの集合液でな。その名の通りかけたものを何でも兵器に出来るんだ」

 

……へえ。提督にしては物騒なものを買ったじゃないか。

 

「いや?前々から買ってるぞ?何せ、これを明石、夕張作のプラモデルにぶっかけて鎮守府近海に放つことによって、近海の防衛ラインを形成をしているからな」

 

……じゃあ、何かい?

 

この鎮守府を守るあの無人兵器群は……。

 

「ああ、元はプラモデルだね」

 

うわあ、初めて知った。そして知りたくなかった。やはり知識は時に毒にもなる。何事も知り過ぎてはならないものだね。

 

「でも、物量的にはかなりのもんだし、質もそれなりだし。……深海棲艦の厄介さは深海から無限湧きすることだろ?物量に対抗できるのは同じく物量か、君達艦娘という圧倒的な個のどちらかなんだよ」

 

確かに、深海棲艦の一番の脅威は、たまにいる鬼クラスのような個体の強さよりも、大量に湧いて出る群の物量だ。

 

海から出現すること、恐れを知らないこととかも厄介な点だけど……。

 

「ゴキブリの如く湧いて出るからね、深海棲艦は。一匹見たらなんとやら、だ。そりゃ正義の味方も軍隊の皆さんもまともに相手しない訳だ。……もちろん、俺達だってまともに相手したら物量ですり潰されちまう。だから、ある程度の頭数は必要なのさ」

 

そう言って提督は、手元にある戦闘機のプラモデルに先程の謎の液体を振りかけて、窓から投げた。

 

「そぉい!!!」

 

すると、プラモデルの戦闘機は宙空で光に包まれ、本物になって飛んで行った。

 

「……と、まあ、このように防衛ラインを形成しておるのじゃよ」

 

……そっかー。

 

 

 

 

 

昼。

 

今朝は、知りたくなかった新事実を知ってしまった。

 

知ってしまったからには、やはり不安だ。

 

だからこうして、確認しに来たんだ。僕の瞳なら、兵器の良し悪しくらいは見抜けると思う。……尤も、提督ほどの瞳は持ち合わせていないけどね。まだまだ啓蒙が足りないね、僕も。

 

勿論、出撃は済ませた。一日百体程度のノルマ、容易く達成できる。提督が言うには、うちはゲゲル方式を採用している、だとか。仮にノルマを達成せずとも爆死はしないらしい。何の話かな?

 

「不安?でも、砲台や一部戦艦はちゃんと造ったものなんだよ?」

 

確認には、提督も面白がってついて来た。

 

因みに、ちゃんと造った兵器はどのくらいの割合なのかな?

 

「三割くらい」

 

……そっかー。

 

不安だなぁ。ナノマシンによる急造品の質も安定性も確かに確認したけど……。

 

「大丈夫大丈夫、ケロン星人の科学力は確かだから」

 

いや、知らないけど。

 

如何に提督が大丈夫と言っても、保安に関わることで手は抜けないよ。提督の安全より大切なものはないのさ。

 

「悪いね、なんか」

 

良いんだよ、提督。君さえ無事なら、ね。

 

 

 

 

 

午後。

 

鎮守府の裏にある山。首輪付きけものと呼ばれる、小さな白い獣が管理する地域。

 

提督は、綺麗な黒い目を輝かせて、言った。

 

「最近、梅の花が咲いてさ。皆んなで見に行こうと思ってたんだよね。ここ、並みの自然公園以上に管理が行き届いてるからさ」

 

ふふっ、じゃあこれはデートかい?

 

「そうとも言うね。……二人きりじゃなくって悪いけど」

 

良いよ。白露型の皆んなは同胞、半身とも言えるくらいだ。一緒にいて苦にならないさ。

 

「そうかい?なら良かった。仲良しなのは良いことだ」

 

ん、撫でてくれるのかい?……うん、気持ち良いよ。

 

「あー!私も撫でて欲しいっぽい!」

 

……夕立、もうちょっと、もうちょっと待って。あと五分だけ。

 

「わ、私も提督に撫でて欲しいかなーって」

 

「あ!姉貴達!抜け駆けは駄目だぞ!提督は皆ンなで共有するンだからな!!」

 

わ、分かってるよ、江風。

 

 

 

 

 

夕方。

 

「……そろそろ帰ろうか」

 

うん、そうだね。日も暮れてきた。

 

「夕陽、綺麗だねぇ……」

 

微笑を浮かべながら、地平線を見つめる提督。

 

白髪が夕焼けのオレンジに染まって。

 

黒色の目が太陽の赤を映して。

 

……君の方がずっと綺麗だ。

 

「……おお、ちょっとドキッとしたな。カッコいい口説き文句だ」

 

ああ、ごめんよ、口に出てたかい?

 

「耳はいい方なんでね。褒め言葉は聞き逃さないのだよ」

 

そう言って、風に揺れる白髪を手で押さえ、僕に目を向ける提督。

 

……なんて、綺麗な目なんだろう。

 

まるで黒曜でできた万華鏡みたいだ。

 

「でも、そう言うのは男の子の台詞じゃん?……だから、時雨。君はあの赤い夕陽よりも美しいよ」

 

そして、暖かな言葉。

 

やめてよ、提督、そんなことされると……。

 

「……時雨?」

 

欲しく、なっちゃう。

 

 

 

ああ、ああ、駄目だ。

 

僕は狗なのに。

 

抑えが、効かない。

 

「どうした、時雨?」

 

黒を。

 

暖かな黒を。

 

陽光を宿したその黒を。

 

「何で顔を触るんだ?」

 

黒く輝いているんだ。

 

白い闇、確かな朧月、静謐な騒乱。

 

全てを秘めていて、讃えていて、愛している。

 

「俺の顔に何か……、ああ、そうか」

 

 

 

 

 

「あげるよ、時雨」

 

 

 

 

 

夜。

 

「時雨、また『貰った』っぽい?」

 

責めるような口調の夕立。

 

うん、まあ、『貰った』よ。催促したみたいで、悪いんだけど。

 

「我慢した方が良いんじゃない?」

 

それは無理じゃないかな。

 

僕も、皆んなも。

 

今日だってそうだ。あのままだと、提督に魅せられて、無理矢理に抉り取ってしまっていたかもしれないし。

 

大体、夕立だって『貰った』じゃないか。

 

「赤を少しだけっぽい!提督をちょーっと齧って、舐めただけ!」

 

量の問題?

 

「部位の問題じゃないかな……」

 

ああ、山風。

 

君は白を一房『貰った』のかい?

 

「うん……。綺麗な白色だから、編んで紐にして、ミサンガにするの」

 

それは素敵だね。

 

「時雨姉は、黒を『貰った』の……?」

 

そうだよ、ほら。

 

スプーンで綺麗に抉り取って貰った後は、神経を丁寧に剥がして、その後に透明なガラスの筒に入れて、ホルマリンを流し込んだんだ。

 

「わあ、綺麗……」

 

ふふ、そうさ。

 

世界で一番、綺麗な黒だよ……。

 

 

 

 

 

「にしても、提督、片目で大丈夫なの?」

 

一晩寝れば治るってさ。

 




時雨
相手が常人なら目を合わせるだけで発狂させることが可能。

夕立
殺気で人を殺せる。

白露型
番犬。脳内に概念的な瞳を持つ。それにより、未来予知並みの直感や透視、読心を行う。

軍曹
ケロン人。まるで侵略が捗らない。

阪本
黒猫。

旅人
再生するからええやろ、くらいの気持ち。

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