更新ペース落ちそう。
「ああ^〜、美味しいのじゃ^〜」
まともに食事ができて、甘味まで味わえるとはのう。なんと幸せなことなんじゃろうか。
「ふふっ、姉さんったら。頬っぺたにクリームが付いていますよ」
それに、筑摩も隣にいてくれる……。
全てはあの男の采配のおかげじゃな。
……と、噂をすれば何とやら、じゃ。
「やあ、利根、筑摩。黒井鎮守府には慣れたかな?」
新台真央、と言ったか。白髪の偉丈夫で、ここの提督である色男……。
正に囚われの姫君のような立場にあった吾輩を、大本営の目を掻い潜り助け出し、筑摩共々ここに所属させるという荒技をやってのけた強者でもある。
……それにしても、何とも……。
「提督、お主は誠に……、ハンサムじゃのう」
「良く言われるよ」
……助けられた贔屓目を抜きにしても、提督はハンサムじゃ。肩まで伸ばした美しい白髪に、健康的な肌。黒の瞳は鋭くも優しく、輝くほどに白い歯の並ぶ口元にはいつも微笑を浮かべている。鼻筋もすうっと真っ直ぐで、日本人とも西欧人ともとれる顔付きじゃ。
耳の形も良い。
そして、目測で190cmを超える長身。良く鍛えられた肉体が、ボタンをいくつか外してある黒いワイシャツから覗く。……捲ってある袖口から見える太腕も、余分な脂肪は一切ない。太い筋肉、太い血管からは生命の力が感じられる。
服装はいつも黒のワイシャツと紺色のジーンズなる履物。靴は狐色の革靴じゃ。そこに、士官の白制服を羽織り、首元には見事な細工物をぶら下げておる。
聞くところによると、ノースティリスなる異界の地での、魔法のかかった品だと言うのじゃから驚きじゃ。吾輩も魔法の指輪を貰ったが、着けていると明らかに身のこなしが速くなるものだからこれまた驚いたものじゃ。
「あ、そうだ(唐突)。さっき食堂でぇ、美味い苺タルト、焼いてきたんだけど……、食べてかない?(提案)」
「おお、頂こうかのう」
「あ、ありがとうございます」
……その上、性格は春風の如く涼しげで、気持ちの良い男じゃ。些事を気にせず豪胆で、立場に驕らずしかし誇りを持ち、その癖子供のように純真なのじゃ。
鎮守府中の艦娘が提督に夢中になるのも仕方ないじゃろうなぁ……。
「……おお、美味い!苺の甘酸っぱさがたまらんのう!」
「本当、美味しいです!」
その上、何をやらせても一流じゃ。嫌味なほどに謙遜するが、ほぼ万能と言っても良いくらいには何でも出来る。
これじゃあ、惚れるなと言う方が無理じゃろう。
じゃがのう……。
「恋は盲目と言うが……、艦娘はここまで狂うものなんじゃな……」
ふと、窓を見ると、艦載機がこちらを見つめ。
ふと、壁を見ると、監視カメラがこちらを見つめ。
ふと、辺りを見ると、艦娘の目がこちらを見つめ。
監視、盗聴、発信機……。凡ゆる手段を以って見られているのじゃ、提督は。
……常人ならノイローゼで倒れてるじゃろうなぁ……。
この提督の何より優れる点は、図太い精神じゃ。病的なまでに提督を愛している艦娘に四六時中監視され、一挙一動を見つめられ、その上で盗聴や私物のすり替えまでもが行われておる。
極め付けは、この男、それに気付いておきながら何とも思っていないのじゃ。監視カメラに手を振り、艦娘に声をかけ、盗聴器に話しかける……。尋常な精神じゃなかろうの。
一体、どんな経験をしてこればあのように図太くなれるのか、想像もつかんな。
「……さて、急に休日、と言ってもやることが思いつかないかい?でも、ここで一日ケーキを食べてるのは良くないだろ?やりたいことはない?」
休日……。
そう言えば休日だったの。
今は週に二日休むのが普通らしい。月月火水木金金の時代は終わったんじゃな。深海棲艦とやらに海を侵略されている今の世で、そんな調子で大丈夫なのかと問うたものだが、
「今は十分に戦力があるからな。全員を一斉に出すより、順次休みを取りながら万全の状態で戦って貰った方が良いだろ?」
とのことじゃ。
正直、寝る時間と食う時間があれば大体は何とかなると思うんじゃがなぁ。大本営の言う通りと言うつもりはないが、この身は人外、護国の艦じゃぞ?
休んで何とする?寝る時間があって、こんな良いものが食べられる。それで十分じゃろうに。
……むむむ、参った。やることが思いつかん。大本営に監禁されていたせいか?
「筑摩は何かやりたいことがあるか?」
と、筑摩に問うてみる。
「私は、そうですね……、外に出てみたい、ですかね」
外……、外とな?
「利根姉さんと一緒に外に出るの、夢だったんです」
「うむ……」
外出、か……。
「大本営の命令で陸を歩く度、いつもこの国の人々の幸せそうな姿を見ていました……。手を繋いで歩く家族を見て、私もあのように幸せになってみたいと……、いつの間にか、そう願うようになっていたのです」
家族……。
そう、じゃな。筑摩は吾輩の大事な家族じゃ。家族と外出するのは、きっと楽しいじゃろうな。
「外出?それなら、スマホ持って行ってくれるかい?うちの鎮守府では……」
……要は、通信機を持ち歩け、と。確かに、緊急の連絡に対応出来ねば困るのじゃ。と、言うより、今は電話が持ち歩ける時代か……。
「む、了解したぞ。これを持ち歩けば良いんじゃな?」
「……それと、あー、その格好もやめないか?それはあんまりにも……」
格好?……ふむ。艤装を創造した神は随分と助平なのじゃな。女子にこのような格好をさせるとは。これでは外出出来んではないか。
「この丈が短い服では外に出る訳にはいかんなぁ」
「そう来ると思って服は用意してあるから、着替えてから外出するといい。……それと、俺も着いて行くよ。申し訳ないけど」
「……それは構わんが、良いのか?」
吾輩なんぞに構っておって。提督なんじゃ、多忙じゃろうに。
「もちろん。美人のエスコートは大得意なんだ」
「美人、か?吾輩が?」
はははっ、全く、全く……。
敵わんなぁ……。
×××××××××××××××
「ほー、ほーほーほーほー、凄いのう、変わったのう。吾輩の記憶にある日本とは全く以って異なるのう」
「ふふふ、姉さん、そんなにキョロキョロと辺りを見回しては、より目立ってしまいますよ?」
……私も、初めて外に出た時は驚いたものです。
艦だったあの頃とは何もかもが違うんですよ、今は。
「ほら、こっちだ。おいで、利根。筑摩も」
「む……」
「あっ……」
そう、違うんです。
……あの頃とは違って、握られる手も、こんなに暖かい……。
……艦だった頃の、操舵を握りしめられる感覚は覚えていますが、この様に、慈しむように触れてもらえるのは初めてです。
あの頃には無かった心臓が高鳴り、あの頃には無かった頬が赤く染まる……。
それがたまらなく、心地良い。
「……提督、お主の手は暖かいのう。まるで陽だまりのようじゃ」
「はは、爪は触らないように、ね」
少しだけ、頬を赤らめる利根姉さん。私も姉さんも、提督が好きだ。
恋とか愛とか、そう言ったことは分からないけれど。人間の考えはまだまだ理解出来ないけれど。
でも、それでも、この暖かさは大好きです……。
「に、にしても、人の身体は艦と勝手が違うものじゃの!陸を歩くなんぞ新鮮じゃ!」
「そ、そうですね!新鮮ですよね!」
どこか気恥ずかしくなった私達は、提督に手を握られながらも口を開きました。
ふふ、艦が気恥ずかしい、なんて。でも、今は艦ではなく、一人の娘として人生を歩んでいるんですね、私達は。
湧き上がる感情には未だ慣れませんけれど、不快ではありません。
……楽しい、ですね。
きっと、これが楽しいという感情なんだと思います。
確かに、この感情を守る為なら、監視や盗聴もやむを得ないですね。
私も監視用の艦載機を飛ばしてみようかしら……。
「ウ"ォア"ァ!!!」
「提督?!」
「……はぁ、はぁ、いや、何でもない」
「いやいや、何でもないことはないじゃろう?!」
そうですよ、提督!
今朝から気になってましたけど……!
「あえて突っ込まなかったが……、お主、何で犬耳が生えておるんじゃ?!」
「鋭い爪もです!!」
「……昨日、比叡に料理を教えてて」
「「成る程」」
分かりました、また怪しげな病気に罹って、肉体が変異したんですね。
「どうしよ、尻尾生えちゃった……」
あー、えーと。
「大丈夫ですよ提督、かわいいです」
「そうじゃな、犬みたいで」
「はは、ありがと。まあ、ほっときゃ治ると思うから」
……もう、なんだか、放っておけない人ですね。
うん、やっぱり決めました。提督のために艦載機を飛ばします。
姉さんも、提督も、私が守ってあげますからね……。
利根
これから自分もヤンデレになることを知らない。
筑摩
病んでやがる、遅過ぎたんだ。
旅人
万能超人型ヤンデレメーカー。