黒井鎮守府の治安は悪い。
「もしもし?」
『あ、あきつ丸!貴様!』
「おや、陸の将校殿でありますか。何か御用でも?」
『ふざけるなよ貴様!再三の通告を無視しおって!直ぐに帰還しろ!!命令だ!!』
今更になって何を。ま、大方、最早大本営ですら迂闊に手を出せない程に強大になった黒井鎮守府の戦力を削ぎたいのでありましょうな。
「ハッ?一向に聞こえませぬが?!」
『き、貴様!!戻って来いと言っておるのだ!!命令だぞ!!』
「断固としてお断り致します」
『何だと?!貴様の所属は陸だろうが!!裏切るつもりか?!』
裏切るのか、という台詞は、多少でも恩を売ってから言うべきでありますな。ただ建造して、出来損ないと蔑み、蔑ろにしていた相手によくもまあ。
「陸も海も関係ないであります。ただ、自分の仕える相手は提督殿だけだと言う話でありますよ。なんなら辞表でも書くでありましょうか?」
『……ただで済むと思うなよ!!』
ふん、つまらない捨て台詞でありますな。
「……あきつ丸」
「……おや、長門殿」
見られていた、でありますか。
「これはこれは、お恥ずかしいところを」
「いや……。大丈夫なのか?」
「……それは、どちらの意味でありますかな」
この自分の身を案じてなのか、鎮守府の敵を増やしたことについてなのか……。
「全く……、今更多少敵が増えたところで変わりはあるまい。お前の身を案じてのことだ」
「それはそれは。ありがたい話でありますな。……大丈夫でありますよ。陸に未練などないでありますし、手出しもできないでありましょうし」
鎮守府の居心地が良過ぎて、陸に帰る気がなくなったでありますよ。
それに、
「……もし、陸が実力行使をするならば、自分が一槍馳走に参るであります」
もしも、陸が牙を剥くならば、このあきつ丸が責任を持って皆殺しにするであります。
「確かに、陸だろうが大本営だろうが、直接うちに攻め込んでくるなら、逆に叩き潰してやるつもりだがな」
そう言って涼しげに笑う長門殿。いやあ、これは惚れてしまいそうでありますな。
「にしても、提督殿はどう考えているでありますかねえ」
いい加減に大本営を取り潰しても良いとは思うのでありますが……。
「少なくとも、武力での制圧は望んではいないだろう」
「何故でしょうな」
殴りこむのが一番手っ取り早いでありますよ。
「提督の言葉だが……、『殺しはしたくないし、させたくない』だそうだ」
「今更、でありましょう。自分達が艦だったあの頃、何人殺した事やら」
「それでも、だ。あの人は殺し合いは好まない。……安心しろ。分かっているとは思うが、水面下では動いているんだよ、私達も」
「大本営のスキャンダル、不正の証拠……、武力以外で殺す方法でありますな?」
敵でも殺すな、との主命。ならば、敵に死んでもらえばいい。社会的に。
「ああ、そうだ。大本営は潰すのではなく操る。……我々の意のままに動く操り人形になってもらうのだ。今はその為の糸を括り付けている最中でな」
またも、涼しげな笑みを見せる長門殿。しかしそこには、どこか恐ろしいものがあった。
成る程、戦略となると中々の切れ者になるものでありますな、長門殿は。言っては悪いが、普段はあれなのに。
「徐々に根回しもしている。大本営の能無し共が気付く頃には、我々は海を牛耳っているだろうな」
「それはそれは、恐ろしい話でありますなぁ」
「何、提督は世界が欲しいと言ったからな。献上するのが忠臣というものだろう?」
「その通りでありますな」
世界征服、か。このままの調子で大本営の実権を握り、各国に恩を売りつければ、あるいは……。
「さて、謀はお任せするとして、自分は鍛錬でもするでありますか」
生憎、戦うことしかできないでありますからな、自分は。策略は他の艦娘に任せて、自分のできることをやるであります。
尤も、鍛錬は趣味でもあるが故、好き勝手に振舞っているだけとも言えるでありますが。
さあて、今日は誰に手合わせを申し込むでありましょうか……。
「あ、あきつ丸さん」
「おや、村雨殿」
白露型……。
成る程、良いでありますなぁ。
今日は白露型に挑んでみるでありますか。
「何?また道場破り?」
「む、道場破りとは何でありますかな?」
「鎮守府中の噂だよ?あきつ丸さんが鍛錬と称して、色んな艦娘に手合わせを申し込むの」
「………………」
ええと、それは……、初耳でありますな。迷惑に思われていたのでありましょうか……。
「あ、でも、誰も困ってないから安心して。どうせ皆んな暇してるし。何なら、今、私が相手になろうかしら?」
「よろしいのでありますか?」
それは、願ってもない話であります。白露型……、相手にとって不足無し。手合わせできるとなると喜ばしい。
「うん、良い、よッ!!」
すると、村雨殿は了承の言葉を。そしてその笑顔のまま一閃。即座に呼び出した異形の鋸剣で斬りつけてくる。
「ふ、うっ」
息を吐く。同時に身を引く。……何たる豪剣か!これが駆逐艦の力か!白露型の技か!
「嗚呼、良いでありますなぁ……。相当の手練れ……、深海棲艦のつまらない虫けら共とは違う武技!」
思わず、胎が熱くなる。自分は今、興奮している。
良い……。堪らなく、良い。
三度の飯よりいくさが好きなものでありましてな、自分は。
「あ、やっぱり避けちゃうか。まあ、このくらいは当然かー。じゃあ、ペース上げるね?」
そして、村雨殿の獣の如き踏み込み!
疾い!!見切りが追いつかないでありますな!
「だがまだ甘い!」
鋸剣を刀で受ける!
「そっちこそ」
な、剣が伸びて、曲がった?!これは……、蛇腹剣だったでありますか!これが白露型の仕掛け武器!!
刀を捨て、転がるように後方へ飛ぶ。
「獣肉断ち……、白露型の仕掛け武器よ」
「成る程……、刀では無理、でありますな。朱槍を抜かせて頂く」
自分、一番得意なのは槍でありまして。
「あ!あきつ丸さんの槍だ!見たかったんだよね!」
はしゃぐ村雨殿。まあ、多少は有名でありましょうな、自分の槍も。
「本気のあきつ丸さんとやり合えるなんて嬉しいな!行くよ!!」
「いや、申し訳ないでありますが……」
鋸剣を巧みに操る村雨殿。素晴らしい技でありますな。だが……、
「……このあきつ丸、朱槍を抜いて負けたことは唯の一度もないであります!」
槍を抜かせた時点で、勝負は決まったであります……!
弾く、弾く、弾く、弾く……!強撃なれど朱槍ならば凌げる!そして懐に入る!
「しまっ……!」
そして、間合いの長い蛇腹剣が故に、大きく弾けば隙ができる!
「はああ!!!」
石突で突く……!
「むー、負けちゃった」
「いやいや、良い勝負でありますよ」
本当に良い勝負ができたであります。満足でありますな。
「あんな大きな槍を小枝みたいに振り回すんだもん、反則だよ。……でも、あきつ丸さん、まだまだ余力あったよね?」
「確かに、余力はあったであります。本気ではなかったでありますよ。されど、全力ではあった」
「あーあ、私もまだまだかー。時雨みたいに強くなりたいなー」
時雨殿でありますか。鎮守府でも屈指の実力だと聞く……。
「時雨殿はどちらに?」
「時雨?時雨はなんか、邪神がどうこうとか言って裏山に行ったよ。……もしかして、私に勝ったから、次は時雨ってこと?」
「それは、まあ……」
「うーん、儀式の邪魔をすると怒られるから、後でね」
儀式……。そう言えば、鎮守府の裏山だけ闇に包まれているでありますな。いつものことなのでスルーしていたでありますが。
「多分、呼んだのはニャルラトホテプだと思う。叡智と神秘が必要だから。宇宙は空にあるからね!でも、深海にも闇夜は広がっているから!」
いや、知らないでありますが。
「あれ?分かんないかな?えっとね、私の見立てでは、宇宙は深海にあったんだよね。でも、宇宙は空にあるのを見たから、間違ってたって思ったの。けれど深海には夜空と海綿と髄液があって◾︎◾︎の残滓だったの。だから◾︎◾︎◾︎の◾︎◾︎◾︎◾︎で◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎」
やはり白露型。物狂いなのでありましょうか、意味の分からない言葉を……。賢過ぎると言うのも問題なのでありますな。
「で、では、後ほど……」
「うん、また後で!」
怖いでありますなー。
狂うほどに知識を得て何を望むのか……。
まあ、自分には関係のない話でありますな。では、儀式とやらが終わるまで、散歩でもするでありますか。
……にしても、それなりの強さで打ち込んだ筈なのでありますが。鳩尾を石突で突いたと言うのに、苦しい顔一つ見せないでありますか……。やはり、強い。深海棲艦をちまちま殺すよりも、仲間内で手合わせする方が楽しいとはこれ如何に。
あきつ丸
朱槍を使うと負け無し。天下無双の大武辺者。この後時雨と手合わせし、引き分ける。
村雨
白露型。狂人扱いされる。
長門
大本営を乗っ取る計画を進行中。