「うむ」
満開だ。
黒井鎮守府に植えておいた桜の木は、その美しい花弁を見せつけるように花開いた。
え?鎮守府に着任してから二年しか経ってないのに桜が育つ訳ない?いやいや、俺の手元にはどんな木々も一瞬にして育つ骨粉というアイテムがありまして。某所でスケルトンを倒して作った。
「美しいな」
やはり自然は偉大だ。大地に根を伸ばす木々は、頬を撫でる風は、青く広い海は、俺に大切なことを教えてくれる。
昔、自然を、声なき者達を救うために世界人類に喧嘩を売った強化外骨格の使い手に会ったことがあるが、この美しい自然を見ればそれも納得である。
今この瞬間にも、この自然を無計画に破壊する者達が存在すると思うと、慚愧の念が絶えないが、それでも今は、身近な自然を賛美しつつ……、
「お花見を、しよう」
お花見を、しようじゃないか。
「デッデッデデデデカーン」
「どしたのご主人様。RTAでも始めるの?」
「いや、やらないけど」
お花見っつってんだろ漣。
「まずは場所取りだ、場所取りをするぞ」
「鎮守府の敷地内だし、場所取りとか要らなくない?」
ぐぬぬ。
「なるべく君達には社会人っぽいことさせたいんだが」
「お花見の場所取りやらされるのってブラック企業では」
そう?
「ってか、そう来ると思って、暇な艦娘達がブルーシートを敷いてきてくれたってさ」
成る程、流石は黒井鎮守府。
指示するまでもなく、準備完了ってことか。
「料理は……、やったな」
俺と厨房組が朝早くから料理しておいた。沢山の美味しいお弁当を作ったんだゆぉ。
そして頭パーリーピーポーの俺、酒もしっかりと持ち込む。
……完璧では?
桜OK場所取りOK食い物OK酒OK。オールOK。
「ククク、クキキキ……!お花見っ……!冒涜的っ……!お花見っ……!」
思わず帝愛の大金持ちみたいになる俺。
「お仕事全面お休み!お花見週間!開始ィ!!!」
「わーい!!」
さあ、狂気のカーニバルの 開 幕 だ。
「はい、よーい、スタート」
俺のその一言は、艦娘達の喧騒に飲まれていった。
ざわざわと、総勢百何十名。音成の艦娘も追加で更に倍率ドン。
多くの艦娘が集まり、お花見は開催された。
そして俺は、キンッキンに冷やしたウォッカを瓶ごと煽る。
「ああ、美味え」
春の訪れを感じつつ、最高に美味い酒を飲む。
酒の味ってのは雰囲気の味でもあるからな。
どんな高級品でも、辛気臭い連中と飲むと不味く感じるし、どんな安物でも、気の合う仲間達と飲むと美味く感じる。
「提督」
「おお、ガングート。どうだ、一杯」
現れたのはガングート。大分酔っているように見える。
「頂こう。モスコフスカヤか、祖国の良い酒だな」
これ?辛口で美味いんよ。
「……相変わらず化け物じみた肝臓だな。私自身も相当に強い自信があるが……、貴様程ではない」
ショットグラスでウォッカを喉に流し込むガングート。
「くぅーっ、効くなあ!美味いっ!」
おお、ガングートもいける口だな。
「このサーロ、どこのだ?」
「うちで漬けたのだよ」
「成る程、通りで美味い訳だ」
ガングートと一緒に、サーロをパクつきながらウォッカを飲む。
「……貴様の酒の飲み方は、我が祖国のそれに近いな」
「ああ、ロシアには三年くらい居たからね」
「三年だけか?」
「おいおい、俺は旅人だぜ?旅人の俺が三年も居たんだよ」
一箇所に何年も滞在するのは稀だ。それを言えば、ここでずっと提督をやってる今の状況はレアケースと言える。
「成る程。他にはどんな国を旅したんだ?」
「イギリスは学生の頃に数年留学して、ガキの頃は二年くらい中国の少林寺にいて、三年かけてアメリカを回って、ドイツにもちょっといたな」
「ほう」
イギリスでは英国紳士な教授と謎解きして、吸血鬼の旦那と出会った。少林寺では海王さんに稽古つけて貰って、アメリカでは数多のスーパーヒーローや宇宙的恐怖だったりと出会い、ドイツではナチ残党の円卓の超人共に鉢合わせしたっけ。
「まあでも、時間的には、他所の世界を旅した時間の方が長いかね。ノースティリスとかユクモ村とかロスリックとか」
「成る程分からん」
「そうだな、どこの世界も、凶悪なモンスター達が跋扈するところさ」
「それは恐ろしいな。そこに何がある?何を見てきた?」
「全てだ」
俺の旅には俺の全てがあった。
とても言葉では言い表せない。
「そうか」
またも酒を飲むガングート。
「なら、ここにいることも、貴様の本意か?貴様の言う、全ての内の一つなのか?」
「ああ。黒井鎮守府での経験も、旅の一部だ」
そうだね。
「……そう、か。私達も、貴様の一部なのだな」
嬉しそうな表情を浮かべるガングート。
俺の一部と言われたのが嬉しいのか。
どう言う性癖なんだそれは。
「貴様は私達を受け入れてくれる、それは良いな、良いことだ。……ああ、出来るなら、貴様と一緒に溶け合って一つになりたい。実に共産主義的だろう?」
「そ、そうだね」
分からん。
酔いが回りまくっているのか、訳のわからないことを言い出したガングート。
「そうだ、魔女の使うような大釜でな、貴様と一緒に煮込まれてな、一つに溶け合うのだ。分かるだろう?それは素晴らしいことだ。khoroshoだ」
何だそりゃ。どこから来るんだそんな発想。
「皆んな違って皆んな良い、じゃないか」
「むう、個人主義め」
そう言うと、ガングートは俺の手元の酒瓶を引ったくって、他所に行った。
「ふふ、間接キスだ」
見せつけるように俺が口を付けていた酒を飲み干すガングート。何がしたいんだ、ガングートは。まあ、酔っ払いの思考回路は理解できないってことか。
「提督」
「お、時雨か。楽しんでいるか?」
「うん、楽しいよ」
まるで悪党の愛人か何かのように、しなだれかかる時雨。
事実、俺という悪党の愛人的なポジションであるから、何にも言えねえが。
「愛人……。ふふ、光栄だよ。それは素敵だ、とてもとても素敵だ」
「こらこら、俺だから良いものの、心を読むのは控えるんだよ」
俺は別に心を読まれても困らないから良いんだが、普通は心を読まれるのはよく思わない。
「提督だってその気になれば人の心を読むくらい容易いんじゃ?」
「俺は心理学<80>以上のものは基本使わないようにしてるんだ」
脳内の瞳で無理矢理人の心を覗くことも出来るが、やらない。
「分からないな、思いやりと言うものかい?」
「そうさ、思いやりは大切だ」
「……それは、少し嫌だな」
えぇ。
「提督が僕達以外にその優しい思いやりを向けるのは、妬けるよ」
ははーん、嫉妬か。
まあ、可愛いもんよ。
「可愛いこと言うなあ、時雨は」
「可愛い、か。そう言ってくれるのは提督だけだよ」
そんなことないよ!
だが、時雨は、近くにいた多摩に声をかけた。
「白露型をどう思う?」
と。
すると多摩は、
「怪しい連中にゃ」
と、そう答えた。
「多摩、酷いこと言っちゃ駄目だぞ」
「酷いも何も事実だしにゃあ……」
そうか?怪しいか?
「いつその怪しげな儀式に巻き込まれるかと思うとゾッとするにゃ」
「儀式?ちょっと外なる神を呼び出してるだけだろ、気にすんなよ」
「……まあ、実のところ、そんなに気にしてはいないにゃ。この黒井鎮守府は、危険人物の集まりみたいなところあるし」
いやいや、皆んな良い子だよ。
「ほらね、提督。この鎮守府における白露型の認識なんてこんなものさ」
そっかー。
可愛いのにな、時雨。
「え?一応確認するけど、仲が悪い訳ではないよね?」
「うん?仲は良いと思うよ?」
なら、良いか。
軽口を言い合える仲なのかね。
……「今日ばかりは飲ませてもらうぞ!」
……「そんなこと言って、ほぼ毎日飲んでるでしょ」
……「それ一気、一気!」
……「khorosho」
……「cheers!」
……「お花見なんですから、鳳翔さんも飲んで下さいよ」
あー。
最高だ。
「「「「提督ー!」」」」
ハーレムを築きつつ、酒盛りする。
三文小説、なろうテンプレ主人公みたいな展開。
他所から見ればゴミ以下だろうが……、当事者としては最高だよ。
「もふ」
「首輪付きか。楽しんでるか?」
「もふ」
「そうか」
楽しんでくれているみたいだ。
「ここに来てからもう二年も過ぎたのか……」
「もふ」
「この光景がいつまで続くか、それは分からないが……」
「もふっ」
「それでも、俺は、今この瞬間を楽しむよ」
「もふもふ」
人生を、楽しめ。
俺のルールだ。
ガングート
共産主義お姉さん。
時雨
サイコパス剣士。
強化外骨格の使い手
何だか知らんが、とにかく良し!
帝愛の金持ち
おじいちゃん。
旅人
酒が飲みたかっただけ。