冬の朝。
クリスマス後の一幕。
深々と降り積もる雪は、イギリスでは中々見られない光景。シラツユシスターズの子達による人工的?な雪でも、とても美しいと思うわ。
日本語では、風情がある、と言うのかしら。雪の降り積もった建物の丸いシルエットは優しげで、雪の上の足跡は何となくだけど芸術的だわ。駆逐艦や海防艦の子達が作った小さなスノーマンも愛嬌があって可愛いわね。
その隣にAdmiralの本格的な雪像を作ってあるのは、まあ、いつものことね。あの人、遊びとなると本気になるから。まあ、そこが素敵なんだけど。
そんな様子を自室の窓から見て……、ああ、もうこんな時間。
朝ご飯の時間よ。
私達、イギリス艦は、食事の時間とティータイムが本当に楽しみなの。
何せ、祖国イギリスの食事は……、不味い。
ちょっともう……、お話にならないくらい不味い。
ここ、黒井鎮守府で出される料理と比べると、家畜の餌にも劣る。
オートミールはふやかしたインコの餌、フィッシュ&チップスは悪性の油の塊、ウナギのゼリー寄せは生ゴミ、ハギスは悪魔の作り出した兵器。
……黒井鎮守府に来る前までは、料理に必要性などなく、お腹を満たして栄養をとれれば良いと思っていた。
しかし、今は違う。
美味しい食事は毎日の生活に活力をくれる。
私達イギリス艦は、美味しい食事と、Admiralの為に戦うのだ。
……祖国に戻る気はもうない。あんなに食事が不味いところではもう生きていけないから。
アークロイヤルもジャーヴィスも、祖国から帰ってこいと言われても最早帰ることはないでしょうね。
私達はAdmiralと結ばれたの。一生側にいるわ。
どんな絆よりも強固で、何者にも引き裂かれない。
死が二人を分かつても、永遠に、ずっと、一緒。
永遠に。
永遠に。
永遠に。
うふふ。
さあ、まずは朝食の時間よ。
同室のアークロイヤルとジャーヴィスと共に食堂へ。
ジャーヴィスを起こしてあげて、身支度を整えて、アークロイヤルに車椅子を押してもらいながら、艦娘寮から出る。
途中、何人もの艦娘とすれ違い、挨拶を交わす。
……うん、皆んな笑顔。相変わらず、ここはとっても良いところね。
……食堂はかなり広く作られているから、狭いという感覚は全くないわ。
もちろん、黒井鎮守府は全面的にバリアフリーで、車椅子の私でも行き来しやすいの。
そして、掲示されているメニューを見る。
暫し悩んで、決めた。
ご飯、焼き鮭、ほうれん草のお浸し、かぶときゅうりの漬物、豆腐とわかめの味噌汁、ネギ入りだし巻き卵、それと納豆。
「うわあ、朝から重いわね……」
うるさいわねリシュリュー。貴女は?クロワッサンとジャム?ヨーグルトにフルーツ?合計1kg?足りるのかしら、そんなで。貴女戦艦でしょ?
「血糖値が上がれば良いじゃない。まあ、艦娘である以上、お腹は減りやすいから、朝からこの量を食べるんだけれども」
私は白米だけで1kg、更にお代わりするつもりよ?
「それでお昼ご飯食べれる?」
余裕ね、美味しいから。
「そ、そう、まあ、貴女が良いなら良いんじゃないかしら」
さて、朝ご飯よ。
日本昔ばなし盛りにした沢山の白米!
ふっくらで、お米特有の甘みがある。しっかり炊けていて、お米の粒がピンと立っている。
それを、脂の乗った塩焼きの鮭で一口。
ああ、美味しい……。
鮭の上質な脂の味と、お米の旨味が口の中にじんわり広がっていく。
日本の朝ご飯。
これだからやめられない。
浅漬け、されたかぶときゅうり。
仄かな塩味と野菜の甘み、苦味そして酸味。嫌なえぐみは一切なく、豊かな風味がたまらない。
また、ご飯を一口。
……うん、そう、これよ。
ほうれん草のお浸しに箸を伸ばす。
出汁、の豊かな香りが、口の中を支配する。噛めば噛むほど甘みが染み出してくる。
この香りを、味噌汁で流し込み、口内をリセット。味噌の独特の風味がたまらない。
そしてだし巻き卵。芸術的な手腕で丸められた、ネギの入った卵焼き。
簡単に箸でほぐせるくらいに柔らかなそれは、口に入れた瞬間、卵本来の味と出汁の味両方を与えてきた。更に、噛めば、ネギのシャキシャキとした食感が返ってくる。
そして、納豆。
これは曲者よ。
海外艦には苦手という子も多いわ。
でも、こうしてよく練って、醤油とからしを入れれば……。
そう、これよ、これ!
最初は敬遠していたけど、いつのまにか、この独特の風味と食感の虜になっていたわ!
って言うより、チーズと同じ発酵食品よね?何で嫌がるのかしら?
そしてご飯を食べ進めて……。
お代わり下さいな!
12月の大出撃……。
12月の初めに、一斉に出撃して、12月と1月分の撃破数ノルマを一気に達成する、黒井鎮守府独特の行事。
大出撃が終わった後は、基本的には皆んな休む。
中には、休まずに訓練や出撃を繰り返す子もいるけどね。
あれかしら、日本名物ブラック企業のモノマネかしら?良くないわよそういうのは。
さて、私は、と言うと、休憩室で紅茶を飲みながら読書。
アークロイヤルも一緒よ。
ジャーヴィスは……、外に遊びに行ったわ。ふふ、元気なのは良いことよ。どうせ艦娘だし風邪をひいたりはしないでしょうけど、あまり身体を冷やさないようにね。
最近読んでいる本はこれ、重力の虹。
中々面白いわ。
……っと、そうこうしているうちに、昼食の時間。
頭を使ったからかしら、ちゃんとお腹は空いてるの。
さあ、今日のお昼は何にしましょう?
メニューを見る。
むむむ。
……よし、決めたわ。
醤油ラーメン、餃子、炒飯、エビチリ、回鍋肉!
今日は中華なのね。良いわよ、日本の中華は。
もちろんサイズは、全部日本昔ばなし!
さて、まずはエビチリから……。
……ピリ辛!
本場中華の辛過ぎな料理と違って、エビの甘みを感じ取れるくらいには辛さ控えめだわ。きっと、駆逐艦や海防艦のことを思って、辛さを控えめにしてあるのね。
そしてこの、エビのプリプリ感!歯がエビの身を噛みちぎる時の快感と言ったら、筆舌し難いわ。
次に、回鍋肉に箸を伸ばす。
ああ、もう、箸で掴んだ時点で分かるわ。これは、美味しい。
実際に食べる。
ほらね、ああ、ほら、美味しいわ。
甘辛い味付けの野菜と肉、強火で手早く炒められたそれらは、旨味を逃がすことなく凝縮されている!
歯ごたえもあって、『食べている』感触をくれる!
次にラーメンね。
……この、麺を啜る、というのは未だに慣れない子も多いけれど、私はなんか、食べているうちにできるようになっていたわ。
さて、ずるっと、黄色い麺を啜る。
……ふふ、流石はAdmiral。今回も最高の出来ね!
私は今回、あっさり醤油ラーメンをオーダーしたわ。
他の炒め物が脂っこい中、あっさりとした昔ながらの醤油ラーメンで脂を洗い流したかったから。
予想通り、回鍋肉の脂は、あっさり醤油味に流されて胃の中へ。
さあ、次に手を出したのは餃子ね。
Admiralの超ペース……、一個一秒の神速で包まれた餃子。
さあ、醤油に酢、辣油を取り皿に垂らして、綺麗な焼き目にたっぷりつける。
一口で一気に食べると……!
程よいモチモチ感の皮に包まれた、ジューシーなお肉の旨味が口内を刺激する!
犯罪的……、犯罪的な美味しさよ!
そのお肉も、にんにくの香りを十分に効かせて、粗く刻まれた白菜のシャキシャキ感が最高のアクセントになる!
そして、そして、炒飯。
今回は蟹炒飯らしい。
卵、蟹、ネギ、グリーンピースだけのシンプルなもの。
だからこそ、料理人の腕の見せ所ね。
まあ……。
一口。
ほら……。
一口。
Admiralの料理の腕に、心配なんていらないんだけれども。
もう一口。
ああ、止まらない。
蟹の旨味が米全体に広がっていて、どんどん食べられるわ。
……ふう。
ご馳走様でした、Admiral。
お昼も過ぎていくらか時間が経った頃。
この時間はティータイムよ。
イギリスから出て行ったとしても、この習慣は変わらないわ。
アークロイヤルもジャーヴィスも、この時間はティータイムって決めてるの。
たまにコンゴウとか、他の艦娘とご一緒することもあるわ。
日本でも、そう、おやつタイム?とか言うみたいね。
伝統的なイギリスのティータイムでは、スコーンなんかを食べるんだけど……、別に私達は伝統とか気にしないから。
さて、取り出したのはケーキ。
ケーキ!
ケーキよ!!
黒井鎮守府の冷蔵庫にズラッと並ぶ冷蔵庫には、沢山のケーキが詰まっているの。
こんなにあって余らないのかって?
大丈夫よ、賞味期限が近い順から空母達が物凄い勢いで食べちゃうから。
どうしても余れば首輪付きに食べさせるんですって。
首輪付き……、黒井鎮守府に住み着いている謎の生物。
白い、白い……、猫、みたいな、犬みたいな、うさぎ、じゃなくって、狸や狐ともちょっと違う、なんか、こう、獣。
赤い首輪がチャームポイント、つぶらな瞳のもふもふした子。
正体は完全に謎だけど、皆んなから可愛がられているわ。
……本当に何の動物なのかしら?
まあ、それはそれとして、ケーキの時間よ。
切り分けられているケーキ……、色々な種類があるものを楽しむの。
同じものを食べるんじゃなくて、色々なものを楽しむのが良いわね。
ショートケーキは王道よね。
苺の酸味とクリームの甘みの調和が、口の中に幸せを齎してくれるわ。
Admiral、お菓子作りがとっても上手よね。
ショートケーキはシンプルなケーキよ。
それをここまで美味しくするなんて、どれだけの練習と才能を……。
そしてアップルパイ。
林檎の爽やかな酸味とサクサクのパイ生地。
スフレチーズケーキ。
しっとりとした生地を口に含めば、チーズのマイルドな味わいが口に広がる。口どけなめらか。
ミルクレープ。
クレープ生地とクリームが折り重なった芸術品。味も芸術的な出来。クリームの味は優しく、繊細だ。
どれも素晴らしい出来……。
これに、高級な紅茶を飲んで、皆んなとお喋りしながら楽しい時間を過ごすの。
さて、次は夕食ね……。
ウォースパイト
日本に来てすっかりグルメになった。