次は潜水艦かな。
潜水艦なら……、私室だろう。
ノックする。
「はーいなのねー」
最近は暖かくなってきたとはいえ、スクール水着とは頭がおかしいね。その上で、ツインテールのような髪型と、人の身ではあり得ないブルーの髪、下品な乳肉。
潜水艦のイクだ。
潜水艦は、かつてこの鎮守府が無能なクズに支配されていた頃に、毎日昼夜を問わず酷使されてきた。
故に、今では、だらだらと怠けるのが好きで、最低限の訓練や出撃以外では、潜水艦同士でつるんで、遊んでいることが多い。
「イクー、誰でちかー?」
「時雨なのねー」
「時雨?白露型のボスが潜水艦に何の用でちか?言っておくけど怪しげな人体実験に付き合う気はないでちよ」
全く、僕を何だと思ってるんだい。
「化け物」
君達だって艦娘だ、僕の同類、同じ化け物じゃないか。
「度合いが違うでち。白露型と比べたら他の艦娘なんて……。人の形をしているだけ、人間に近いでちよ」
僕も今は人の形をしているんだけどね。
「正体は外宇宙の神の癖によくもまあぬけぬけと……」
潜水艦は、提督を神のように崇める集団で、提督を、父であり、兄であり、恋人であると思っているらしい。
一般的な艦娘と同じ、提督の狂信者だ。
提督の邪魔をするものは例え神でも殺しにかかる。
それと海外艦。
海外艦の多くは、旅行好きでグルメ気取りの遊び人だ。
提督におねだりして、高価な車を買ってもらい乗り回すアイオワさんや、昼間から酒ばかり飲んでいるポーラさんなど、様々だ。
まあ、全員、毎日が夏休みと言った雰囲気で過ごしていることは間違いない。
遊戯室へ行けば、海外艦達が飲んだくれながら、ボードゲームやビリヤードなどに精を出している。
全員、月に一回くらいのペースで海外旅行にも行っているそうだ。
いいご身分ってやつかな。
「ここをこうすれば……、 check!」
「ならここはこうね」
「ああっ」
チェスをしながらお菓子を食べるアイオワさんとサラトガさん。
しかし、一度戦闘となれば、私情を挟まずに命令を忠実に遂行する戦闘機械になるのが、海外艦だ。
オンオフの切り替えが驚くほどに上手い。
そして厨房組。
鳳翔さん、間宮さん、伊良湖さん、速吸さんの四人。
提督と共に黒井鎮守府の三食おやつおつまみを作る、料理人集団。
その腕前は一流で、望めば一流のフランス料理から懐石料理まで幅広い範囲の食事が提供される。
本人達は、自分の腕前に満足していないらしいけど……、正直このレベルまで達すると、個人の好みのレベルになると思う。
艦娘の中でも最も味覚に優れ、ミリグラム単位の塩の量を言い当てることが可能。
「あら、時雨ちゃん?どうしたのかしら?」
ああ、鳳翔さん。
少し撮影させてもらうよ。
「良いですけど、厨房に入るならちゃんと手を洗ってくださいね?」
ああ、もちろん。
流石は艦娘。
その筋力で何百人分という大量の材料をまとめて調理している。
「今日も美味しいものたくさん作りますからね、楽しみにしててね」
ありがとう、鳳翔さん。
鳳翔さんは艦娘の中でもまともな方で、時に頑固で考え方が古く、最新技術を使いこなせない面があるけれど、優しく、謙虚で、人間性は黒井鎮守府でもトップクラスに高い。
黒井鎮守府の良心と言えるね。
次に工廠組。
工廠は、明石さんと夕張さんの巣だ。
異星異次元、未来技術を習得した彼女達は、黒井鎮守府を改造し、移動要塞宇宙戦艦にし、警備システムやロボットの配置をして、更に、黒井鎮守府近海を警備する無人兵器群の管理もしている。
工学的観点においては、僕達白露型を大きく上回る知識や技術を持ち、僕達と技術交換などをよくしている。
知能は高いが、基本的に思いつきで行動するので、よくおかしな発明品で鎮守府中を騒がせるが、縁の下の力持ちと言えるポジションにあるので、あまり強くは言えないね。
よく考えてみてほしい。
炊事は、厨房組の超人的な調理能力、速度でどうにかなっているが、他にも洗濯や掃除、黒井鎮守府という施設の管理維持及び警備。
その全ての責任者なのだ。
洗濯や掃除はお手伝いロボットが、管理維持や警備もロボットがと、全てをオートメーション化しているとは言え、日々働いているのは間違いない。
皆、二人の働きには感謝している。
しかし、その功績を上回る程に、迷惑をかけることが多いね。
先日は警備ロボットのAIが狂い、暴れ回る事件があったけど、あれの原因は、夕張が作ったコンピュータウィルスらしいからね。
作ることも好きだが、それ以上に壊している印象かな。
「あら時雨ちゃん。魔力炉心の様子でも見に来たのかしら?大丈夫!この前みたいに暴走はしないから!」
前回の魔力炉心の暴走は、明石が出力を向上させようと、僕達の調節した魔力炉心に手を加えたことが原因だった。
まあ、頼むから二度とやらないで欲しいよ。
そうだね、工廠と言えば、睦月型も技術力が高いね。
睦月型は、霊的なエネルギーで戦う艦娘においては珍しく、科学の力で戦う。
化学炸裂弾、エネルギー砲、レーザー、ミサイル、ライフル……、電子制御された銃器を好んで使用するみたいだね。
僕はあまり機械に詳しい訳ではないけれど、その破壊力は素晴らしいと思うよ。
「当然だ!私はナンバー9、菊月だからな。イレギュラーは排除する」
感情表現が豊かなように見えて、内側は空虚なところも面白いね。
殺戮機械の癖に、狂愛と言う名のバグを抱えている矛盾した機関。
まあ、化け物さ。
そして……。
僕達、白露型。
真理を追求する学徒であり、血肉に異形を宿した邪神の一種である。
研究や実験を行なっているけど……、それが黒井鎮守府に直接的に役に立っているとは言えないね。
むしろ僕達の活動は、黒井鎮守府の艦娘としての仕事よりも、探索者としての仕事の方が多いかもしれない。
普通の人間は知らないし、知れば正気ではいられない事実。
この世界は、外宇宙の侵略者や邪神達に狙われている。
日夜、狂った邪教徒が邪悪な神々を呼び出そうと事件を起こし、異界から漏れ出た怪異が無辜の民を食い荒らす。異形の神々は荒ぶり、平穏な世界を破壊する。
僕達が動かなければ、世界が滅ぶ……、とまでは言わずとも、都市が壊滅する、島が地図から消えるなどの被害があるだろう。
だから僕達は人知れず世界の裏側で戦い続けている。
ああ、勘違いしてはならないのは、僕達は、人間なんて死のうが食われようが脳だけパッケージングされて連れ去られようが、一切どうでも良いんだ。
人間の生み出す文化は尊敬できるが、人間そのものはどうなっても構わないのさ。
でもまあ、人間が滅亡すれば提督が悲しむからね。
放っておけば人類に打撃を与えるような存在を放置することはできない。
多少は働かないとね、僕達も。
最後は……、提督かな。
「お、終わった?」
うん、一応。
「最後は俺の紹介?」
うん。
提督は、僕が知る限りで最も破綻した化け物だよ。
「俺は人間だよ」
ある時は吸血鬼に血を吸われ同朋にされて、ある時は悪の秘密結社に肉体を改造されて、またある時は異形の神々に脳をいじくり回されて。
通常の人間なら形が保てないレベルの投薬、変異、精神負荷を受けつつも、人間の形を保っている。
本当に『普通』の人間であるならば、全身は人ならざる魔物の姿になり、精神は分裂し狂い発狂する筈なのに。
普通の人間なら、人間の形を保てずに、古今東西のあらゆる化け物の要素を持つキメラになる筈なのに。
普通の人間なら、精神は破壊され、多重人格、廃人、白痴になる筈なのに。
提督は、三千世界の狂気に触れて、深淵を渡り歩き、人間性を失い、啓蒙を得て、光を浴びて、それでも尚。
人の形を保っている。
人間のふりをしている。
愛を語っている。
その身は既に人にあらず。
本質は僕ですら見抜けない混沌。
月と太陽、闇と光、火と水。
本来一つになる筈のないものが混ぜ合わせられた、混沌そのもの。
人と言うよりは上位者に近いその身で、人の姿形をして、人間だった頃と変わらず愛を語る。
世界で最も奇妙な化け物だ。
だけど、その化け物は、僕を誰よりも愛してくれる。
たまらなく美しい混沌が、僕を包み込んでくれる。
分かっているのかな、君は。
僕だって既に殆ど上位者で、内側は悍ましい化け物なんだよ?
「ガワが美人ならそれで良いかなーって」
これでもかい?
僕は全身を変異させ、悍ましい黒い触手の生えた人型に変幻する。
「元々の姿は可愛いから大丈夫かな。あ、極力艦娘の姿でいてくれる?それは怖いからやめようね」
元に戻る。
ははは、面白いね、本当に。
提督は面白いよ。
「そう?はい、ビデオ回収ー、ありがとねー」
提督。
「何かな?」
愛してるよ。
「俺も愛してるさ」
ふふふ。
まあ、このように。
黒井鎮守府では、充実した日常を過ごせるね。
素晴らしい場所だ。
君達人間にとっては、恐ろしい伏魔殿だろうけど、僕達化け物には、居心地が良い場所さ。
それじゃあ、また。
時雨
ヤバい。
旅人
ヤバい。