異世界チートしたい。
現実はクソ。
『ゴトランド、貴様、敵前逃亡は死刑だと知ってのことか?』
銃を持った兵士達に取り囲まれる。
流石に、艦娘である私は、銃火器程度では死にはしないけど……。
私には首輪がある。
首輪……、艦娘の力を減衰させる制御装置。
これを扱える者を提督と呼ぶ。
この首輪の力があれば、提督の意思一つで、艦娘はたちまち人間以下の力しか出せなくなる。そしてこれは、提督にしか取り外しはできない。
その状態で撃たれれば、私も死んでしまうだろう。
現に、今。
『ぐ、うっ……!!』
自分の体重を支えることすら困難な力の減退を感じる。
立って、いられない。
『それにしても間抜けな女だ。勝手に逃げ出して、途中で深海棲艦と交戦し負傷。鎮守府のすぐ近くのここ、ストックホルムに寝転がっているとは』
提督が私を足蹴にする。
『私から!逃げられると!思っていたのか!!』
『ぐっ、がっ、があっ!!』
人間の蹴りなんて、本来の力があれば痛くもなんともないのに、今、制御装置で力を奪われている状態では、深海棲艦の攻撃並に痛い……!!
『お前はもう要らん、解体だ。次はもっと強く従順な艦娘を建造する。死ね、ゴトランド!!』
提督は銃を抜き、私の脳天に照準を合わせた。
嫌だ、私は……!!
『生きたい……!!』
その時。
一陣の風が吹いた。
『あ……?ああ、あああ、わ、私の腕がァァァァ!!!!』
気付いた時には、提督の銃を持った腕の、手首から先が地面に落ちていた。
どういう、こと……?
『やめようぜ、シリアスはよ。このssはギャグのタグがついてるだろ?』
『あ、なたは……』
さっきの、自称旅人……?
彼は、私の前に立った。
『なんの、つもり?』
『君みたいな美人は、幸せにならなきゃ駄目だ』
彼は、倒れ伏す私を抱き寄せて、目を見て話した。
『何で……、どうして?』
『んー、俺が決めた。俺は君を幸せにしたい。その為なら……』
彼は、絶対に壊れない筈の制御装置を引き千切って破壊した。
『世界くらいなら、敵に回せる』
彼は……、私を庇い、私の前に……、立った。
『ぅぁ、う、撃てえ!!撃ち殺せえええ!!!』
提督の号令と共に、兵士達が銃火器の引き金を引く。
『ぁ、やめ』
私が何かを言う前に、多数の弾丸が、彼の身に突き刺さる……。
と、思いきや、彼の前に、白い魔法陣が現れ、見えない盾のようなものが弾丸を弾いた。
『ナークティトの障壁……』
『何、よ、それ』
『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎……、加速』
短く、よく分からない呪文のような言葉を発すると、一瞬で視界から消える。
『顔を見られたから仕方がない。君達から光を奪う』
風が、兵士達の間を通り抜ける。
すると、兵士達の手足がすとんと落ちて、皆、目を破壊されている。
『な、は、え……?』
10秒しないくらいで、兵士達は全滅し、最後に。
『あ、あぁ……』
『俺は基本的に、人殺しはやらないんだ』
『や、やめろ、来るな』
『だが、殺さないだけで、殺す以上に残酷なことをしないとは言ってない』
『わ、私を誰だと思っている、い、今なら見逃してやる、だから』
『見逃す?ああ、そうだな、お前は俺を見逃す。何せ』
『お前はもう、何も分からなくなるんだから』
彼が、何事か……、恐らくは呪文のようなものを唱えると、提督は、血の涙を流して、狂ったように暴れ、叫んだ。
やがて、提督は、口から血の泡を吐いて、動かなくなった。
『……殺したの?』
『いや?肉体的には死んでないよ。ただ、まあ……、もう二度と提督業はできないだろうね』
つまり、なんらかの手段で、提督の心を殺した……?
『さて』
私の方を見る彼。
『私も、殺すの?』
『まあそんな訳ないよね。言ったろ、君みたいな美人は幸せになるべきだ』
土まみれの私を、自分の綺麗な服が汚れるのも構わずに抱き上げた。
『さあ、愛の逃避行と行こうじゃないか!行き先は日本だ、楽しもうね!』
『ちょ、ちょっと……!』
彼は、私を抱きかかえたまま、艦娘のように水の上を歩き、いつのまにかそこにあった客船に飛び乗った。
『は?えぇ?』
『んー?怖がらなくて良いよ、お姫様。さ、先ずはシャワーでも浴びてくると良い』
そう言って、シャワー室に案内される。
『これ、着替えとタオル。ドライヤーの使い方は分かる?』
『あ、分かる、けど』
『そうかい。じゃあ、入ってくると良い。これ、シャンプーとリンス、ボディーソープね。終わったら、艦内の地図を見て食堂に来てね、食事を用意しておくから。じゃ』
『じゃ、って……』
『ん?一緒に入った方が良い?』
『そ、その必要はありません!一人で入れます!』
『それは残念だ』
そう言って食堂へ向かう彼。
シャワー、ね。
シャワー、か。
こんなにゆっくりシャワーを浴びるのはいつぶりだろう。
温かいお湯が心地いい。
えっと、これがシャンプーで……。
うわ、砂がたくさん。もう一度洗わなきゃ。
リンス……、リンスなんて初めて使うかも。鎮守府には石鹸しかなかった。
わ、髪がギシギシしない、さらさら。凄い。
それとボディーソープ……、ああ、これ、とても良い匂い。ラベンダーかな。
洗い流して……、身体を拭いて、ドライヤーで髪を乾かす。
鏡を見る。
酷い顔だ。
痩せていて、目にクマがある。
あの人、こんな私を見て美人だなんて。
幸せにならなきゃならないだなんて。
おかしいよね、本当に。
……何で、助けたの?
提督や兵士達を傷つけて、スウェーデンの軍部そのものを敵に回してまで、何で、私なんかを?
取り敢えず、壁にある艦内の地図に従って、食堂へ行く。
『お、良いね、綺麗になったね』
『お世辞はいらない。……何で、私を助けたの?』
『可愛かったから』
『〜ッ、馬鹿なこと言わないで!私なんて、どこも可愛くなんてないわ!言っておくけど、スウェーデンの軍部を敵に回した貴方は』
『えー?可愛いと思うよ?今は確かに、疲れた顔してるだろうけどさ、素材は良いって。これからもうちょい太ってよく寝れば最高の美女になれるズェ』
『そんな理由でこんな馬鹿なことしたの?!あり得ない!何を狙っているの?』
『そんなのどうでも良いからさ、食事にしようよ。ほら、クロップカーカを作ったんだ、一緒に食べようよ。料理の腕には自信があるよー?』
『食事?!それどころじゃ……』
あっ、良い匂い。
お腹、空いて……。
………………。
『お腹鳴ったね』
『……な、鳴ったけど』
『お腹空いてるんでしょ?食事しながら話さない?今後の話をね』
『……分かった』
『『いただきます』』
美味しそうなクロップカーカを切り分けて口に運ぶ。
『……!!』
美味しい……!!
『他にも色々作ったから、遠慮せずに沢山食べてね』
『もぐ、もぐもぐ』
凄い、凄い。
今までレーションしか食べたことがなかったけど。
食事って、こんなに幸せな気分になれるものなんだ!
『デザートもあるからね、って、ちょ、ちょっと!泣かないで?大丈夫?』
『ごめっ、なさっ、私っ、その、ご飯、美味しくて……!』
『あー……、そうか。これからは毎日、三食ちゃんと食べさせるから。安心して良いよ』
『うん、うん、ありがとう、ございます……!』
結局私は、デザートまで平らげて、お腹いっぱいになった。
『美味しかった?』
『うん、その、ご馳走さま、ありがとう……』
『良いさ、いっぱい食べる君が好き』
『そ、その、ね、それで、これからの話だけど』
『お腹いっぱいで眠いでしょ?その前に寝たら?』
……それは、まあ、確かに眠たくなってきたけど。
『明日の朝も美味しい食事を用意するからさ、今日はゆっくりお休み?』
『……うん、分かった』
……今日は取り敢えず、寝よう。
旅人
この世の全ての美人は幸せに生きるべきだと考えている。
ゴトランド
可哀想な子。