頼むのはいつもネギ玉牛丼の『メガ』ですよ、『メガ』。デブなんで。
高菜明太子は高菜好きじゃないし、チーズはなんか違う、とろろはそこまで好きじゃない……。やっぱりネギと卵ですよ。ネギは風味が良いし、卵は栄養たくさんあるし。
『……あ、出撃!!しなきゃ……、あ。そっか、もう、私は……』
朝、ふかふかのベッドから出ると、時計の針は既に短針も長針も真上を指していた。
寝坊。鎮守府にいた頃なら殴られていたと思う。
けど、今となっては、私を叱る人なんていない。
部屋の鍵を開けて、この客船の中を歩く。
そう言えば、朝食がまだだな、なんて思っていると。
『ゴトランドさん、おはよう』
例の、彼が現れて、そう言った。
『えっと、その、お、おはよう』
私もぎこちなく挨拶を返す。
『お、ゴトランドさん、クマが大分なくなったね、とっても可愛くなったよ。よく眠れたみたいで良かった』
『え、ええ、その、ありがとう、マオさん』
『良いさ、君は幸せになるべきだ。さあ、朝食にしよう。ニシンの酢漬けと焼きたてのパン、サラダがある。朝は軽めに済ませて、夜はまた色々作るよ』
『うん……、ありがとう』
食堂まで一緒に歩く。
『さ、召し上がれ。ニシンの酢漬けは自信作だよ、沢山あるからお代わりもして良いからね』
『うん、いただきます』
美味しい食事の後に、海の見える休憩室で話をする。
『……それじゃあ、貴方は、あの黒井鎮守府の提督なのね』
『知ってるのかい?』
『提督がいつも言っていたわ。極東の猿にできて私にできないことなんてないとか、海域の解放が上手くいかないのはお前のせいだ、とかね』
『そうかい』
話を聞いたところ、彼は世界一の最強鎮守府、『黒井鎮守府』の提督らしい。
信じられないけど、説明を聞けば理解できた。
黒井鎮守府の強さの秘訣は、艦娘の制御装置を全て取り払い、制御に使われるはずの力を全て戦闘能力に変換しているから、だそうだ。
この人がその、黒井鎮守府の提督だと言うのは、今、制御装置を着けていない私の目の前にいるのが一番の証拠だと思う。
普通の人間なら、艦娘という化け物に近付こうだなんて思わないし、ましてや、制御装置のついていない艦娘の側にいるだなんて、飢えた猛獣の檻の中よりも危険だ。
なのに、彼はいたって自然な姿で、私に微笑みかけた。
『……貴方は、私が、怖くないの?』
『俺は君より何倍も強くて怖い奴に襲われてきた。君なんて全く怖くないね』
彼は軽く旅の話をする。
バイオテロで生じた恐ろしい生物兵器。戦場で出会った二足歩行戦車。強大な悪魔。異世界の魔物。無敵の超人。
そんなもの達と比べると、私じゃ全然怖くないそうだ。
話の内容は嘘みたいな話ばかり。
結局、この人が私をどうしたいのかなんて分からない。
怖い。
たまらなく怖い。
……なら。
『やあぁっ!』
『おう』
私は彼を押し倒す。
そして、首を絞める。
『貴方を殺すことなんて簡単よ、ほら、怖いでしょ?』
脅しをかけて、真意を探る。
どうせ、この人も……。
『かはっ、可愛いね、女の子はちょっと過激な方が、刺激的で素敵だ』
『……ッ!!殺すわよ!!言いなさい!怖いって言いなさい!利用するつもりなんだって言いなさい!どうせ貴方も……っ!!』
人間なんでしょ!!!
その時、彼は。
私の手を上から握り。
思い切り力を込めて。
自らの首を、へし折った。
『………………は?な、んで』
そ、んな。
殺すつもりはなかったのに。
なんで、自分から。
『あ、やだ、わた、し……!!』
死んだ。
即死だ。
『ごめ、なさ、私、そんな、つもりじゃ』
しかし、驚いたのはここからだ。
彼は、確実に首の骨が折れていたというのに、立ち上がったのだ。
『痛いな。けどまあ、首を折るなんて大分可愛らしい殺し方だね。優しいんだね、ゴトランドさんは』
『な……?!何で?!確かに、死んだはずじゃ?!!』
『最近の人間は首が折れたくらいじゃ死なないんだって』
『嘘よ、そんな訳ないでしょ!』
『まあラストリーヴだよね、即死ダメージ受けても喰いしばり効果あるから俺のスキル構成』
『何の話よ?!!』
『つまり……、君じゃ俺を殺せないのさ』
ああ、そうか。
『貴方も、私と同じ……』
化け物、なのね。
『いやいや、人間さ。ゴトランドさん、君だって人間と変わらない。人を愛する心があれば、姿形や強さなんて関係ないさ』
『私は、人を愛することなんて……』
『俺は、ゴトランドさんを愛するよ。ゴトランドさん、恋をすると良い。素敵な恋をね。君がどんなに強くても、世界のどこかには君を受け止めてくれる人がいるんだ』
そう、か。
そう、ね。
この人は、私と同じ化け物だ。
世界で唯一、艦娘以外に私の気持ちを分かってくれる。
私のことを受け止めてくれる。
『ほら、俺以外にも良い男いっぱいいるから紹介をぉお?!ど、どうしたのゴトランドさん?』
私は彼に抱きついた。
『お願い、私の側にいて……。もう、一人は嫌なの……』
『……ああ、もちろん。ずっと側にいるよ』
『私は、ずっと一人で……。化け物だって言われて……、それで……』
『辛いことは思い出さなくて良いさ。大切なのはこれからだよ。どうする?うちで艦娘をやる?戦いたくないなら、事務仕事を回すけど。それとも、働きたくないなら……』
そっか……。
過去は、忘れて良いんだ。
『働きたい……、私、貴方の為に生きてみたい』
『自分の為に生きなよ。世界は自分を中心にして自分で回すものさ』
過去は、要らない。
私に過去はない。
過去なんて、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない、要らない。
私の過去は、この人と共にあったことにしよう。
幸せだったことにしよう。
私はこの人とずっと一緒にいた。
『うちに来て艦娘として働くかい?』
ああ。
ああ。
何を言ってるの、提督。
私の提督。
『もう、嫌ねえ……』
私、最初から貴方の艦娘よ?
『っ、ゴトランドさん、君は……』
『もう、どうしたの提督?いつもみたいにゴトって呼んで?』
『……過去の記憶を改変した、か。ドイツ艦に近い反応だな』
『もう、難しいこと言わないの!ゴトは貴方の初期艦よ、最初から一緒にいたじゃない』
『ゴトランドさん、それは……。いや、ああ、クソ、そうだな。現実を叩きつけるよりは、優しい夢を見ていた方が幸せなのかもしれない……。ゴト、黒井鎮守府に帰ろう。仲間達が待っているよ』
『ええ、私もみんなに会いたいわ』
旅人
優しい言葉をかける。
ゴトランド
旅人の過去ではなく未来を見て生きろという言葉を曲解し、自らの過去をなかったことにした。