週末、買い出しの日。私達の提督は、毎週ほぼ必ず買い出しに行く。つまり、この日は、半日だけ提督がいない日だ。とっても寂しいけど、車には皆んながこっそり監視カメラと盗聴器と発信器を取り付けたし、空母の皆さんは艦載機で監視してるみたいだし、大丈夫、らしい。
そもそも、提督は私達の前からいなくなる筈がないんですけど。
まあ、提督がいないと言うことは、提督の服を洗濯する良い機会、ということですけどね。
提督の服の匂いを嗅ぐと、とっても安心できて、身体の奥が熱くなるんですよね。その感覚が忘れられないんです。妹の加古共々、提督の服の匂いを楽しんだ後、私達の服と一緒に洗濯するんだけど、提督に見つかると何故か止められちゃうから……。
あ、そろそろ提督がお出かけするみたい。お見送りしなきゃ。
「じゃあ俺、買い出しに行ってくるから!皆んな仲良くしてるんだよ!!」
「「「「はい!行ってらっしゃい!提督!!」」」」
「…………行ったか?」
「…………ええ、行ったみたいね」
「……よし、全員、会議室に集合!提督攻略会議を始める!!」
「「「「はい!!!」」」」
あ、そうでした。毎週のこの日は、艦娘全員での会議の日でしたね。
……もう四、五ヶ月くらい前でしょうか、今日みたいに提督がお出かけしている日、皆んなで言い争いになったんだっけ……。
発端は覚えていませんけど、提督は私のものだとか、提督に仕える身で図々しいとか……。何だか、色々と言い合って……。
ええと、そう、木曾さんだったっけ?「提督は昔、世界を征服し、皆が幸せに暮らせる世の中にしたいと言っていた。ならば、俺達、艦娘同士で争ってどうする」とか。
その一言に、艦隊のまとめ役である長門さんも賛同、皆んなで話し合いをするようになったんでしたね。
そして、その話し合いは定期的に行われて、いつしか会議と言う形になりました。
……内容は、どうやって提督を堕とすかとか、そんなこと。
私はただ、提督の子供を孕んで、提督の側にずっと居たいだけだから、あまり関係のない話だけど。誰かが出し抜こうと関係ない。
……あ、でも、提督を持ち逃げするのは許さないかな。他に何人いても良いけど、私と加古が提督の側に居ることは絶対条件。
そうして始まった会議。いつも通り、特に進展はない。
「Hey!明石ィー!この薬、効かなかったデース!!」
「そうよぉ〜!最高の出来、なんて言って、全然駄目じゃないの〜!」
「あの、私も駄目でした……」
そう言えば、最近、明石さん謹製の媚薬が鎮守府中で出回ってたっけ。
……おかしい、なぁ。ちょっと、不愉快ですね。
「そ、そんな馬鹿な!ほんの一口で艦娘すら淫乱にするスーパー媚薬ですよ?!!」
一言、口を出す。
「……ねぇ、そんなに強い薬、提督の身体に悪くないの?」
「あ、それは大丈夫です。提督に紹介されたとある方からの助言を基に、超強力ながらも一切の副作用がない、正にスーパーな媚薬ですから」
提督、知り合いが多いなぁ。提督の知り合いなら大丈夫、信用できるかな。
「ちなみに、ご職業はアイドル、ご趣味はアヤシイ科学実験だとか」
あれ?信用できなくなった!
「本当に大丈夫なの?」
「痛いですね、肩を掴まないで下さいよ、古鷹さん……。もちろん、前に遊びに来ていた音成鎮守府の艦娘と提督でテストはしましたよ」
手を払われる。同時に、腰のスパナに手をかけたのが見えた。……へぇ、明石さん、こう見えてかなり「できる」から……。
「……それに、提督は私のヒーローですから。……何があっても、何にも負けませんよ」
「「「「…………私の?」」」」
方々から声が上がる。
……はぁ、全くもう。皆んな、提督の事となるとこれだ。ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて……。
私達は提督の所有物。ペット。主人に愛されたいと願うのは当然だけど、主人の足枷になるのはいけないこと。ましてや、主人と対等であろうとするなど、以ての外。
拾ってもらった、救ってもらった分際で、どうして提督の隣を歩けようか?私達は、飼い犬らしく、主人である提督に跪き、提督の敵を咬み殺す為に尽力すべきだ。
群の先頭に立つべきは王、私達はそれに着いて行く従僕。
何で、皆んなそれが分からないんだろう?
頭、おかしいのかな?
提督を愉しませる為に、雌犬らしく尻尾を振って、媚びを売るのは当然だけど、提督の行動をコントロールしようとするなんて……。
……まあ、良いや。提督は優しい。この程度のことは許すだろう。だから、私が吠えても意味はない。吠えたら多分、提督に嗜められちゃう。……だったら、最初から吠えない方が良い。提督の手を煩わせる訳にはいかないから。
そう言えば、今日はこれから出撃があった。提督の敵を殺せる良い機会だ。
そう思って、私は、既に艤装の一部として認識されている愛剣、牙斬刀を取り出す。私の身の丈の倍はあるだろう、特大の剣。材質はとある超合金、鋭利な刃と、目の荒いノコギリのような牙。伸縮可能の柄……。
……ああ、相変わらず、綺麗な剣だ。提督がくれた、私の牙。
今日もこれで、沢山、沢山咬み殺そう。
そして、提督に褒めてもらおう。
それが私の一番の幸せ。
私の生き甲斐……。
×××××××××××××××
「私のって何デスカ?!明石?!」
「違います!提督は私のです!!」
「あー、もー、煩いぞ!想うのは自由だ!……明石も、気安く口に出すな!」
「ちぇっ、はーい」
もぅ、皆んなうるさいなぁ。
「はぁ、全く、これでは会議にならないだろう?建設的な話し合いをだなぁ……」
建設的な、って言っても、あの薬が効かないとなると、もう打つ手が今の所ないなぁ。
またチャットであの人達に相談してみよう。
あら?古鷹さんが牙斬刀を……。そうだ、私もこれから出撃だ。
クレーンにマウントしてある、私の愛用工具、ライアットジャレンチを膝の上に。
ありゃ?ここ、塗装が剥げちゃってる。後で直さなきゃ。
そうだ!後で、提督と一緒に直そう!だって、ヒーローとヒロインはラブラブじゃなきゃおかしいものね!
……夕張ちゃんは、まあ、許してあげます。ヒーローにサブヒロインは付き物ですから。
でも、メインヒロインはこの私、明石です。それは譲れない。
……香水の匂いではなく、機械油と鉄の臭い、化粧で飾るのではなく、煤や油で汚れている、ブランド物のバッグではなく、両手一杯の工具と機械。
そしてこの身は、艦娘という人外。
そんな私を、美しいと、可愛らしいと、受け入れてくれるのはきっと彼だけだ。
戦う彼の姿は、どんなアニメの主人公よりもカッコ良くって、一緒に機械弄りをする彼の姿は、どんなマンガの主人公より素敵だ。
そんな彼の側にいたいと願うのは当然のこと。その為に、彼の側にいる為に、私は強くなった。
主人公はヒロインと共にあるべきだ。
何で、皆んなそれが分かってくれないのかな?
頭、おかしいんですかね?
私のヒーローと結ばれようなんて……。
……まあ、良いんです。沢山の登場人物が出るお話は悪くないですし。提督も、賑やかなのが好きみたいですし。私も、賑やかなのは嫌いじゃないですしね。ハーレムもののライトノベルと思えば苦じゃありません。
皆んなに誘惑してもらっているのは、最終的に、提督と私が愛し合う為の布石。鎮守府中に設置してあるカメラで監視、提督がその気になったらお持ち帰り、という作戦です。
……提督は、私のこと可愛いと言ってくれますけど、この艦隊の女の子も可愛い子ばっかりですし。折角だから有効活用しないと。
でも、また失敗かぁ。悔しいなぁ。
まあ、この苛立ちは深海棲艦にぶつけますか。
提督と紡ぐラブコメディ。
それが私の幸せ。
私の生き甲斐……。
古鷹
黒井鎮守府最大戦力の一人。金剛不壊の超合金でできた特大剣、牙斬刀を巧みに操る。異様なまでに忠誠心が高く、それでいて極めて動物的な理論で動く。
加古
黒井鎮守府最大戦力の一人。古鷹と同じく、金剛不壊の超合金でできた二丁拳銃、ブレストリガーを巧みに操る。古鷹と意見は同じ。会議中は寝てた。
明石
黒井鎮守府最大戦力の一人。自らの存在が曖昧になるレベルで艤装に改造を施している。オタク。
アイドル
クンカー。賢い。
旅人
監視されていることに気づいてはいるが、気にしてない。