八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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011:雪ノ下大規模侵攻

 昼食時。普段なら昼食に最適な場所に赴いて、一人ゆっくりと昼食を楽しむ八幡であるが、生憎の雨の為に学校生活で唯一の楽しみを満喫できずにいた。コンビニ購入したパンを租借しながら、現在作成中のオプショントリガーについて思考を巡らすのが、喧噪に包まれた教室では満足に自分の世界に入る事ができなでいた。

 

 

「(……って、よくよく考えてみれば俺って完全に社畜状態だよな)」

 

 

 今更ながら、自分がどっぷりと嫌悪している社畜状態に陥っている事に気付いてしまう。いや、前々から気づいていたが考えない様にしていたと言った方が正しいかも知れない。

 

 

「(にしても、あの暗躍派エリートはいったい何を考えているんだよ)」

 

 

 先日の迅の言葉を思い出す。彼は言った。自分の弟子が黒トリガーのネイバーと戦う未来が見えたと。それは三雲の絶体絶命のピンチと言えるだろう。

 玉狛の弟子、三雲は妹の小町と同年代にも関わらず頭が回る。自分に出来る事と出来ない事を正確に把握し、出来ない事を出来る様に努力する事ができる人間だ。その為に無茶な事も平然としてしまう故、頭が痛い所であるが、彼を突き動かしている理由を聞いたら不思議と力を貸してしまうのだから不思議だ。

 

 

「(ほんと、こんなことが小町にでも知られたら「熱でもあるの?」と驚かれそうだ)」

 

 

 現に「お兄ちゃん、少し変わった?」と言われてしまっている。自分では変わっていないと思っているが、もしかすると知らない内に変わっていってしまったのかもしれない。

 

 

「(そんな事、雪ノ下にでも話したら「ほら、私の言った通りじゃない」とない胸を張ってドヤ顔されてしまいそうだ)」

 

 

 雪ノ下の名前が出て思い出す。今日は後ろで騒いでいる上位カースト――八幡が嫌う葉山隼人を中心としたグループ――に所属する由比ヶ浜の依頼を実行する日であった。

 

 

「ねぇ。今日はフォーティワンでダブルが安いんだ。あーし、チョコとショコラのダブルが食べたいんだけど、行かない?」

 

「それ、どっちもチョコじゃん」

 

「えぇー。ぜんぜん違うし。て言うか、超お腹減ったし」

 

 

 声を荒げているのは、葉山の相方ポジションに立つ三浦優美子。派手な格好と頭の悪そうな言動は八幡が知る限り、葉山の友人としては珍しいタイプである。

 

 

「悪いけど、今日はパスな」

 

 

 三浦の誘いを断る葉山。きょとんとする三浦に葉山は理由を述べる。

 

 

「今日は、この後に防衛任務が入っているんだ」

 

 

 彼も八幡と同様のボーダーの正隊員の一人である。授業が終わった放課後は防衛任務が入っている。クラスメイトと放課後を共にする暇はないのだ。

 

 

「またぁ? ねー隼人。少しはあーし達と遊んでくれてもいいじゃん。そんなの、他の人に変えてもらう事はできないの?」

 

「無理言うなって、優美子。隼人くんはネイバーから俺達を護ってくれるボーダーなんだし。しっかし、隼人くん。昨日のテレビ見たよ。ネイバーをたった一人で倒すとか、マジパネェわ」

 

 

 葉山を絶賛する戸部翔が言っているテレビとは、ボーダー隊員を募集する為に企画されたバラエティ番組の事である。嵐山隊の様に報道関係の仕事も受け持っている葉山は、ちょくちょくテレビの企画で顔を出す。

 

 

「あれは訓練用だから、それほど大した事ないよ」

 

 

 テレビで良く見せるスマイルを見せた葉山の言葉が謙遜と取ったのだろう。戸部は「ほんと、マジ葉山君はパネェわ」と何度も持ち上げる。

 

 

「てか、優美子。あんまり食べすぎると後悔しないか?」

 

「あーし、いくら食べても太んないし。あー、やっぱ今日も食べるしかないかー。ね、ユイ」

 

「あーあるある。優美子スタイルいいよねー。でさ、あたしちょっと今日予定あるから……」

 

「だしょ? もう今日は食いまくるしかないでしょー」

 

 

 三浦の言葉に、どっと笑い声が上がる。

 

 

「(おいおい)」

 

 

 一見楽しそうな昼食の風景に見えなくもないが、今のやり取りは大いにツッコミを入れたい所である。

 困り顔を見せる由比ヶ浜と目が合う。由比ヶ浜は何かを決意したように深呼吸し、話しを切り出す。

 

 

「ごめん、優美子。あたし、これからちょっと行くところがあるから……」

 

「あ、そーなん? じゃさ、帰りにあれ買ってきてよ、レモンティー。あーし、今日飲み物忘れてさー」

 

「えっと……。あたし戻って来るの五限になるし、ちょっと無理かな。それに今日も用事があるから、放課後も遠慮したいんだけど」

 

 

 それを聞いて、三浦の顔が硬直した。

 

 

「は? え、ちょなになに? なんかさー、ユイこないだもそんなん言って放課後ばっくれなかった?」

 

「やー。なんて言うか、私事で色々ありまして……」

 

 

 放課後は奉仕部で雪ノ下とお菓子作りの予定が入っている。お昼に雪ノ下と一緒に家庭科室の貸し出し許可を願いに職員室へ向かう約束をしていた。

 けど、そんな事を友人の三浦に言う事は出来ない。以前、雪ノ下の名前を聞いただけで場の空気が悪くなった過去がある。場の空気を壊したくない由比ヶ浜としては、何とか誤魔化して雪ノ下の元へ向かいたいのが正直なところである。

 

 

「それじゃわかんないから。言いたいことあんならはっきりいいなよ。あーしら、友達じゃん。そういうさー、隠し事? とかよくなくない?」

 

 

 由比ヶ浜はしゅんと俯いてしまう。言っている事は正論だが、正論は時に人を傷付ける事を彼女は知らない。特に人の顔色に敏感な由比ヶ浜からしてみれば、今の発言は強要以外のなにものでもない。

 

 

「(……おい、場の空気が悪くなっているぞ。何とかしろや、葉山)」

 

 

 こういう時こそ、みんなの葉山隼人君が働かないと言うのに、彼は二人の成り行きを見守るだけ。

 上位カーストグループの空気の重さが伝播したのか、教室全体の空気が重苦しくなっていく。静かになって、八幡からしてみれば好ましい状況であるが、どうにも居心地が悪い。普段ならばこんな状況でも平然としているのに、どうにもイライラ感が募って仕方がない。

『そうするべきだと思ってるからです』

 不意に三雲の言葉を思い出す。なぜ、出会ったばっかりの弟子の言葉を思い出してしまったから知らないが、そのおかげでこの苛立ちの正体に気付いてしまった。

 

 

「(ったく。俺も三雲の奴に毒されたかな。……この空気をどうにかしたいと思っている自分がいるんだから)」

 

 

 それに、と胸中で呟く。

 

 

「(正論や理想論をかざして、強制させようとする人間も俺は嫌いだ)」

 

 

 考えがまとまったら、八幡の行動は早かった。机に放り込んでいた国語の課題を取り出し、颯爽と立ち上がる。

 

 

「おい、由比ヶ浜」

 

「……ヒッキー?」

 

 

 葉山グループの全員が歩み寄った八幡を見やる。

 

 

「お前、平塚先生に呼ばれていただろが。現国の課題で話しがあると」

 

「……ぇ?」

 

「まさか忘れたのか? 昼休みに職員室に来いと言われただろ。来ないと評価点を下げると言われたろ」

 

 

 八幡の言葉に目を丸くする由比ヶ浜。彼女は突然話しを振ってきた八幡の意図に全く気付いていないようであった。このままでは埒が明かない踏んだ八幡は強硬手段を使う事にする。

 

 

「とりあえず行くぞ。お前を置いて先生の所へ行ったら、抹殺何とかを食らう羽目になるんだからな」

 

 

 顎でついてこいと促す。そこでやっと八幡の意図に気付いたのか、パッと満面の笑みを浮かべた由比ヶ浜は「うんっ!」と力強く頷き、席を立つ。

 

 

「ちょ、ちょっと! あーしたちまだ話終わっていないんだけど」

 

 

 けど、それを許さないと三浦が牙を剥く。

 

 

「……あん? なんだよ。早く行かないと平塚先生に怒られるんだよ。友達ならば、友達の事を思って行かせたらどうなんだ」

 

「いきなり現れて、あんたなんだし。だいたい誰だし。うちのクラスにいた、あんた」

 

「さぁな。隣で顔を強張らせている、みんなの葉山くんにでも聞けばいいだろ」

 

 

 傍観を決め込んでいた自分へ話しを振られた葉山は、いつものように営業スマイルを浮かべて口にする。

 

 

「やぁ、ヒキタニ君。キミが話しかけるなんて珍しいね。明日はネイバーでも降るんじゃないか?」

 

「言ってろ。お前もただ黙って見ていないで何とかしろ。それでも“みんな”の葉山くんなのかよ」

 

 

 あえて“みんな”を強調して告げる。一瞬、葉山の顔が怒りに染まるが、直ぐに偽りの仮面をかぶる事になる。クラスメイトが知る葉山隼人は誰にも優しいみんなの葉山くんなのだ。

 

 

「……優美子。結衣にも都合があるんだから行かせてあげたらどうだ?」

 

「けどさ、隼人。友達ならば話してくれてもいいと思わない? こうやって隠れてコソコソされるのあーし、気分が悪いんだけど」

 

「だからと言って――」

 

「――気分が悪いのはこちらだわ。少しは会話のかの字ぐらいしたらどうなの?」

 

 

 教室に響く声。一同は声の主を確かめる為に、教室の端、ドアの前にいる少女を見やる。

 家庭科室の貸し出し申請をする為に由比ヶ浜を待っていた雪ノ下が腕組みをして、そこにいたのであった。

 

 

「由比ヶ浜さん。何時まで経っても来ないから平塚先生がお怒りよ。……そこの比企谷君も。おかげで私が迎えに行かなくてはいけなくなったじゃない」

 

「(え、なんで? 話しを合わせてくれるの。てか、話しを合わせるぐらい聞いていたの、この子)」

 

 

 雪ノ下が現れて話しがこじれると思っていたが、八幡が咄嗟に口にした内容と同じ様に口車をあわせてくれるとは思わなかった。てか、どこで聞いたとツッコミしたい所であるが、場の空気がそれを許さない。

 

 

「ご、ごめんねゆきのん。わざわざ迎えに来てくれて」

 

「ホントよ。おかげでまだ昼食もとっていないのよ。早く行きましょ。時間は有限なのよ」

 

「う、うん」

 

 

 三浦達の事など無視して話しを進めていく二人。けど、その状況にまたもや三浦が食って掛かる。

 

 

「いきなり出てきてなんなの、あんた。今、あーしが話していたんだけど」

 

「話す? アレが会話のつもりだったの? 一方的に自分の意見を押し付ける事が“話す”と言うなら、小学校からやり直した方がいいんじゃないかしら?」

 

「なっ!?」

 

「ごめんなさい。意味が分からなかったかしら? 分かりやすく言うと、今のあなたは気持ち悪いわ。……あなたの生態系だとこういうのだったわね、キモイと」

 

 

 雪ノ下の口撃は容赦なかった。今の以外に一言二言三浦に批難を浴びせる。彼女の冷酷な言葉の威力は黒トリガーに匹敵するかもしれない。

 現に三浦は雪ノ下の言葉の数々で、涙目になって戦意喪失しているのだ。

 

 

「……今のがあなたのやった“お話し”よ、三浦優美子さん。これに懲りたら、少しは勉強したら? 無駄に縦ロールする時間があるならば」

 

 

 雪ノ下の大規模侵攻のおかげで、ギスギスした空気が更にギスギスしてしまう。

 重苦しい空気に耐えかねたクラスメイト達は、葉山グループを残して早々と避難してしまったのである。それに便乗して八幡も教室を出ようとするが、雪ノ下によって呼び止められてしまう。

 

 

「どこへ行くの、比企谷君? あなたは私達と一緒に先生の所へ行くのでしょ」

 

「……そうでした」

 

 

 自分から言い出した虚言とはいえ、折角の昼休みを潰してしまう結果となってしまった事に八幡は盛大にため息を吐かざるを得なかった。


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