八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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014:メガネ初出動

 ネイバーの登場に三雲が通う学校は混乱の渦に包まれてしまう。教師が先導して学生を避難所に誘導するが冷静に彼らの言葉に従う余裕は学生たちにはなかった。皆が皆、思い思いに悲鳴を上げて身の危険から逃れようと走り始める。避難時に大切な基本行動“おかしも”を護っている者など一人もいなかったのである。

 

 

「……ネイバーが来たのか、この学校に!」

 

 

 当然、教室に向かっていた三雲にもネイバーの襲来のアナウンスが届く。いち早く近場の窓に駆けより、状況を確認する。ゲートが発生したのは校庭のど真ん中。既にゲートからモールモッドが二体現れ、近場にいた人間を襲い始めている。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う学生を視るや、三雲の行動は早かった。窓を開けるなり、懐にしまっていたトリガーを取り出すや――。

 

 

「トリガー、起動っ!!」

 

 

 ――トリオン体へ変身し、襲い掛かるモールモッド目掛けて身を投げ出したのであった。

 それを一部始終見ていた周囲の生徒達が三雲の行く末を確認するために、窓際へ駆け寄る。三雲が身を投げ出した場所は特別教室が設けられている四回だ。普通の人間が四回から身を投げたら、運が良くない限り死に至ってしまう。

 だが、今の三雲は普通の人間とは異なる。トリオン体へ変身を遂げた人間は身体能力が大幅に強化されるのに加えて、トリオンによる攻撃以外はほぼ無敵状態と化す。

 つまり、たかだか四回から身を投げ出したぐらいで三雲の体がどうこうなる事は一切ない。それどころか、これぐらいの高さで慌てふためいていたらボーダーの隊員としてやってはいけない。

 

 

「レイガストッ!!」

 

 

 両手にレイガストを生成し、モールモッド目掛けて切り伏せる。目の前の学生に気を取られており、上空から奇襲をかけてきた三雲に気を留めてすらいなかったのだろう。無防備に三雲の攻撃を受けたモールモッドは自慢の足を二本切断されることとなる。

 

 

「……ボーダー隊員?」

 

 

 助けられた生徒達は助けに来てくれたボーダー隊員を見て安心したのだろう。腰を抜かすもの、涙目を浮かばす者と安堵するものが続出する者達に三雲は告げる。

 

 

「はやく避難所へ向かうんだ! 動ける者は動けない者に手を貸してやれ! 時間は僕が稼ぐ」

 

「……三雲?」

 

「時間がないんだ、急げっ!!」

 

 

 自分達を救ったボーダー隊員が見知った人物であることに、何人かが現状を忘れて唖然としていたが、三雲の一喝によって現実へ戻される。

 

 

「頼む三雲。……急げ、避難所へ向かうぞっ!!」

 

 

 三雲の背中に隠れていた一同は、互いに助け合いながら避難所が設けられている校舎へ向かう。尻目で彼らが避難したのを確認し、いざ戦闘を始めようとするのだが……。

 モールモッドは二体存在する。つまり、三雲と対峙していないもう一体のモールモッドは避難が遅れて別校舎で立ち往生していた生徒達に襲い掛かって行ったのだ。

 

 

「っ!? アステロイ――」

 

 

 通常弾のアステロイドで牽制を図ろうと試みるのだが、射線上に生徒がいて射出する事が出来なかった。万が一、生徒に当たってしまったら大惨事に至ってしまう。変化弾を放つ事も考えたが、混乱した戦場で当てるべき敵だけに当てられる自信は三雲にはなかった。何せ、本物のネイバーと対峙するのは初めてなんだから。

 こんな特殊な状態で弾丸トリガーを使うのは危険と判断した三雲は、自分に意識を向かせる為に行動を開始する。けど、目の前にいるモールモッドがそれを許すはずがなかった。

 高速の斬撃が三雲の体を両断せんと襲い掛かる。レイガストで受け流した三雲は一旦距離を開けて仕切り直した。その隙に二体目のモールモッドが別校舎の中へと突入しに行ってしまった。

 

 

「(のんびり相手をしている暇はない。仮想訓練とはいえ、何度か倒す事が出来たんだ。目の前の敵を切り伏せて、直ぐに追いかけないと。大丈夫、教えられたとおりに動けば絶対に勝てるはずだ)」

 

 

 イケメン師匠の烏丸は言った。俺達の動きなんかよりもモールモッドの動きの方が数段遅い。まずは戦闘を可能とする目を養えと。そのおかげか、先ほどの不意打ちの一撃も難なく受け流す事が出来たのであった。

 玉狛支部紅一点の師匠、小南が言った。常に攻撃の意識を緩めるな。相手の隙を見つけたら果敢に攻めろ。攻撃は最大の防御につながる。

 

 

「スラスター・オンっ!!」

 

 

 一対二本の足を両断された事でバランスを崩したモールモッド目掛けてレイガストを投げ飛ばす。狙いはモールモッドの眼。けど、そんな単純な攻撃手段などモールモッドには通じない。事実、三雲が投げたレイガストはモールモッドの斬撃によって返り討ちに合ってしまうのであった。

 

 

「スラスター・オンっ!!」

 

 

 残りのレイガストにオプショントリガー、スラスターを起動させてモールモッドの懐に入る。

 完璧超人筋肉マンの木崎がいつも最後に付け足していた。どんな戦法も単体では意味をなさない。あらゆる状況を考慮して、“釣り”と“待ち”の二つを臨機応変に使いこなしてこそ、戦術が生かされると。

 一度目のレイガストは敵の隙を突くための釣り。本命はスラスターによって懐に潜り込んだ直接攻撃にあった。

 

 

 

 ――斬っ!!

 

 

 

 三雲のレイガストがモールモッドの眼を切り裂く。目は敵の急所なのか三雲は知らないが、レイガストの一撃でモールモッドは沈黙したのであった。

 初陣による初戦闘で初勝利。喜びを露わにしたい所であるが、そんな余裕は状況的に許されない。急いで別校舎に潜り込んだモールモッドを追撃するべく、三雲は敵の後を追ったのである。

 

 

 

***

 

 

 

『モールモッドが一体やられたみたいだな』

 

 

 センサーで状況を見守っていたレプリカから情報が入る。

 

 

「お、マジか。オサムの奴、意外とやるもんだな」

 

 

 意外と戦える親友に驚いた空閑は、顎に手を添えてこの後の事を考える。

 

 

「そうなると、モールモッド程度ではオサムを何とか出来ないという訳か」

 

『センサー越しだから何とも言えないが、意外と戦い慣れている印象が見受けられる。油断すると痛い目に合うのはこちら側だぞ』

 

 

 予想もしていなかった好評価に考えを改める必要が出来てしまった。まだ、何個かトリオン体を呼び出すゲート装置は持っているが、下手に数を増やして時間をかけてしまうと増援が来てあっという間に制圧されてしまう。それではこちらにうま味がない。

 確実に任務を遂行するにはやはり――。

 

 

「そっか。……なら、俺が行くしかなさそうだな」

 

『それを決めるのはユーマ自身だ。何度も言うが、後悔だけはしない様に』

 

「分かってるさ、レプリカ」

 

 

 親友を取り押さえる為、ネイバーの刺客たる空閑遊真が参戦する。

 

 

 

***

 

 

 

 避難が遅れた生徒達がいる校舎に避難所は存在しない。故に今の彼ら彼女らが助かる方法は、後ろから追いかけるモールモッドから逃げ延びなくてはならない。

 蜘蛛の姿の化け物、モールモッドに追われた一同が向かう先は屋上。勿論、屋上に逃げれば助かる見込みがあるわけではない。最終目的地で思い浮かぶ場所が屋上しかないが為に、向かっているだけである。

 

 

「みんな、急いでっ!!」

 

 

 先頭に立つ比企谷小町が屋上へ誘導する。生徒会の仕事に戻った彼女は運悪く逃げ遅れてしまい、自分と同様に逃げ遅れた人間と一緒になって安全の地を求めて逃亡を図っている。

 

 

「小町ちゃん、ボーダーのお兄さんに連絡した方が――」

 

「それは後だよ、佐補ちゃん。まずは小町達の安全が確保できないと」

 

 

 同じように生徒会で仕事をし続けていた嵐山双子の姉である佐補の提案を一蹴する。

 こう言う状況に陥ったら、と兄の八幡に嫌ってほど教わっていた。まずは自分達が安全の地へ逃げ延びる事が大切である。助けを呼ぶのはそれからだ。警察の様に連絡した数分後に助けが来るとは限らない。ボーダー隊員は圧倒的に数が少ない。何か事件が重なった場合、最悪のケースだと助けに行けない可能性もある。

 緊急事態の心構えを教わっていた小町は、兄の八幡の言いつけどおり、とにかく安全な場所へ避難する事を最優先としたのであった。

 

 

「来たぞっ! とにかく走って!!」

 

 

 最後尾を務める嵐山副が告げる。走力は圧倒的にモールモッドが上であった。後数メートルもしたら確実に生徒達の命を刈り取る刃が届いてしまう。

 

 

「(このままではいずれ――)」

 

 

 全員がモールモッドによって殺されてしまうのも時間の問題であった。そう考えた嵐山副は少ない勇気を振り絞って行動に移した。

 

 

「こっちだ、化け物っ!!」

 

 

 彼はその場に立ち止まって、行く手を阻む様に両手を広げたのであった。

 

 

「副っ!?」

 

「副くん!?」

 

 

 殿を務めていた副の予想外の行動に、全員の足が止まる。

 

 

「こいつは僕が足止めします。三雲さんが来るまでの間、何としても時間を稼ぎます」

 

「なにを言っているのよ。あんたじゃ、あっという間に殺されちゃうわよ」

 

 

 双子の姉の言うとおりだろう。自分程度がいくら頑張った所で何も好転しない。けど、自分の命を投げ出す事で救われる命があるならば……。震える体に喝を入れ、嵐山副は覚悟を固める。

 

 

「兄ちゃんに、ごめんって言っておいてくれないかな」

 

 

 別れの挨拶を告げ、いざ立向かわんとする時――。副とモールモッドの間の窓ガラスが割られ、一人の少年が割って入る。少年の名前はもちろん、彼らの救世主三雲修。

 

 

「みんな、無事だねっ!?」

 

 

 問いかけるだけ問いかけて、三雲はシールドモードのレイガストを前に翳して突貫する。スラスターを利用したシールドチャージで突撃し、モールモッドの動きを封じるつもりなのだろう。けど、体格差から考えて三雲のシールドチャージがいくら強力であったと言え、それほど嵐山姉弟や小町達と引き離す事は不可能。故に一工夫しなくてはいけない。

 

 

「グラスホッパーっ!!」

 

 

 モールモッドの体がわずかながら宙に浮く。ジャンプ台トリガー、グラスホッパーによって強制的に体を浮かばされてしまった結果である。その体目掛けて三雲は再びシールドチャージを敢行する。踏ん張る事が出来ない状態で体当たりを受けたら、そこそこ吹き飛ばせるはずだ。事実、三雲のシールドチャージを受けたモールモッドは近くの教室まで突き飛ばされてしまったのだ。

 遠のいていくモールモッドを見て、嵐山副は力尽きたと言わんばかりに膝を折る。張りつめた緊張感が一気に解放されて体が緩んでしまったのだろう。そんな彼の元へ近寄った三雲は彼の体にポンと置き「よく頑張ったね」と賛辞の言葉を贈る。

 

 

「後は僕に任せて、キミはみんなを護ってくれ。比企谷さん、みんなを屋上に連れて行ったら先輩に、八幡先輩に助けを求めてください。本部に助けを求めるよりも、あの人に連絡した方が早い」

 

「う、うん。けど、三雲君は?」

 

「僕は……。あのネイバーを何とかしないとね」

 

 

 片手でトリオンキューブを生成し、自身と彼女らの間の空間に網を張る。オプショントリガーのスパイダーを使って、時間稼ぎ用のトラップを生成したのであった。

 

 

「さぁ行って」

 

「……分かった。三雲君、気を付けてね」

 

 

 全員の姿が屋上へ消えると同時にモールモッドの姿が現れる。あの程度の攻撃ではモールモッドの装甲に傷一つ付かないらしい。けど、それは分かって居たこと。ただでさえ自身のトリオン量が少ないと自覚していた為、予想以上にダメージを与えられなかった事は想定の範囲内である。

 

 

「(狭い通路だと、機動性に優れている者が有利。この場合、接近して相手の刃を封じるのが得策か)」

 

 

 面倒だと常々言っていた師匠、八幡が言っていた。どんな強敵も利用できるもの次第で戦いになる。真正面から戦うだけが戦闘ではない。弱いお前は使えるものは何でも利用し、自分の有利な条件へと持って行けと。

 

 

「アステロイドっ!!」

 

 

 通常弾、アステロイドを分割させず大玉の状態でモールモッドのモノアイ目掛けて放出する。今度は自分のミスで他の学生に当てる心配はない。三雲は弾丸を対処するモールモッド目掛けて、更にもう一発大玉のアステロイドを放つ。

 通常弾、アステロイドは放出する都度に射出速度、威力、射程のステータスを変更させることが出来る。今回放出した三雲のアステロイドは威力重視の設定である。

 だけど、渾身の大玉通常弾はモールモッドの刃によって真っ二つに両断されてしまった。

 

 

「アステロイドッ!!」

 

 

 大玉アステロイドを難なく切り伏せられたにも関わらず、通常弾で応戦する。今度は四分割に分断し、射出速度重視の設定で解き放ったのだ。当然、先ほどの通常弾と比べて威力は小さいが飛来スピードは段違い。対処しようと刃を構えるモールモッドの複眼に二発着弾する事に成功したのであった。

 攻撃を受けたモールモッドが一瞬だけ怯みを見せる。その大きな隙を三雲は逃す事はない。残っているレイガストを振りかざしオプショントリガースラスターを起動。三雲お得意のレイガスト投擲でモールモッドにトドメを与える。

 スラスターの推進力の恩恵を受けたレイガストは、モールモッドのモノアイに突き刺し、体を貫通して通り抜ける。短い悲鳴を上げたモールモッドはその場で倒れ伏し、完全に沈黙したのであった。

 敵の鎮圧に成功した三雲はヘナヘナと膝を折り、尻餅をつくのであった。

 初の実戦戦闘と加えて単独戦闘だ。幾ら仮想戦闘で何度も戦った敵とは言え、緊張しなかったと言えばうそになる。何より校舎に突入する際にグラスホッパーを使ってショートカットした為に、トリオンがいつ底を突いてしまうのかと気が気でなかった。そう言う意味では自分はよく戦ったと、自分自身を褒めてやりたいぐらいであった。

 本当ならもうしばらく休んでいたい所であったが、屋上で待つみんなに戦闘が終わった事を知らせなくてはいけない。膝を付いて立ち上がった三雲はみんなの待つ屋上へ足を進めたかったのだが、後ろから聞こえる足音のせいで向かう事が出来ずにいた。

 

 

「(……逃げ遅れた生徒? いや、それならこんな落ち着いた足取りはおかしい。だとすると――)」

 

 

 念の為にレイガストを拾い上げ、シールドモードの体勢で身構える。

 

 

『……どうやら、モールモッドは完全に倒されてしまったようだな』

 

「そうみたいだな。……やるじゃん、オサム」

 

 

 現れた人間、親友の姿を確認した三雲は怪訝な表情を見せる。

 

 

「空閑。どうしてここに――」

 

 

 来たんだ、と言おうとしていた口を閉ざす。いや、正確には閉ざさずに終えなかったのだ。

 空閑の前方に鎖の印が浮かび上がり、トリオンで生成された鎖が三雲に襲い掛かってきたのだ。

 

 

「へぇ。いまのを避けるのか。やるなオサム」

 

 

 トリオン兵、モールモッドを撃退した三雲は目の前にいる親友の姿を見て愕然とする。

 

 

「どうしてだ……」

 

 

 それは信じられない光景であった。親友と思っていた友人がネイバーであった事に信じられない自分がいたのである。

 

 

「どうしてだ、空閑っ!?」

 

 

 相対する空閑遊真は、三雲の呼びかけに答える事無くトリオンの鎖で襲いかかる。


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