八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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016:絶望を打ち破る猫

 空閑VS三雲の戦いが最終章に突入した頃、八幡と葉山は目と鼻の先まで近づいていた。

 

 

「……見えた、あれだな」

 

 

 現場を視認した二人はすぐさま戦闘準備を始める。弧月を生成した八幡は空いた手でアステロイドを作り出して奇襲を図る。

 

 

「援護する、ヒキタ……いや、比企谷」

 

 

 右手に散弾銃、左手にトリオンキューブを作り出して援護体勢に入る。

 昔の癖なのか、八幡が前で弧月を抜いた時は必然と背中に隠れる様に追従する形になってしまう。

 懐かしさを感じつつ、後ろから追ってくる葉山に向けて口にする。

 

 

「腕は落ちていないだろうな、葉山」

 

「当然だ。来馬先輩や諏訪先輩、出水君から師事を受けたんだ。足手纏いにはならないさ」

 

「そうかい。……なら、行くぞ!」

 

「了解」

 

 

 お互いに意思確認を終え、いざ現場へ殴りこもうとした時――。

 

 

「ちょい待ち、お二人さん」

 

 

 二人の進路を遮る様に現れた迅悠一が現れたのであった。

 勢いを殺された二人は迅の直ぐ傍に着地し、生み出した武器を一旦消した。

 

 

「……迅先輩」

 

「ったく、ダメじゃないか八幡。いまここで、お前さん達が加勢したら困るんだよ」

 

「邪魔をしないでください、迅先輩。サイドエフェクトで何を視たか知らないが、あそこには妹の小町がいる。それに弟子の三雲を放って置く選択肢はない」

 

「その選択肢がメガネ君の未来を滅茶苦茶にすると分かっていてもかい?」

 

「だったら聞くが、何であんたはここにいる。戦闘に加入しない事が今後の未来の為に必要と言うならば、放って置けばいい話しだろ。けれど、あんたはここにいる。まだ未来は確定していないんじゃないか?」

 

 

 以前、迅はこう言っていた。未来は無限の可能性に満ちている。サイドエフェクトで見た未来になるとは絶対に限らない。俺は可能な限り良い未来に導くために動いている、と。

 

 

「お前たちが駆けつけて、メガネ君に加勢する未来が視えたんだよ。二人が加勢すればメガネ君が勝つ未来は確約される。けど、この戦いはただ勝つだけじゃダメなんだよ」

 

「どう言う意味ですか?」

 

「いまメガネ君が戦っている敵は彼の学友だった者だ。……分かるだろ、八幡。相手は人型だ。しかも黒トリガーの所持者と来ている」

 

 

 迅の口から飛び出した単語に言葉を詰まらせる。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。僕にも分かる様に説明してくれませんか」

 

 

 突然の想像をはるかに超えた情報に葉山はパンク寸前であった。今現在起こっている状況を把握している二人に対して説明を求める葉山であったが、彼の要望は迅の「ごめん」と言う謝罪の言葉で却下されてしまう。

 

 

「訳は後で話してあげるから、いまは大人しくしていてくれないかな金髪君」

 

「わ、分かりました」

 

 

 へらへらと締りのない顔で言われた葉山は身震いする。一見、緊張感のない顔をしているように見えるが己を捕えている双眸は真剣そのもの。下手に突いたら己の身が危険に晒される、と経験で培った勘がそう訴えてきている。

 葉山はいつでも強襲を受けてもいい様に、いつでもアステロイドを生成出来る様に身構えるのであった。

 

 

「相手が黒トリガーなら、なおさら三雲一人では手に負えないだろうが。俺達が束になっても勝てると限らない相手だ」

 

 

 優れたトリオン能力を持つ者が命と全トリオンを注いで作られたトリガーが黒トリガーと呼ばれている。性能は八幡達が使用している通常のトリガーよりもはるかに強く、特殊な性質を持っている。戦争の力関係にすら左右されるトリガーを相手にする時は、複数で連携して対峙するのが鉄則だ。単独で相手をした所で倒されているのが目に見えているからだ。

 

 

「だから、俺達は今日の為にいろいろ準備をしてきたんだ。切り札も託した。後はそれを上手く使ってくれることを祈るのみ。八幡はメガネ君を信用できないと言うのか?」

 

「その問い掛けは卑怯だ」

 

 

 三雲修は比企谷八幡にとって初めての弟子である。驚くほど実力がなかった意識高い系の弟子はくそが付くほど真面目な性格の持主である。軽くアドバイスをしたらお礼は返すし、何気なく言った言葉も真剣に考えて実行に移したり、捻くれた自分と真逆な性格の持主と言えよう。

 初めは面倒だと思っていたが、次第に情が湧いてしまった。妹の小町程ではないが、出来る事ならば力になってあげたい一人にまでなった人物である。

 そんな三雲を信じていないのか、と聞かれたら答えは否だ。覚えが悪いのは確かであるが、それでも少しずつ実力は伸びている。自分の得意戦術すらも盗んでいった弟子を信じられないわけがない。

 

 

「……一つだけ教えてください。この戦いで、あんたの言うとおりに動けば何が起こるんですか?」

 

「メガネ君にとって、最大の味方が手に入る」

 

「そうですか。……行くぞ、葉山。どうやら俺達はお邪魔らしい」

 

 

 くるりと踵を返して、撤退を告げる八幡。其の信じられない決断に当然葉山は納得いくわけがなかった。

 

 

「ちょ、ちょっと比企谷。良いのか? あそこには妹さんの小町ちゃんもいるんだろ? いくら未来を視る事が出来る迅さんの言葉でも簡単に信じていいのかよ」

 

「あ? 信じられねぇよ。いかに憧れのS級の迅先輩に言われた所で信じられる訳ないだろうが。……今回、信じているのは俺達の弟子だけだ」

 

「弟子? キミの弟子がどれほどの腕か分からないが、相手は黒トリガーなんだろ。それが分かっているのに援軍に行かないのは信じる信じないの問題じゃない、ただの敵前逃亡だ。弟子を見捨てると言うのか!?」

 

 

 葉山のいう事はもっともである。相手が黒トリガー使いならば、三雲は絶体絶命の危機に陥っているはず。いまかいまかと援軍を待ち望んでいるはずだ。其の援軍の役割を担っている自分達が現場の眼先にいる。ならば、行かない理由は何一つないはずだ。

 

 

「まぁまぁ、金髪君のいう事は最もなんだけど。今回は俺の顔に免じて許してくれないかな。それに八幡、なにも帰る事はないだろ。お前たちの力はこの後に絶対必要なんだからよ」

 

「……必要? また、お得意の未来視で何かを見たんですか?」

 

「あぁ。メガネ君の勝利と黒幕の登場が、な」

 

 

 不敵な笑みを浮かべて迅はそう告げるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 空閑の一撃はどれも致命傷を与えるほどの大打撃となりうる攻撃ばかりであった。『強』印によって放たれた一撃で教室から突き飛ばされた三雲の体は限界に近づいている。

 

 

「(まずい。これ以上攻撃を受けてしまったら……)」

 

 

 ただでさえ、モールモッド戦の時にトリオンを使い果たしてしまったのである。未だに三雲が戦闘体を維持できているのは、高翼【ホーク】が装備されているトリガーに緊急脱出が装備されていないおかげである。つまり、今現在のトリオンは本来逃げる為に消費されるはずであったもの。言葉通りトリオンを絞りに絞って戦っているのだ。

 

 

『……か。メガ』

 

 

 絶体絶命。文字通り命の危機に立たされた三雲の通信機に聞き慣れた人物の声が届く。若干ノイズが紛れていて聞き取れなかったが、間違いなく自分の見知った人物の声であった。

 

 

『返事はしなくてもいい。逃げ遅れた人達は俺達が保護した、みんな無事だよ。後はメガネ君達が無事に戻ってくるだけだ。……男の見せどころだぜ、メガネ君』

 

 

 自然と笑みがこぼれてしまう。絶望と思っていた状況に希望の光が差された。少なくとも自分が負けた所で他の生徒が傷つく事はない。

 後顧の憂いが無くなった三雲は博打に近い策を思いつくのであった。

 

 

「どうした、オサム。まだ降参するのは早いんじゃないか」

 

「そうだな。月並みに言えば戦いはこれからだ、だな」

 

 

 残った右腕で片膝を押し当てて、勢いよく立ち上がる。先の攻撃で左腕を失ってしまっている。こういう時の対処法を思い出しながら、三雲は半身の体勢で構えるのであった。

 

 

「その前に空閑、教えてくれ」

 

「教える? 敵に教えを乞うとは、オサムは随分と甘いな」

 

「そうだな。けど、これだけは知りたいんだ。……お前がネイバーだったなら、何で学校なんかに転校してきた? そんな事をしてもお前にメリットの一つもなかったはずだ」

 

 

 空閑は言った。自分の目的はボーダーの情報と使用しているトリガーの奪取と。ならば、自分が通う学校に入るメリットはないに等しいはずだ。むしろ、時間を束縛されるだけと言うデメリットでしかない。任務を優先するならば、そんな愚かな事をする必然性は見られないはずだ。

 

 

「なぜって、そうしないと色々と煩いだろ。平日だとお巡りさんとかに職質受けちゃうし」

 

「そんなの気にするお前じゃないだろ。最悪の場合、殺せばいいだけの話しじゃないか」

 

「物騒な事を言うなオサムは。けど、なるほど。そう言う強硬手段もあったんだな」

 

 

 解決できない消失事件はネイバーに攫われたと警察が処理してくれる。それを利用すれば第三者に目撃されなければ、何の問題もなく平日も行動できるはずだろう。

 

 

「理由はさっき言った通りだ。そこまで考えが至らなかった。単純に在籍していたと言う証明が欲しかっただけだ。勉強は難しかったが、学校生活は悪くなかったぜ」

 

「そっか悪くなかった、か。半年近く何もしなかったんだ。結構気に入ってくれたんだろ? だったら空閑。これ以上、不毛な戦いはやめないか?」

 

「無茶言うな、オサム。俺にも色々と事情があるん――」

 

『ユーマっ!!』

 

 

 指輪越しからレプリカの制止の声が上がる。其の言葉に自分が喋りすぎたと気づいたのだろう。「おっと」と言葉を漏らして、口に手を当てる。其のいかにも隠し事がありますと言いたげな態度に三雲の口角が曲がるのであった。

 

 

「そっか。事情があるんだな。……なら、その事情を聞かせてもらうから」

 

 

 高翼【ホーク】のバーニアを噴射させる。片腕分の推進力しか得られないが、短距離を移動するには十分なパワーを有している。

 三雲は何の小細工なしの真っ向勝負を所望しているようだ。確かに腕から伸びている高翼【ホーク】の刃は厄介である。単体シールドで受けても切り裂かれてしまう恐れがあるからだ。三雲がそれを最後の手札にするのは理解できる。

 

 

「いいぜオサム。俺に勝ったならば、話してやるよ。『強』印、六重」

 

 

 純粋なパワー勝負で負けるはずがない、と分かって居る空閑は三雲の真っ向勝負を受けて立つ事にした。どんなに優れた兵器でも使い手も三雲ならば負けるはずがない。強化された打撃を放てば確実に勝てると踏んでいる。

 噴射の出力を上げ、三雲は高速移動を行う。空閑がいる正面でなく、皆が待つ屋上の通路へと。

 

 

「……は?」

 

 

 これには空閑も目を丸くせずにいられなかった。小細工なしの正面衝突。それが最後の三雲の悪あがきであると思っていた。それにも関わらず、三雲がとった行動はまさかの逃亡行為である。

 

 

『マズイな。いつの間にか援軍が来ている。オサムは援軍と合流するつもりだぞ』

 

 

 長く居座ったせいか平和ボケしてしまったのかもしれない。いつもならば即座に探知出来たはずなのに、三雲が逃亡を図るまで気づく事すら出来なかった。

 

 

「追うぞ、レプリカ。『弾』印っ!」

 

 

 即座に三雲の追撃にかかる。数はそれほど多くはないが、意外と三雲との戦いでトリオンを使いすぎた。これ以上、戦闘が長く続ければトリオン切れに陥る可能性も出てしまう。

 それに三雲を逃がせば自分の情報がボーダーに流れてしまう。正体を知られている以上、この先は気軽に散策する事も出来なくなってしまうだろう。それは絶対に避けなくてはならない。

 弾印で三雲を追う。廊下を真直ぐ飛来し続けている三雲を見て思わず「正直に逃げ過ぎだろう」とぼやいてしまう。素直な逃げ方に素人臭さを感じつつ『弾』印で距離を詰める。

 速度差を考えると階段手前でとらえる事が可能だろう。

 三雲と空閑の距離が徐々に詰められていく。追いつくのも時間の問題と思った矢先、三雲の体が反転したのであった。

 

 

「イグニッションっ!!」

 

 

 反転して間もなく、オプショントリガー【イグニッション】を作動させ、残った【ホーク】を射出。空中姿勢で飛来する【ホーク】を避けられないと踏んでの攻撃であった。

 けど、空閑には空中機動を可能とする『弾』印がある。グラスホッパーと同様の効力を持った『弾』印を起動させ、難なく三雲の最後の一撃を回避したのであった。

 

 

「残念だったな、オサム。これで最後だ!」

 

 

 先に起動させて六重の『強』印を右腕に刻み、大きく振り上げる。

 もし、この場に第三者がいたなら空閑の発言にツッコミを入れたことであろう。

 

 今の発言は失敗フラグである、と。

 

 振りかぶった空閑の体に衝撃が走る。何事かと衝撃を受けた体に視線を移すと、自分の行く手を阻む様に無数のワイヤーが存在していたのであった。

 

 

「これは……」

 

「ワイヤートリガー【スパイダー】だ。使用者がいなくなっても、スパイダー事態は消えない。かかったな、空閑」

 

「こんなの、いつ……」

 

 

 張ったんだ、と驚きの声を上げた空閑は思い出す。

 いま、自分の行く手を阻んだ【スパイダー】は三雲が逃げ遅れた生徒達の時間稼ぎの為に張られたものであった。

 三雲は片翼の【ホーク】を射出した後、自分で張った【スパイダー】に引っ掛からない様に滑り込んで、絶対的な隙を作り出したのであった。

 

 

「空閑っ! お前は言ったな。俺に勝ったらならば、話してやるって。……話してもらうからな」

 

 

 左足を一歩後ろに引く。其の構えはまるで失った左腕で殴りつける様な体勢であった。

 

 

「使わせてもらいます、材木座先輩。【ライコイ】顕現っ!!」

 

 

 三雲の指示に従い、試作品トリガーの一つ【ライコイ】が起動される。欠損した左腕に機械仕掛けの腕が生成され、三雲の背丈はあるだろう大きな筒が付随されていた。

 

 

「(なんだ、あれは……)」

 

 

 一言で言えば奇怪であった。数多くの死闘を潜り抜けて来た空閑も三雲が生み出した兵器を見るのは初めてであった。

 

 

「セットっ!!」

 

 

 両足がアンカーによって地面と固定化される。

 これから行われる技はそれだけ使い手自身にも衝撃力が掛かると言われている。

 材木座は言った。この兵器は男のロマンが詰まった一撃必殺の武器。どんな強大な敵であろうとも勝利をもぎ取ってくれるであろう、と。

 ただし、この武器は多大なトリオンを注がないと発動しない。改良して使い勝手が良くなったと言え、今の三雲が放つことが出来る回数はたったの一発。改良してから試運転もされていない兵器に頼るのは危険な賭けとも言えるが、空閑を倒す方法はこれしか考えられなかった。

 【スパイダー】によって一時的に体勢が崩れた空閑に【ライコイ】を向け――。

 

 

「スパイクッ!!」

 

 

 ――解き放つ。

 筒状から先端が尖った杭が高速射出され、空閑の心臓を抉らんと伸びていく。

 

 

「『強』印、二重。『盾』印っ!!」

 

 

 だが、解き放たれた杭は空閑が生み出した『盾』印によって阻まれてしまう。

 

 

「ふぅ。驚いた」

 

『いや、まだだ』

 

 

 間一髪と冷や汗を拭う空閑であったが、まだ【ライコイ】の脅威は終わらない。

 そもそも空閑は分かっていない。この兵器は男のロマンが詰まった一撃必殺の武器。種別で例えるならばパイルバンカーに当たる。パイルバンカーの役割は敵の装甲を撃抜き無力化させること。

 つまり【ライコイ】の製作テーマは“どんなシールドでも撃抜くのみ”である。例え黒トリガーで生み出されたシールであろうとそれは例外ではない。

 

 

「ブレイクッ!!」

 

 

 オプショントリガー【ブレイク】の起動を命じる。『盾』印によって行き場を失った【ライコイ】の杭が高速回転され、空閑の『盾』印を抉り取っていくのであった。

 改めて言おう。【ライコイ】はかつて八幡と材木座が共同で生み出した【ラプター改】の改良機。男のロマンがふんだんに備わった一撃必殺兵器は盾モードのレイガストでさえ簡単に貫いて見せる。

 抉り『盾』印を貫通した【ライコイ】の杭は空閑の心臓を捉え穿つ事に成功する。


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