八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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017:ヒーローは親友を取り戻す

『戦闘体活動限界』

 

 

 空閑の心臓部に【ライコイ】の杭が打ち抜かれたと同時にトリオン体を維持する事を知らせる機械音が三雲の耳を劈く。正真正銘、今の一撃が最後の足掻きであった。

 実体へ強制的に戻された三雲は【ライコイ】によって、体全体にヒビが生じた空閑を見やる。

 

 

「まさか、オサムに負けるなんてな」

 

 

 その言葉を最後に空閑の体が爆散される。同時に白煙が拡散されて視界が妨げられてしまった。両手で顔を覆い、爆散から生じた衝撃を耐えた三雲の眼先に自分が良く知る空閑の姿を確認する。

 

 

「まいったまいった。オサムは強いな。俺の負けだよ」

 

 

 降参と両手を挙げて敵意がない事を示してくる。

 

 

「……随分と潔いんじゃないか、空閑。お前らしくもない」

 

「幾ら俺でも、この状態で新たにボーダーを複数相手にすることは出来ないさ」

 

「なるほど」

 

 

 トリオンを回復する方法は今のところ解明されていない。

 回復する為には時間を置いて自然回復を待つしかないとされている。

 黒トリガーがいくら性能に優れていたとしても、それを使用する為の燃料たるトリオンがなければ無力も当然であった。

 

 

「さ、煮るなり焼くなり好きにしなさい。言っとくが、俺は美味しくないぞ」

 

「……教えてくれ、空閑。空閑の事情って奴を」

 

 

 空閑は言っていた。俺にも事情があるん、と口を滑らしていた。

 慌てて言葉を閉ざした所を視るとやらなくてはいけない事情があるとバカでも推測できた。

 

 

「それを知ってどうする?」

 

「力になりたい」

 

 

 即答であった。

 空閑もまさか三雲から「力になりたい」なんて返答が来るとは思っても見なく、目を丸くさせて唖然としてしまう。

 

 

「……オサム。敵の俺が言うのもなんだけど、それは面倒見の鬼を超えているだろ。鬼の上位主ってなんだっけ?」

 

「さぁ。少なくとも僕は空閑の事を敵とは思っていないよ。……親友の力になりたいと思うのは自然の事だろ?」

 

 

 本気で敵対行動を起こしていたならば、三雲は一瞬で空閑に負けていたであろう。幾ら制約を課せられたせいと言っても、普通のトリガーで黒トリガーにタイマン勝負で勝つのは不可能に近い。

 けれど、三雲は空閑に勝った。普通に考えればあり得ない事である。空閑自身も親友と呼んでいた三雲と戦う事を本能的に抑えてしまったのかもしれない。

 全ては三雲の勝手な想像にすぎないが、そうであって欲しいと思ったのであった。

 

 

『もういいだろう、ユーマ。ここからは私が話そう』

 

 

 沈黙の間を破ったのは空閑でもなければ三雲でもなかった。敵の援軍と誤解した三雲は慌てて周囲を確認するのだが、会話に割って入ってきたであろう声主の姿は見られなかった。

 

 

『いい反応だ、オサム。しかし、いまさっきまで敵であったユーマに背を向けるのは些か警戒心が足りないと言わざるを得ないな』

 

 

 空閑の指輪から何かが出現する。それは炊飯器に似た一個体へと変化を遂げた。

 

 

『初めまして、オサム。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』

 

「トリオン兵なのか?」

 

『察しの通り、私はユーゴによってつくられた多目的型トリオン兵だ』

 

「ユーゴ?」

 

『ユーマの父親だ』

 

「空閑のお父さんが、レプリカを作ったと言うのか?」

 

 

 もし、それが本当ならば凄い技術力である。

 ここ最近、本部に足を踏み入れていないから断定できないが、レプリカの様な自立型トリオン兵を作れる技術はないはず。いったい、中身はどうなっているのだろうと少しばかり興味が注がれる三雲であった。

 

 

『その話しはまた今度しよう。今は時間もないし、手短にオサムの疑問に答える事にしよう』

 

 

 先ずは、とレプリカは話しを始める。

 

 

『ユーマは小さい頃から戦争中の近界を転々としていた。至る所でユーゴは戦争に参加し、ユーマも十一の頃から見習い傭兵として戦いに身を投じ始めた』

 

「なっ!?」

 

 

 それを聞いて言葉を失う。十一と言えば、こちらの世界では小学校高学年である。

 三雲が何気なく小学校で授業を受けている間に空閑が凶弾と凶刃が飛び交う死地を潜り抜けていたと考えると寒気を覚えて仕方がなかった。

 

 

『当時滞在していた国の防衛団長はユーゴの旧知の仲だったらしく、敵国に攻められていると聞いて、ユーゴは防衛団長と共に防衛線を繰り広げていた。ユーゴのおかげで不利だった戦況を五部まで押し戻し、しばしの間均衡状態が続いた。だが、奴らが現れた』

 

「奴ら?」

 

『神の国、アフトクラトルの尖兵達だ』

 

「アフトクラトル?」

 

『その話しもおいおいしていこう。奴らは三体の黒トリガー使いを寄越し、我々がいた世界を蹂躙していった。その時、ユーマも多大なダメージを負う事になってしまった』

 

 

 

 ――ドン

 

 

 

 説明の途中、衝撃音が響き渡る。何事かと三雲とレプリカが見やると廊下の壁目掛けて拳を打ち付けた空閑の姿があった。今の衝撃音は空閑が打撃をした音であった。

 

 

「……空閑?」

 

「おっと、すまんすまん。続けてくれ」

 

 

 どうやら無意識的に体が動いてしまったようだ。よっぽど因縁があると見た三雲は彼の言葉に従い、レプリカに話しを続けるように頼む。

 

 

『今の話しを聞いて察しがつくと思うが、ユーマが受けたダメージは深刻だった。いつ命を落としても不思議じゃなかったユーマを救う為、ユーゴが黒トリガーを作り上げたのだ。そう、先ほどユーマが使っていたトリガーこそ、その黒トリガーだ』

 

 

 なるほど、と短く答える。

 それ以外になんて返答をしていいのか分からなかったから。

 

 

『死に行くユーマの体はトリガーの内部に封印される。代わりに肉体をトリオンで作り上げてユーマの命を繋ぎ止めたのだ』

 

「けど、それじゃあ――」

 

『――なにも解決していない。今もトリガーの内部でユーマの体は死に近づいている。ゆっくり、ゆっくりとな。歳の割にユーマの体が小柄なのは、トリオン体だからだ。トリオン体は成長しないからな』

 

 

 横から「そそ。今の生身の俺は、きっとオサム以上に背が高いはずだ」と胸を張っているが、茶化す事も「そうだな」と苦笑いする事すら出来なかった。それだけいまの空閑の状況が壮絶を極めているのだ。もはや、三雲のキャパシティを遥かに凌駕していると言えよう。

 

 

『話しを続けよう。ユーゴの死後もユーマは黒トリガーを使いながら戦争に身を投じ続けた。ユーマの黒トリガーのお陰で再び均衡を取り戻しつつあると思われたのだが……』

 

「まさか、負けたのか?」

 

『その通りだ。アフトクラトルも長期戦を避けたかったらしく、ユーマに三体の黒トリガー使いを送り出したのだ。生身のユーマを死に追いやった、鎧人間もな』

 

 

 黒トリガーを相手にするには同じ黒トリガーをぶつけるのが効率的だと言われている。

 その時の最大戦力を全て投下する大胆な作戦はやり過ぎ感を否めないが、思い切った良い作戦とも言えよう。

 

 

『どうにか上手く戦えたのだが、奴らの狙いはユーマの足止めだった。アフトクラトルは四体目の黒トリガー使いを送り込んで、短期決戦に持ち込んで来た』

 

「黒トリガーが四本も、なんて」

 

『私達が知る限り、アフトクラトルは十三本所持している。しかし、一国を責めるのに二本以上使うのは稀であった。結果、私達は敗北。国民の大半は人質にされ――』

 

「空閑はその人達を助ける為に取引を持ちこんだんだな?」

 

『ご名答だ。後はオサムの知る通りだ。私達は玄界と呼ばれているこの世界に単独で潜入し、情報をかき集めていた。来る日に備えて、な』

 

「来る日? 大規模侵攻の事か!?」

 

『こちらではそう呼ばれているらしいな。その通りだ、オサム。アフトクラトルの連中は多くのトリオンとトリガー使いを求めている。後は言わなくても分かるだろう』

 

 

 頭痛を覚えて眉間を抑える三雲。先程から冷や汗が流れて仕方がなかった。

 もはや、自分一人では対処不可能なスケールの大きさ。これをどうにかするには、玉狛の師匠達の意見が必要不可欠であった。

 そこでふと疑問がよぎる。

 

 

「ありがとう、レプリカ。けど、聞いておいてなんだが、そんなにぺらぺらと話してもよかったのか?」

 

 

 親友の事情を知る事が出来たのは素直に嬉しい。しかし、本来ならば抵抗しないといけない所をレプリカは自ら進んで自分たちの事情を話してくれた。それは違った見方で言えば裏切り行為と言えなくないだろうか。

 そんな三雲の考えは的中してしまったらしい。

 

 

「まぁな。言ってみれば、俺達は諜報員やスパイと言った部類だ。オサムに負けた時点で戦略的価値がないと決めつけられてもおかしくないだろう。使えない奴はトカゲの尻尾切り。それが俺達の常識だからな」

 

 

 疑問に答えたのは空閑の方であった。

 

 

「……空閑、これからどうするんだ?」

 

「どうするって言ってもな。俺はオサムに負けたんだ。俺達の常識なら、俺の命をどうするもオサムの自由だ。煮るなり焼くなり、好きにしていいさ」

 

 

 なぜ、そんな事を淡々と言えるのかと込み上がった怒りを爆発したい所であるが、それは価値観の違い故、何を言っても無駄である事は承知している。

 

 

「そっか。なら、空閑。ボーダーに入ってはくれないか?」

 

「なに?」

 

「空閑の戦闘力や知識、そしてレプリカが蓄えているだろうデータは僕たちボーダーからしてみれば咽喉から手が出るほど欲するものだ。空閑の決定権を僕に委ねてくれると言うならば、僕達の味方になって欲しい」

 

「……俺を洗脳するってことなのか?」

 

 

 とらえたトリガー使いを自分の手駒として使う場合、洗脳して自分の味方にしてしまうのが手っ取り早いとされている。状況次第では昨日共に戦った友が今日になったら敵同士になっているケースだって珍しくないのだ。

 けど、空閑の予想は外れたらしい。三雲が「違う」と言って、頭を振ったからだ。

 

 

「僕は空閑自身の意志で仲間に来て欲しいんだ」

 

「俺の意志って……。オサム、甘い甘いと思っていたが甘過ぎだぞ。そんな事を許してくれる人間はどこにもいなかった」

 

「なら、僕が説得する。空閑とレプリカの有用性を説けば、上の人間だって納得できるだろう」

 

 

 説得する材料はレプリカの説明からいくつか得られた。

 その材料を基本ベースにして戦えば充分交渉の余地があると踏んでいる。

 ウソを見抜けるサイドエフェクトを持つ空閑は、今の言葉全てが嘘でないと嫌でも知ってしまう。普段から面倒見の鬼の名に相応しいほど世話になっていたが、先ほども言った通りもはや鬼の領域は越していると言えよう。

 

 

「だから空閑――」

 

 

 右手を空閑に差し出す。其の手の真意を察せなかった空閑は「これは?」と聞くよりも早く告げる。

 

 

「――仲間になって欲しい。親友として、相棒として共に戦ってほしい」

 

 

 駆け引きなしの真直ぐな言葉を叩きつけられた空閑は、差し出す三雲の手の意味にようやく気付いた。けど、その真意をくみ取る事はまだ出来ない。

 

 

「俺はアフトクラトルのスパイだったんだ。また、いつ裏切るか分からないぞ。それでもいいのか?」

 

「その時は全力で止める。一度は勝ったんだ。次も勝って見せる」

 

「俺を引き込む事でオサムに迷惑かける可能性もある。それでも――」

 

「――構うものか」

 

「俺は――」

 

「――空閑。つまんないウソをつかないでくれ」

 

「……それ、俺がよく口にするセリフなんだがな」

 

「それは悪かったな。お株を奪う真似をして」

 

 

 で、と返答を促される。

 三雲の言うとおり、下手なウソをついた所で納得してはくれないようだ。あの炎を灯す真直ぐな瞳を払う手段を空閑は持ち合わせていなかった。

 

 

「……レプリカ」

 

『それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

 

 

 助力を求めようとした矢先、レプリカに回り込まれてしまった。お決まりのセリフを口にして「こっちに意見を求めるな」と言い返されたのである。

 

 

「……はぁ。降参だ。どうせ、戻る事が出来ないんだ。ならば、オサムと一緒にどこまでも突っ走るのも悪くないか」

 

「じゃあ――」

 

「――これからもお世話になります、親友」

 

 

 やっと、差し出された手を取って握り返してくれた。

 三雲修の説得により、後の切り込み隊長となる空閑遊真を仲間に加える事に成功した。

 運命の交差路に立っていた三雲修はこれを機に茨の道を歩み続ける事になる。

 玉狛メガネの戦いはこれからなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 時は少しさかのぼる。

 三雲が【ライコイ】で空閑の心臓をぶち抜いた瞬間、未来が確定される。

 未来視を持つサイドエフェクトの持主、迅悠一は待ち望んでいた結果に至った事を知り「よし」とガッツポーズを見せる。

 

 

「どうやら、その様子だと賭けには勝ったみたいですね」

 

 

 敬愛する先輩のあまり見かけない行動を視た八幡は、救出した生徒の一人を地面に下ろしている。

 彼らは三雲が空閑と戦っている間、屋上へ避難していた生徒達へ向かったのであった。

 

 

「あぁ。これで最大の脅威の一つが最高の味方に変化してくれた。ったく、メガネ君様様だよ、ほんとに」

 

「そう言う風に仕向けた迅先輩が言ってもなぁ……。で、視えたんでしょ? 逃げ遅れた生徒達も全員保護する事が出来たし、そろそろ三雲の方へ駆け付けてもいいんじゃないか?」

 

 

 迅の様子から三雲がどうにかやり遂げた事は察せる。それ自体は師として、大変誇りに思えてならないが、戦いを終えた直後が一番気を引き締めなければならない。様子を伺えないので断定できないが、激戦をやり遂げたせいで緊張が一気に解放され、気を緩めがちになる事が多い。特に三雲は今回が初めての実戦。戦いの後が一番危険であることを彼はまだ知らないはずだ。

 

 

「そうだよ、お兄ちゃん。なんで、直ぐに三雲君の所へ行ってあげないの?」

 

 

 八幡の言葉に同意したのは、彼の妹の比企谷小町であった。彼女の思いと一緒の嵐山姉弟も「そうです」と激しく頷いて見せる。

 

 

「いまここで、お前たちを放って援軍に向かう事は出来ないだろ。お前たち、さっさと避難所へ逃げろと言っても逃げないんだから」

 

「だって、後は一体だからもう大丈夫って、迅さんって人が言っていたじゃない。小町達も三雲君が心配なんだもん」

 

 

 救出する際、迅が逃げ遅れた生徒達を安心させる為に「三雲君が残りの一体を相手しているから、もう大丈夫だよ」と情報を漏らしてしまったのである。

 小町達を初めとした一般人たちはモールモッドやバムスターを初めとしたトリオン兵だけが近界民だと思っている。自分達と同じ人型がいるなんて彼女達は知らないのだ。

 知らない小町達相手に「敵は黒トリガーだから気を付けろ」と言ったところで、彼女達は分かりようがないのだ。

 

 

「心配なのは分かったが、お前たちがこんなところにいたら、三雲が満足に戦えないだろうが。大人しく避難所へ逃げて――」

 

「いや、比企谷。どうやらその必要はなさそうだぞ」

 

 

 言葉を挟んだのは葉山であった。彼はいつでも敵が来てもいい様に警戒態勢を取っていたはずなのだが、ある方角を見据えた直後に武装を解いたのである。

 

 

「……君たちの英雄が戻ってきたみたいだ」

 

 

 葉山の指差した場所から二人の少年が現れる。疲れ切った空閑と三雲が無事に戻ってきたのであった。


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