「スラスター・オン!」
両手剣形のトリガーレイガストのオプショントリガー、スラスターを利用しての投擲を行う弟子の姿を見る。
比企谷八幡は己のトリガー、レイガストを起動させて迫り来るレイガストを薙ぎ払った。
「三雲。お前はレイガスト投げ過ぎ。それをやるならアステロイドと併用して攻撃しないと意味ないぞ」
「そう言う先輩こそ、レイガストで殴る必要はなかったんじゃないですか。弧月があるんですから、それで打ち払えばいいでしょう」
「お前、あれだよあれ。俺の師匠であるレイジさんなら、絶対にレイガストで殴りつけるから。悪いのは師匠の教育だ」
「なら、僕も先輩から幾分か教育を受けていますので、悪いのは師匠のせいと言う事になりますね」
弟子の開始文句に言葉を詰まらせる。
三雲修の言うとおり、いつの間にか比企谷八幡は彼の師匠的ポジションにつく事になってしまった。師である鳥丸京介がアルバイトなので多忙なせいで、不在の時は八幡が見る事になってしまった。恩師である木崎レイジと迅悠一から頼まれたら嫌とは言ええない。
「……烏丸がいる時は控えろよ、その発言。あいつ、何気にお前を満足に指導出来ないことをマジで気にしているんだから」
「す、すみません」
烏丸にとって三雲は初めての弟子にあたる。面倒見のいいところがあり、戦闘能力の低い三雲の指導方法に苦慮しながらも、親身になって育てようとしている。
最近では指導した内容を報告するように頼まれているぐらいだ。弟子バカにも程があるだろう、と感じずにいられない。
「どれ、もう一戦するか。……今度はなるべくレイガストは投げるなよ。お前は戦闘力が優れないんだから、頭を使って戦え。その為に俺達がトリガーの構成を考えてやったんだからな」
「はい、よろしくお願いいたします」
軽く一礼した三雲は右手にレイガストを左手にアステロイドを生み出して身構える。レイガストを突き出して半身の構えになっているので、レイガストは盾モードにしているのだろうと推測される。けど、形状はなぜかブレードのモードのままである。
「んじゃ、行くぞ。三雲」
三雲修の師になってから早一か月。いつの間にか社畜街道を突っ走っている事に比企谷八幡は未だに気づかず。
***
「お疲れ、八幡。それにメガネくん」
日課の鍛錬が終わった二人を待ち受けていたのは、お馴染みのぼんち揚げを頬張っているボーダーでも最高ランクを誇る迅悠一であった。
「お疲れ様です、迅先輩」
「お疲れ様です。迅さん」
二人とも軽く一礼をし、足を止める事無く迅の横を通り過ぎようとする。
「ちょい待ち。なんで二人とも、通り過ぎようとするの」
けど、迅が回り込んで通り過ぎる事はできなかった。
「……いや、迅先輩。どうせいつもの暗躍報告でしょ? あまり聞きたくないんですが」
「今回はそんなんじゃないよ。この実力派エリートの迅悠一は可愛い後輩達に面倒事を押し付ける最低な男に見えるか?」
返答に困った八幡は視線を反らして「そうですね」と答えるのみ。迅の言うとおり、面倒事を押し付けられた記憶はほとんどない。強いて挙げるとすれば、三雲を押し付けられたことぐらいだ。
「それで、本日はどんな御用でしょうか?」
「お、おぉそうだった。今日はメガネくんに一つ報告しようと思ってな」
やっぱり暗躍のご報告じゃないですか、と愚痴る八幡を無視して迅は三雲に話しかける。
「僕に、ですか?」
「そうそう。数日間はトリガーにグラスホッパーを入れておいた方がいいよ」
「グラスホッパー、ですか?」
グラスホッパーとは空中に足場を作り、それに触れる事で反発力を起こして加速・移動する機動専用オプショントリガーである。複数起動させて、自身をピンボールの弾の如く乱反射させて相手を翻弄させる事も出来る。
攻撃手が好んで入れるトリガーの一つであり、八幡も今のスタイルに至るまではお世話になっている。
「まだメインの方が一つ空いていますしそれは可能ですが、なぜにグラスホッパーなんですか?」
「三雲の言うとおりです。正直、三雲がグラスホッパーを使いこなす事は難しいと思いますよ」
「時が来たら、グラスホッパーが必要な場面が必ず来る。俺のサイドエフェクトがそう言っているんだよ」
サイドエフェクト。意味は副作用と呼ばれており、高いトリオン能力を持つ人間に稀に発言する特殊能力。迅悠一は一度でも目にした事のある相手の可能性と言う名の未来を視る事が出来る未来視のサイドエフェクト持ちである。
迅の未来視のお陰で助かった場面も数多くある為、ボーダーの隊員は彼の助言を素直に聞く事にしている。
「……また、未来を視たんですね。グラスホッパーが必要と言う事は、三雲に危機が迫っているんですか?」
「近いうち、メガネくんの学校にトリオン兵が現れる。メガネくんは独りでトリオン兵と戦わざるを得ない状況に陥ってしまう事になるそうだ」
迅の言葉に三雲と八幡の顔が強張る。三雲からしてみれば自分が通う学校が、八幡からしてみれば妹の小町が通う学校が襲われかもしれないのだ。いや、迅悠一が言うならばきっと確定事項なのだろう。
「迅先輩。数日中と言う事は確かなんですね。……なら」
「待て待て八幡。イーグレットを片手にどこへ行こうとするんだ」
「決まっています。これから数日の間、小町の通う学校に張り付きます」
「言うと思ったよシスコンめ。大丈夫だ、妹さんも全員無事に助かる。ただ――」
三雲に聞かれない様に八幡の耳元に口を寄せて伝える。
「今後の戦いにどうしても必要な出来事みたいなんだ。メガネくんを独りで戦わせることに意味があるようだ」
一瞬、何を言っているのか理解に苦しんだが、八幡は三雲を押し付けられたときの事を思い出して、腐った目を更に腐らせる。
「……まだ、こいつは独りで戦える実力はありませんよ」
「分かっているさ。だから、玉狛支部の皆が全力でサポートしている。八幡にとっても、メガネくんはいなくてはいけない存在になる事、間違いないさ」
右肩に手を置かれた八幡は、隠す事無く盛大にため息を吐く。どうせ、迅悠一に逆らう事は出来ない事は分かって居るのだ。だとしたら、最善の行動はただ一つ。
「……三雲。宇佐美に頼んでグラスホッパーを入れてもらえ。それがすんだら、直ぐにグラスホッパーの訓練に入るぞ」
「は、はい!」
八幡の指示に従い、三雲は現在フリーのオペレーター宇佐美栞の元へ向かって行った。
「悪いな、八幡。メガネくんの指導をまかせっきりで」
「本当ですよ。俺はギスギスした本部の空気が嫌で玉狛に来たんですよ。働いたら負けがモットーなのは、迅先輩だって知っているでしょ」
「そう言いながらも、真摯に取り組んでくれる後輩を持って俺は誇らしいよ」
「仕方がないでしょ。あいつが本物を掴もうと、必死になってあがいているんですから」
不意に、八幡は三雲と初めて会った時に言われた迅の言葉を思い出す。
『メガネくんの生死は八幡にかかっているらしい。彼の力になってくれ』