八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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020:グール、知らぬ内に株が上がる?

 未来は無限大の可能性を満ちている。未来視を持つ迅がよく誤魔化す時に使う文句であるが、迅自信その通りだと思っている。

 

 

「(いやぁ……。これは、どうしたものか)」

 

 

 注文を選んでいる八幡と葉山に悟られない様に表情を隠しつつ、迅はこれから起こりうる未来について頭を悩ませる。

 

 

「(この未来はどんなルートを進んでも変わらない。あちらさんも本腰を入れて攻めて来るんだろうな)」

 

 

 行動次第で回避できる未来は多い。しかし、どんな行動を起こしても回避できない未来も存在する。いま視ている未来は後者に当たっていた。

 

 

「(ったく、いきなり未来が変わるとか何なんだよ。どこで読み間違えた)」

 

 

 自身の持つサイドエフェクトは万能ではない。良かれと思った行動を取ってもそれが悪い結果に陥る事は少なくない。

 

 

「……どうしたんっすか、迅先輩。早く決めてくださいよ」

 

 

 自分が頼む品を決めたのだろう。未だにオーダー表を見ていない迅を見て八幡が早くしろと催促する。

 

 

「比企谷、目上の迅さんに向かってその口はないだろ。すみません、迅さん」

 

「いいよいいよ。八幡はいつもこんな感じだし。金髪君も選んだ? なら、先に注文してもいいからね」

 

 

 謝る葉山に対して気にしないと手を振り、二人が品を選んだのを確認して店員を呼ぶ。

 客が少なかったのだろうか、早々と店員が注文を取りに来てくれた。

 八幡と葉山はそれぞれ選んだ品を選ぶと自信はコーヒーを頼んで、店員を下がらせたのであった。

 

 

「……で、今回はどんな未来を見たんですか」

 

 

 店員が下がると同時に八幡が問い質す。

 

 

 

「八幡。お前さんはそれしか俺に言えないの。もっと何か話題とかなくない? 学校の事とか」

 

「迅先輩にご報告するような学校の出来事は特にありませんね」

 

「そう? 奉仕部だっけ? その部活動で可愛い女の子とお近づきになったじゃない。しかも二人も」

 

「二人? 雪ノ下と由比ヶ浜の事を言っているなら、勘違いも甚だしいですよ。あいつらはそんなんじゃない」

 

「またまた。そうやってはぐらかし過ぎるといつか修羅場を迎えるぞ。……いや、これは言っても無意味なのか?」

 

 

 未来の可能性の一つが視えてしまい、思わず合掌してしまう。ご愁傷様と。

 

 

「ちょっと待ってください、迅先輩。今のはどう言う意味ですか。俺の未来にいったい何が起こると言うんですか!?」

 

「いや、なんて言うかその……。強く生きろよ、八幡」

 

「やめてください。いや、ホントマジで。何なんですか、その憐れむような眼は。いったい、俺の未来で何が起こると言うんですか」

 

 

 これから起こるであろう未来に不安を感じた八幡の顔が青褪める。修羅場に陥るような心当たりは一切ないと断言できるのだが、迅に言われたら気にせずにいられない。何とか問いただそうと迅を責めるのだが、全く持って答えてくれない。

 

 

「俺が言える事は自分に素直になれよ、と言うぐらいだ」

 

 

 未来の可能性の一端を教えてあげてもよかったのだが、この問題は八幡の将来に関わる事。下手に教えたら彼の人生に影響しかねない為、迅は心を鬼にして話しをはぐらしたのであった。決して、複数の女性に詰め寄られる八幡が羨ましくて意地悪をしたわけではない。……多分。

 

 

「奉仕部? うちの学校にそんな部なんかあったか?」

 

 

 八幡が部活動に所属している事も十分驚くべきことであるが、そんな部の名前など葉山は一度も聞いた事がなかった。

 

 

「平塚先生が顧問の部活だ。あの人、俺の性格が捻くれているなんてくだらない理由で無理矢理入部させたんだよ」

 

 

 本当はその裏に迅が絡んでいるのだが、そこまで詳細を説明する義理はない。表向きの理由を聞いた葉山は八幡のめんどくさそうに言った内容にあからさまに引いて見せる。

 

 

「意外だな。結構いい先生だと思ったんだが。……ま、比企谷が捻くれているのは今に始まった事ではないが」

 

「余計なお世話だ。おかげでやりたくもない調理実習もやらされる羽目になるし、踏んだり蹴ったりだ」

 

「あ、なるほど。結衣が言ったクッキーの件はそれでか……」

 

 

 これで合点が言ったのだろう。突然、八幡が由比ヶ浜に絡んだ件もそうだが、唐突に雪ノ下が自分達のクラスに来たのもその奉仕部が絡んでいると葉山は理解する。

 

 

「どう言った部活なんだ、その奉仕部と言うんは?」

 

「……持たざる者に救いの手を、って感じの部活だ」

 

「悪い、比企谷。ちょっと意味が分からないんだが」

 

「簡潔に言えばボランティア部みたいなものだ。依頼者の悩みを陰ながら支えて、解決するための手助けを行うらしい。雪ノ下が言うにノブレス・オブリージュだそうだ」

 

「なんか、凄い部活動だな。……ま、彼女なら可能かも知れないか」

 

 

 孤高の女王様である彼女なら不可能ですら可能にしてしまう事を知っている。どんな無理難題でも彼女の手にかかれば簡単に解決してしまうんだろうな、と胸中でぼやく。

 

 

「……あん? 葉山、もしかして雪ノ下と知り合いなのか?」

 

「ちょっとね。親同士交流を持っていて、それでね」

 

「なら、アイツに言ってくれ。会う度に毒舌を言うのは勘弁しろと。俺のガラスのハートが軽くブロークンしちゃうから」

 

「ガラスはガラスでも、比企谷のガラスは防弾ガラスだろ。彼女の言葉程度で落ち込む訳ないじゃないか」

 

 

 自身の言葉に「お前なぁ」と呆れる八幡であったが、彼女に負けない高スペック持ちである事は葉山も知っている。そうでなければ比企谷隊に所属していた隊員を纏める事は不可能であった。何せ自信が所属していた隊の通り名は“猪部隊”なのだから。

 

 

「あはは。中々楽しい青春を送っているみたいじゃないか。結構結構」

 

 

 二人の会話を聞いていた迅が楽しげに笑い上げる。

 この二人、時折衝突する事はあるがそれでも戦いになると息が合った連携を取る事で有名であった。援護の葉山に遊撃の八幡。それに加えて突攻の彼と爆撃の彼女、四人を支えるオペレーターの彼女が繰り広げる部隊連携は自信ですら心躍るものがあった。

 

 

「俺の話しを聞いていました? 腕の良い耳鼻科を紹介しないといけませんかね」

 

「おいおい、八幡。それはないだろ。お前が奉仕部に行ってくれたおかげで、メガネ君の切札【ライコイ】が完成したんだから」

 

「あいつの切札ってアレだったんですか!? また随分と扱い辛いトリガーを渡したものですね。【スクークム】とか【トイガー】など扱いやすそうなトリガーがあったでしょ」

 

「いやいや。幾ら材木座君が優秀な技術者とはいえ、数日で一から完成させられる訳ないでしょ。八幡達が作った【ラプター改】があったからこそ出来た偉業なんだし」

 

「だからと言って【ライコイ】はないでしょ【ライコイ】は。三雲の性格と正反対な武器ですよ、あれ。あいつが「どんな障害も撃ち貫いて見せる」なんて言うタマだと思いますか?」

 

「分からないじゃないか。案外ノリノリで言うかも知れないよ。なんたって男のロマンが詰まった武器なんだし」

 

「……まぁ。あれのトリガーに内蔵してある黒箱にアクセスすれば分かる事ですが」

 

 

 指導の為に三雲のトリガーには自信の活動を記憶する事ができる機能を追加してある。微弱ながらトリオンを消費してしまうが、己の戦いを振り返って指導を行う場合は便利な機能であった。

 

 

「ブラックボックス? おいおい、八幡。メガネ君のトリガーにそんな物も追加してあったのかよ。ちなみに、それって俺も見て大丈夫?」

 

「例のネイバーの子と戦った内容が知りたいんでしょ。今度玉狛で撮影会をするとしましょう。勿論、他の連中も呼んで」

 

 

 ここでもし烏丸やレイジ、小南などを無視して撮影会を始めたら知った時にどれだけ文句を言われるか分からない。特に烏丸なんか自分を無視して弟子の記録を見たと知られたら何をされるかわかったものではない。最悪、ガイスト無制限による模擬戦に発展してしまうだろう。

 

 

「なぁ。その記憶、俺も見て良いかな?」

 

「なに葉山。お前も気になる訳?」

 

「そりゃあ気になるよ。だってあの子、黒トリガーの使い手だったんでしょ。どう見ても凡人の彼がどうやって黒トリガー使いを迎撃したのか知りたいじゃないか」

 

「いいが、他の連中には内緒にしろよな。まだ、アイツがネイバーである事もましてや黒トリガー使いだったと言う情報も本部に流すつもりはないんだから」

 

 

 何せデリケートな問題だ。ただでさえ城戸派一派はネイバーを嫌っている。下手に空閑の情報を流したら一悶着あるのは必須だ。最悪の場合は城戸派一派と一戦交えないといけなくなってしまうかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

 

 

「分かっているよ。鈴鳴支部のみんなに迷惑はかけられないからね」

 

 

 鈴鳴支部は中立の忍田派だ。

 空閑が自分達の世界の脅威にならない限り、こちらから争いごとを起すつもりはない。

 

 

「ならいい。……んで、迅先輩。そろそろ、今後の予定を話しませんか?」

 

「あ、やっぱり駄目だった?」

 

 

 うまく話題転換したつもりだったのだろう。八幡に話題を戻らされて苦笑いを浮かべる。

 

 

「当たり前だ。俺達がなんでここにいるか、忘れたとは言わせませんよ」

 

「……はぁ、だよね。あまり言いたくないが、二人には言っておかないといけないよね。これから相手にする敵は、人型ネイバーだよ。しかも黒トリガー使いと言うおまけつき」

 

 

 迅の告白に八幡と葉山は言葉を失う。

 そんな重苦しい空気を漂う中、二人の注文した料理を配布した給仕担当の人が後に語る。

 

 

「なんか修羅場っていたよ、あの席。もしかして一人の男を取り合うBL展開が起こっているのかな」

 

 

 ウキウキと瞳を輝かせる彼女がBL大好きな彼女と繋がりがあったなど、この時誰が想像できたであろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 その頃、総武高校は喧騒の渦に包まれていた。具体的に言えば二人が所属している二年F組が。

 

 

「やっべーわ。さっきの視た!? あの万年机とお友達のヒキタニ君がキリっとした表情で『葉山っ! 手を貸せ』だぜ。思わず鳥肌が立ったよ俺」

 

 

 騒ぎの中心にいた葉山グループの一人、戸部が大げさに身震いする。

 

 

「おう、見た見た。二人ともまさか窓から飛び降りるとか、マジでビビったぜ」

 

 

 グループの一人大和の言葉に「うんうん」と大岡が頷く。三人ともボーダーはテレビでしか見た事がないため、生でしかも間近で見た事で興奮が冷め止まないのだろう。授業の合間の休憩時間はその話題で占められている。

 

 

「ヒッキー、大丈夫かな」

 

「大丈夫でしょ。偉そうに隼人を命令するぐらいなんだから。それより、隼人はまだ帰ってこないの? あーし、カラオケに誘うつもりだったのに」

 

「優美子。少しは心配してあげようよ。こうしている間も隼人君達は頑張っているんだし」

 

「隼人なら楽勝でしょ」

 

 

 その自信がどこから来るのか知らないが、信頼している三浦を羨ましく思う自分がいた。

 由比ヶ浜自信、八幡とちゃんと会話をしたのは奉仕部に関わってからだ。その為、あまり八幡の事を知らない。第二次侵攻で危険な目にあった事がある身としては、またあんな危険な事をし続けている八幡が心配でならなかった。

 

 

「……ねぇ。優美子。ボーダーってどうしたらなれるかな?」

 

 

 

***

 

 

 

「由比ヶ浜さん。ボーダーに入りたいの?」

 

 

 何時もの様に奉仕部の部室で読書をしていたら「やっはろー」と奇妙な挨拶をしながら由比ヶ浜が登場した。彼女は雪ノ下の隣に椅子を移動すると開口一番に「ねぇ、ゆきのん。ボーダーってどうしたらなれるのかな?」と相談してきたのであった。

 

 

「……うん。ほら、かっこいいじゃないボーダーって。藍ちゃんみたいに私もネイバーをバッタバッタ倒せたらって思ったり」

 

「木虎さんは栄えあるA級嵐山部隊だから、あなたがあのレベルになるまで相当努力が必要だと思うわよ」

 

「やっぱりそうだよね。さっき、優美子にも相談したんだけど「結衣はボーダーに向いていないんじゃない?」って言われたから」

 

「向き不向きは分からないけど、ボーダーは危険な仕事だから比企谷君みたいに芯がないと難しいと思うわ。……って、何かしら由比ヶ浜さん。その鳩が豆鉄砲を食らったような目は」

 

「あ、う、ううん。ゆきのんがヒッキーを褒めるなんてと思っただけで」

 

「なっ!? べ、別に褒めていないわ。私は思った事しか口にしないだけよ。この私に反抗するんだからそれだけ肝が据わっていると思っただけだし、他意はにゃいわ。……ないわ」

 

「あ、あはは。そうだね、第二次侵攻の時のヒッキーはかっこよかったし、やっぱヒッキーみたいじゃないとダメかな」

 

「それはどうかしら。ボーダーにも色々とあるみたいだから、試しに受けて見るのもありだと思うわ」

 

「そうかな? ちなみにゆきのんはボーダーに入ろうと思わなかったの?」

 

「両親に強く勧められたわ。ボーダーと繋がりを持つ為に入れ、と。けど、試験に落ちてなれなかったわ」

 

 

 父親が県議会議員な為、選挙を有利にする為に繋がりを持ちたいと頼まれた事があった。雪ノ下自信興味があったので吝かではなかったが、彼女はボーダーの試験に落されてしまったのだ。

 

 

「ゆきのんが試験に落ちたの!?」

 

「えぇ。私はトリオン量が平均よりも少ないらしいわ。だから、戦闘員にはなれないそうよ。エンジニアやオペレーターにならないか、と勧められたけどその時は断ったわ」

 

「そうなんだ。ゆきのんが落ちたんだから、私じゃなれそうにないかも」

 

「当初の試験官が言っていたけど、重視しているのはその人が保有しているトリオン量らしいわ。だから、由比ヶ浜さんがなれるかどうかはトリオン量を測定してからだと思うわ」

 

 

 なるほど、と雪ノ下の説明に納得する由比ヶ浜。

 

 

「しかし、由比ヶ浜さん。なぜ今になってボーダーに?」

 

 

 ある筋から聞いた情報だが、高校2年でボーダーに入るのは少し遅すぎるらしい。

 トリオンの成長云々を考慮すると一人前の戦闘員になった頃にはトリオンの成長が止まっている可能性があるからだ。

 今から入るならば戦闘員よりもオペレーターやエンジニアが望ましいと言われている。

 

 

「いや、それは……。なんて言いますか」

 

 

 理由を話すのは些か抵抗があるらしい。彼女自身、それほど立派な理由で志願している訳ではない事は自覚している。こんな不出来な理由で雪ノ下に話したら呆れられてしまうのではと思っている由比ヶ浜であった。

 

 

「まぁいいわ。どうしてもなりたかったら、まずは比企谷君にでも相談したら? 仮にもボーダーなのだから、相談したら答えてくれると思うわよ」

 

「うん、そうするね」


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