葉山隼人は自分のトリガー構成に後悔していた。
「……っ。射程が圧倒的に足りない」
アステロイド型の散弾銃と突撃銃の二挺拳銃スタイルで降り注ぐ爆撃の雨を迎撃しているのだが、現存のトリガーでは広範囲まで銃弾を飛ばす事が難しい。
それに葉山の戦闘スタイルは中距離戦をメインとしている。援護射撃や牽制を基本とした戦い方では広範囲に降り注がれる爆撃を全て防ぐことは不可能であった。
また一つ、取りこぼした爆撃が街を破壊していく。己の未熟さを悔みながら、銃の引き金を絞り続ける。数多の爆撃が葉山のアステロイドによって爆散していくが、街が崩壊するのも時間の問題であった。
「比企谷や迅先輩は人型近界民でそれどころでないし、かと言ってアイビスを使えば爆撃を抑えきれない」
サブトリガーに高出力型の狙撃銃アイビスを入れているが、それだと手数が売りの突撃銃が使えなくなってしまう。何より、敵は高ダメージを与えると自爆すると言う厄介な機能を持っていると言われた。下手に致命傷を負わせてしまったら、それこそ大惨事につながってしまう。やるなら確実に一発で仕留めないといけないのだが、その自信を葉山は持ち合わせていなかった。
今も逃げ遅れた一般人達の悲鳴が耳を劈く。助けたい衝動に駆られるが、その人一人助けている間に多くの民が犠牲になってしまう可能性がある。
何度も何度も「すまない」と胸の内で謝り続けながら、葉山は降り注ぐ爆撃を掃討し続けた。
そんな葉山の視界にイルガーに近寄る人影を捉える。
「あれは……。藍ちゃん?」
アーチ橋のアーチリブを駆け上がる人影の正体は、A級嵐山隊のエース木虎藍であった。
「なんでこんな所に……」
理由は定かでないが援軍が来たのは大歓迎である。
しかし、木虎藍はあのイルガーの性質を知っているのであろうか、と言う疑問が生じた。
もし、彼女が何も知らないでイルガーに攻撃を加えたら、事態は悪い方へ急変してしまう。それは何とかして避けなくてはいけない。けど、それを彼女に知らせる連絡手段を葉山は持ち合わせていなかった。止めに入るべきなのだが、いま自分がこの場を離れると街はいっそう滅茶苦茶にされてしまう。
「(どうする……。どうするんだ、葉山隼人)」
自分はいつもそうだった。何か選択肢を追われると怖気づいて選べなかった。いざ選んだ所で、それが自分の願った未来に繋がった試はない。自分の行動がほとんど裏目に出てしまったのだから。
「やだぁー! ママー」
過去の失敗を思い返している葉山の視線の先に泣きじゃくる子供の姿があった。近くに両親の姿はない――と思いきや、彼女の母親を確認する。崩壊する瓦礫によって建物の入り口から脱出できずにいたのだ。僅かの隙間から子供だけでも逃げる様に言い付けるのだが、子供は全く母親の言う事を聞かずにただ泣くだけ。
それも当然だ。子供はまだ幼い。そんな小さな子供が母親を見捨てて自分だけ逃げるなんて冷静な考えが取れるわけがないのだ。
「ママも言う事を聞きなさい。そこの人達と一緒に逃げなさい」
「やだぁー!」
「バカ! 言う事を――」
聞きなさいと、言う事ができなかった。葉山が取りこぼした爆撃が自分達のいるビルに衝突したのだ。爆音と共に盛大な衝撃が子供に襲い掛かる。子供は恐怖のあまりに身を縮めるのだが、それがいけなかった。子供の頭上に瓦礫が降って来たのだ。大の大人も軽々ごと命を刈り取る鋼鉄の雨を子供がどうにか出来る訳がない。子供の身体が瓦礫に押し潰される。母親は目の前の現実から目を逸らすように実際に視線を外す。
「大丈夫? ケガはないかい?」
「……うん。へいきだよ」
自分の子供の声が聞こえた。母親は自分の子供が無事と悟り、慌てて視線を元に戻すと救ってくれたボーダーの姿があった。
「直ぐに助けますので、入り口から離れていてください」
ボーダーの少年、三雲修は簡潔に逃げ遅れた市民に伝えると、入り口をふさいでいた瓦礫を払いのける。
「みなさんっ! ここは危険です。直ぐにシェルターに向かってください!」
救われた一同は、三雲の言葉に従いシェルターへ駆け出す。その際、命を救ってくれた三雲にお礼の言葉を送りながら。
「ありがとう。ありがとうございます」
己の子供を救ってくれた母親も、三雲に深々と頭を下げるとシェルターへ向かう。そんな市民の姿を見守った三雲は逃げ遅れた人間の救助に戻る。
「ボーダーです! 逃げ遅れた人はいませんか!」
そんな三雲の行動を一部始終見守っていた葉山は、自分がこんな時に女々しく思い悩んでいるのかと嫌悪してしまう。
「(俺はバカだ。いま、そんな事でめそめそしている場合じゃないだろ。いつもそうだ。いつも、二の足を踏んで動くのが遅くて。……そして、誰かを犠牲にしてしまう)」
第二次大規模侵攻の時に決意したはずなのに。
もう二度と誰かを犠牲にさせるような男にならないと決めたはずなのに……。
『それでも“みんな”の葉山くんなのかよ』
不意に思い出す八幡の言葉に怒りを覚える。
お前はその程度なのか? とバカにされている様な気がしてならなかった。
元隊長の八幡は言った。お前なら朝飯前だろ、と。その通りだ、この程度の危険など軽く取っ払ってやる。
「――見てろよ、比企谷。鈴鳴支部鈴鳴第一来馬隊が一人、葉山隼人。ここから先は一撃たりとも爆撃を落とさせない」
散弾銃を捨て、葉山は力強く跳躍する。面で攻撃する散弾銃を至近距離で放ち確実に数発落すと、忽然と姿を消して近くで落下する爆撃の前に出現する。
テレポーター。起動する事で瞬間移動できるトリガー。距離は僅かに数十メートルと短いが、一瞬にして射程間合いを詰める事が可能になる。消費トリオンは増大するが、今は後先の事など考えない事にいた。
「今は己の役目を全うする。だから、比企谷。さっさと片付けて戻ってこい」
木虎の事も気になるが、動ける余裕など皆無。ならば、申し訳ないがイルガーは彼女に任せるしかない。もし、最悪な事態に陥った時は全てのトリオンを使ってでも叩き落とせばいい。
***
未だに八幡の攻撃はユーゴに届く事はなかった。近距離戦から中距離戦へ変更した八幡は隙を伺ってイーグレットを叩き込む。狙撃能力はA級の中でも下位レベルなのだが、片手の速射撃ちを得意としているため、スコープを覗かなくても大体の照準を合わす事ができる。
けど、いくら自慢の速射が凄いと言えダメージを与えられなければ意味がない。
「無駄だと言っている。お前の攻撃では俺を倒す事ができない。大人しく諦めろ」
イーグレットの弾丸を無防備に受けたにも関わらず、ダメージを受けていないユーゴは弾丸の軌道から八幡のいる場所を予測して一足飛び。攻撃をしないところを見るとユーゴに近距離以外の攻撃手段はないと判断した八幡は距離を保ちつつ、無駄だと思いながらスパイダーを所々に設置して後退する。
「(ちっ。攻撃が全く通用しないとか無茶苦茶もいい所だろ)」
だが、どれほど高性能なトリガーにも攻略の糸口は必ずあるはずだ。仮にユーゴのトリガーが黒トリガーだとしても。弟子の三雲に考えろと言った手前、師の自分が自棄に慣れない。冷静に戦力を分析して、戦い方を模索する。
「(けど、その為には――)」
トリオンキューブを生み出し、周囲にばら撒く。生み出したトリオンキューブにはアステロイドがプログラミングされている。八幡の一声によって、いつでも設定した起動に飛ぶ様に仕向けた置き弾だ。
「(よし、これで準備は出来たな)」
反撃の準備を整え、後退を一時中断。その場で動きを止めて迫り来るユーゴをイーグレットで立ち向かう。
「諦めたか。だが、目的の為に手加減は出来ないんでな。許せよ、ハチマンっ!!」
八幡のイーグレットを受けつつ、ユーゴはライダーキックよろしくの飛び蹴りを放つ。
「今だ。アステロイドっ!!」
周囲に散ばせたトリオンキューブ、アステロイドを作動させる。
己を囮とした甲斐があったせいか、八幡が設定したアステロイドの軌道は飛び蹴りを放つユーゴの軌道と合致。通常弾は四方八方から飛び交い、ユーゴを狙い撃ちする。
「小癪な」
器用に空中で体勢を整えたユーゴは、身体を捻って体を回転させる。さながら、スケートの三回宙の如く。
ユーゴを捉えた通常弾が四肢を撃抜く前に掻き消される。置き弾による奇襲は失敗した。
八幡はすぐさま距離を取り、ユーゴの反撃に備える。
「(……なんだ? 今の動きは。あんな派手に動かさなくても、攻撃を防げるトリガーならあんな事をする必要はないんじゃないか?)」
明らかに今のユーゴの動きはおかしかった。あんな無駄な動きをしなくても、まして弾丸を無視して自分に攻撃をすればよかったのだ。
「(無視できない理由があったのか?)」
今の八幡の攻撃を防ぎきれない理由があった。そう考えると疑問が解消される。なら、その防ぎきれない理由は何か。それを解明すれば、この不利な状況も打開出来るかも知れない。
「試してみる価値はあるな。もういっちょっ!!」
同じ様に周囲にトリオンキューをばら撒き、一度消したレイガストを再び生み出す。
「スラスター・オン」
シールドモードの状態でスラスターを起動させ、イーグレットを撃ちながら突撃する。
再び近距離戦を挑むと思っていなかったのだろう。ユーゴは幾分か驚きの声を上げながらも、迫り来るレイガストを両手で受け止める。
「この距離ならどうだっ!!」
レイガストの一部に穴を開けてイーグレットの銃口を突っ込み、引き金を絞る。近距離によるイーグレットのゼロ距離射撃。普通ならば並大抵の敵ならば撃ち抜けるのだが、ユーゴの眉間を撃抜く前に掻き消されてしまう。
「無駄だと言っているだろう」
「生憎、あきらめが悪いんでね。忠告は聞き入れないさ」
「なら、忠告を無視した事を後悔しろ!!」
イーグレットの銃口を掴んで上空に放り投げる。落下する八幡に向かってオーバーヘットキックを放つ。体勢を崩した八幡はそれをレイガストで受け止める事ができなかった。……いや、あえて受けなかったと言った方が正しいかも知れない。
「アステロイドっ!!」
蹴りをまともに受けて、蹴り飛ばされながらも置き弾のアステロイドを起動させる。
するとどうだろう。ユーゴの背中から奇襲を行った通常弾が掻き消される事無く、ユーゴの身体をぶち抜いたのだ。
「……っ。まさか、俺のアイギスを掻い潜って攻撃を与える奴がいようとな」
「そうか。そう言う事か」
よろめきながらも立ち上がる八幡は確信した。ユーゴに右腕を持っていかれた甲斐があり、ようやく敵のトリガーの弱点を看破する事に成功したのだ。
「そのトリガーは、使用者が敵の攻撃を視認する必要がある。つまり、視認できない攻撃は防御出来ない。違うか!?」
「……その通りだ、ハチマン。まさか初見の相手に俺の黒トリガー【アイギス】を看破されるとは思ってもみなかった。流石、ユーマを倒した組織と言った所か」
「ユーマ? おい、まさかお前の目的とは……」
「悪いが、ハチマン。もはやお遊びはここまでだ。俺のトリガーの正体を見破られた以上、お前には死んでもらう!」
懐からトリオン兵が格納されている卵を取り出す。
「来い、トリオン兵どもよ。目の前の敵を食らいつくせ」
ユーゴの命令の下、三体のモールモッドが出現する。けれど、いつも相手をしているモールモッドとは少し形状が違った。具体的に言うと宇佐美が趣味で作った夜叉丸シリーズのブラックに酷似していた。
「さて、ハチマン。この状況で、お前さん一人で勝てるかな?」
「……ちっ。めんどくさい状況になりやがって」
先の攻撃で右腕は使い物にならない。片腕でどこまで戦えるか思考を働かせるが、ハチマンOSは撤退を進めていた。
――ホイホーイ、八幡君。無事かい?
「……っ。宇佐美か!?」
通信機から聞こえるオペレーター宇佐美の声が聞こえて、敵と交戦中にも関わらず声を張り上げてしまった。
『ごめんね、八幡君。迅さんから聞いていたけど、ちょっと対応が遅れちゃったよ』
「それはいい。状況が分かっているなら――」
『大丈夫。あと少したら我らが筋肉様、パーフェクトオールラウンダーのレイジさんが到着するよ。だから、それまで凌いでね』
「師匠が!?」
まさかの師匠介入に驚きの声を上げる八幡の視界を掠めて通り過ぎるものがあった。ブレードモードのレイガストだ。
レイガストはユーゴが呼び出したモールモッドの身体を突き破る。その直後、膨大の弾丸がもう一体のモールモッドに降り注ぎ、瞬く間に二体のモールモッドが沈黙したのだ。
「誰だっ!?」
「比企谷、珍しく苦戦しているようだな。手は必要か?」
二人の間に飛び込んできた戦士現る。
その者はあらゆるトリガーを操り、完璧の称号を授けられた兵士の中の兵士。八幡の師であり、最強部隊の部隊長。A級玉狛第一木崎隊の隊長、木崎レイジであった。