八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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026:エボルイルガーを墜とせ

 エボルボイルガーの出現は、現地にいる全ボーダー隊員の度胆を抜く事になる。

 ジンと鍔迫り合いを行っている最中の迅も例外ではなかった。

 

 

「……たく。随分と面白い玩具を寄越してくれたな」

 

「お前のサイドエフェクトでも視えなかっただろう? これは俺からの餞別だ」

 

 

 両者の間の足元からエスクードが出現する。鳥丸が援護の為に顕現させたのだろう。二人はエスクードを避ける為に一旦距離を開ける。

 

 

「迅さん」

 

 

 迅の横に立つ烏丸が問う。何の掛け声もなくエスクードを放ったのは、烏丸自身が仕切り直しと状況の整理を行いが為であった。

 

 

「あのイルガーは視えていたんですか?」

 

「いや。生憎だが視えていなかった」

 

 

 頭を振って否定する。自分のサイドエフェクトが万能ではない事は知っていたが、ここまで未来が大きく変化した事は珍しい。

 何か己の知らない別の力が作用している事は確か。行使した犯人も目星は付いている。しかし、変化させた手段が分からない。

 

 

「……京介、お前も小南達と合流しろ」

 

「迅さんは?」

 

「こいつを抑える必要があるだろ?」

 

 

 敵は黒トリガー使い。正直なところ烏丸が戦線を離脱すると厳しいところではあるけど、己すら初見の相手を放っておくわけにもいかない。小南の実力は嫌ってほど理解しているつもりであるが、万全を期す為に烏丸へ行くように指示したのであった。

 烏丸も似たことを考えていたのだろう。直ぐに迅の考えに同意し、抜身の弧月を鞘に納める。

 

 

「分かりました。では――」

 

「――行かせると思ったか!」

 

 

 烏丸の俄然に【鎌風】の遠隔斬撃が飛来する。咄嗟に回避した烏丸であったが、その動きを呼んでいたのだろう。

 

 

「唸れ、風神丸!」

 

 

 風神丸の刃が烏丸の左腕を引き裂く。

 

 

「っ」

 

 

 左腕を失った事でバランスを崩した烏丸は素早く起き上がり、漏れ出すトリオンを抑える。

 

 

「大丈夫か、京介」

 

「えぇ。しかし、すみません。この状態では……」

 

 

 烏丸の戦闘スタイルは片腕を失っても戦う事は可能であるが、戦力の低下は否めない。重さを感じさせないスコーピオンやシューターの弾丸トリガーならば問題なかったが、烏丸のトリガー構成は弧月と突撃銃型である。左腕を失ったせいで必ずと言っていいほど重心が右へ傾いてしまう。そのせいで普段動ける動きも動けなくなってしまうのだ。今の烏丸の状態では七割が出せればいい方だろう。

 

 

「宇佐美っ!」

 

 

 迅も言いたい事を察して、直ぐにオペレーターの宇佐美へ連絡し始める。まだ向こうには八幡と木崎がいる。二人のうちどちらかが小南の方へ駆け付けてくれたなら、心置きなく戦える。

 

 

 

***

 

 

 

「了解した。八幡、迅からの要請だ。お前は小南と合流して、あのデカブツを倒して来い」

 

 

 宇佐美から聞かされた要望をそのまま八幡へ告げる。その間も木崎は相手に動きを捕えられない様に突撃銃のアステロイドで牽制を掛ける。

 

 

「しかし、それでは敵の不意を討つ事が困難になるのでは」

 

 

 置き弾のアステロイドを設置しながら、チャンスを伺う八幡が師の言葉に異を唱える。敵のトリガーはトリオンを跳ね返す能力がある。其のトリガーを潜り抜けて敵を倒すには死角を突くのが絶対条件となる。二人ならばまだしも一人で死角を突くのは相当の実力者でないと難しいはず。

 

 

「奴の動きはあらかた掴んだ。後は俺一人でもどうにかなる。行け、八幡」

 

「了解です」

 

 

 有無も言わせない命令文句に八幡は素直に従う。設置した全てのアステロイドを起動させて、ユーゴの足止めに利用。案の定、全てのアステロイドは跳ね返されてしまったが、その間に離脱を図る。

 

 

「させない!」

 

 

 離脱する八幡を追撃にかかる。試作型イルガーⅡと称されるトリオン兵に八幡を向かわせたくはなかった。戦って肌で感じた結果、腐ったような目つきの戦士を自由に動かせる訳にはいかないと判断する。

 

 

「それは俺のセリフだ」

 

 

 行く手を阻む様に木崎が間に入り、銃弾を浴びせる。当然の如く【アイギス】のイージス・システムが働いて銃弾は全て逸らされてしまう。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 銃弾の嵐を跳ね除けて木崎の突撃銃を蹴り上げる。それだけならば直ぐに別のトリガーを生成して対処すればいい話しであったが、次のトリガーを生み出すよりも早くユーゴの蹴り上げた足が木崎の顎を捕えたのであった。空手の技にある跳び二段前蹴りを綺麗に受けた木崎は蹴り倒されてしまう。

 

 

「師匠!?」

 

 

 師がダメージを受けた事で咄嗟に足を止めてしまう。其の隙をユーゴが逃す事はなかった。一足飛びで跳び付いたユーゴはその勢いのまま八幡の腹部に体当たり。槍の如く鋭い体当たりを受けた八幡だが、伊達に師である木崎の剛腕を受けていない。普通ならば気絶は免れない衝撃にも耐えきり、身動きが出来る腕にアステロイドを生み出して放出を図る。

 しかし、ユーゴの攻撃はここからであった。がっちりホールドした八幡の体を後方に反り投げたのだ。

 

 

「(まさか、こんな所でジャーマン・スープレックス投げっ放し式を見られるとはな)」

 

 

 小南がいたら盛大にツッコミを受けそうな、呑気な感想を抱くのは木崎であった。その間、放り投げられた八幡はどうにか体を捻って首から地面に叩き付けられる事だけは回避する。

 

 

「……師匠」

 

「あぁ。分かっている」

 

 

 八幡が何を言いたいのか直ぐに察した木崎は宇佐美に伝える。

 

 

「すまない、宇佐美。俺達も直ぐは無理そうだ。こいつを片付けたら直ぐに駆け付ける」

 

 

 

***

 

 

 

『と、言うことらしいの』

 

 

 二組から要請を断られた事を宇佐美は小南に報告する。小南も予想はしていたのであろう。何せ相手は黒トリガー使いだ。四人の実力は知っているが、簡単に出し抜けるなんて思ってはいない。

 

 

「そう。黒トリガー使い相手なら仕方がないわね。……分かった。あのデカブツは私が何とかするわ。栞は引き続き修のサポートに付いてちょうだい。くれぐれも無茶はするな、と言っておいといてね」

 

『了解。では、引き続き修くんのサポートをするから、何かあったら連絡してね』

 

 

 通信が終了される。

 

 

「……さて、どうしようか」

 

 

 悠然と宙を泳ぐイルガーを見やり、小南は妙案がないか木虎に尋ねる。

 

 

「下手に攻撃を与えると危ない事は分かりました。しかし……」

 

「えぇ。黙って見ている訳にもいかないわ。あいつがどんな手段で街を襲うか分かったものでもないしね。とは言うものの……」

 

 

 イルガーは自分の背中に乗られる事を恐れてか、トリオン体でも飛び上がれないほど高度を保っている。あれではどれほど強力な攻撃を持っている小南でも当てる事が出来ない。グラスホッパーでもあれば話しは別だが、木虎と小南はグラスホッパーを入れていない。

 

 

「降りてくるのを待つしかなさそうで……っ!?」

 

 

 イルガーの腹から巨大な黒球が排出される。大きさは先の爆撃の三倍以上。己の身体すらすっぽりと覆えるほどの巨大な黒い球が落下し、着弾した途端に半径数メートルが灰燼に帰す。其の圧倒的な攻撃力を目の当たりにした二人はサッと顔を真っ青にさせた。

 

 

「なによあれ。ざっと十倍ほどの破壊力じゃない」

 

「あれでは、幾ら避難所でもひとたまりもありません。一刻も早く倒さないと」

 

「けど、あの高さまで跳ぶ事なんて出来ないわ。……どうすればいいってのよ」

 

 

 切れる手札が存在しない事に頭を抱えるしかなかった。無い知恵を振り絞って戦略を立てようと試みるが近づく方法が思いつかない。それは木虎も同様だ。相手がビルの屋上程度と同じ高度を保ってくれていたなら近づいてスパイダーを取り付けて飛び移る事が可能だ。けれど、今は完全に自分の射程の外にイルガーはいる。悔しいが今の自分達ではどうにもならない、と半ば諦めた時……。

 

 

『こなみ……』

 

 

 栞から連絡が来る。

 

 

「どうしたの、栞?」

 

『修くんが……』

 

「修がどうしたって!?」

 

 

 まさか先ほどの爆撃に巻き込まれてしまったのか。ありえない話ではない。実力は付いて来たとはいえ、三雲はもともとどんくさかった。気付くのが遅れて逃げ遅れた可能性は充分考えられる。ボーダーのトリガーには緊急脱出があるから最悪な状況に陥る事は少ないが、もしもと言う事がある。最悪なケースを想像しつつ、宇佐美の言葉を待った。

 

 

『アイツは僕に任せて欲しいと言っているんだけど』

 

「……なんですって!?」

 

 想像すらしていなかった三雲の主張に目を白黒させた小南であった。

 

 

 

***

 

 

 

 時は少し遡り、三雲はレプリカの分身体を通じて変化を遂げたイルガーの原因を空閑に訊ねた。

 

 

「エボル機能?」

 

『そうだ。トリオンを喰らう事で自己進化機能が働くらしい。あのイルガーは自爆モードになったイルガーを喰らう事で膨大なトリオンを取り込み、それを自身の力へ変化させたようだ。実践レベルまで完成していたとは知らなかったが……』

 

「性能は格段に上がったと言っていいんだな」

 

『恐らくな。……オサム。アイツは俺がやろうか?』

 

 

 空閑の申し出は正直に言って嬉しい。恐らく、この状況で動けて倒せる人間は少ない。

 敵は遥か上空に存在している。今も悠々自適に泳いている所を見るとイルガーと相対しているはずの小南と木虎も攻めあぐねているのだろう。八幡を初めとした四名も黒トリガー使いに手こずっていると考えるのが妥当だろう。だとすると、現状で最大戦力は黒トリガー使いの空閑になる。

 

 

「(空閑の言うとおり、ここは空閑に頼むしかないのか?)」

 

 

 空閑のトリガーにはグラスホッパーと似たトリガーがあった。アレを使えば空閑が呼ぶエボルイルガーの背中に飛び移る事も不可能ではないだろう。後は空閑の実力があれば容易に破壊できる。

 

 

「(しかし)」

 

 

 それをしてしまうと、本部の人間に空閑の存在がばれてしまう。トリガーで何かを破壊すればそのトリガー特有のトリオン反応が発生してしまう。空閑の黒トリガーのトリオン反応を検知したら、本部も黙ってはいないだろう。現在の最高戦力をぶつけて来るに違いない。交渉をする前にそうなるのは避けたい。

 他に何か手段はないのか、と思考の海に潜ったのがいけなかった。

 

 

「何をしている! 早く逃げろ!!」

 

 

 怒鳴り付けるような声掛けによってハッと正気に戻る三雲であった。声がした方向を見やると葉山が全速力で自分の方に向かっているじゃないか。

 はて、と首を傾げる三雲の身体に影が差す。頭上を見上げると巨体な砲弾が落下して来ているじゃないか。気づいた時には既に遅かった。逃げた所で落下して来ている砲弾の爆破範囲から逃れる事は叶わない。

 

 

 

 ――ドォォォン!

 

 

 

 この世の終わりを齎す様な破砕音と地鳴りが三雲に襲い掛かる。爆風によって吹き飛ばされると身構えた三雲の前に駆けつけた葉山がフルガードを生みだす。

 

 

「ぐっ。が、あぁぁ!」

 

 

 自身でも珍しいほどがなり声を上げながら、全身に力を入れて衝撃と風の連打に対抗する。

 

 

「(頼む、持ってくれ)」

 

 

 全てのトリオンを使い切るつもりでシールドを貼り続ける葉山の思いとは裏腹にシールドに亀裂が走る。徐々に亀裂は広がりつつあり、いつ破壊されてもおかしくはなかった。

 

 

「(頼む、頼む! 持ってくれ)もってくれ!」

 

 

 ボーダーには緊急脱出があるから、最悪な状況になる事は少ないが例外はある。緊急脱出を発動させるには数秒の時間が有するのだが、一瞬にしてトリオン体を木端微塵にされた場合は緊急脱出が働かない可能性がある。そうなったら一巻の終わりだ。

 葉山は己に活を入れるかの如く己がシールドに懇願するのだが、全体に亀裂が走ったシールドは葉山の気持ちをあざ笑うかのように、懇願した直後に崩壊したのだった。

 

 

「くそっ。ダメなのか。俺じゃダメなのかよ!」

 

 

 いつもそうだった。護りたいと思ったモノは護る事ができなかった。それだけならまだしも、自分の良かれと思って動いた行動が裏目に出る事もある。護りたい人を護れなかった自分を悔い、そんな自分と決別する為にボーダーに入ったと言うのに、結局一度も護りたいと思ったモノを護れずにいた。

 

 

「――いや、おかげでオサムを助ける事ができた」

 

 

 

 ――『盾』印

 

 

 

 崩壊した葉山のシールドを覆うように新たなシールドが生み出される。

 

 

「……キミは?」

 

「初めまして、私の名はレプリカ。オサムの友人だ」

 

「トリオン兵なのか?」

 

「詳しい話しはまた今度にしよう。どうにか爆撃から防ぎきれる事ができた」

 

 

 レプリカの言うとおり、気が付いたら全身を打ちつけるような衝撃と爆分は納まっていた。

 

 

「ありがとう、レプリカ……さん?」

 

「レプリカでいい。オサムを救ってくれて感謝する。オサム、無事か?」

 

 

 爆撃直後から目を瞑っていたのであろう。恐る恐る目を開いて自分が無事であると察した三雲は崩れる様に膝を折った。

 

 

「大丈夫。あの、ありがとうございます。えっと、あなたは……?」

 

「鈴鳴支部所属鈴鳴第一、来馬隊の葉山隼人だよ。危ない所だったね、三雲君。最も、俺もレプリカに助けてもらったから、人の事は言えないか」

 

 

 尻餅をついている三雲に手を伸ばして立ち上がらせる。

 

 

「いえ、すみませんでした。僕が油断したせいで……」

 

「反省は後にしよう。市民は大体避難出来たね?」

 

「はい。僕が見落としていなければ、全員かと」

 

「よし。ならば、後はアイツだけだな」

 

 

 上空に存在するエボルイルガーを見やる。

 

 

「あの高さじゃ、俺のアイビスでも届かないか。跳んで行ければいいんだが、グラスホッパーなんて入れていないしな」

 

 

 小南や木虎と同様に上空の敵を排除する手段にグラスホッパーが必要であると至ったのだが、葉山もグラスホッパーは入れていなかった。唯一、この場でグラスホッパーを入れているのは三雲だけなのだが、今の状態ではグラスホッパーを生み出す事も出来ない。

 

 

「……あの、僕のトリガーを葉山先輩が使う事は可能ですか?」

 

「どう言う事だ?」

 

「僕のトリガーにはグラスホッパーが入っています。一回、トリオン体を解除してトリガーを交換すればどうでしょう?」

 

「……キミのトリガー構成は?」

 

 

 問われて、正直に答える。

 

 

「レイガストとスラスターが二枚!? それにシールドなしだって。……キミのトリガー構成は随分と大胆だな」

 

 

 三雲のトリガー構成を聞いて一驚する。防御の要のシールドを更生から取り外した事にも驚きであるが、使い手を選ぶレイガストをメインとサブに入れている隊員など数える程しかいなかったはず。

 

 

「その、ダメでしょうか?」

 

「ダメじゃないが、キミのトリガー構成で戦える自信は俺にはないな。根っからの銃手だし」

 

 

 それに加えてシールドがないのが痛い。例えグラスホッパーで近づけた所で、防御が張れなければあっという間にやられてしまうだろう。

 

 

「そうですか。なら、アイツに接近するには飛ぶしか……」

 

「三雲君?」

 

 

 何かを思いついたのだろうか。三雲は分身体のレプリカを通して空閑に問い始める。

 

 

「空閑。後何回『強』印を使える?」

 

『『強』印か? そうだなぁ……。七重を一回使ったら後は三重が一回ぐらいだな。オサムに負けていなければもう少し使えたんだがな。それがどうしたんだ?』

 

「……それは、あのトリガーを強化する事も可能なのか?」

 

『あのトリガー……? なるほど、あれですな。確かにあれならば、俺の『強』印を使えばエボルイルガーまで近づけるな』

 

 

 三雲が何をやりたいのか察したのだろう。妙案を思いついた三雲に「流石だな」と何度も頷く空閑であったが、それには大きな欠点がある事に気付く。

 

 

「だが、オサム。今のオサムじゃ満足にあれは起動できないぞ?」

 

「分かっている。……葉山先輩。少し相談があるのですが」

 

「敵を倒す手段があるんだね」

 

 

 はい、と大きく頷く。

 

 

「なら、相談に乗らない訳にはいかないな」

 

「ありがとうございます。……僕に、あなたのトリオンを分けていただけませんか?」

 

 

 臨時接続。

 三雲が見出した手段は臨時接続によるトリガーの強制発動であった。


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