八雲立つ出雲の開闢者(仮)   作:alche777

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032:グール、氷の姫を口説くってよ

 八幡と会話出来た事で満足したのだろうか、最初に感じた肌に突き刺さるような寒気が徐々に薄れていくのを感じた。本当ならば平塚教諭の言葉を伝え終ったので早々に退散したい所であるが、携帯電話を取られている以上、帰るに帰れない状態であった。

 

 

『あー。そういや、材木座はそこにいるか?』

 

 

 思い出す様に材木座の名前を呼んだ八幡の言葉によって二人は気づかされてしまう。そう言えば、今使っている携帯電話は彼の物であったはず。幾ら通信費が安くなった時代とはいえ、長々と話し続けるのは大変申し訳ないのでは、と今さらながら至ったのであった。

 

 

「えぇ。ちゃんといるわ。彼には悪い事をしてしまったわね。後で謝らないと――」

 

 

 いけないわね、と言おうとするよりも早く八幡が告げる。

 

 

『いいんじゃないか? 【ライコイ】のアイディア料とでも思っておけよ』

 

「……それはどう言う意味かしら」

 

 

 なぜ、この場でその単語が八幡の口から出るのか雪ノ下には分りかねていた。

 

 

『どう言う意味って、お前が考案した【ライコイ】はそこにいる材木座の手によって造られたんだぞ』

 

 

 聞くと同時に材木座の方へ振り向いてしまった。

 一見、と言うか完全にオタクにしか見えない材木座が自分の考案したトリガーを現実に生み出す事が出来るなど誰が想像できようか。

 

 

「え、えっと……。ヒッキー、話は視えないんだけど」

 

『あぁ。由比ヶ浜はまだいなかったな。こいつ、俺の仕事を覗き見して勝手に覚えてしまったらしく、自分の考案したトリガーの書類を俺に押し付けたんだよ。んで、俺はそこにいる材木座に押し付けて、好きにしろと言ったんだ』

 

「ヒッキー……。それは少し可哀そうじゃない」

 

『なんでだよ。ちゃんと資料は一通り見て、俺の考察も記して提出したんだから問題ないだろ』

 

 

 材木座義輝と言う技術者は、プログラム面は弱いが筐体技術は優れている。まだ代表的なトリガーは世に出ていないが、その内いつか材木座の技術力が必要な未来が訪れるであろうと八幡は確信している。それまでに厨二病が改善してくれればいいと常々思っていたりする。

 

 

『そう言えば、雪ノ下。お前にはまだちゃんとお礼を言っていなかったな』

 

「あら、どういう風の吹き回しかしら。あなたが私にお礼を言おうとするなんて」

 

『お前が考案したトリガーが俺の弟子を危機から救ってくれたんだ。お礼の一つも言わないのは流石にどうかと思ってな。……ありがとう、雪ノ下。お前のお陰で助かった』

 

「……そう。お役に立てたなら何よりだわ」

 

 

 真摯に感謝を込められたお礼の言葉に雪ノ下もそれ相応の態度を持って示す。思えば今の八幡の様にちゃんとお礼を言われた事はなかった気がする。素直に感謝される事がここまで胸を満たしてくれるなんて雪ノ下は知らなかった。

 

 

「なるほどな。八幡がいきなり大量の草案書を持ってきたから驚いたが、あれは雪ノ下嬢が作成したものだったのだな」

 

 

 仕事の最中、八幡が突然現れて押し付けられた草案書を渡されたのを思いだす。

 八幡は材木座とは逆にシステム面には強いが筐体技術は弱い傾向がある。だからこそ、草案書に書かれていた強度計算やらトリオンの効率化の改善点等々記されているのを目にした時、テンションが異様に高くなってしまい徹夜したのを言うまでもなかった。

 

 

「ふむ。それならば、考案者に完成品を見せるのは礼儀と言うものか」

 

 

 ごそごそとカバンからタブレット型のパソコンを取りだし、起動させる。

 本来ならば一般人にボーダー関係の資料を見せるのは違反に当たるのだが、相手は後輩の切り札となってくれたトリガーを考えてくれた恩人に当たる。そんな恩人に完成品を見せないのは礼儀に欠くと材木座は判断したのだった。

 パソコンの起動が、報告書様に入れておいた動画のアイコンをタップして再生させる。

 

 

「見ていただきたい、雪ノ下嬢。これが、あなたが考案した【ライコイ】の姿である」

 

 

 雪ノ下は携帯電話を所持していたので、タブレットは由比ヶ浜に渡して見せてもらう様に頼んだ。

 再生してから数秒後、材木座が登場した。軽く【ライコイ】の事に付いて説明し、登録してあるトリガーを起動させてトリオン体に変身したのだった。

 材木座の命により【ライコイ】が姿を現す。その姿を見て雪ノ下は言葉にならない感情を抱く事になる。

 自分が考えた物が現実に形となって世に出るのは誰であっても嬉しくなるのは言うまでもない。例えそれが人殺しの道具になる物であっても、抱く感情は同じだろう。

 

 

「どうだろうか。貫通能力に特化したトリガー【ライコイ】を見た感想は」

 

「そ、そうね。ちょっと不恰好すぎるのがいただけないけど、性能はまずまずだと思うわ」

 

「まぁ、元は我らが作った【ラプター改】の改良機だからな。不恰好なのは許されよ。これから色々と改良を入れていくつもりだが、その時は色々と意見を頂きたく思う」

 

 

 三雲に渡した【ライコイ】はまだまだ改良の余地がある試作品と言えよう。破壊力は充分発揮できたと思われるので、後は使いやすさを追求して行けば本部採用になるのも夢ではないだろう。その為には第三者の意見を取り入れる必要がある。

 そう言った面では正直玉狛のメンバーは使えない。皆が皆、精鋭の隊員である為に欠陥のトリガーを使っても使いこなしてしまう恐れがある。万人が扱えるようにする為には感じた意見を率直に言える人間が必要になる。そう言った面では雪ノ下は大変貴重な存在だ、と八幡が口にしていた。口が悪いが、とも付け足していたが。

 

 

「それが依頼と言うならば、喜んでお受けいたしましょう」

 

「うむ。感謝いたす、雪ノ下嬢」

 

 

 いつの間にか一つの商談が成立していた。まったく持って会話に割って入れなかった由比ヶ浜はしどろもどろとしていたが、自分にも話題があった事を思い出して会話に割って入る。

 

 

「はいはーい。えっと、材木座君もボーダーなんでしょ?」

 

「う、うむ。その通りだが」

 

「ボーダーってどうしたらなれるの?」

 

「……はい?」

 

 

 

***

 

 

 

『なに、由比ヶ浜。お前、ボーダーに入りたいの?』

 

 

 電話越しから聞こえてきた由比ヶ浜の発言に問い返すは八幡であった。

 

 

「そ、そうだけど。やっぱり無理かな」

 

『無理と言うか……。俺からして見れば、今さらと思うのだが』

 

 

 入ってくれるならば、それはそれで戦力増加につながるので隊員としても嬉しい限りである。けれど、自分達が通っている学校は進学校であり、二年になった今頃に加入しても遅すぎると八幡は個人的に考える。加入した所で直ぐにB級の正隊員に昇格するとは限らない。下手をしたら、一年経っても昇格できないなんて事も考えらえるのだ。

 高校二年の八幡達はあと一年もすれば大学受験と言う人生を左右するイベントが発生してしまう。ボーダー推薦で入る者は別だが、実力で学力試験を突破しようと考える猛者達はボーダーで活動できる時間は無きにも等しい。

 入りたいと言う本人の意思を否定するつもりは一切ないが、あまりお勧めできる選択肢とも思えなかった。

 

 

『ボーダーのホームページを覗けば次の募集等が書かれていると思うから、それを参考にしな』

 

「ボーダーのホームページだね。……ママに頼めば大丈夫かな」

 

『いやいや。ネットを視るぐらい自分の力でどうにかしろよ。なに? もしかしてパソコン持っていないの?』

 

「そんな高級なもの持っていないよ。ただでさえ、機械物は直ぐに壊しちゃうし」

 

『あー。ソウダネ』

 

 

 ちょっと前、目を離した隙に自分のパソコンをブルースクリーンにさせた時を思い出す。

 最近のパソコンはよく出来ているから、早々簡単にブルースクリーンになる事は少ないのだが、由比ヶ浜にかかれば御茶の子さいさいなのだろう。

 

 

『……仕方がねぇ。明日、奉仕部に参加するから俺がやってやる』

 

「え!? 本当に!!」

 

『応募するだけなら、バカでも出来る。それぐらいなら直ぐにやってやるよ。……ただし、親御さんにはちゃんと言うんだぞ』

 

「うん! ありがとう、ヒッキー」

 

 

 思いがけない嬉しい誤算に由比ヶ浜は歓喜する。まだちゃんと話した事がなかったので、これを機会に色々と離せれば、と期待する自分がいた。

 そんな二人の会話を聞いて、雪ノ下はポツリと呟く。

 

 

「……そう。そうなると奉仕部の活動を続けるのは難しいわね」

 

「ぇ?」

 

「だってそうでしょう。ボーダーに入ったら訓練とか色々やらなくてはいけない仕事が増えるはずよ。比企谷君を見ればそれは一目瞭然でしょ」

 

 

 ボーダーに加入してからの事情は大して詳しくないが、今より忙しくなるのは容易に想像できる。

 

 

『いや、大丈夫じゃないか? 入ったばっかりのボーダーなんて訓練ぐらいしかやることないし。由比ヶ浜が個人ランク戦で勝ち続ける姿なんて想像できないしな』

 

 

 その理論で言うと八幡自身、部活に参加すること事態が問題視されるはず。公式な大会とか試合に出る事は難しいが、部活動に入るぐらいなら別段に問題はないはずだ。他のボーダー隊員も二足の草鞋を履いている奴なんて珍しくない。

 

 

「……そう。そう言うものなのね」

 

『何なら、お前もやってみるか? むしろ、その気があるならエンジニアとしてスカウトしたいぐらいなんだが』

 

「ぇ」

 

 

 まさかの八幡からのお誘いであった。

 材木座もその提案は賛成なのか大きく頷いた。

 

 

「それは名案だ。雪ノ下嬢のアイディアや頭脳が借り受けられるなら、これ以上心強いものはあるまい」

 

『いい考えだろ? 玉狛支部に所属してくれるなら、俺達もより一層に気合が入ると言うものだしな。何せ自他共に認める美少女が来てくれるんだから』

 

 

 八幡の口説きスキルが発動。

 自身も美少女と自負している雪ノ下であるが、こうやって素直に言われると流石の雪ノ下も照れない訳がない。由比ヶ浜や材木座に悟られない様にポーカーフェイスを決め込もうとするが、頬を紅潮させている時点で無意味な努力と言えよう。

 当然、その会話に面白く思っていないものがいた。

 

 

「ちょっとヒッキー! なに、ゆきのんを口説いているの。キモイんだけど」

 

『あ? なに怒っているんだよ由比ヶ浜。そりゃあ、俺の様な人間が雪ノ下みたいな美少女を口説くのは吐き気すら覚えると思うが、今のはどう見ても違うだろうが』

 

「そう言う意味じゃないけど……。私もいるんだし、私も誘ってくれてもいいじゃない」

 

『誘えと言われても、パソコンもろくに使えない奴を技術部門に誘ってもな。由比ヶ浜はどちらかと言うとスカウト部門とか報道部門に適しているんじゃないか?』

 

 

 なぜかはあえて口にしないが。言ったら確実に氷の御姫様から折檻を受ける事になりそうだから。

 納得のいかない由比ヶ浜は頬を膨らませて八幡にブーイングをし続ける。

 そんな二人の会話を聞いて、少しばかり優越感に浸ったのだろう。由比ヶ浜結衣は同性の自分から見ても十分に魅力的な女性である。何より自分にない可愛げが彼女にあるのだ。

 そんな由比ヶ浜よりも自分の方が欲しいと言われたら、たとえ八幡から言われたと言え嬉しく思ってしまう。我ながら単純な女と思う雪ノ下であった。

 

 

「……そう。比企谷君は私が欲しいわけね」

 

『おい。誤解を招くような発言は止めてくれませんかね。小南! 真に受けるな。お前、誰に連絡しようとしている!? 烏丸も携帯電話をしまえ! ちょっ、師匠。赤飯なんか炊かなくていいですから。大の大人が男泣きなんかしないでください!』

 

 

 唐突に八幡が怒鳴り出したので、携帯電話から顔を遠ざける。

 

 

『ちょっと大ニュース、大ニュース! あの比企谷が同級生を口説いているの。相手も満更じゃなさそうなのよ! もう吃驚したわ』

 

『比企谷先輩に彼女がいたそうだぞ。お得意のウソだって? 俺も信じられなかったんだが、これはマジな情報なんだ』

 

『あの比企谷に彼女が、彼女がいたなんて……。比企谷! 今日は腕によりをかけて夕飯を作るからお祝いをするぞ。妹さんも呼んで盛大にやるぞ。何ならその彼女さんも呼んでしまえ』

 

『だから違うと言っているだろうが! おい、三雲。この三人をどうにかしろ。師匠命令だ!』

 

『あの、その……おめでとうございます、師匠』

 

『お前もか!? お前もそんな事を言うのか、三雲! 師匠はそんな子に育てた覚えはないぞ』

 

 

 次の瞬間、通話が終了されてしまった。誤って通話を切ってしまったそうだ。

 

 

「…………」

 

 

 あまりの出来事に言葉を失った雪ノ下は、とりあえず借りていた携帯電話を材木座に返したのであった。


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