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満月を背にいつもの緊張感も欠片も感じないにやけた笑みを浮かべる迅の一言に材木座は思考が付いていけなかった。
つい先ほど鈴鳴支部まで走らされ、やっとのことホームグランドである玉狛支部に戻ってきたと思ったらこの始末。厨二敵展開が大好物の材木座でもこの展開を直ぐに順応する事は出来ずにいた。
「……なぜ我――。そうか【ホーク】と【ライコイ】か」
理由を問いただそうとして、直ぐに思い至ったのであろう。
「さすがだね。……キミの特化型トリガーを製作する技術を玉狛支部に預けていると危険だと上層部は判断するだろう。どうにかして回避したかったんだけど、そうするとメガネ君の死亡率が圧倒的に増えちゃったね」
どんな理由があるにせよ、登録されていないトリガーを実戦で使う事は許されていない。本来ならば使用した三雲に火の粉が降り注ぐのだが、迅が視た未来ではそれを庇う二人の姿があった。言わずがな、その二人とは八幡と材木座である。
「そうですか。本部に戻ると、今の様にトリガーを作り続けるのは難しくなるでしょうな」
本部の技術部に戻ると言う事は鬼怒田の下につく事になる。技術者として大変優秀な人間であるが、彼の下では本来の目的を達成する事は出来なくなってしまう。
「そこでだが、中二君。俺に一つ提案があるのだが……。また、戦闘員に戻る気はないか?」
迅の提案を聞き、彼が誰にも知られない様に動いている訳を知る。きっと、今の出来事は迅が言う運命の分岐点の一つであろう。材木座の返答次第で今後の未来にどれほどの影響力が与えらえるか定かではないが、迅の行動が変わっていくはずだ。
「我を欲する理由は技術であり、戦闘力であらず。戦闘員になったなら、今までの通りに玉狛に居続ける事が出来る、と言う事でしょうか」
「話しが早くて助かる。……キミが技術部にいる本当の理由はまだ叶っていないけど、このままだと――」
「叶えられない、か」
「そもそも不思議に思ったんだ。なぜ、弧月を超えるトリガーを作る為に技術者に転向した何てウソを言ったんだい?」
「ウソではありませんよ」
「けど、それが最大の理由ではないよね?」
「……第二次大規模侵攻を覚えていますか?」
第二次大規模侵攻。ボーダーが結成されてから初めての大規模侵攻であり、比企谷隊が辛苦を舐めさせられた事件でもある。
「我らはそこそこ強かった。我ら四名の必殺戦術がハマり、苦戦する事無くA級に上がった故に気が緩んでいたのだろう。……彼奴と出会うまで、我らは自惚れていた」
「……人型近界民だな」
「その通り。彼奴のトリガーはどれも強力にして多彩。揚句には空を飛ぶなんて反則技まで持っていた。それに対抗する手段は我らになかった。圧倒的な火力と機動力によって我ら比企谷隊……。いや、あの時は葉山殿が抜けていたから完全ではなかったが、それでも我らは惨敗した。その時、我は奴に戦慄を覚えてしまった。初めて恐怖を覚えてしまったのだ」
数的有利な状況にも関わらず、瞬く間に仲間の一人は撃ち抜かれてしまった。自身も旋空弧月で迎撃を図ったのだが、空を飛ぶトリガーによって一太刀も浴びせる事が出来なかった。どうにか当てようと躍起になってしまい、最後は破壊力を有する銃弾を浴びてしまったのだった。
緊急脱出をしたのは初めてではないが、自身のトリオン体が木端微塵になるまで爆砕されたのは初めてであった。もし、仮にもあれが生身状態だと思うと震えが止まらず、数日間はトリガーを握る事すら出来なかったのである。
「我が技術部門に転向したのは言わば逃げですよ。情けない理由を知られない様に弧月を超えるトリガーを作るなんて豪語しただけです。ですから――」
――我は再び戦闘員になる事はできません。
と、誘いの断りを告げる。
あれから何度か試したが、トリオン体になる事は出来てもトリガー――弧月を抜く事は今まで出来ずにいた。時間が全てを解決してくれると思っていたが、材木座の心に植え付けられた恐怖は未だに拭いきれないでいる。
「……上層部の話しは謹んで受ける事に致します。今までの話し方も今日で最後にします」
「そうかい。……けど、中二君。一つだけ間違っている事があるよ」
「間違っている、ですか?」
「あぁ。キミは技術部に転向した事を逃げと言っていたが、それは戦略的撤退だったんだろ? 逃げると言うならば、ボーダーを辞めているはずだからね」
「っ!?」
「キミはこうも思ったんじゃないかな? 今のトリガーだけでは打開できない状況があるはず。そんな時、頼りになるトリガーがあれば……。だから、特化型トリガーなんて鬼怒田さんの方針と真逆なトリガーを作り始めた。違うかい?」
「違う!」
「違わないさ。キミは今の事よりも今後のこと。俺達の後を歩き続ける後輩たちの為に技術部へ行くことを決めたはずだ。そうじゃなければ、夜遅くまで【ホーク】や【ライコイ】に関わるなんて事はしなかったはずだよ。まだ、戦闘員に戻れない事は分かったよ。けれど、これだけは言っておきたくてね。……中二君。いや、材木座義輝。キミが考案し続けている【四刃】の一つを俺にくれ」
「なぜ、それを……!?」
四刃計画は材木座が密かに進めていた計画であった。情報がばれない様にいつも肌身離さず小型HDを所持していたはず。なぜ、迅がその名前を口にしたのか不思議で仕方がなかった。
「未来で視た。見知らぬ四本の刀を握りしめ、大喜びするキミの姿が」
お得意のサイドエフェクトで知られてしまったらしい。己の疑問は簡単に払拭する事は出来たが、なぜそんなものをS級の迅が欲しがるのか分からない。
「迅殿には【風刃】があるでしょ。あれさえあれば、他のトリガーなんて不要じゃないですか」
迅には黒トリガー【風刃】がある。ノーマルトリガーがいくら優れていようが黒トリガーの性質に勝る事は出来ない。何せ製作者の全てが注がれたトリガーだ。ノーマルトリガーでその特殊性を再現させることはほぼほぼ不可能とされている。
「……それだけじゃ奴には勝てなさそうなんだよ」
「奴、と言いますと?」
「今日会った人型近界民。奴は【風刃】とそっくりなトリガーを有してありながら、厄介なトリガーを二つ所有している。京介が介入してくれただけで五分五分の戦いに持っていくことが出来たが、俺一人では負けていたかもしれない」
風刃と同等のトリガーを使って間合いを有効に使い、伸びる刃と隆起するバリケードを使った奇襲戦法は戦いにくいものがあった。どうにか風刃で対抗する事が出来たが、次に戦えばどうなるか分からない。
「(……それに)」
いつまで自分が風刃を所持し続けられるのか分からないのも理由であった。
ある理由で風刃を手放す未来が視えている迅としては、再戦の為にノーマルトリガーの強化を図りたいと考えていた。材木座が新しいブレード型トリガーを密かに作っているとサイドエフェクトで知り、それに目を付けたのである。
「しかし、あれは完成どころか、製作すらしてない代物ですぞ」
「なら、本部に行っても造り続けてくれ。後の世を護る為にも厨二君が造るトリガーは必ず必要になる。……メガネ君がそうだったように」
「やめてください、迅殿。我などに頭を下げないでいただきたい」
まさか迅に懇願されて頭を下げられるなんて思っても見なかった材木座は慌てて頭を挙げる様に言い、その後に後ろ首をガシガシ掻きながら思案する。
ここまで、自分を必要としてくれた事があったであろうか。記憶を下がっても中々見つからない。頼りにされていると言う事を知って、材木座のボルテージが徐々に昂って行く。
静まり返った炎が迅の言葉となって再び厨二心を燃え上がらせることとなる。
「……あい分かった。彼の風の剣士殿に頼まれたら嫌とは言えまい。この剣豪将軍義輝、迅殿の頼み、確かに叶えて進ぜよう」
「そっか。ありがとう、厨二君。頼りにしているからね」
彼の手をより、お礼を述べる迅の脳裏に一つの未来を映し出される。
己が生み出した刃を携え、弱き者の盾となって人型近界民と対峙する材木座の姿が。
剣豪将軍が復活する日はそう遠い日ではない。
***
密談を終えた迅と材木座は皆が待つ玉狛支部に入室すると、真先に入った光景を見やり唖然とする。
「オサム。今回で視るの二回目だが、オサムは正座が趣味なのか?」
「断じて違う。あ、あのそろそろ真面目な話しを――」
「ちょっと黙っていなさい、修。いま、いいところなんだから!」
正座をさせられている自身を見やり、首を傾げる空閑を窘める三雲。それをチョップ一撃で黙らせて、放映中の映像に熱くなる小南がいた。
「おいおい、三雲の奴。途中でトリガーを解除しやがったぞ」
「重心が下がり気味だ。だから、いざと言う時に回避する事が出来ない。あと、シールドがないのはいただけませんね。そろそろトリガー構成を考え直すべきじゃないですか?」
「お前もそう思うか、烏丸。俺がなんて言ってもこいつ、レイガストのシールドモードだけで守り切ろうとするんだぜ。あり得ないだろ」
「俺的にはバックワームなしでイーグレットを入れている比企谷先輩もあり得ないと思いますがね」
烏丸と八幡は三雲が規定のトリガーから試作品のトリガーに変えた所を見て、三雲論を述べ続けている。その後、お互いにヒートアップしてしまったせいか、最後にはお互いのトリガーの構想論で白熱したのであった。
「おう。戻ったか、迅」
「ただいま……って、もしかして気づいていた?」
「まぁな」
叶わないな、と苦笑いをする。
「ご苦労さん、義輝。そろそろ晩飯が出来る頃なんだが、お前もどうだ?」
「ありがたく。……っと、その前にこの騒ぎは何ですか?」
「あぁ。これはな」
木崎が言うには「八幡彼女が出来ちゃったよ」件を早々と黒歴史として承認させた一同は早々と話題転換させて忘れようと試みたのであった。そんな無責任な三人に色々と物申したい八幡であったが、広まった噂をなくすことはできないと過去の経験から重々承知している。故に抵抗しても意味がないと分かっている為、時間が解決してくれるのを待つことにした。
……とりあえず、さっきからLineがうるさい柿崎と嵐山だけには「小南が烏丸のウソに引っ掛かっただけですから」と説明する事にした。
騙されガール小南を知る嵐山ならそれだけで状況を正確に理解してくれるだろう。
東と影浦、他の方々は本部に行ってばったり出くわした時に説明しようと心に決めたのであった。できれば会いたくないが。
で、話題転換の内容は三雲が空閑と戦った時の話しになり、その時の映像をレプリカが記憶していたと言うので、その流れで鑑賞会が始まったのであった。その間、三雲は全身から汗が噴出していたのは言うまでもないだろう。
一回目の鑑賞会を終えた一同は、一斉に三雲を見やる。誰も口にはしなかったが、全員が「無茶をするなと言っただろうが」と冷めた目つきで訴えてきたのであった。
無茶をしたら正座。それが当たり前の流れになって来たのか、三雲は言われるよりも早くその場で正座を初め、反省の態度を示したのであった。
「み、みなさん。そろそろ大事な話しがあるんですけど……。ちょっと聞いていませんよね。ね、ねぇ! 僕の話しを聞いてください」
重要な話しがあるにも関わらず、ほとんどの人間が三雲VS空閑にのめり込んでしまい、誰も三雲の言葉に耳を傾けるものがいなかった。
空閑の為にいい所のどら焼きを買いに行った宇佐美が戻ってくるまで、このグタグタ感が続いたのは言うまでもないだろう。