Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#1
僕は幼いころから、暗い国の夢を見る。
暗いと言っても雰囲気的なものではなく、常に常闇に覆われていて静かで冷たい…そう、どこか寂しさを覚える国だ。
その国の入り口には闇を思わせる様に大きな門が聳え立ち、常にその門は固く閉ざされている。
その門は外からの侵入よりも、中から何も出さないように閉まっているようにも見受けられた。
その門に座す、彼女は…いつも門の中を見張っていたから。
視線だけは門の中でも、意識は全てに向けられていたのかもしれない。
その門の下に立つと、決まって彼女は僕に声をかけてきたからだ。
「お主…飽きもせずにまた来たのか?」
「部屋で寝ている筈なんですけど…たはは」
「ただの人間が、この国の門までフラフラと来れるわけがなかろうに…。魂魄のみでこの場に居る事は非常に危険だと言うのに」
彼女は軽やかに門から僕の元まで飛び降りると、どこか呆れた顔で、どこか嬉しそうな顔で僕の顔を見つめてくる。
薄く紫がかった長い髪、淡雪の様に白くきめ細かな肌、全てを見通していそうな深い赤の瞳、女性らしいしなやかなボディラインは一切の露出なくぴっちりとしたボディスーツに包まれ、革製の鎧が急所のみを覆っている。
身に纏う雰囲気は絶対王者…王としてあるべく生まれ、王として生き続ける…そのような星の下に生まれたのだと自嘲気味に笑っていたのを未だに覚えている。
「毎日毎日飽きぬものよな…」
「いえ、体質的なものだから…でもお師匠に会えるんで僕としては嬉しいんですけど」
「ほう…随分と軽口を叩く様になったものだな?今日の特訓は少々厳しめにしても良いようだ」
「ヒェッ」
彼女との付き合いは、かれこれ十年程になる。
始まりは突然で、僕にも原因自体は分かっていない。
毎晩眠ると必ずこの常闇の国の門の前に立っているのだ。
彼女…お師匠にも僕の存在と言うのは非常に興味深いらしく、門番をする片手間に自衛をするだけの知識…簡単なルーン魔術や槍術の手解きをしてもらっている。
もちろん、目覚めたときにこれらは決して人前に明かさないようにと厳命されている。
なんでも、人前で魔術を披露すると言うのは非常に危険な事だそうで、最悪標本にされるとかって脅されたりした。
勿論今まで人前でルーン魔術を使ったことは無い…けどおまじない程度ならと思ってコソコソと隠れて使ったりはしている。
友達が病気になったときだけだけど…。
「そろそろ海獣と一騎打ちしても良い線行けるはずだ」
「はずじゃ困ると思いますお師匠!」
「ええい!つべこべ言わずにやるぞ莫迦弟子!」
お師匠は何もない空間から血の様に朱く鋭い槍を一本呼び出して手に持ち、石突で地面をノックするように軽く突く。
すると、まるで地震が起きたかのような揺れと共に重々しい足音が門前の広場に響き渡る。
振り返りたくないなー、早く目覚めないかななんてー思いながらも意を決してゆっくりと後ろへと振り向く。
『――――!!!!』
海獣、と言うよりも怪獣と言った方が正しい巨大な化け物が目の前に立っている。
体中を鋼鉄を思わせる外骨格が覆い、並の剣や魔術ではとてもダメージを与えられそうにもない。
目測の全高十メートルはある巨躯は、餌を見つけたと言わんばかりにズラリと並んだ鋭い牙が並んでいる口を開け、涎をだらだらと垂らし続ける。
「そやつの名は海獣クリード。そうさな…そやつを仮に狩ることが出来るのであれば、何か一つ褒美をくれてやるとしよう」
「加減!加減と言うものをですね!?」
「はっはっは、そら、頑張れよ?」
お師匠は楽しそうに笑いながら軽やかな跳躍で門の上まで飛び上がり、僕とクリードを見下ろしている。
よく見ると、手に酒を持っているので酒の肴代わりに観戦するつもりのようだ。
つまり、危なくなっても助けるつもりは無い、と言う事らしい。
『―――――!!!!』
「や…や…やってやらぁっ!!!」
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――――――――――
「かつてないほどの戦いだった…
ベッドから飛び起きた僕は、思わずベッドの上に立ち上がり自分の命が未だにある事への感謝と、勝利したことの喜びを強く噛み締めていた。
おおよそ人が太刀打ちできるような相手ではない海獣を相手に生き残り、勝利した事実は確実に僕の人間離れを推し進めている証左になっている訳なのだけれど、僕としては別にそんなことはどうだっていいのだ。
そういえば…ご褒美貰っていない気がするんだけど…まぁ、今夜にでもご褒美貰えば良いわけだし、そこは深く考えなくても良いだろう。
僕はベッドから降りて深いため息を吐き出し、寝室から出てリビングに置いてある仏壇の前に座っていつもの様に挨拶を済ませる。
「おはよう、父さん母さん。今日も無事に目覚めることが出来ました…お師匠はブレる事もなく厳しかったですが、何とか生き残る事ができました…」
僕の両親は五年前に交通事故で他界した。
それ以来、僕は一人でアパート暮らしをさせてもらっている。
もちろん引き取ってくれると言う親戚が居たことは居たのだけれど、眠る度にあんな修行をしてるなんて知れたらそれこそ大変な事になる気がした。
もしかしたら、お師匠に会えなくなるかもしれない…等と考えたら余計に嫌になってしまった僕は、親の残してくれたお金と親戚の援助、奨学金を元手にアパートでの一人暮らしをしているのだ。
空気を入れ替える為に部屋の窓を開けると、勢いよく風が部屋の中に吹き込み桜の花びらが入り込んでくる。
今日は日曜日だしどこかへ出かけるかな…いい天気だ。
2015年3月…
「未来が無くなる…ですか?」
「そう、そしてその未来が無いと言うのはね、人類が絶滅したと言う事なの」
アーネンエルベと呼ばれるお気に入りの喫茶店で優雅なコーヒータイムを楽しんでいると、1人の女性が僕の前に現れて合席を申し出てきた。
銀髪に赤い瞳を持ったプライドの高そうな…なんというかお堅いお嬢様然とした印象を強く受けた。
店内を見渡すと席が空いているにも関わらず、僕に合席を申し出てきたのはどういった了見なのかと問い質したくもなったのだけれど、今の僕は暖かな日差しの中で散歩して来たこともあって非常に心が広くなっていたので、二つ返事で了承してしまった。
してしまったらこれである。
自分は『カルデア』と言う組織の人間で、君をスカウトしに来た。
始まりからして胡散臭いと思わないこともないけれど、カルデアと言えば国連に承認されている国際機関であり、各国が進んで支援する程の大規模組織だ。
カルデアがあると言う事の大切さやその活動内容を長々と解説された訳なのだけれど、要約すると2017年以降の未来が観測できず、人類絶滅待ったなし。
過去に原因となる存在を見つけたので、その存在を排除或いは回収する人間を集めている。
と、目の前の女性…オルガマリー・アニムスフィアさんは説明してくれた訳だ。
「そう、そして君にはその原因の排除なり回収をするために必要な素質があることも判明している。…去年だけでも両手では数えきれないほど魔術を使用したわね?」
「いや、言ってる意味がわからないっす…」
「誤魔化せるわけないでしょう。ズブの素人が強力な魔術を行使していたのは既に分かっています。本当なら今すぐ捕縛して脳みそ摘出しなくちゃいけないってこと…理解しているのかしら?」
…強力って言うほど強力なものは使用した覚えがない。
僕が普段魔術を使っていると言っても、それは女子高生の間で流行る様なスピリチュアル的なおまじない程度のものであって劇的な効果を見せるものではない。
もちろん、魔力自体は通してしまっているけど…お師匠みたいに加減が出来ないなんてこともないはず…。
出来うる限りのポーカーフェイスを気取って、オルガマリーさんに相対しているとテーブルの上に手作りのお守りが数個放り出される。
「これ、どこで?」
「シラを切るのはよしなさい…東雲君。ホルマリン漬けになるか、私と共に来るか二つに一つなのはもう理解しているでしょう?」
そのお守りは、友人が風邪をひいたときに渡したお守りだ。
どうやら、僕が思っている以上にこのカルデアと言う組織は大きく、そして影の様に日常に潜んでいるようだ。
言い逃れはできないだろうし、仮に本気で逃げたにしても逃げ場が無い。
所詮は高校生の身の上で、何かできるほど世の中は甘くないのだ。
「…そんな力があるなんて僕には思えませんけど」
「ズブの素人で、しかも代を重ねていない突然変異でここまで魔力を練る事ができれば上等でしょう。魔術師としての心構えや知識はこの際必要ありません。私の手足として馬車馬のように働けばいいのです。それが出来なければホルマリン漬けになると言う事を肝に銘じておきなさい」
「…うわぁ、ブラック企業も真っ青だぁ…」
つまるところ、衣食住完備の無報酬労働を目の前の女性に強いられると言う事になるのだろう。
きちんと働かなければ、人として生きてはいられない…お父さん、お母さん、貴方たちの息子は此処で人生詰んでしまったようです。
「貴方の通う高校には、すでに手続きを済ませてあります」
「…あの、それは」
「自主退学よ。人理修復を終えたら、貴方は魔術協会に属してもらうわ」
「拒否権は…」
「ホルマリン漬け」
「アッハイ」
本当に死ぬまで馬車馬の如く働かせる気なのか、オルガマリーさんは僕の質問を最後まで聞くことなく食い気味に言い返して心を折っていく。
「では、明日迎えの車を寄越すので荷物を纏めておきなさい。いいわね?」
「わかりました。地獄に落ちろ」
「今すぐホルマリン漬けにしてやろうかしら…!」
一矢報いるつもりで悪態をつき、手の中にある目の前にいる女性の名刺を見る。
そこにはしっかりと所長と役職が書かれている。
どうやら僕みたいな人間に声がかかる程度には事態が逼迫しているらしい…。
オルガマリーが退席したのを見計らって、僕は盛大にため息を吐いた。
良かれと思ってやった事がこうして自分の身に返って来ることになるとは…こう言ったことを見越してお師匠は魔術禁止令を出していたのかなぁ…?
人理継続保障機関『カルデア』
魔術では観測できない世界、科学だけでは観測できない世界を観測するため、世界中から科学者や魔術師が集められた特殊な組織。
レフ・ライノールと言う魔術師が開発した近未来観測レンズ『シバ』を用いて地球環境モデル『カルデアス』を観測することで未来を観測することが出来る。
そして未来が観測できると言う事は人類が存続していると言う事なので、安心して毎日を生きることが出来る…とざっくばらんにパンフレットに書いてある中身を読み取って内容を咀嚼する。
どうやら、このカルデアスで未来を観測できなくなったので、こうして僕みたいな素質のある人間が標高6000メートルの雪山に建設された、まるで特撮の秘密基地のような外観をしたこのカルデアへと集められているわけだ。
人理修復を担う人間かどうかの適性を図るシミュレーションを終えた僕は、がっくりと肩を落としながら更衣室へと向かう。
このカルデアに来てからの四か月間…訓練訓練また訓練、胡散臭い魔術師に科学者に変な目で見られ、プライドの高い候補生に白い目で見られと本当に碌な事が無い。
更に夜は夜で寝ているとはいえ、毎日の様にお師匠に今まで以上に扱かれている。
そんな毎日が続けば、癒しなくしてすり減るのみ…必然的にほかの人間との会話は少なくなり、孤立感は強くなる一方だ。
いや、一人だけ僕に構ってくれる少女がいるけども…。
手早く制服に着替えた僕は、自室に戻ってベッドに横たわる。
勿論、侵入者避けのルーンは確りと刻んで自身の身を守っている。
エリートのねー、皆さまのねー、嫌がらせがですねー…洒落になんないんですわ。
どうも、僕自身魔術師としての素養はかなり高かったらしく、ことルーン魔術に関しては天才的だったらしい。
ルーン魔術に関していえば、お師匠の教えの賜物なので天才と言うよりも日々の努力の結晶と言った方が正しい気がする。
まぁ、そんなわけでエリートの皆さんは一般枠の僕の存在と言うものが非常に目障りなようで、毎日の様に嫌がらせをしてきている。
命に関わるレベルで。
今日も訓練の内容を思い出して深くため息を吐き、ゆっくりと目を閉じる。
フレンドリーファイアを矢避けの加護で迎撃しながら目標まで突っ走った僕を、だれか褒めて…。
しくしくと泣いている内に身体がフワッとする感覚がし始める。
そろそろ眠れるなー、なんて思っていると突然耳元に怒鳴り声が響く。
『お主、とっとと起きんか!寝ている場合では無いぞ!』
「お師匠!?」
耳元でお師匠の声が響いたと思った瞬間、まるで地震でも起きたかのように施設が大きく揺れた。
一瞬部屋の明かりが消えたものの、すぐに点灯したところを見ると非常電源に変わったらしい。
避難を促すためか部屋の扉が自動で開く。
扉が開くと同時に見覚えのない赤毛の小柄な少女とカルデアでもトップクラスの良識人が慌てた様子で管制室のある方角へと走っていく。
ロマニ・アーキマン…カルデアの医療スタッフの一人で、とにかくマイペース且つドルヲタ。
底なしの善人なんて某芸術家に評されるほどの人間だ。
そんな善人が走っているのを見て、現実から目を逸らすほど僕は莫迦でもない訳で…。
「終わったな…うん…精一杯やれることをやろう」
手早く意識を切り替え、僕はベッドから飛び降りて部屋を出れば2人が走っていった方角へと走り始めた。