Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#10

走る。

ただひたすらに。

ただひたむきに。

特異点解決と言う偉業を成すために、僕たちは複雑に入り組んだ洞窟内を疾駆する。

複雑に入り組んだ、と言っても洞窟の奥から暴風の様な魔力の奔流が吹き荒れていて、大空洞へと至る道を見つけるのにそう苦労はしない。

ただ、これらの魔力の奔流と霊脈の集合地点と言う性質故か、洞窟内には無数のアンデッドが巣食っている。

 

「やぁぁっ!!」

 

マシュはその巨大な盾を閉所の中でも遺憾なく振り回し、スケルトンを体ごと粉々に粉砕する。

大質量の化け物と言っても差し支えないその大盾は、本質的には誰かを守る時に光り輝く。

今も背後に居る所長と立香さんを守るために、その大盾は敵に対して振るわれているのだ。

 

「ったく、キリがねぇな!アンサズ!!」

「この程度で音を上げるのか?だらしのない」

 

クー・フーリンは槍を右手で振るいながら、左手を払って火炎弾をゴーストの群れに撃ち込み炸裂させていく。

その顔に疲労感は無く、機械的に敵を討ち取り続ける。

その戦い方は正に猟犬…その名の異名の如しだ。

僕のお師匠であるスカサハは、何もしていない…と言うと些か語弊がある。

お師匠はただその場にいるだけだと言うのに周囲を圧倒し、アンデッドがそもそも襲い掛かろうとしないのだ。

影の国の女王、その霊格に恐れ慄く様に…。

それら動きの止まっているアンデッドを、クー・フーリンやマシュがついでの様に撃破していく。

そして、僕はと言うと…。

 

「はぁっ!!!」

 

クー・フーリンやマシュに混じって、兄弟子と同じ型のゲイ・ボルクを必死に振るっていた。

勿論肉体はルーン魔術による強化で、身体能力を跳ね上げている。

筋力にかかるブーストは、容易く一撃でスケルトンの頭を突き穿ち、その勢いのまま僕に群がろうとするゴーストを槍を振り払う事で消滅させる。

それでも、手に馴染むと言ってもあまり振ってこなかった槍だ。

掌にはマメがすでに出来上がり、じくじくとした痛みを僕に伝えてくる。

けれども、その痛みが何だと言うのだろう?

世の中にはこれよりも痛い思いをして、それでも生き残る事を許されなかった人たちが居る。

この、冬木の街の住人たちのように。

だから、痛くなんて、ない!

 

「東雲さん!無理はしないでください!」

「ったく、うちの弟は無鉄砲でせわしねぇ!」

「でぇぇい!!!」

 

まるで無数のスケルトンが集合したかのような、巨大なアンデッドの集合体の胴体の中心…人で言えば心臓のある辺りに深々と槍を突き刺す。

そこから一気に魔力を流し込み、『カノ』による火炎魔術で内側から一気に焼き尽くす様に炸裂させる。

 

「はぁ、はぁ…急ごう!」

「待ちなさい、東雲 良太。貴方、今酷い顔をしているわよ?」

 

炸裂させた壁の向こうに僅かな光を捉え、長く続いた洞窟の終着点を見出す。

ぐっと足に力を込めて駈け出そうとするが、所長が突如待ったをかける。

僕は首を傾げて、所長へと向き直る。

もうすぐ元凶を討ち取るところに指がかかるというタイミングで、どうやら僕の体調を慮ってくれた様だ。

 

「大丈夫ですよ、所長。後ろから魔術放り投げられるよりマトモな環境ですし」

「あのね、カルデアのサポートがあるとは言え、即席の多重契約と長時間の戦闘は体と脳に負荷がかかって当然なの。いい加減止まりなさい」

「はい、私も賛成です。幸いこの辺りのアンデッドは先ほどの大型で最後ですので、一度休息を取るべきです」

 

お師匠へチラ、と視線を向けると静かに頷かれる。

どうやら、お師匠が多少危惧する程度には顔色が悪い様で、僕はその場にへたり込む様にして腰を下ろす。

少しばかり、張り切りすぎたのだろうか?

 

「良太…お前な、ちったぁマスターとしての自覚を持てってんだよ」

「痛っ!いたたた!!止めてください!!」

 

クー・フーリンは、座り込んだ僕の頭を拳骨でグリグリと擦り付けてくる。

僕は、何処か至らないところがあっただろうか?

単純に、降りかかる火の粉を自分で振り払っていただけなのだけれど…。

 

「クー・フーリンの言うとおりね。貴方は何処まで行っても人間なの。限界はいずれやって来る。その限界を把握しなさい」

「こればかりは私の責任と言った所か…魂魄の状態ではスタミナも何も無いからな」

 

確かに影の国で鍛えていた時はいつまでも槍を振るえる気がしていたし、事実目覚めるギリギリまで槍を振り続ける事もあった。

だけど、今は生身…いくらルーン魔術によって肉体強度を補佐した所で、疲労は溜まっていってしまう。

思っていたよりも無茶をしていたようだ…。

いつの間にか隣に来ていた立香さんが、手にレモンのドライフルーツの入った小袋を差し出してくる。

 

「これ、良かったら食べて。所長からのおすそ分けだけど…何も食べないよりは良いと思う」

「…なんだか、僕すごく気遣われてません?」

「はい、気遣われています。ですので、速やかに好意に甘えるべきです」

 

無茶をしていた、と言う自覚を今になってできたものの、僕自身はそこまで疲れを感じてはいない。

本当であれば、休息が必要ないと思えるほどに元気が有り余っているのだ。

ひとまず立香さんから小袋を受け取り、レモンを手に取って口に放り込む。

酸味と爽やかなレモンの香りが鼻を突き抜け、思わず悶絶する。

 

「ぐぅ…お…すっぱ…す…すっぱ…」

「だ、大丈夫!?」

「お主、未だに酸味が強いものは苦手か…」

 

立香さんは突如悶絶する僕にわたわたと慌てたように両腕を振り、お師匠はそんな僕を見てため息混じりに呆れた視線を送り込む。

クー・フーリンのゲッシュでは無いけど、差し出されたものは苦手な物でもキチンと食べなきゃいけないと僕は思うんだ…結果としてひどい目に合ったとしても。

 

「だ、大丈夫…酸味程度で人は死なない…うん、僕は死なない」

「当たり前だろうに…勇ましく戦っていたと思えば、レモン1つでこの悶絶具合よ」

「勇ましければ良いと言うものでもないわ。最終的に力尽きて貴女とクー・フーリンに消えられたら私たちは詰みに近くなるのだから」

 

カルデアからの魔力供給があるとは言え、マスターと英霊が繋がっているからこそ、こうしてお師匠やクー・フーリンと会話や触れ合う事ができる。

繋ぎとめているものの大部分がマスターに依存しているのであれば…なるほど、前線で張り合おうとするのは馬鹿げているのかもしれない。

所長は僕を窘める様にスカサハに反論し、しかし何か言いにくそうに僕と立香さんを見る。

 

「所長、どうかしました?」

 

立香さんは不思議そうに所長へ声をかけると、意を決したかのように頷いて口を開く。

 

「東雲 良太、藤丸 立香…2人とも此処までよく働いてくれました。あなた方の働きを、私は高く評価します。ですが、まだ特異点の解決はしていません。気を引き締める様に」

「は、はい!!」

「所長が初めて褒めた…雨でも降るのでは?」

 

立香さんは嬉しそうに力強く頷き、僕は僕で初めてまともな薫陶を受けて少しばかり呆けてしまう。

隙あらばホルマリン漬けをチラつかされていたからなぁ…。

 

「素直に言葉を受け取れないのかしら…東雲 良太…!!」

「いえ、出会いからして最悪だったじゃないですか…」

「そうカッカしなさんな、姉ちゃん。美人が台無しってもんだろうが」

 

クー・フーリンが揶揄う様に所長に茶々を入れると、所長は顔を赤くして顔を背ける。

どうやら男性のこういった軽口に対して、免疫が無いようだ…箱入り娘なのかな?

 

「それよりも…気付いておるか、クー・フーリン」

「おう、叩きつけるような殺気をビンビン感じるぜ。ありゃぁ気付いていやがるな」

 

お師匠とクー・フーリンは僕達の盾になる様に前へ出て、深紅の槍を手に持つ。

どうやら休憩時間は終わりを告げたようだ。

 

「良いか?これよりは死地となる。我がマスターたる東雲 良太は言うまでもないが、立香、そして魔術師よ…その死地に踏み出す覚悟はあるか?」

 

お師匠から厳かに、静かに言い放たれる死刑宣告に等しい言葉。

それは、この先に待つ相手がそれだけの難敵であることを指示している。

しかし、それでも立香さんは恐れる事無く力強く頷き、所長も静かに頷く。

 

「私にはマシュが居ますし、マシュが私を守ってくれるようにマシュを支えたいんです。一緒に行かせてください」

「先輩…」

「マシュが聖剣攻略の要なんだから、一緒に頑張ろうね!」

 

立香さんのこのポジティブさは、きっと皆の助けになる気がしてくる。

あのヘラクレス襲撃の時だって、いち早く動き出したのは僕でもなく彼女だ。

僕も、彼女に負けないように強くならなければ…。

へたり込んでいた僕は両足に力を入れて立ち上がり、肩に担ぐ様にゲイ・ボルクを持つ。

 

「良い返事だ…では、行くとするか」

「…恐らくの話なんだが、この異変を解決することが出来れば、この空間は無かったこととして消滅しちまう。良太とマシュ、立香はとっとと自分の居るべき場所に帰る手筈を整えておけ」

「その件に関しては私から職員に手筈を整えさせているわ。弟弟子達の事は安心しなさい」

「それが聞けりゃ安心だわな」

 

クー・フーリンは1つの気がかりを口にするものの、所長がすぐにその疑念を払拭してくれる。

それを聞いたクー・フーリンは、所長を見る事無く頷いて笑う。

…1つの疑念が僕の脳裏を過るのだけれど、確信を持てないし持ちたくない。

だから、今は考える事を放棄して目の前の事に注力しよう。

洞窟内を歩いていると前方から見える光が徐々に強くなり、やがて広大な空間へと出る。

その場所はむせ返る様な濃密な魔力に溢れた場所で、大空洞と言うに相応しい広大な空間が広がっている。

その中央に黒く渦巻く魔力がなみなみと注がれた巨大な器が安置されているのが見える。

 

「あれが大聖杯…超抜級の魔術炉心じゃない!」

「驚くのは後だ、姉ちゃん」

 

クー・フーリンが静かに所長を黙らせると、大聖杯の前に居る一人の騎士を見つめる。

その騎士の装いは、およそ騎士王とは程遠い清廉さを持ち合わせない黒色の甲冑。

無造作に持つ剣は聖剣と呼ぶには禍々しい気配を発し続け、むしろ魔剣と呼ぶに相応しい。

薄い色素のブロンドの髪と、希望を見出させないその瞳は暴君の様に見える。

 

「あれがアーサー王…?」

「どうやら、呪いか何かで強制的に性質を反転させられたようだな。あれにアーサー王が持つ清廉さなど微塵もなかろうよ」

 

立香さんが、セイバーを見つめて首を傾げると、お師匠がひどく詰まらないものを見るかのような目で溜息をつく。

性質の反転…と聞こえは良いが、要は霊基を弄って好きなように改造されたと言うに相応しいのだろう。

 

「―――貴様、如何様にしてクラス変更を成した?」

「だんまりばかり決め込まれてたから、喉を潰されたのかと思っていたぜセイバー」

「何を語っていても見られている。で、あれば案山子になると言うものだろう?」

 

セイバーは静かに、冷酷な声色でクー・フーリンに話しかける。

その顔は表情筋が無いのではと思うほどに無表情…の様に見える。

 

「あのアーチャー同様、テメェも腹に一物持ってやがるか」

「誰が好き好んで人理焼却に手を貸すものか。起きたことを無かった事にするなど業腹だ。成してきた人類に対する侮辱も甚だしい」

 

セイバーが感情を発露させると同時に、全身から禍々しい魔力放出が発生する。

それは、きっとセイバーの今の感情を端的に表しているのだろう。

それは憤怒…見てくれがそうであっても、このセイバーは義憤に震えるくらいには人が良いのだろう。

 

「そこまで言うのであれば、僕たちに協力することは出来ませんか?」

「貴公らに手を貸すことも、その手を取ることも私には許されない。私は貴公らを蹂躙する者である。人理を救いたければ――ほう?」

 

義憤に駆られる…それだけの理性を宿していると言うのであれば、味方に引き入れるべきだろうと思ったのだけれど、その考えは拒絶と言う形で露と消える。

どうあってもこのセイバーは突破しなければならない障害の様だ。

しかし、セイバーは手に持つ聖剣を構える事無く、マシュの事を見つめて目を見開く。

 

「その宝具は面白い…名も知れぬ娘よ。なぜ貴様がそれを持つ?」

「っ!貴女はこの宝具を知っているのですか!?」

 

セイバーは口元を笑みに歪め、マシュを見つめ続ける。

どうやら、マシュの英霊はアーサー王に由来する英霊の様だ。

もしかしたら、円卓の騎士の1人なのかもしれない。

逸話と盾から調べていけば、答えに行き当たるかもしれないな…。

マシュは真名を知りたいのかセイバーに詰め寄ろうとするも、それよりも早くセイバーは魔力放出と同時に聖剣を掲げる。

 

「知りたくば私を倒してからにするが良い。魔竜ヴォーディガーンの息吹を此処に!」

 

聖剣はより禍々しさを湛え、まるで周囲の光を喰らいつくすかのように妖しく光る。

その光景を見たお師匠は、優しい笑みを浮かべながら戸惑うマシュへと声をかける。

 

「マシュよ、どの道お主が防げなければ立香は死ぬ…防げるか?」

「…防ぎます!マシュ・キリエライト、出ます!」

 

セイバーが聖剣を振りかぶると同時に、マシュが前へと出て手に持つ大盾に力を込める。

いよいよ聖剣は闇に堕ち、魔剣としての暴威を発揮しようとする。

 

「卑王鉄槌――極光は反転する…光を呑め!『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!!!」

 

セイバーの宝具、真名開放…その瞬間、闇が牙を剥いた。




ロマンもフォウも出番が無くてごめん…差し込めないんだ…ぐぬぬ


次回

聖剣討伐

「「その心臓、貰い受ける――」」

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