Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
セイバーの姿が霧散し、その場に透明な水晶体が浮かんでいる。
それはどこまでも透き通り、どこまでも曇り続けている。
矛盾を孕んでいるようで、それは常に正しくその場に存在しているように思える。
僕は手にゲイ・ボルクを握りしめたまま、何か嫌な感じを背中に受けながら一息だけ吐く。
特異点の中心となっていたセイバー…その撃破に成功したためだ。
グランド・オーダーと言う言葉を遺して消えていったことが非常に気になる。
…セイバーは複数の特異点に関して、何かしらの知識があったのだろうか?
「ふー、終わった終わった。こういう時は酒盛りでもするべきなんだろうが…」
「気を抜くには些か早い気がするぞ、クー・フーリン」
クー・フーリンは朱槍を両肩で担ぐ様にして持ちニィッと笑みを浮かべ、お師匠は対照的に槍を持った手をだらんと下げたまま呆れた顔でクー・フーリンの事を見つめる。
そんな光景を見守っていると、唐突にインカムに通信が入ってくる。
…今更?
『あー!あー!此方カルデア、聞こえますか?』
「…ドクター、無事だったんすね?」
『ああっ!?東雲君!漸く連絡が着いたよ!無事なのかい!?』
インカムのスイッチを入れると、聞きなれた気弱そうな声が耳に響いてくる。
今まで何故か連絡を取ることができなかったロマニ・アーキマンことDr.ロマンは、僕が通信に答えたことに大層驚いた様子だ。
「五体満足、と言う意味では無事です。気が抜けて疲労困憊と言った感じですけど…それよりも…」
通信が今まで繋がらなかったのはこの際隣に置いておこう…インカムに細工されていないとは限らない訳だし。
僕は特異点の元凶の討伐に成功した旨を告げ、所長に通信をバトンタッチする。
「ロマニ、東雲 良太が言う様に特異点の元凶になっていた英霊の討伐に成功したわ。これより英霊が遺した物体を回収しレイシフトを終了します。そちらの準備は出来ているかしら?」
『えぇ、その件に関しては大丈夫です。その特異点の揺らぎも確認できましたので早急に…』
特異点の解決…それはこの時空事態が消滅し無かったことになると言う事。
歴史に残らず、関わった者の記憶に残らず、なによりも…この特異点が原因で犠牲になった人たちが戻ってくる。
勿論明日死んでしまう命かもしれない、今日死んでしまう命かもしれない…けれども、それで良い。
誰かの都合ですべてをひっくり返されるような事で死んでいいものなんて無い筈だ。
僕は通信を続ける所長から離れて、水晶体へ近づいて手を伸ばす。
「さて、お前とは楽しかったがここらでいったんお別れだな。俺みたいなその時代その時代で呼ばれたサーヴァントは、他の時代に干渉することができねぇ」
「大丈夫ですよ。お師匠がついていますし、何よりも…きっとすぐに会える気がします」
「ハッ、違いねぇや。なに、弟弟子の為に馳せ参じるってのも悪かねぇ」
クー・フーリンは僕に手を伸ばして握手を求めてくる。
僕はそれに応えて手を伸ばし、がっちりと握手をする。
硬く、大きく、温かい…およそ大英雄と言うにはとても身近に感じられ、少しばかり不思議な感覚に陥る。
「随分と気に入っている様だな?」
「なぁに、アンタが興味を示したんだ…だったら、先人として叩き込めることは叩き込んでやらねぇとなってね」
お師匠はフフン、と鼻で笑い何故か自慢げに僕の事を見た後、瞬時に険しい顔になる。
それはとても嫌なモノを見てしまったと言わんばかりで…それはとても僕を不安にさせるには充分だった。
クー・フーリンも即座にお師匠の表情の変化に気付き、軽く肩を竦める。
「随分とコロコロ表情が変わるもんだ。ゲイ・ボルク二槍流といい、随分と変わったもんだな」
「どうであろうな…なんにせよ、元凶の1人が現れたようだぞ?」
それは大聖杯の影から悠々と歩いてきた。
緑を基調としたスーツにシルクハットを被った、常に嫌な笑みを浮かべている人物。
所長が最も信頼を置き、僕はその不気味さから不信感すら覚えた人物。
「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」
大聖杯を背に悠然と此方に歩いてくる姿は大胆不敵。
自分に敗北はありえないと、負ける事は無いと言う絶対王者の様な自信。
故に何も臆していない…あるのは他者を侮蔑する笑みだけだ。
「48人目のマスター適正者。まったく見込みのない子供だからと、善意で見逃してあげた私の失態だ。だが、貴様は違う…38人目…東雲 良太。何故貴様が此処にいる?」
「さぁ、どこかの誰かさんがイジメてたせいじゃないっすかね、レフ・ライノール教授」
その男、レフ・ライノールは苛立たし気に僕を見て、常に細められているその目を僅かに見開く。
本当に僕が生きていたのは想定外だったようで、その目からは殺気がとめどなく注がれている。
また、大して動揺を見せていないのも苛立ちに拍車をかけているようだ…。
「レフ教授!?」
『レフ…?レフ教授だって!?彼がそこにいるのか!?』
マシュはレフの登場に大きな声で驚き、ロマンはカルデア内に居なかったため死んだと思っていたのか、これまた大きな声で驚く。
僕は…どうだろう?
殺しても死ななそうだとは思っていたのだけれど。
時折、敵意が見え隠れするような毒舌が発せられれば…ね?
「ロマニ…君も生き残ったか…あの時すぐに管制室に来いと言ったにも関わらず、私の指示を聞かなかったんだね?」
『それよりも、どうしてあなたがそこに――』
「屑が口を開くんじゃぁないよ」
『――っ!!』
明確な悪意を込められて放たれた言葉はロマンの口を閉じさせ、マシュの顔を曇らせる。
マシュはレフに比較的懐いていたから、そのダメージは想像に難くない。
レフは大きなため息を吐いて片手で自身の顔を覆う。
役者染みたその動作は、どこか陳腐にすら見えてくる。
「人間というものはどうしてこう――そう、定められた運命からズレたがるんだい?」
「先輩、下がって…下がって!!あの人は…あれは私たちの知っているレフ・ライノールではありません!!」
マシュは全身に身の毛がよだつ程の悪寒を感じ取り、素早く盾を構えて所長と立香さんの前に出る。
そうでなくとも、衝動的に本能的に盾を構えて前に出ていたとは思う。
だけど、所長は…。
「レフ…レフ!生きていたのね、レフ!!」
所長はレフが生きていたと言う事に目を見開いて驚き、大粒の涙をこぼしながらレフへと駆け寄ろうとする。
クー・フーリンは小さく舌打ちをし、頭をポリポリと掻いた後に所長の前に立ちはだかる。
「姉ちゃん、極限状態で頭イッちまったか?」
「どきなさい!英霊風情が、私はレフと話があるの!」
「退いてやれ、クー・フーリン。最早
…お師匠は目を閉じ、澄ました顔で…残酷な宣告を行う。
今まで、不思議ではあった…お師匠もクー・フーリンも名前を一切呼んでいなかった。
所長を、半ば居ないものとして扱っているように見えていたのだ。
こういう時、勘が変に働いてしまう事に腹が立ってくる。
出会いは最悪だったけども…所長の事を心底嫌いになった訳では無かったから…。
『え、所長が…死んで…え?』
ロマンは言葉を失い、マシュと立香は信じられないと言わんばかりに目を瞬かせ、クー・フーリンは軽くため息を吐いて所長に道を開ける。
しかし、所長はお師匠の言葉に足を止め、レフを見つめる。
「ねぇ、レフ…わたし、生きてるわよね?だって、こうして此処に居るって言う事は――」
「…ほう、私の口から言う手間が省けて助かるよ」
一縷の望みをかけてレフへと声をかけるも、それは無残に引き裂かれる。
レフは愉悦に笑みを浮かべてお師匠へと声をかけるが、お師匠は涼やかな顔で鼻で笑う。
「小姓が気安く私に話しかけるな。貴様は私と対等の立場に居るとでも?」
「っ…格の低い英霊が、王に仕える私を愚弄するか…!!」
冷徹にして冷酷、一片の曇りもなく放たれた言葉は聞く耳の身体を震わせる。
それはお師匠の中にある女王としての在り方…誰も並び立つものはいない無双の存在。
だが、それと同時に挑発でもあったようで、レフは王と言う言葉を口にする。
沸点が低いが故に、こちらを侮っているが故に情報をポロリと漏らすのだろう。
「事実だ、魔術師モドキ…貴様は私と並び立つには些か器が足りぬ。これでは仕えられている王とやらが憐れでならんな」
「…レフ・ライノール…お前は何者だ?」
僕は心が急速に冷めていくのを感じる。
どこまでも冷たく。
どこまでも優しく。
それは、恐怖からではなく。
これは、脅威からでもない。
目の前の存在に対して浮かぶ感情が、希薄になっていくのを感じてしまう。
僕は人ならざる何かを見つめ、首を傾げる。
お師匠の挑発から我に返ったレフは、ハッとなった後に気を落ち着かせる。
「いけないいけない…兵器如きに熱くなるなど言語道断だ。改めて自己紹介をしよう…私はレフ・ライノール・フラロウス。貴様たち人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ」
フラウロス…どこかの悪魔の名前…だったかな?
僕はそれをひどく冷めた眼差しで、手から何か流れ落ちている事にも気付かずにゲイ・ボルクを握り込む手の力を強める。
「なんにせよ、カルデアスの磁場によって守られているとはいえ、いずれ消滅するものに手向けとなる名乗りであれば良いが…」
「手向け…手向けかぁ…なら、僕からも」
僕は無造作に朱槍をレフの心臓に優しく突き刺し――真名を紡ぐ。
「
「ガッ…!!!」
「ひっ…!」
レフの体の内側から破裂するように朱槍の穂先が無数に突き出して、まるで彼岸花の様に緑を基調としたスーツをどす黒い赤に染めていく。
僕は今…どんな
泣いているのだろうか?
笑っているのだろうか?
怒っているのだろうか?
僕には鏡が無いからどんな表情をしているのかが分からない。
無造作に放たれた現代の宝具に、立香は小さな悲鳴を上げる。
駄目だよ、こんなことで悲鳴を上げてたら…もっと辛いことがいっぱい来るかもしれないんだから。
「お前は殺し過ぎだよ、レフ…カルデアのマスター候補生たちや職員ならいざ知らず、他の人たち、巻き込みすぎ」
レフの体の中に無数の槍の穂先が引っ込むと同時に、ゲイボルクを引き抜いて血を払う。
どうやら、レフは体の内側から槍を炸裂させる程度では死なないらしく、血を吐き出した後に高らかに笑う。
「がふっ、ククッアハハハハッ!それが本当の顔か、東雲 良太!まるで表情のない人形のようだ!」
「そう」
僕は小さくレフに返事をしてやり、その首を跳ね飛ばそうと槍を横に振ろうとするが、突如お師匠に身体を抱きかかえられてマシュの隣まで下げられる。
所長はクー・フーリンが首根っこを掴んで、マシュの元まで持ち上げて運んできている。
後退した瞬間、黒い何かが大空洞の天井を削り取りながら現れる。
「お師匠、あれ殺せないよ?」
「うむ、うむ…あれはお主が殺すほどのモノでもなかろうよ」
お師匠は、まるで僕をあやす様に頷き笑みを浮かべる。
う~む、価値無し…戦士でなければ特にない、のだろうか?
首を傾げていると、レフは与えた傷を癒しながら僕の事を睨み付ける。
睨み付けられる理由が無いんだけどね…だって、彼は殺したのだろう?
「東雲 良太…ふざけた物言いを…!!」
「他のみんなは貴方と同じ言葉を言ってると思うよ、レフ…なんでしたっけ?」
「呑気に話してる場合じゃねぇだろ、マスターさんよ!」
レフは天井を見上げて満足そうに頷き、いつもの不気味な笑みを浮かべる。
どうにも調子が狂っている気がして、軽くノックするように自分の頭を叩いて気分を入れ替える。
どうにも天井の化け物が気になって仕方がない。
僕は尻餅をついていた立香さんへ手を指し伸ばす。
「立てる?…多分、さっきと同じくらいキツイ戦いになるよ?」
「だ、だだ、大丈夫です!」
立香さんは僕の手を取ろうかどうか悩む素振りを見せるものの、結局は僕の手を取る。
僕は立香さんの身体を引き上げる様にして立たせ、どこか勝ち誇るかのような顔をするレフを不思議そうに見つめる。
「まったく、私ともあろうものが屑に激昂する事になるとは…だが、これでもう会う事は無いだろう。さようなら、憐れな修復者達。これでも私は忙しい身でね…君たちが絶望に顔を歪む瞬間を見れないのは残念だが…まぁ、彼女が君たちの相手をしてくれるだろう」
「ライダーのやつに細工しやがったな…!?」
クー・フーリンは獣の様に鼻面に皺を寄せ、怒りを露にする。
ライダー、と言うのは頭上から迫ってきている巨大な黒い塊の事だろう…とても英霊の様には思えないのだけれど。
「苦労したよ、かつてのマスターのアンデッドを抱きかかえる彼女を従えさせるのは…まぁ、君たちを処理するための労力だから文句は言えないが…では、神代の化け物退治に励んでくれたまえ」
「野郎…!!」
レフはそれだけ言い残すと姿を消してしまい、その瞬間巨大な塊が大聖杯を押しつぶすようにして落ちてくる。
それは、無数の蛇の集合体の様に見え、ただの一個の生命体の様にも見える。
聞こえてくる叫びは悲鳴の様にも聞こえ、贖罪の様にも聞こえてくる。
僕は残り一画しかない令呪を撫でる。
『今すぐ皆をレイシフトさせる!』
「いや、それではそこの魔術師を保管できぬ…アレを穿ってからでも遅くはあるまい」
ロマンは声からも伝わるほどに動揺し、焦った様子で僕達をカルデアへと帰還させようとする。
しかし、お師匠はそこに待ったをかけ、笑みを浮かべて巨大な塊に対して朱槍をつきつける。
「魔境、深淵の英知…その一端をお主達に披露してやろう」
ようやく冬木の終わりが見えてきました…
みんなー!エクステラやってるかー!?
俺はまだネロ編で○○○のサイド解放したばかりだー!!
この場を借りてお礼を…
非常に誤字脱字が多いSSで本当に申し訳なく、またそれを修正申告してくれてありがとうございます。
一応通して読んでチェックをしてはいるのですが、どうにも見落としが…
今後とも当SSをよろしくお願いします。
次回
遠い夜明け
「今は少しばかり、お主も休むが良い…。なに、多少の褒美は必要だろう?」