Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
「さて、まずはお主達に対魔眼の結界を施さねばな」
お師匠は手始めと言わんばかりに原初のルーンを起動し、僕たちの周囲にルーン文字を漂わせて空気に溶け込ませていく。
それは何処か幻想的な光景で、この非常時だと言うのに安堵してしまう。
「あやつの真名はメドゥーサ…いや、最早ゴルゴンと言っても良いか。あやつの事は直接見ず、戦う私だけを見る様にせよ。そうでなければ例え結界内であっても石化は免れん」
「分かりました」
僕は素直に頷き、黒い塊…ゴルゴンへと目を向けないようにする。
あれは、呪いと言う呪いを一身に集めたあらゆる化け物よりも醜い何かに見える。
もし直視しようものならば、あっという間に僕まで呪われて体を石に変えられてしまいそうだ。
「わ、私は…まだ、褒められてもいないのに…死んで…?」
「所長…」
所長は力なく地面に膝をついて項垂れている。
立香さんは所長の背中を労わる様に優しく撫で、かけるべき言葉が見つからないのか口を噤む。
所長の今の姿は普段よりも痛々しく弱々しい…心を絶望に呑まれて、自暴自棄にならなければ良いのだけれど。
「マシュよ、今の魔術師と立香では足手まといになる。しっかりと守ってやるのだぞ?」
「はい、先輩たちはお任せください」
マシュは自分の胸をドンッと叩いて笑みを浮かべ、盾を握る力を強める。
そんなマシュの顔にお師匠は満足げに笑みを浮かべる。
「うむ、良い返事だ。では、クー・フーリン…アルスターの戦士の流儀、若人たちの目に確りと焼き付けてやろう」
「ハッ、言ってろ。アイツの首級は俺が貰うぜ」
クー・フーリンはそう言うや否や槍を構えて、獣の如き神速で大聖杯に鎮座するゴルゴンへ向かって疾駆する。
聖杯戦争で闘うはずだった英霊…ゴルゴン。
恐らくその尻拭いを自分の手でしてやりたいのだろう。
お師匠は、フッと笑って右手にゲイ・ボルクを呼び出し、手放した瞬間につま先で一気に天井近くまで蹴り上げる。
「多くの勇士を驚嘆せしめた我が技を見よ、『
同時に跳躍したお師匠は上空で回転し続ける朱槍をオーバーヘッドキックの要領で石突を蹴り抜き、真っ直ぐにゴルゴンに向かって撃ち出す。
投擲と同等の速度で突き進む朱槍は、途中で眩いばかりの赤い光を放って無数の槍へと分裂していく。
まるでクラスター爆弾の様に分裂した槍は、ゴルゴンの肉体へと次々に食らいつき、串刺しにしていく。
その効果範囲にクー・フーリンも居たが、背中側から宝具に巻き込まれているにもかかわらず健在。
いずれも素早い身のこなしで槍を回避していき、大きく跳躍してゴルゴンの肉体にその手に持つ紅蓮の朱槍を突き立てる。
「図体ばかり大きくて、狙うまでもねぇぜ!!」
「高レベルの魔眼持ちだ、一気に決着をつけるぞ」
ゴルゴンは衝撃波を伴う咆哮をあげ、クー・フーリンと自らの肉体に突き立てられた無数のゲイ・ボルクを弾き飛ばす。
その咆哮は大空洞をビリビリと震わせ、まるで地震が来たのではないのかと錯覚してしまう。
ゴルゴンのその肉塊の様な身体から無数の蛇の如き触手が伸び、戦場を駆け回るクー・フーリンとお師匠に向かって襲い掛かる。
その速度は視認することが不可能なほどで、まるで霞の様に朧げに見えるだけだ。
しかし、2人には当たらない。
勿論当たる訳にもいかないと言うのもあるけど、ランサーの英霊は常に速度に特化した英雄が選ばれる。
2人ともルーン魔術による肉体強化を行って、常時よりも速く、そして反応しきる事ができる。
事実として、お師匠は触手が掠めていく度に朱槍を呼び出して深々と突き刺し、壁や床に縫い付けていっている。
「これならば、あの小娘の方が手強かったか?」
「騎士王と理性の無ぇ怪物を一緒にしてやるんじゃねぇよっと!」
クー・フーリンはまるで軽業師さながらの跳躍で触手による一撃を避けきり、触手を蹴って更に跳躍。
まるで雷光の如き軌道で触手を蹴っては本体へと近づいていき、呪いの朱槍に魔力を貯め込み始める。
「この一撃手向けとして受け取れ…!!」
本体の真正面へと出たクー・フーリンは肉体強化と自己修復のルーン魔術をフル回転で行い離れた位置にいる僕の耳に届くほどの身体が軋む音が響き渡る。
膨大な魔力反応に気付いたゴルゴンは、クー・フーリンの真正面に触手を展開し突撃、大顎を開かせてクー・フーリンの肉体を丸呑みにする。
僕は突然、全身から魔力が抜き取られるような感覚に陥って膝をつく…カルデアのバックアップが足りないレベルで魔力を持っていかれてる…?
「りょ、良太くん!?」
「だい、じょうぶ…まだ行ける…!」
立香さんは突如膝をついた僕に驚て声をかけるものの、僕は心配いらないと言わんばかりに首を横に振り、戦闘に注視する。
この特異点に入ってから既に6時間近く経っている。
途中で休憩を挟んでいるとはいえ魔力を全開まで回復するには至らず、騙し騙しでここまでやって来たツケが出たのかもしれない。
でも、倒れない…お師匠たちのマスターなのだから、倒れる訳にはいかない。
突如、ゴルゴンの触手が風船のように膨らみ破裂する。
地上に現れた紅蓮の彗星は触手を貫いてゴルゴンの本体へと迫り、肉体を貫通せしめる。
真名『
クー・フーリンは素早くお師匠の後ろまで後退し、手元に戻って来た朱槍をその手に掴む。
「良太、令呪を解放せよ…あの身は私が預かろう」
「分かりました…
最期の一画を消失し、お師匠に令呪による魔力ブーストをかける。
僕の右手に刻まれていた令呪は乱暴に拭った後の様に朧げな跡が残るのみ…一日一画補充されるとはいえ、少しばかり寂しい思いもある。
ある意味で、マスターとしての証だから。
お師匠は一足飛びでゲイ・ボルクによる痛みにのたうち回るゴルゴンの前へと赴き、高らかに宣言する。
死を――。
「門よ、開け…『
静謐に行われた真名解放…僕たちの目の前に現れたのは、あの影の国の巨大な門そのものだ。
あれは、影の国へと通じる唯一の門…10年と見続けてきたからこそ、見紛うはずもない。
「送還宝具ってやつだ…俺たちは裏側に居るから問題ねぇが、あれの正面に立ったら死は免れねぇ」
「それほどに強力なんですか?」
立香さんはクー・フーリンの言葉に首を傾げる。
その目にはただ門が出来上がっているように見えるだろう…だが、ゴルゴンをよく見れば分かる。
その肉体の崩壊が始まり、大空洞内部の魔力をも吸い始めていることに。
「ゴルゴンよ…せめて冷たく、暗い、わが国で眠りに就くが良い」
お師匠は門の上へと昇り、いつも僕が見ていた時の様に座してゴルゴンが吸い込まれていく様を眺めている。
ゴルゴンは雄たけびを上げる間もなく影の国へと連れ去られ、やがて吸い尽くした門はゆっくりと重々しい音と共に閉じられ消失していく。
大空洞内部は静寂が残り、冬木の聖杯戦争の終わりを告げる。
「おっと、強制送還が早ぇもんだ…良太、お前の時代に戻ったらキチンと呼べよ?戦働きは俺の十八番なんでね」
「…必ず、兄さんの事を呼びますよ」
小さく頷くと、僕の手にルーン文字が刻まれた小石を握り込ませて来る。
成程、触媒・縁で召喚すれば、精度は格段に跳ね上がるだろうなぁ…。
「じゃ、暫しのお別れだ…嬢ちゃん達も気張れよ!」
「ひゃんっ!」
「せっセクハラッ!!!」
消える直前に立香さんとマシュに近づいたクー・フーリンは、ガシッと二人のお尻を掴んでから消えていく。
…女癖悪かったみたいだしなぁ…召喚されたら僕の背後に居るお方が非常に怖いのですが…兄さん…。
お師匠は僕の背後に立って顎を擦りながら、何やら物騒な事を呟いている。
「うーむ、死ぬか…死ぬなセタンタ。来たら串刺しにしてやるか」
「「ぜひっ!!」」
顔を真っ赤にした立香さんとマシュは、お師匠に詰め寄る勢いで頷いて怒りを露にする。
あっ、これは僕では止められそうにありません。
胸中でクー・フーリンの前途に手を合わせていると、お師匠は所長へと近づいて見下ろす。
所長はレフに裏切られたと言うショックから未だに立ち直れ切れず、嗚咽を漏らしている。
「お主、死ぬか?生きるか?」
「もう、無理よ…結局、私には何にもできなかったのよ…」
「そ、そんなことありません!」
所長は最早生き残ると言う気力さえ見せず、全てを諦めてしまっている。
まだ、物事は始まったばかりなのに…ここでリタイアすると決めかけてしまっている。
そんな諦観の言葉を聞いたマシュは盾を放り出して所長の手を握り、首を横に振る。
「所長が居なければ、今こうして私たちが勝利を手にすることが出来なかったのは事実なんです。ですから、所長…何もできなかったなんて言わないでください」
「そうですよ、所長。あのバーサーカー・ヘラクレスの襲撃の時だって、所長が立ち直らなかったら全滅してたんですから」
マシュと立香さんは所長を勇気づけようと励まし、とびきりの笑顔を見せる。
その笑顔は極地にあって力強く、美しく思える。
所長は、そんな2人の言葉を聞いて顔をぐしゃぐしゃにして涙を流し、体を震わせる。
「それで、お主は諦めるか?」
「ま、まだ…諦めない…レフ…レフに会わないと…」
レフ…仕留め損ねてしまったけども、きっとこの先の特異点修復を行っていけば必ず行き当たるはず。
2015年担当者と言っていたので、他にも担当者が出てくる可能性を否定はできないのだけれど…。
お師匠はやれやれと呆れた様子で肩を竦め、ルーン文字を展開していく。
「魂の物質化…と言うものは魔法の域…私にも扱えん。故に肉体の無いお主は現実世界に帰還することができぬ。故にお主の魂を別のモノに封ずる。いずれ肉体代わりの依り代を得るまでの緊急的な措置だがな」
「そんな業…どうやって…?」
所長の魂はむき出しの状態で、いわゆる亡霊と同じ状態だ。
それを別のモノに封じるとなると、それ相応の道具が必要になると思うけど…。
僕は思いついた様に回収していた水晶体をお師匠へと差し出す。
器と言う点でもこれなら…。
「聖杯か…確かにこれならば、魂を現世に繋ぎ止めるに十分な魔力を有しているであろうな。それでどうする…魔術師オルガマリー・アニムスフィア。一種の賭けよ…それに乗るか?」
お師匠は僕から聖杯を受け取ると、所長の目の前にそれを差し出す。
暫らく所長は呆ける様にそれを見つめ――
冬木の特異点は無事に解決した。
ただ、特異点そのものは今すぐ崩壊する、と言う事もなく時空の浮島の様に漂い続けて世界の修正力によって忘れ去られるように消えていくそうだ。
…カルデアの職員は大半は外に避難し、そのまま帰らぬ人となった。
外は最早人の存在そのものを許さない異界と化し、外に出た瞬間今の世界の修正力に従って人の存在をかき消してしまう。
カルデアに残された人員は20余名…僕達マスターも負担にならないようにカルデアスや他の施設の保守を手伝っていかなければ、きっと誰かが潰れてしまうと思う。
常に不安に晒され続けなければならないから。
レイシフトを無事に終えた僕たちは、出迎えてくれたロマンと二、三言葉を交わした後に立香さんが疲労によって倒れてしまった。
此処に来るまで何も訓練を受けていない彼女が、特異点の中で倒れなかったことこそが奇跡だろう。
マシュとロマンで慌てて立香さんを部屋に運ぶために管制室を後にするのを見届け、僕もまた同じように倒れる。
「…一応、男の子ですので」
「つまらん意地を張ったな…まったく」
隣に立っていたお師匠は、僕の身体を米を担ぐ様にして持ち上げて管制室を出ていく。
何とも情けない姿だけど、今は他の職員の目もない為お師匠の好意に甘えようと思う。
もし、こんな姿を晒してしまったら、彼らに気を使わせることになってしまうから。
「聖杯を座としての疑似的なサーヴァント化…よくできましたね」
「言ったであろう、賭けだと。それに勝ったのはあの魔術師よ」
お師匠は僕の案内を必要とせずに、僕の部屋のある居住ブロックへと迷うことなく進んでいく。
魔境の智慧によってお師匠は様々なスキルを取得することができ、恐らく千里眼による未来予知から僕が管制室まで歩くルートを辿っているのだと思う。
千里眼の無駄遣いだ…。
お師匠は管制室に安置しておいた聖杯の事を思い出したのか、クスリと笑う。
「マスター適正の無いものが、英霊化を果たすとは夢にも思わなかったが」
「案外、所長も無茶しますね…」
こう、お米の様に担がれているので、力の入らない状態の中必死に腕を上げて手がお尻に当たらないようにしている僕を誰か褒めてほしい。
足の方は駄目です不可抗力です柔らかいですはい。
プシュッと僕の部屋の扉が開いた音が響き、お師匠は憚ることなく僕の部屋へと入ってベッドへと放り投げてくる。
「グェ…」
「初めての実戦にしては…まぁまぁ、と言った所か。しかし、精進せねばなるまいな?」
「アッハイ…頑張りますお師匠。あと力入らないんで無様な格好ですみません…」
僕は仰向けのまま首だけをお師匠へと向ける。
首から下に力を入れる事が出来ないほどに僕の身体は疲れ切り、ベッドに寝転がれていると言う心地よさから段々と瞼が重くなってくる。
「とは言え、褒美を与えてやるのも悪くは無かろうな…」
お師匠は部屋の電気を消して暗くすると、ごそごそと何かを漁り始める。
僕は最早意識を手放しかけていて、お師匠が何をしているのか見当もつかない状態だ。
「碌なものがないな。まぁ、良い…この服で我慢するとしよう」
「んぁ…?」
いきなり体をずらされ、頭を持ち上げられたと思ったら何か柔らかくて良い匂いがしてくる。
僕は、それがなんであるのか気付かぬままに眠りへと落ちていく。
「ふむ、寝顔をこうして見れるのは役得よな?」
後半はあれです願望です
いいじゃない ゆめをみたって らぐ0109
裸彼シャツかーらーのー膝枕
最強
of
最強
次回
幕間の物語
「おう、まぁたテメェか…」
「それはこちらのセリフだ、ランサー」