Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#14
百を数えるころには義務になり。
千を数えたころに忘却した。
最早この身に死は逃げて。
私は世界に取り残された。
故に――私は願ったのだ――己の死を。
影の国は人理焼却の余波で消えてしまったために、僕は実に10年ぶりに夢を見た。
それはやがて枯れ果ててしまった人の成れの果て。
こんなはずではなかったと、叫びたくても叫ぶことを許されなかった人の夢。
なんであんな夢を見たのかは分からない…けれども、僕は少しだけ胸が苦しくなった。
人は生まれて、やがて老いて死ぬ…その正常な流れを見つめ続けなければならない事の恐怖は…。
ゆっくりと体を起こして、きょろきょろと辺りを見渡す。
冬木における特異点を解決して、管制室で倒れて、お師匠にお米様抱っこしてもらって役得ゲットして…放り投げられた辺りまでは覚えているのだけれど…。
夢、だったのだろうか?
とりあえず、クローゼットが漁られて衣服が滅茶苦茶になっているのだけは解せぬ…泥棒でも部屋に入ったのだろうか?
「はぁ…体は…まぁ、動くかぁ…」
軽いため息を吐いてからもそもそとベッドを降りて、ボロボロになっているカルデアの制服を脱いでバスルームへと入る。
カルデアの住居ブロックには職員やマスター用の個室が用意されていて、手狭ながらもミニキッチンとシャワールームがあるので引き籠るのに最適な環境となっている。
個人的にはシャワールームではなく、ユニットバスと言う形であれば湯船に浸かる事も出来て良かったのだけど…文句は言えないか…。
また、住居ブロックに隣接するように研究ブロックが配置されていて、売店もそこにあったりする。
売店の店主は…おいおい話すとしよう。
あのインパクトは中々忘れられそうにない…偉人っていうか変人だったんだな、的な意味で。
少々傷が沁みるのを我慢して、体についた汚れを落として素っ裸のままバスルームから出る。
グチャグチャになっているクローゼットからバスタオルを引っ張り出すのを忘れていたのだ…。
「火事場泥棒にしてはアレだよね…野郎の衣服漁るって相当な特殊性癖な気がする…」
ぼんやりと呟きながら体を拭いていると、唐突に部屋の扉がプシュッと言う音と共に開かれる。
昨日は本当に疲れていて、すっかり眠ってしまっていたので部屋の扉に鍵をかけるのを忘れてた…。
頼む、ロマンとは言わない、男性職員の誰かが訪ねてきてくれ…と言う僕の微かな願いは無残にも打ち砕かれた。
「おはようございまー…す…」
扉の前に立っていたのは僕の同僚であるマシュ・キリエライトと、人類最後のマスターの1人である藤丸 立香さんの2人だ。
2人とも僕の事を心配して部屋を訪ねてきてくれた様なのだけど、生憎と僕は全裸…つまりゾウさんを2人に晒してしまっているわけで…。
「「「……」」」
何とも言えない微妙な空気が、僕の部屋の中に満ちていく。
立香さんとマシュは目をパチクリとさせながら僕の身体を舐めまわす様に見て――無論ゾウさん込み――徐々に顔を赤くさせ、僕は対照的に顔をどんどんと青褪めさせていく。
待って、ポリス案件、待って…不可抗力だしここ僕の部屋だしお城だし僕悪くないから待って…。
「「しっ失礼しましたー!!!」」
立香さんとマシュは僕の身体を目に焼き付け終えたのか、クー・フーリンもかくやと言わんばかりの速度で扉の前から走り去っていく。
…とても昨日倒れたばかりの人間の速度じゃないなぁ…マシュは一応英霊だけども…。
部屋の前に誰もいないことを感知したセンサーが、開いた時と同じ音を立てて扉が閉まる。
「…ははっ」
呆然としていた僕は、ただ乾いた笑いを漏らすしかなかった。
クリーニングしたばかりのカルデアの制服に身を包んだ僕は、どんよりとした顔をしながら管制室へと向かう。
自室のPCのメールの受信ボックスに、ロマンから管制室に出頭するようにメールが入っていたためだ。
いつもは引っ切り無しに誰かが歩いていたはずのカルデア内は、しん、と静まり返っていてまるで異界の様に感じてしまう。
管制室に近づくにつれ、ところどころ修復途中の状態で放置されているのが見て取れる。
何百人といた職員が20人程にもなれば、人手不足もやむを得ないだろう。
管制室の扉は僕が破壊してから修復の目途が立っていないようで、ブルーシートで代用してある。
ブルーシートを潜って中に入ると、既に立香さんとマシュ、ロマン…そして、お師匠が待機していた。
「やぁ、おはよう東雲くん。よく眠れたかい?」
「もうグッスリですよ。怪我はまだ痛みますけどね」
一先ず、立香さんとマシュには意識を向けずに素知らぬ顔でロマンと会話をする。
ロマンは人の良さそうな笑みを浮かべながら、右手で首を揉んでいる。
…誤魔化しているけど、目の下にクマができているな…無理もないけど。
「今回は軽いデブリーフィングをするだけだ。次の特異点に取り掛かるのは来週を予定しているから、今はまだ身体を休めていてくれ」
「助かります…それで、所長は…」
管制室の中央…『カルデアス』の下に安置されている聖杯を見て首を傾げる。
所長は聖杯を一時的な座として魂を登録、疑似的な英霊として魂の保存を行っている。
その為、英霊の様に魂だけの状態でカルデア内部を移動したりすることはできるのだけれど…。
「所長であるマリーは前線で指揮を執っているよ。なんせ、レフがあちこち爆破してくれたおかげで発電所も無傷とは行かなくてね…」
「所詮小物のした事だ。お主達ならうまくやれるだろうさ」
「影の国の女王にそう言ってもらえると、気持ち助かりますよ」
お師匠は鼻で笑いながら肩を竦める。
レフ・ラなんとかさんは、どうも自分の計画に絶対な自信があるようで、カルデア全体を陥落させるような仕込みはしていなかったようだ。
その結果が冬木の一幕だったのだとすれば…いずれ自分で墓穴を掘って紐無しバンジージャンプを決めてくれそうな気がする。
「さて、東雲君も来たことだし本題に入るとしよう。冬木の特異点を解決し、歴史から切り離したにも関わらずカルデアスは燃え続けている。その原因を探る為の助言を影の国の女王スカサハから得て、僕たちは過去の地球をスキャンしてみたんだ。すると…」
ロマンは管制室にカルデアスに現状を反映するように伝えると、燃え盛るカルデアスは青い輝きを放ってよく知る地球の姿になる。
ただ、ところどころ大小はあれど、空間が歪んでいるようにも見受けられる。
正常な世界地図とはとてもではないけど言い難い。
「この狂った世界地図は、過去の時空が歪んだが故に引き起こされたものだ。これらは冬木とは比べ物にならない大きな特異点…特異点ごとに時代は離れているけども、これらは全て人類のターニングポイントとも言うべき過去を改ざんしているものの様なんだ」
――この戦争が終わらなかったら。
――この航海が成功しなかったら。
――この発明が間違っていたら。
――この国が独立できなかったら。
人類の転機とも呼べるターニングポイント。
成し得たからこそ今があるその過去を無かったことにされれば、確かに人類は今よりも文明は後退していたかもしれない。
特異点は現在観測できるだけでも4つ…いずれもレイシフトを行うには検証回数が少なく不安定だそうだ。
すぐに特異点へと向かって解決していきたいのは山々なのだけれど、無理をすれば破綻する。
僕の身体の様に…一年と言う期限があるけど、戦える人間は僕と立香さんとマシュしか居ない以上無理はできない。
誰かが欠ければそれだけ事態解決は遠のいてしまう。
「お主達に人類の…世界の命運が重くのしかかっている。辛い戦いになるであろう。逃げたくもなるだろう…それでも、お主達は前を向いて戦っていけるか?」
お師匠は優しい声色で僕たちに語り掛けてくる。
全てを諦めて逃げ出してしまうのも、また一つの道だろう…。
それでも、僕は…。
「私は、戦います。戦って、掴めるはずの未来を今一度取り戻します」
「私もです。私は先輩の英霊…先輩が戦い続ける限り、決して諦めません」
立香さんとマシュは力強く胸を張って、笑顔で選択する。
安易にできないであろう選択を、笑って辛い選択を手に取った。
…きっと、彼女は英雄になれる素質を持っているのかもしれない。
窮地において、絶望を振り払う勇気を…。
「して、良太…お主はどうするのだ?」
「お師匠、愚問ですよ。僕は戦います…それだけの術をあなたに叩き込まれましたし、天の助けは待ってはおれぬって考えなんで」
そう、誰かの助けは待ってはいられない。
これだけの異常事態…解決できるのならば、自分の身体を張ってでも解決しなくちゃならない。
…僕の友人たちだって、明日も明後日も生きて、予定があって、笑っていた筈なのだから。
「ありがとう…その言葉でボクたちの運命は決定した」
ロマンはホッとしたような笑みを浮かべ、胸を撫で下ろす。
彼とて、この運命に抗いたい人間の1人なんだろう。
「これよりカルデアは、所長であるオルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。目的は人類史の保護、及び奪還。捜索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。君たちマスターの前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説になる」
ターニングポイントを歪めると言う事は、それ相応の敵が待ち受けているだろう。
それこそ、冬木のアーサー王と同等か、それ以上の…。
それでも僕たちは止まらないし止められはしないだろう。
死に物狂いの強行軍と化すのだから。
「それは挑戦であると同時に、過去に弓引く冒涜だ。我々は人類を守るために歪められた人類史に立ち向かうのだから…。けれど、生き残るにはそれしかない。未来を取り戻すためにはこれしかない…たとえ――」
――どのような結末が待っていようとも…。
全てが無駄に終わるかもしれない。
それでも何も成さないよりは遥かに良いと僕は思う。
誰かを守るために、誇れるだけの戦いをすると言う事は、なによりも難しい事なのだろうから。
「以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーを改める。これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定Grand Order。魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す!!」
「応ッ!!!」
鬨の声を上げる様に、腹の底から声を出す。
ビリビリと大気が震えるようなその返事は、僕の決意そのものだ。
かならず、この手に未来を取り戻すと言う、覚悟。
すると、突如背後からご機嫌な女性の声が僕たちにかけられる。
「ふっふ~ん♪そんなマスター達に、この私が素晴らしいプレゼントを用意してあげたよ」
「はえ?」
「そのお声は!」
立香さんは少々場違いなその声に首を傾げ、マシュはズレた眼鏡を指で押さえ直しながら僕の背後へと目を向ける。
その女性は…そう、美しいと言う単語が非常に似合う…そんな雰囲気を身に纏っている。
比喩抜きでその肉体、顔に至るまで黄金律に沿って形作られ、まるでモナ・リザの様だ…と言うかモナ・リザである。
「なんだ、レオナルド…声をかけた時は手放せない~って言って断ってたのに来たのかい?」
「これから大変になるのに、私も何もしない訳には行かないからね~」
「レオナルド…?男性なんですか?」
女性なのにレオナルド…立香さんの言葉もっともな疑問だろう。
だけど、あっている…なんせこの人っていうか…英霊は…。
「そうとも、この私こそが万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチちゃんさ!立香クン、今後私の事はダ・ヴィンチちゃんと呼びたまえ」
「はぁ~!?!?」
「…ニューハーフなんだよなぁ…」
なんでも、ダ・ヴィンチはモナ・リザの事が大好き過ぎて英霊として召喚される際に肉体を自己改造してモナ・リザの肉体へと作り替えたそうな。
肉体は女性なのでニューハーフでも何でもない気はするけども…性同一性障害とも違うだろうし、判断に困る変人だ。
それでも英霊…しかも研究ブロックにてダ・ヴィンチ工房と言う名の売店を開いてたりする。
「おっと東雲クン…そんなこと言っちゃう悪い子には英霊召喚システム用のアイテム、上げるのやめちゃおっかなー」
「わー、ダ・ヴィンチちゃん今日も美し~」
「お主…」
背後でお師匠が呆れているけども気にしてはいけない…貰えるものは貰ってなんでも活用するのだ…一人暮らししているとね、貧乏学生は色々と鍛えられるのです。
ダ・ヴィンチちゃんの言う英霊召喚システム…『フェイト』は、カルデアにおいて英霊を呼び出すために作られたものらしい。
詳しい説明は省かれているけども、とある街の大魔術を元に作られたとかなんとか…。
とある街、ねぇ…?
ダヴィンチちゃんは手に持った2枚の護符の様な物を、それぞれ1枚ずつ僕と立香さんに手渡す。
「急場で仕込んだから2枚しか作れなかったけ・ど…それをシステムの触媒として使えば英霊を呼び込むことができるはず。と、言う訳で今から研究ブロックにある英霊召喚実験室に行ってみよっか?」
「戦力の増強は戦の基本よな…まぁ、良太はクー・フーリンを呼び込むだろうが」
「スカサハさん、お死置き…期待してまっす」
立香さんはクー・フーリンのセクハラを忘れたわけではないようで、親指で首を掻っ切る仕草をしてお師匠と楽し気に話している。
…兄さん、どうやら召喚されて即退場する羽目になりそうです…。
研究ブロックの中心部に位置する英霊召喚実験室。
その中央にマシュの持つ巨大なラウンドシールドを配置して機器を接続すると、ラウンドシールドを中心にして召喚するための術式が展開されていく。
科学と魔術が交錯したその光景は何処か幻想的で、子供心にわくわくさせてくれる。
「じゃ、最初に東雲クンからやってみよっか。そのシールドの上に呼符を置いてくれれば、後は自動でやってくれるからね」
「なんだろう…この便利を突き詰めたかのようなお手軽感…」
対ヘラクレス戦で切羽詰まった状況で詠唱していたのが、馬鹿らしく思えてくる。
とは言え、この召喚方法はカルデアでしか成すことが出来ない為、便利ではあるけども不便ではある。
特異点攻略中は、召喚による戦力増強は出来ないと言う事に他ならないからね。
僕はマシュのシールドの上に呼符と一緒にクー・フーリンのルーン文字が刻まれた小石を一緒に置く。
触媒はいらないと言うけども、少しでも精度を上げて呼びかけに応じて貰う為だ。
「それじゃ、起動するよ~ん」
「わぁ…」
マシュのシールドの上の呼符と触媒の小石が分子レベルにまで分解され、金色の光と共に3つの輪が回転を始める。
その光景は美しく、立香さんは感嘆の声を上げる。
お師匠を呼んだ時と同じような光の爆発が起き、あまりの眩しさに腕で目を覆っているとやがて光は弱くなり、その場にあの街で感じた力強い存在を感じ取る。
「よう、良太…また会ったな。サーヴァント・ランサー、お前の呼び声に応じ参上した。長い付き合いになるだろうが頼むぜ、兄弟」
クー・フーリンは、あの冬木でお師匠に霊基を弄ってもらった時の姿で顕現する。
恐らく、これは僕と契約した状態を座の本体が記録し、僕との縁、クー・フーリン自身が用意した触媒に反応した為なんだろう。
「よろしくお願いします、兄さん。ところでですね…冬木の街で最後にやったことを覚えてますか?」
「あん?あぁ、ケツ掴んだやつか?」
「そう、それ。お師匠がご立腹なんで、後で絞られてください」
僕は心中で十字を切り、静かに死刑宣告を言い放つ。
僕は悪くないし、正直女性陣を敵に回したくない。
なので、これは必要な犠牲なのだ…。
あぁ、立香さんの真似をしてマシュまで首を掻っ切るポーズを!!
「じゃ、つぎは藤丸クンだね。ちゃちゃっとやってみようか~」
「誰が来てくれるんだろう…」
そんな後輩ポジの行為に目を向けず、立香さんは期待に胸を膨らませながら呼符をシールドの上において離れる。
ダ・ヴィンチはシステムのチェックを終えてすぐさま起動。
僕の時と同じく金の光から3つの輪が広がり、光の爆発が起こる。
さっと視線を逸らすと、視線の先でお師匠がクー・フーリンにキャメルクラッチを仕掛けているのが見える。
南無三…。
「サーヴァント・アーチャー…真名をエミヤ。召喚に応じ参上した。キミが私のマスターかね?」
「は、はいっ!藤丸 立香です!!」
「受諾した。これからよろしく頼む。ところでだ、マスター…アレはなんだね?」
エミヤ…短い白髪を上げた、浅黒い肌をした赤い外套の英霊は間違いなく冬木で兄さんが決闘を行ったあの英霊だろう。
エミヤは、お死置きを喰らっているクー・フーリンを指さして怪訝な顔をする。
まぁ、そういう顔になるよね…分からないでもない。
「セクハラサーヴァントですので」
「ほう…稀代の大英雄は色を好むか」
エミヤはクー・フーリンをバカにするように鼻で笑い、軽く肩を竦める。
弟弟子としては大変恥ずかしい姿を見られてしまって、少しだけやるせないんですが…。
「おう、まぁたテメェか…」
「それはこちらのセリフだ、ランサー。それにしてもだ、随分と無様な姿だな」
「うるへぇ…」
ライバル同士の感動の再会がこのような形になるのは…どうなんだろうか?
ややカオスとなったこの英霊召喚実験室で、僕はどうやって収集をつけたものか思案するのだった。
そろそろ投稿するペースを落ち着かせていこうと思います。
鈍足になるかもしれませんが、気長に待ってもらえたらなって。
次回
幕間の物語
「いや、あのですね…流石に無理が…」
「そら、まだまだ行くぞ?」
「うわぁぁぁぁん!!」