Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#17
――人々に担ぎ上げられ、人々の旗にされ、人々に利用され、人々に見捨てられた。
――だからこそ、正しい。この地上において誰が、何がこの本心を
――裁くことが出来ると言うのか?――
「……」
僕は寝床からむくりと体を起こし、軽く背筋を伸ばして凝り固まった背骨を丁寧に解していく。
部屋の片隅に簡単に設置した小さめの仏壇を見てから漸くベッドを降りた僕は、軽く欠伸をかみ殺してから仏壇の前に正座していつものように線香を焚いて、静かに手を合わせる。
亡くなり、人理焼却によって存在すら否定されていようとも、僕は天国に居るであろう両親に欠かさず挨拶をする。
大切な、大切な家族だからこそ。
最早思い出の中の人になっていたとしても、これは毎朝の必要な儀式だ。
充分に挨拶を終えれば着ていたパジャマを脱いで丁寧にたたみ、まずは体を清める。
空調がしっかりとしているカルデア内部とは言え、寝ている時の汗と言うのは莫迦にならない。
朝シャンは将来的にハゲるとは言うけど、禿げたら頭髪等脱毛クリームで一掃してやるのだ、フハハ。
等と益体もない事を考えながら清め終えれば、僕は用意していたカルデア戦闘服に袖を通す。
訓練だからではなく、これが快適だから着ると言う訳でもない。
今日は最初に攻略する第一特異点へ出陣する日なのだ。
今回は検証に検証を重ねた上でのレイシフト実証となるので、カルデアからのサポートも一定は期待ができる。
一定は、と言うのは言うまでも無く、アクシデントにより補給が受けられない場合を想定しての発言だ。
そもそもが想定外の事態が連続するであろう攻略だ…常に最悪のケースを想定しての行動を心掛けるべきだろう。
「あ、これも着るんだった…」
僕は兄弟子やエミヤの身に着けている外套に似た、黒のフード付きの外套を手にして身に纏う。
流石にピッチリスーツで特異点を歩き回る訳には行かないだろう…と言うエミヤの提案で、急遽僕に支給されたものだ。
顔を晒したくなければ深めにフードを被ることで、ある程度顔を見られずに済む。
なんというか、某暗殺者なりきりゲームの主人公みたいな雰囲気がするなぁ…。
過去の…それも無かった事になる特異点に人相も何も無いかもしれないが、指名手配なんて言われて人相書きが広まってしまっては、行動できる範囲が絞られてしまう可能性がある。
外套自体には特別な魔術はかけられていないけども、僕としては比較的気に入っていたり。
準備を終えた僕は、腰に備えられているポーチに小石が入っているのを確認してから部屋を後にする。
「おはようございます、東雲さん」
「おはよー…」
「フォウ!」
「おはよう、マシュ、立香さん、フォウ。立香さんは…気分悪そうだね?」
部屋を出た瞬間、僕の目の前にマシュと立香さんが通りがかる。
フォウは、魔術協会の時計塔の生徒が着ている制服に身を包んでいる立香さんの肩に乗っている。
僕も本来であればこの時計塔の制服に身を包むべきなのだろうけど…激しく動く機会が必ずあるだろうことを考えると戦闘服の方が動きやすい為、僕は周囲の勧めを押し切って戦闘服に身を包んだ。
まぁ、それは兎も角として、彼女たちの部屋は僕の部屋から離れているので恐らくブリーフィングの時間を知らせに此方へと立ち寄ってくれたみたいだ。
「なんか変な夢見てさー…バーサーカーが6騎召喚される夢…なんか魚眼みたいな人いたし」
「狂人で魚眼…インスマスかな?」
「まぁ夢は夢ですし、気を引き締めましょう!」
立香さんはイェーイとマシュの言葉に両手を上げて応え、フォウも乗じるかのように一鳴きする。
悪夢を見て気分が悪いと言うだけで、平常心を保ち続けているところを見ると、これからの任務に些かも不安を感じていない様だ。
3人と1匹とで会話しながら管制室へと入ると、所長とロマン、ダ・ヴィンチちゃんの3名が僕達を出迎える。
…ダ・ヴィンチちゃん呼称をしないと、最近ロケットパンチが飛んでくるようになりましてね…ヘヘッ。
「来たわね。それでは、これから『第一特異点』であるフランスの聖杯探索のブリーフィングを始めます」
「先ずは、キミたちにやってもらいたい事のおさらいだ」
そう言うと、ロマンはコンソールを捜査してカルデアスを巨大なモニターの代わりにして情報を表示していく。
1つ目は
僕たちがレイシフトによって赴く時代は、人類の決定的なターニングポイントと言える歴史的事変の真っ只中だ。
その歴史を歪めて無かった事にしようとしている存在を調査し、排除することで歪みを正すことが出来る。
これがクリアできなければ2016年は2017年を迎える事無く消滅し、『王』とやらの目的は達成されてしまう。
そして2つ目が『
お師匠が冬木で語った通りであれば、各時代の特異点に聖杯ないしそれに連なる物が確実に存在していることになる。
それらの調査を並行して行い、発見次第回収…もしくは破壊することが求められる。
大聖杯の様な魔力炉であることを考えれば破壊は避けるべきだと思う。
下手に破壊することで爆発でもしたら、目も当てられないからね。
第2目標に関しては破壊は最終手段で、あくまでも回収することを目的とすることになるだろう。
そして、これらとは別に作戦行動中に行わなければならないのが、
ベースキャンプを作ることで特異点に対するカルデアからの干渉が大幅に楽になるそうで、補給物資の転送及び召喚している英霊の転送も可能になる。
英霊に関してはコフィンを利用したレイシフトによる転送でも構わないのだけれど、レイシフトの試行回数が少なく、管制室職員の経験が浅い状態の現状を鑑みると悪戯にリスクを負う事ができない。
と、言う訳で人間3人ならまだしも高密度情報体でもある英霊のレイシフトは、今後実験を繰り返して…と言う事になりそうだ。
「ベースキャンプの設置は、マシュのラウンドシールドを設置することで簡単にできるわ」
「英霊としては未熟ですが、がんばります!」
「ん~、マシュは良い子だ~」
所長がベースキャンプの設置方法について言うと、マシュが胸を張ってドンッと自分の拳で誇らしげに胸を叩く。
すると、立香さんはマシュの肩を抱き寄せて頭をペットか何かの様に撫でる。
決して、フランスだけに白百合なんて見えてない…見えてないったら見えてない。
「さ~って、ここからはお待ちかね。ダ・ヴィンチちゃんの出番だから、立香クンとマシュはイチャついてないでしっかり私の話を聞く様に」
「は~い」
「い、いちゃついてなんか…」
ダ・ヴィンチちゃんは良いネタを見つけたと言わんばかりに眼光鋭くさせた瞬間、すぐに朗らかな笑みを浮かべて立香さんとマシュを窘める。
前に言ってたなぁ…『自分も含めて芸術家気質の英霊は例外なく偏執者』だと…。
立香さんはダ・ヴィンチちゃんの言葉に素直に頷いて離れ、マシュは顔を赤らめながら呟く様に否定する。
僕としてはそこらへんどうなのか詳しく聞いてみたい…青少年だからね、仕方ないね。
「私はカルデアに召喚された身だ。なのでマシュの様に、おいそれとレイシフトする訳にはいかない。よって基本的には支援物資の提供、開発が主だった仕事になるだろう。その上で…これらを見つけたら必ず回収して私の元に持ってきたまえ」
そう言うとダ・ヴィンチちゃんは、小さな緑色をした立方体を胸元から取り出して指先に摘まんで見せる。
なんて言うか、メロンゼリーみたいで美味しそうだ。
「はい、東雲クン涎流さない!」
「流してませんよ、ダ・ヴィンチちゃん!」
「キミの心が流していると言っているのさ…。これはマナプリズム。マナと呼ばれる魔力が結晶化したものでね、これを持ってきたら相応の品と交換してあげよう」
どうやらダ・ヴィンチちゃんはそのマナプリズムとやらにご執心らしく、色々と貴重な品々と交換してくれるようだ。
カルデアの召喚システム関連の品とも交換してくれるようで、戦力拡充が急がれることを考えると確りと集めていきたいところだ。
「さて、私からは以上だ。支援物資に関しては用意しておくから安心してくれたまえ」
「では、これらを踏まえた上でレイシフトする先の情報を――マリー、何を膨れているんだい?」
「…あなた達が取り仕切るからでしょう!?私が所長で最高責任者なんだから、少しは自重しなさいよ!!」
どうも、所長は言うべきことを片っ端からロマンやダ・ヴィンチちゃんに言われていたのが気に入らなかったらしく、顔を赤らめて目を吊り上げる。
どこか歳不相応な少女らしい一面を皆にさらけ出していて、この場に居る職が手を止めて微笑ましく見ている。
それは言うまでも無く僕もだ。
「所長~、レイシフト先の情報くださ~い」
「はぁ…東雲、貴方本当にこれから戦地に赴くって意識があるのかしら…?」
「戦士としての心構えは叩き込まれてますよ。その上で、ガッチガチに理論武装しても仕方ないでしょう?生きるか死ぬかの単純な二択なんですから。だったら細かいことは考えず、朱槍を握るのがベストってだけです」
にへらっとした顔で所長の言葉に答えると立香さんからの視線を感じるものの、僕はそれを気付いてい居ないフリをして無視をする。
多分、立香さんは表面上取り繕うのが得意なんだろう…恐らく、不安で胸がいっぱいの筈。
だからこそ、緊張のない発言をする僕の事が気になって視線を向けてくる。
…精一杯、フォローしなくちゃね。
所長はコホン、と軽く咳ばらいをして気を取り直し、モニターに特異点の年代と情報を表示していく。
「では、特異点に関する情報を提示します。場所はフランス全土。年代は1431年…丁度救国の聖女であるジャンヌ ダルクが火炙り刑に処された年ね。細かな情報は実際にレイシフトしなくては分からないけれど、恐らくジャンヌ ダルクが聖杯を得て復活。俗にいう百年戦争が続けられていると考えられるわ」
ジャンヌ ダルク…聖処女と呼ばれる少女は祖国を守るために戦い、そして最後は裏切りによって魔女として散っていった悲劇のヒロイン…なのだけれど、とんでもない脳筋だったなんて話もあって、フランスとしても扱いに困ってたなんて説もあったそうな。
そして、百年戦争とは当時のフランス王国の王位継承権を巡ったイギリスとフランスの戦争の事を指している。
別に百年間ずっと争い合っていた訳ではなく、休戦期もあったと言う話だ。
ていうか、百年やりあう事ができる国力持ってたら世界征服できる気がする。
「所長、それはレイシフトして到着したら戦場ど真ん中って事は…」
「立香君、それに関しては安心してほしい。観測できる範囲ではあるけど、争った形跡のないエリアを探して座標にしている。いきなり戦場に飛ばされることは無い(筈)だよ」
ロマンは小さく筈と言って誤魔化しつつ、朗らかに笑う。
こればかりは鬼が出るか蛇が出るかと言う所なのだろう…最初からお師匠達が傍に居ないのは手痛いけども、守りに関しては超級なマシュが居る。
ここはマシュの踏ん張りどころとして見るべきだろう。
「ロマン、摘まみ出されたいのかしら?」
「ははは、そんな訳ないだろう?さ、所長」
ロマンは右手で首筋を揉み解しながら朗らかに笑って所長の敵意を受け流し、話の続きを受け流していく。
こうした2人のやり取りをみていると、まるで学生時代からの旧友…いや、悪友の様に見えてくる。
…友人かぁ。
「まったく…兎に角、レイシフトしたら近くの集落に向かって情報を集めるところから始めて頂戴。カルデアスとシバによる観測では大まかな事は拾えても、細かいところまでは分からないわ。だから提示できる情報もこれだけしかない…この点に関しては謝罪しましょう」
所長は深々と頭を下げて、僕たちに謝罪してくる。
この様子にロマンはおろかマシュや立香さんもおろおろとして動揺を隠せない。
所長はプライドが高く、決して頭を下げるような人間ではないように思えていたからだ。
「顔を上げてください。最初の行動指針が明確になっただけでも僕たちは非常に助かります」
「そう…。では、これでブリーフィングを終えるとします。これよりGrand Orderファーストミッションを行います。我々の双肩に人類の…世界の命運が重くのしかかっていることを意識し、各員の奮闘を期待します」
所長の宣言と同時にモニターがカルデアスに切り替わり、フランスの国土が拡大されて表示される。
あくまでも国土がわかると言うだけで、町単位で細かく見る事は出来ない様だ。
だが、東側の山脈の麓付近に光点が灯り、『
恐らくそこが、僕たちのレイシフトによる移動先になるのだろう。
「では、マスター2名とマシュはコフィンに入って待機してくれ」
「「「はい!」」」
管制室の床下から、せり出す様にして3つのコフィンが出現する。
僕たちはそれぞれのコフィンの中に入り込んで身を委ねれば、小さなモーターの駆動音と共に扉がしっかりと閉まる。
僕は静かに深呼吸をして、少しだけ強く拳を握り込む。
『ふぅむ。少し緊張しているか?』
――唐突に脳内に響く様にお師匠の声が聞こえてくる。
恐らく、契約を果たした英霊とできる念話によって声をかけてきたのだろう。
不覚にも、お師匠の声を聞いた瞬間に僕は安心してしまって、身体の力を抜いてしまう。
『お主の事は短期間に存分に鍛えた。この私も共に居るのだから、ヘマをしたらどうなるか分かっているだろうな?』
――心配しているのか恫喝しに来たのか…。
眉間に皺を寄せると、小さく笑い声が聞こえてくる。
どうやら、お師匠は僕を揶揄ったらしい。
むぅっと唸ると、コフィン内に管制室のオペレーターからのアナウンスが入る。
『アンサモンプログラムスタートします。…頑張ってくださいね』
オペレーターの女性は、少しだけ申し訳なさそうに声をかけてくる。
少しばかりの後ろめたさが、きっとそうさせたのだろう…。
女性の声に引き続き、電子音声による案内が開始される。
――レイシフト開始まであと3、2、1
――全工程クリア。グランドオーダー実証を開始します。
こうして、波乱に満ちた僕たちのGrand Orderは開始された。
設定改変が多々あります。
なので、その点に関してのツッコミは野暮ってなものなので、どうか平にご容赦をorz
お師匠だけでも過剰戦力なのに、槍ニキいたら邪ンヌちゃんイジメが加速するんだ…マジで。
次回
ケルト戦士、フランスの大地に立つ
「お師匠、なんだか今後が不安で仕方がないです」