Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#18

轟音と悲鳴。

咆哮と絶命。

この場は暴力に支配され、生死を境に繰り広げられる大舞台。

彩る喝采は死の匂い…此処に観客なんて居る訳がない。

いや、居るのか…それは今いる町の住人達だ。

拝啓、お父さんお母さん…どうやら僕は戦場の真っ只中に放り込まれたようです。

僕は逃げ惑う町の人たちとは対照的に、この手にお師匠から授かった朱槍を手にして大きく跳躍する。

身体強化のルーンは僕の身体を英霊には及ばないとは言え、超人的な膂力を容易く発揮させる。

勿論魔力のコントロールは最小限…力を発揮すべき時に発揮させることで負担を大幅に減らしていく。

これはお師匠が課した修行による成果だ。

消費量が二倍三倍と増えていけば、否が応にも節約術を身に着けると言うものだ。

僕が跳躍した際には1匹の竜…のなりそこないであるワイバーンが、住人たちに食らいつこうと急降下してきている。

その背は堅い甲殻に覆われているものの、我が槍を防ぐにはあまりにも脆い。

 

「せーのっ!」

 

急降下してきているワイバーンの背中に向かって朱槍を深々と突き立て、内側に炎のルーンである『カノ』を叩き込む。

僕の朱槍は武器と言うよりも魔術師の触媒としての側面が色濃い。

故に単純なルーン魔術でも容易く威力を増幅させて、上空でワイバーンを内側から焼き尽くして殺すことが出来る。

地面に激突する瞬間に、ワイバーンを蹴って民家の屋根に着地する。

瞬時に視線を彷徨わせて、この襲撃を指揮しているであろう人物を探す。

この時代、神秘の色は大分薄まっている筈なので、幻想種たる竜が群れを成して町を襲撃するなんて起こる訳がない。

だが、現実としてこの町は竜の襲撃を受けている。

ならば、この竜達は何者かが呼び出して使役している可能性がある。

雑兵は潰しても後から湧いてくるため、やはり根っこを腐らせるほか無いだろう。

 

「お師匠、居るんでしょう?」

「うむ、中々良い手際だった。して、何用か?」

 

したり顔でお師匠は僕の傍らに実体化し、蹂躙されていく町並みを見つめている。

本来であれば、マシュがベースキャンプの設営を行ってから英霊を呼び出す手筈になっていた筈なのに、こうしてお師匠が傍らに居る事に僕は首を傾げたくなるがグッと堪える。

今はそんなことを問答している場合では無いのだから。

 

「お師匠、この竜種を操っているであろう首魁の討伐をお願いできますか?僕は、このまま遊撃手としてワイバーン狩りを行いつつ町人の避難を促しますんで」

「ふむ…良いだろう。お主が相手するには、英霊は荷が重い」

 

お師匠は小さく頷くと町の西側を鋭く睨み付け、一瞬で姿を消す。

恐らく、戦うべき敵の首魁を一瞬で見つけたのだろう…恐るべし千里眼。

僕は朱槍を持つ手に力を込めると、自身にルーン魔術による呪いをかけていく。

その名をアトゴウラ…敵対者はこの陣を見た瞬間に退却は許されず、僕と言う存在に襲い掛かるしかなくなる。

僕は大きく深呼吸した後、絶叫ににた雄たけびをあげる。

その瞬間、この町に居たワイバーンは僕の方へと一斉に目を向けて咆哮をあげる。

 

「さて、ここ一番の戦働きをしなくては、お師匠に申し訳が立たなくなる…」

 

町に降り立っていたワイバーン、上空に待機していたワイバーン…それらを合わせてざっと10匹と言った所か。

幻想種であることを考えれば、町一つ潰すのに過剰戦力も良いところだと思う。

たかがワイバーン、されどワイバーン…並の剣や弓矢では、精々翼膜を破れれば良いところだろう。

それだけ、この竜が持つ鱗や甲殻と言った鎧は堅い。

それも歳を重ねた個体になるほど頑丈さが増していくのだ…だが、この場に居るのは殆どが若い緑色の個体ばかり…対して苦労はしないはずだ。

 

「そうら、こっちだこっち!町人よりも僕の方がおいしいぞ!」

 

僕は民家の屋根の上を走り、あるいは跳躍することでワイバーンを町人たちから引き離す様に走り続ける。

町人たちは東側へと殺到しているので、必然的に西側に行くことになる。

魔力の消費具合から察するに、お師匠はあまり本気を出して戦ってはいない様だ…様子見か何かだろうか?

あちらはお師匠に任せているので、僕は僕の仕事をしていこう。

ワイバーンは一斉に僕の後を追いかけ、急降下してくる。

僕はその一撃をひらりと跳躍して避け、すれ違いざまに朱槍を素早く振るって翼膜をずたずたに引き裂く。

これだけでワイバーンは飛ぶことが困難になり、地べたを這いずり回るトカゲと化すのだ。

さて…ワイバーンと言う存在は空を飛ぶことに特化した存在だ。

地竜と呼ばれる存在よりもその脚力は低く、猛禽類の様に急降下からの鉤爪や体当たりが主な攻撃方法となる。

よって、こうして翼膜を切り刻むだけで大幅な弱体化が狙えるようになる。

 

『東雲君!君どこに居るんだい!?』

「ロマン!冬木の時みたく連絡つかなかったらどうしようかと思いましたよ!」

 

僕は翼膜が破れて飛ぶことができず、民家の屋根に墜落したワイバーンの頭を朱槍で一突きしながらホッと胸を撫で下ろす。

どうやら通信は充分可能な状態なようで、この分なら立香さん達との合流もスムーズに行う事が出来るかもしれない。

僕は槍についた脳漿を振り払って落とし、再び駆け始める。

兎に角ヒットアンドアウェイを繰り返して、確実に仕留めるしか道が無い。

散々修行で相手してきたのだもの…戦い方はとうの昔に熟知している。

 

『とにかく無事で良かった!君だけ座標点がズレるわ、女王は待機室からいきなり消えるわで大騒ぎだったんだよ』

「原因に関しては後回し!今僕は町を襲撃しているワイバーンを相手に大立ち回りしているんで!」

 

僕は頭上すれすれを通過していくワイバーンの鉤爪をのけ反ることで搔い潜り、お返しとばかりに朱槍を腹に深々と突き刺し真名解放を行う。

 

「『穿ち散らす死華の槍(ゲイ・ボルク)』!」

 

真名を解放された朱槍はワイバーンの体内で華開き、ワイバーンの肉体を突き破る様にして花弁と言う名の槍の穂先を無数に突き出させ引っ込んでいく。

素早く朱槍を引き抜いて、転がる様にしてワイバーンの下敷きにならないようにすると、そのまま屋根から街路に落ちて着地する。

着地した隙をワイバーンは見逃す訳もないのだけれど、そんなことは承知済み。

僕は素早く9番目のルーン文字『ハガル』を起動させ、散弾状に雹を放ってワイバーン達に牽制する。

もちろん翼膜に当たれば、ラッキー程度には考えていたけれど。

再び足に力を込めた僕は、炎に包まれる民家の間をすり抜ける様に走り続ける。

追わせては迎撃して確実に1匹ずつ仕留めていくことで、僕は順当にワイバーンを狩っていく。

下手に2匹同時に襲い掛かろうものならば、互いが互いを邪魔して僕に攻撃することも適わなくなる。

大きい図体に生まれたことを恨むが良い!

突然、僕の前方に何かを粉砕するような…爆砕するような音が響き渡る。

思ってたより派手に戦ってるなぁ…。

 

『前方に英霊の反応がある!』

「そっちはお師匠に任せてます」

 

方向転換しようと足を踏み出した瞬間、爆弾が爆発したかのような衝撃と共に無数の瓦礫が僕とワイバーンに襲い掛かる。

僕は素早く横道に入って大多数の瓦礫を避ける事に成功するものの、ワイバーンはそうもいかない。

ワイバーンは降って来た巨大な家の残骸が直撃し、悲鳴にも似た咆哮を上げて地面に激突する。

少しばかり可哀想に思えたものの、僕は背筋に氷柱を突き立てられるような感覚がしてそのまま跳躍。

民家の屋根に着地した瞬間に更に跳躍すると、僕が居た所に炎を纏って大回転する謎の物体が通り過ぎていく。

…ガ○ラみたい…。

そんな特撮怪獣が脳裏に過りつつも、僕はお師匠が戦っているであろうポイントまで走っていく。

ワイバーンに関しては殲滅を図らずも終える事ができたので、自身にかけていた呪いを解呪しておく。

 

『な、なんだったんだ…あれ…?』

「すくなくとも敵の宝具じゃないですかね?あんな質量兵器連発されたら堪ったもんじゃないですけど…」

 

あのクラスの質量兵器に対抗するためには、少なくともヘラクレスくらいの膂力を持った存在が居ないと対抗しきれないと思う。

防ぐにしても、マシュとエミヤで障壁を張りまくるしかないだろう…。

僕がお師匠の元へと辿り着くと、その場は民家が建っていた跡は無く、最早瓦礫のがの字も無い更地と化していた。

恐らく、あの質量兵器がこの状況を作り出したのだろう。

 

「終わったのか、良太?」

 

お師匠は辿り着いた僕の元まで後退し、しかし視線は前方に居る存在へと縫い付けられている。

その存在は紛う事なき英霊…青みがかった長い髪に白い肌、その目は何処か鋭いものの美しい。

胸元からへその下辺りまで大胆に開かれたスリットのあるドレスが、何処か痴女い気がする。

そんな感想を持った瞬間、お師匠から脳天に拳骨を叩き込まれる。

 

「戦場で見惚れるでない、馬鹿弟子が」

「いや、おかしいでしょあれ、痴女ですよ痴女。お師匠も相当アレですけど素肌晒してないからまだセーグフッ」

 

僕は弁解するように声を上げるのだけども、お師匠は腹に拳を叩き込んで僕の事を黙らせる。

グヌヌ…。

思わずお腹を抑えながら蹲る僕の背中を足で踏みつけつつ、お師匠は言葉を続ける。

 

「あれは聖女マルタ。暴れまわっていた悪竜タラスクを言葉(ステゴロ)鎮め(沈め)改心させた(舎弟にした)奇跡を起こした紛う事なき聖人だ。狂化スキルを付与され、ある意味バーサーカーの様な存在となっているがな」

 

何故だろう…脳内で変なルビが割り振られている気がしてならない。

僕は改めて、お師匠に踏まれたまま英霊マルタの事を見つめてみる。

聖女…と言うのは納得できるかもしれない。

凛とした佇まいや身に纏うオーラの様なものが、何処か聖職者を思わせる。

だからと言って、あの格好はどうかとも思うけど…。

 

「さて、聖女マルタよ…退くならば今は見逃してやらんでもない」

「……」

「いや、待ってください…見逃すんですか?」

 

お師匠はその手に持つ朱槍をマルタへと向け、見逃すと口にする。

恐らく、お師匠はマルタの目的を見抜いているからこそそう言ったのだけれど…彼女は敵だ。

人を散々食い荒らしたワイバーンを用いてこの町を襲撃してきた、僕にとって撃滅すべき敵だ。

そこに疑問を挟む余地はない。

 

「…どういうお積りでしょうか?」

「さて、な…。案山子の苦労を知っているからこそ、とだけ言っておこうか。ほれ、どうするのだ?私としては最終的にどうあろうと問題は無いのだ。故に、お主を此処で討ち果たしても構わん…分かるな?」

 

大局には大きく差し障る問題ではない…にも関わらず、見逃すとはどういうことなのだろうか?

今後の立香さんの負担を考えるならば、敵は一騎でも多く…いや、逆に減られると困るとでも言うのだろうか?

特異点には聖杯が必ず存在している…それを敵対者が確保していると仮定すると…。

嫌な確信めいた予感が冷や汗となって僕の額を濡らし始める。

お師匠が此処で討ち果たしても構わないと言ったのは、新たに追加される英霊と武を競い合う事ができるからか!

バトルジャンキーすぎますよお師匠!と言う言葉をグッと飲み込んで、事の推移を見守っていく。

 

「…分かりました、此処は退きましょう」

「うむ、物分かりの良い娘子は好きだぞ」

 

狂化スキルが付与されているにしては、マルタは理性的に此方に対応して会話ができている。

そもそも、聖人に狂化スキルが付与されるような逸話は存在しないだろう。

恐らくは後から付与されたもの…それゆえに狂化スキルも低ランクのものになっているのかもしれない。

マルタは此方に背を向け霊体化して姿を消すと、戦場となっていた町に静寂が戻ってくる。

 

「う~む、次はヤコブの手足を用いての格闘戦で戦ってみたいものだ」

「…ヤコブの手足ってなんですか、お師匠?」

 

ヤコブ、と言うのは創世記に出てくる偉人だったっけ?

その名を冠した格闘技…と言うのは分かるけども…。

 

「ヤコブの手足と言うのはな、極まれば大天使でさえその首を落とすとされる古代の格闘技の事を指している。かの格闘技を受け継ぐものはいなくなり、今の今までその格闘技を実際に見たことは無かったのだが…あの歩法は間違いないであろう」

「お師匠、場合によっては先制ゲイ・ボルクも辞さないですからね?」

 

大天使、と言う事は英霊よりも上の神霊…更にその上って事になるのだろうか?

それを素手で縊り殺す…?

人間辞める格闘技とか、受け継がれるわけがないんだよなぁ…。

僕は呆れつつも、気を引き締めてマルタと言う存在の認識を改める。

うん、間違いなくバーサーカーだわ。

 

『まさか、ドラゴンライダーまで出てくるとは…一応、この特異点は他の特異点よりも揺らぎの小さいものだったんだけど』

「大量のワイバーンに関しても問題ですよ…この時代の武器じゃ対応できないでしょうし、支援もあまり期待できないかも?」

 

僕の朱槍は神秘を色濃く残した特別製…槍術にはそこそこ自信があるし、若いワイバーンに関しては後れを取ることはまずあり得ない。

だけど、この時代は基本的に火器と言ったら大砲の事を指す。

大砲で空を縦横無尽に飛ぶワイバーンに攻撃するのは一苦労な筈だ。

 

「根元を叩けば良いだけの話よ…。魔術師よ、マシュ達と合流するのは暫らくかかりそうか?」

『えっあっはい!彼女たちの居るドンレミ村からは離れた位置にある所ですからね、早くても2日程はかかるかと』

 

合流に2日…その間成すべきことは成しておく必要があるかもしれないな。

お師匠が漸く僕の背中から足を退かしてくれたのでよろよろと立ち上がり、身体についた砂埃を簡単に手で払う。

 

「お師匠、その間にこの町の人たちを別の町まで護衛するのはどうでしょうか?」

「いや、護衛をする必要はあるまい。この町には近づかぬように厳命し、火を放っておく。我々はこのまま合流せずに遊撃隊としてフランスを練り歩く方が賢そうだ」

『その場合、こちらからの支援がほぼ受けられなくなりますよ!?』

 

火を放つ、と言うのはこの町に残っている遺体がアンデッドと化して復活することを防ぐ為だろう。

アンデッドはこの世に未練の有る者…とりわけ、非業の死を迎えたものがなりやすい。

こんな理不尽な殺され方をすれば、アンデッドになるのも必定だろう。

そして、遊撃隊…と言うのも悪くはない。

現状、敵には僕とお師匠の存在しか知らされていない筈だから、一つ所に留まらずに移動し続ける事でマシュ達が裏で動きやすくなる狙いがある。

 

「なに、常に動き回る訳ではない。合流すべき時には必ず合流するからな。その間に、マシュ達は可能な限り戦力を整える様に言っておくのだ」

『は、はぁ…分かりました。東雲君もそれでいいかな?』

「僕は構いません…英霊が相手でもお師匠が相手してもらえれば何とか生き残れるでしょうし」

 

英霊相手に長時間生き残るのは、綱渡りするよりも難しい…まだまだ未熟な僕では攻撃を防ぐので精いっぱいになるだろう。

冬木の黒化英霊とは訳が違うのだ。

ロマンとの通信を打ち切り、僕は深く溜息を吐き出す。

 

「お師匠」

「どうした?」

 

僕は思わずお師匠を呼び、その顔を見つめる。

その顔は戦火にあって色あせる事無く、ただ只管に美しく映える。

 

「なんだか、今後が不安で仕方ないです…」

 

冬木は災害によって燃えていた。

けれどもこのフランスの地は、英霊による襲撃で血に濡れ続ける…勇猛を以て踏破しようにも、不安はどうしても僕の影を付きまとう。

 

「言ったであろう…困難に立ち向かえと。お主は此度が初陣と言っても差し支えない状態だ…ならば、向き合って克服するしかあるまいな」

「分かりました…きっと、乗り越えてみせます」

 

僕は小さく頷き、改めてこの戦場となった町を見渡した。




イシュタ凛、実装されますね…欲しいんですけどね…引ける気がしないんですよ…ハハッ


次回

フランス漫遊記~竜を添えて~

「まぁすぅたぁ…」

「ヒェッ」

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