Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

20 / 47
#20

「あー、嫌だぞ…僕は今とてつもなく嫌な予感がしているっ!」

 

アマデウスは空から舞い降りてきた自称アイドルの少女を見て、顔を引きつらせながら青褪めさせる。

確かに、僕もアマデウスと同じ意見ではある。

理由はその姿…長く赤い髪の毛に可憐さを思わせる顔立ちの少女に似つかわしくないものが存在している。

頭には長さの異なる捻じれた角、背中と腰には竜を思わせる翼と長い尾が付いていたからだ。

このフランスの現状を鑑みるに、竜種と縁がありそうな存在は竜の魔女に与していると考えてしまう。

お供にワイバーンが居ないのが不思議だけど…一応慎重に動こう。

万が一英霊同士の戦いが起きてしまったら、この町…ティエールもタダでは済まない。

 

「まぁ、可愛らしいお嬢さん!わたくしの名前はマリー・アントワネット。お名前を聞かせていただけるかしら?」

「ま、マリー!不用意に近づいたら駄目だろう!?」

 

マリーは僕たちの緊張なんて知ったことでは無いと言わんばかりに白百合の様な可憐な笑みを浮かべ、竜種の少女へと歩み寄る。

アマデウスが慌てて引き留めようとするものの、マリーは言葉が耳に入っていないのか止まる気配を見せない。

僕は格納していた朱槍を呼び出して右手に握り込み、すぐに動ける様に身体強化の準備を進める。

 

「立香さん、万が一の場合はこの町から一旦離れよう。勝ち目は充分にあるとは言え、町を巻き込むわけにはいかないし」

「…ん~、多分大丈夫じゃない?ほら――」

 

立香さんに撤退を促す様に言葉をかけると、立香さんはキョトンとした顔で竜種の少女を指差す。

つられて僕もそちらへと目を向けると、竜種の少女は軽く狼狽えて顔を真っ赤にしている。

 

「うぇっ!?可愛い…?そ、そうよ!アタシはポップでキュートなアイドルなんだから当然よね!」

「…アイドルってやっぱりあのアイドルなんだろうか?」

「東雲、あれがアイドルなんて言う存在なのだとしたら、間違いなく崇拝している奴らの耳はイかれている。僕の予想が間違っていたら君の尻を舐めたって良い!」

 

アマデウスは聞くに堪えないと言わんばかりの声色で、苦虫とか苦い草とかを磨り潰して煎じたお茶を飲んだような顔になっている。

…彼は音楽家だ。

恐らく、彼の耳には彼女の声が凄まじい公害のように聞こえているのだろう。

僕は充分可愛らしい声に聞こえているのだけれど。

 

「でも、アイドルであるアタシの事を知らないのは問題ね。いいわ!自己紹介してあげる。アタシはサーヴァント界一のアイドル!ポップでキュートな鮮血魔嬢!エリザベート・バートリーよ!!」

 

少女は地面にマイクスタンドっぽいものを突き立てて飛び上がり、その上で可憐にポーズをキメて名乗りをあげる。

エリザベート・バートリー…この名前が本当に彼女の真名なのだとしたら…。

僕は朱槍を握り込む手に力を込めて真っ直ぐにエリザベートを見つめるが、お師匠が手で制して首を横に振る。

 

「待つが良い…アレには敵意の欠片もないのだ。竜種とは言え数は我らが勝っているのだから、そう急くこともなかろう?」

「…分かりました」

 

お師匠は柔らかい声色で僕の事を窘め、首を横に振る。

エリザベート・バートリーと言う人物にはもう1つの真名がある。

その名はカーミラ。

ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの怪奇小説のタイトルにして主人公。

エリザベート・バートリーが、カーミラのモデルになった人物なのだ。

そしてカーミラと言うと…竜の魔女に与している英霊と言う事になる。

だけど、立香さん達の様子を見るに、彼女とは初対面の様で何処か生暖かい視線を彼女に送っている。

『いずれ黒歴史になっちゃうような振舞いだよね★』

みたいな。

 

「エリザベート・バートリー…と言う事は、あの黒ジャンヌに与するカーミラと同一の存在と言う事…ですよね?」

「…そう、アタシが居るのね?」

 

マシュはエリザベートの名前を聞いた瞬間にハッとなり、カーミラの名前を口にする。

そんなマシュの反応を目にした瞬間にエリザベートの身体が僅かに強張り、声色が冷たくなる。

 

「そう、そう言う事…マスターも無しに呼び出されるなんて可笑しいと思っていたけど、まさかアタシが呼び出されていたなんてね」

「えいっ」

「むぐっ」

 

エリザベートは尾を強く地面に叩きつけ、憎しみの篭った声色で声を絞り出す。

それは絶対に認めてはならない過ちの姿なのだと言わんばかりに。

カーミラ…いや、エリザベート・バートリーは貴族としての立場を利用し、少女たちの血を搾るだけ搾り取った残忍な人物だ。

もっとも質が悪かったのが、その行いを悪であると認識せず、そして周囲の人間が指摘をしなかったところにある。

その最期は監獄城チェイテの石牢の中で日を見る事も人との会話もなく、孤独なものだったと聞いている。

最期まで、己は悪いことはなにもしていないと訴え続けながら…。

この少女は、その過ちを犯していることを認めている。

認めているからこそ、過ちを犯したままの存在であるカーミラを憎く思っているのかもしれない。

そんなエリザベートの憎悪に染まる顔を、両頬を包む様に触れる者が居た。

 

「駄目よ、アイドルはみんなに愛と笑顔を振りまくものだもの!だから、にっこりと可愛い笑顔を見せて?」

 

白百合の王妃、マリー・アントワネットだ。

彼女は花のように可憐な笑みを浮かべてエリザベートの頬を優しく撫で、窘める。

それは母の様であり、姉の様でもある。

 

「そ、そうね。高々吸血鬼ごときで笑顔を曇らせるなんて、アイドル失格だわ!」

「うふふ、ねぇみんな、彼女にも竜の魔女を懲らしめる為に手伝ってもらいましょう?」

 

マリーはエリザベートの手を優しく握って隣に立ち、思い切ったことを口にする。

エリザベートの口ぶりからして、間違いなくはぐれ英霊の一騎…味方に引き込むことは異論はなく、皆一様に首を縦に振る。

振るけども僕とアマデウスだけは微妙にぎこちない。

なんていうかこう…不安を感じているのだ。

アマデウスはもっと別の理由があるみたいだけれど…。

 

「これで、はぐれ英霊は後二騎。幸先が良いね!」

「ひと先ず今日はこの町で一泊、翌朝から作戦を決行しようか」

 

立香さんの言葉に頷き、日が傾きかけているのを見て予定を立てる。

僕は兎も角、立香さんは歩き通しで疲労がかなり溜まっている筈だ。

それに、ベースキャンプを設置して戦力の補充もしなくてはならない。

 

「それで、カーミラはどこにいるのかしら?アタシはアタシの手でアタシに決着を着けたいのだけれど」

「それでしたら、東雲さんのグループに入った方が確実かと…。吸血鬼カーミラはオルレアンに居る筈ですので」

 

マシュはエリザベートの質問に答え、作戦の概要を掻い摘んで説明していく。

戦力を此方に集中させるのだから、立香さん達について行くよりは僕と陽動組に入ってもらった方が遭遇しやすい筈だ。

エリザベートは此方へとつかつかやって来て、手を差し出す。

 

「話は理解したわ。貴方を一時的にマネージャーにしてあげる」

「マネージャーって言うより共闘者だけどね…よろしく」

 

差し出された手を握って握手をしようとすると、空からケタタマシイ鳴き声が響きあがる。

すぐに意識を切り替えた僕は、空へと視線を移して苦虫を噛み潰した顔になる。

どうやら、あちらさんは僕を休ませる気が無いようだ。

 

「立香さん達は住人の避難を最優先に。僕とお師匠でアレを迎撃します!」

 

雲の切れ間からワイバーンの群れが飛び出してくる。

その数20騎…足にはタコの様な悍ましい何かを掴んでいて、ティエールへと接近してくると一斉にそれらを投下してくる。

タコはベチャリ、と言った感じで床に叩きつけられるとモゾモゾと全身をくねらせて5本ある触手を足のようにして体を起こし、手当たり次第に暴れ出す。

ティエールの人たちはワイバーンとタコの襲来によって悲鳴をあげ、蜘蛛の子散らす様に逃げ惑い始める。

僕はひしっとしがみ付いたままだった清姫を無理矢理振りほどいて、住人に襲い掛かろうとしていたタコを手に持つ朱槍で刺し貫いて一息に絶命する。

 

「お師匠、空のはお任せします!」

「では、お主はそこの小娘2人を上手く使って見せよ」

「マシュ、町の人たちを助けるよ!」

「はい、先輩!」

 

それぞれが成すべきことを成す為に動き出そうとした瞬間、清姫が待ったをかける。

 

「お待ちください、ますたぁ。ますたぁのお役に立つのも良きさぁばんと()の務め…で、あればこの清姫にお任せくださいまし」

「清姫…?」

 

清姫は僅かに頬をひくつかせ、空を飛ぶワイバーンに目を向けると全身から青白い炎を溢れ出させる。

どうやらワイバーンの襲来は、清姫の逆鱗に触れることになった様だ。

 

「それでは皆様、ご照覧あれ…『転身火生三昧』!!」

 

清姫の肉体が焼き尽くされたと思った瞬間、その焼き尽くした炎の中から大蛇の様な龍が飛び出して町を這いまわって襲い来るタコ達を一気に消し炭に変え、空へと舞いあがっていく。

その様は正に東洋の昇り龍…ワイバーン達は突如現れた同胞の様な存在に蹂躙され始め、パニックを起こしている。

 

「あんなアオダイショウ擬きに負けてらんないわ!飛びっきりのナンバーでイかせてあげる!」

 

エリザベートは僕達から離れると、手に持ったマイクスタンド(のようなもの)を地面に突き立てる。

マイクスタンドを基点に広大な魔法陣が敷かれ、その中から巨大なスピーカーやらアンプを内蔵した城(のようなもの)が現れ、上空に居るワイバーンへと向けられる。

 

「ワイバーンとあなた達の為だけに、サーヴァント界最大のヒットナンバーを送るわ!ありがたく聞きなさい!『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』すぅ…laaaaaaaa♪♪♪」

 

メロディがスピーカーから爆音で解き放たれた瞬間、音が消えた。

消えたっていうか聞こえなくなった?

なんていうかとんでもない爆音なのは理解できたのだけれど、こう…ロリでポップなメロディラインだなと思ったら歌声がデスヴォイスだったような…。

どうやらこの鮮血魔嬢と言う宝具は音波粉砕兵器だったようで、衝撃波を伴った強烈な超音波が上空でワイバーンを消し炭にしようとしていた清姫をも巻き込んで襲い掛かる。

あまりもの衝撃にワイバーンや清姫は身をよじらせる様に暴れまわり、しまいには口角から泡を溢れ出させながら墜落していく。

僕は緩慢な動作で上空を見上げながら両腕を広げて、人の姿に戻って気絶したまま落ちてくる清姫を受け止める。

僕でこの有様なのだから、直撃を受けた清姫はもっと辛いだろう。

事実として目を回してしまっているし。

 

「~~♪ふぅ、気分は最ッ高だわ!」

「~~ッ!!完全に声がデスメタルじゃねーか!!」

 

歌い切ったエリザベートは、周囲の反応に目もくれずに爽やかな汗を流して満面の笑みを浮かべる。

マシュは立香さんの前に立って立ったまま気絶し、アマデウスは綺麗な死に顔を晒しながらマリーに看取られ、ジャンヌは曖昧な表情を浮かべて頷き、お師匠は感心したように頷いている。

まさしく死屍累々…結果としてワイバーン軍団を一瞬にして壊滅させたとは言え、ティエールの住人達まで巻き添えを喰らって気絶してしまっている。

僕はあまりの惨状に、思わず兄弟子のような口調で怒声をあげる。

エリザベートはビクッと身を竦ませて此方を見やる。

 

「デスメタなんかじゃないわよ!ア・イ・ド・ル!皆失神してるけど、アタシの可愛さと神がかった歌声にイっちゃってるだけなんだから」

「そうだね!神がかってたよ!!」

 

主に音痴と言う方向において。

兎に角凄まじい声量、そして城の様な音響設備によりとてつもない破壊力を誇っている。

空気がある限り、この宝具から逃れる事はできないかもしれない。

 

「まるで死地に赴く戦士の鬨の声のように心地よかったぞ、小娘。屈強な戦士でも中々あのような声は上げられまい…」

「だから!アイドルだって言ってるでしょ!ウガーッ!!!」

 

お師匠はうっとりとした顔で、エリザベートを別の観点から褒め讃える。

確かにあんな鬨の声を上げられれば、相対した存在は委縮してしまう。

委縮できるだけの意識を繋ぎ止める事ができるのなら…だけど。

 

「あ、あはは…とにかくよろしくね…エリちゃん」

 

立香さんは、よろよろとした足取りでエリザベートへと近寄って声をかける。

エリちゃんと言う愛称が気に入ったのか、不機嫌だったエリザベートは掌を返す様に満面の笑みを浮かべ、立香さんへと向き直る。

 

「エリちゃん…可愛らしい響き…気に入ったわ、子犬!」

「子犬…いいけど…」

 

立香さんを気に入ったのか、エリザベートは竜の尾を犬のように振りながら姦しく立香さんに話しかけている。

僕は、いろいろな意味で無傷とは行かなかった迎撃戦にため息を零し、周囲の惨状を見渡して両手で顔を覆ってメソメソと泣き始める。

これ、ティエールの人たちになんて言えばいいの…。

 

「フォウ…きゅぅ…」

 

寄り添ってくれるフォウだけが、この場における唯一の癒しの様な気がした。




七章公開されましたね。
いきなりのジェットコースター、好感度マシマシのギル、そしてセンスが最悪だったイシュタル…槍な彼女も出るのだろうか…でたらエミヤに明日は無いな!(システム的に)


次回

竜の巣

「あんな…あんなドラゴンが!」
「ほう…実に討ち甲斐のある巨躯よな?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。