Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#23

オルレアン撤退から数時間後…ティエールの町のある山の麓を野営地とした僕らは、不穏な輝きを湛えた月が中天に輝くころに立香さん達と合流。

互いの収穫について報告し合いながら、起こしたたき火を全員で囲む。

此方はヴラド公、カーミラを撃破、竜殺しとして名を馳せたジークフリートと、敵側についていたはずの()()()()・聖女マルタを味方に引き込むことに成功。

立香さんはティエールから南西に下った先にある、ボルドーと呼ばれる町にて聖人…こちらも竜殺しとして有名なライダー・ゲオルギウス…またの名を聖ジョージを味方に引き入れることが出来た。

ゲオルギウスは散発的にワイバーンの襲撃を受けていたボルドーから人々を逃がすために戦っていたと言う話なのだけど、昨日からワイバーンの襲撃頻度が激減。

お陰で弄することなく、ボルドーの人々を避難させることができたそうな。

…物事と言うのは、何がどう転ぶのか分からないものだなあ。

 

「さて、聞かせてもらおうか…聖女マルタ。お主はあの竜の魔女の英霊だとおもっていたのだがな?」

「えぇ、確かに私はあの竜の魔女である、黒いジャンヌ・ダルクによって使役されていました。彼女は配下に居る英霊すべてに狂化スキルを付与し、自由意思を可能な限り剥奪しています。もちろん、例外もありますが…」

 

マルタは小さく頷いて、今日に至るまでの話を始める。

僕たちはそれを黙って聞くのみだ。

アマデウスはマルタの声…声紋から嘘かどうか見破ろうと、些か視線が鋭く感じられるけど。

 

「本来狂化スキルを付与できる英霊と言うものは、元々バーサーカーであったか、バーサーカーの資質を持つ英霊のみとされています。いくら偽物の聖杯と言えども特異な条件では属性付けは難しく、付与できても精々がDランク止まりになります。そう言った事情もあって、最初こそ彼女の命令を拒んでいたのですが…」

「令呪を使われ、否応なしの殺戮マシーンとならざるを得なかったか。キミの対魔力能力は、かのブリテンの騎士王と並び立つが、狂化を施されては抵抗も難しいと言った所か」

「では、聖女マルタ様が東雲君を助けてくれた時に令呪を使わなかったのは…ルーラーの持つ各英霊の令呪…その二画を使い切っているのですね」

 

マルタの言葉にエミヤが続き、ジャンヌが納得したように頷く。

各英霊の令呪を二画ずつ所持している…あの分だと令呪の真っ当な使い方はしてこないだろうけど、それでも脅威は驚異だと思う。

 

「それって、はぐれである私たちの分の令呪も持ってるってこと?」

 

エリザベートは、僕の背中から身を乗り出す様にしてジャンヌに質問をする。

どうも、エリザベートは竜の血を引いていると言う事もあってか、ジークフリートやマルタ、ゲオルギウスが怖い様で、僕の背中に隠れ続けている。

いや、険悪な態度で接されても困るのでこれはこれで構わないのだけれど…僕の左隣にいるライアースレイヤー=サン(清姫)が剣呑な雰囲気を全身から発しているので、非常に胃に悪い。

努めて意識から外しているものの、怖いものは怖いのだ。

そんな僕の心境を知ってか知らずか、終始穏やかな雰囲気を崩さずにジャンヌは首を横に振る。

 

「…私の考えが正しければ、彼女はルーラーとして…いえ、英霊として不出来な状態の筈。そもそも聖杯戦争として成立していたものを、ルール違反が行われた事をトリガーとして大戦に切り替わっています。流石にイレギュラー召喚な上、対応した令呪を配られていない皆さんの分までは用意されていませんよ」

「そ、なら良かったわ。土壇場になってマネージャー裏切りたくないし」

 

この言葉にゲオルギウスやジークフリートも、僅かに顔の表情を緩めて安堵した様子だ。

彼らには今置かれている本当の状況を、所長やロマンを交えて説明してある。

この戦いに負けると言う事は、彼らが成し遂げてきたことすべてが無駄になったと言う事になる。

人類史の焼却と言うものは、他ならぬ英霊達を否定することに繋がっているから…。

 

「ふむ…で、あれば指揮官の意見を聞きたい。今後はどの様にオルレアンを攻略するのか?」

『私の意見としては、ファヴニールをジークフリート、ゲオルギウス、スカサハの3騎に任せ、清姫、エリザベートでワイバーンに対する露払い。エミヤ、クー・フーリン、マリー、アマデウスで残る英霊を討伐し、藤丸 立香、マシュ、ジャンヌでオルレアンの本丸を討とうと思うのだけれど』

「わ、私もですか!?」

 

ゲオルギウスは顎髭を手で撫でながら笑みを浮かべて頷き、先ほどから立体映像でこの場に居合わせている所長に質問を行う。

その内容に一番驚いたのは、他の誰でもない立香さんだ。

 

『デミサーヴァントとは言え、単独行動のスキルが無い以上マシュと貴女はセットで動かなければならないのよ。エミヤはアーチャーのクラスなので、問題はないのだけれど…』

「し、東雲さんは…」

『駄目ね…東雲は貴女より駄目。現界に関しての魔力提供を直にスカサハに行えない東雲が、彼女の傍を離れるのはそれなりにリスクを伴う』

 

立香さんは地面に座ったまま自分の手を強く握りしめ、歯を食い縛る。

相手の本拠地に少数精鋭で潜り込むなんて言うのは、中々覚悟がいる事だと思う。

特に、自身に何もないと思っている人には…。

そんな立香さんを憂いてか、マシュは立香さんの手を優しく握って顔を覗き込む。

 

「大丈夫です、先輩。何があっても私が守りますし、ジャンヌさんだって一緒なんですから!」

「それに、英霊討伐組のメンバーも大概だ。すぐにマスターの元に馳せ参じる事になるだろうさ」

「それは…」

 

マシュは勇気づける様に声をかけ、エミヤもまた安心させる様に口にする。

2人の言葉に意を決したのか、顔を上げて力強く頷く。

 

「分かりました!頑張ります!」

『エミヤが言ったように、ファヴニールの問題はあれど大英雄がいるのだから心配する必要はないわ』

「ふむ、話がまとまったところで…些細な問題、しかし解き明かすべき事があるだろう」

 

お師匠はピンッと人差し指を立てた後、その人差し指をマルタへと向ける。

…確かに些細な問題と言えば些細な問題ではあるのだけれど、マルタには1つ不可思議な点がある。

 

「な、何かありまして、オホホ…」

「おほほ、ではない。お主、何故クラスを鞍替えしている…見た所、遭遇していた時に持っていた杖も無いようだが?」

 

お師匠が指摘した瞬間、場の空気が一瞬にして凍り付いた。

正確には凍り付いたのはマルタのみだったのだけれど、彼女は表情を強張らせてまるで油を刺していないブリキのロボットの様にギギギ、と顔を逸らす。

その反応から察するに、杖を無くした件に関してはあまり触れられたくはない様だ。

だが、空気を読めない人と言うのは、何処の世界にもいるものである。

 

「おいおい、宝具失くすなんざぁ、相当の事態だぞ?スカサハが壊しでもしたか?」

「たわけ、あのような神秘の塊をおいそれと壊せるわけも無かろう?」

「ふむ…事情を話してもらえますかな?」

 

クー・フーリンは首を軽く壊した後にお師匠に目を向けるが、お師匠はそれを鼻で笑う。

神秘の塊と言うくらいなのだから、本当に相当な代物を失ってしまったと言う事になる。

マルタはますます肩を落として落ち込んでしまい、深いため息をついてしまう。

そんなマルタの様子を見かねてゲオルギウスは救いの手を刺し伸ばすけども、マルタは力なく首を横に振る。

 

「話しましょう…何か疑念があっても面倒なので――」

 

そう言って話し始めた杖紛失…正確には杖消失事件の顛末は、なんとも不可思議な話であった。

令呪によってラ・シャリテ襲撃を終えたマルタは、令呪が無くなったことを良い事に勝手に黒ジャンヌと袂を分かち、再起を図るために付近を流れる川へと向かっていたそうだ。

聖女マルタは水に関わる事が多かった――途中で補足としてロマンが説明してくれた――そうで、水辺の近くに居ると本人曰くノってくるそうだ。

そんな川辺に丁度いい霊脈を見つけたマルタは、低いランクとは言え狂化スキルと折り合いを付けるために主に祈りをささげていたところ、『あの人』なる人物からいただいた聖杖が消えていた、と言うものだった。

 

「マルタ様…あの人、と言うのは…」

「…えぇ、その通りです」

「ですが、今の貴女は大変落ち着いていらっしゃる。もしや、これは奇跡が…」

 

ジャンヌとゲオルギウスは、『あの人』と言う言葉にざわつき、杖が消えてしまった謎についてもマルタの信仰が奇跡を呼び起こしたのだろうと言う事で、何故か納得してしまっていた。

 

『英霊のスキルに奇跡と言うものがあるのだろうね。奇跡とは不可能な事柄を可能にせしめる事を言う。女王スカサハは霊基を弄れるものの、聖女マルタにその能力はない。きっとこれもイエs「あ゛??」

 

ロマンが何かしたり顔で解説をしようとすると、突如ヤンキーの恫喝の様なだみ声がロマンの言葉を遮る。

今度こそ、その豹変ぶりを目の当たりにした僕たちは一瞬息をのみ、ジィッとマルタに向けて視線を向ける。

 

「あ、あら…私ったら…コホン。皆様が言う様にきっとこれも主の思し召しだったのでしょう…杖が無くなってしまった以上この拳を使って戦うしかありませんが…罪滅ぼしをしなければなりません。そうしなければ、ラ・シャリテの…ひいてはフランスの人々に顔向けすることができないのですから」

「やはり貴女は聖女さまなのね!私、親交を深めるためにもっとお話をしてみたいわ。ね、ジャンヌ?」

「え、えぇ…聖女マルタ様の篤い信仰。そのお話を少しでも聞かせていただければ…」

 

マリーはそんなヤンキーみたいな気質を見せたマルタの事など意に介さず、ポワポワとした雰囲気を崩さずにマルタへと駆け寄り、その両手を掴む。

無論アマデウスはそれを止めようとするものの、こうなっては止まらない事をも知っているのか諦めた様な顔をしている。

 

「あ、僕ちょっと席外しますね」

「ますたぁ、この清姫もご一緒に」

「用足しに行くだけだから絶対来るな、来ちゃぁ駄目なんだ…」

 

とりとめのない談話に移ったころを見計らって僕が立ち上がると、清姫は虚ろな眼差しでついて来ようとする。

とは言え用足しをしに行くっていうのに女の子を連れていくほどの剛毅さを持ち合わせていない僕は、これまた虚ろな目で清姫の申し出を断る。

 

「わかりました…。すぐに戻らなければこの清姫…すぐに駆け付けますので…」

「ジャーマネ相手に執着し過ぎよアオダイショウ。もう少し大人しくしていたらどうなのよ?」

「コモドオオトカゲに言われたくありませんわ…」

「な・ん・で・す・って~?」

 

まさしく一触即発…そういった雰囲気を纏い清姫とエリザベートは互いに視線を交差させる。

仲裁しようと声をかけようとすると、エリザベートは後ろ手でさっさと行けとジェスチャーをして僕を追い払う。

心の中で礼を述べつつ、漸く身軽になったその足で僕はその場を離れるのだった。

…エリザベートのライブ、聞いてやるくらいはすべきかなぁ…?

 

 

 

 

まるで、足手まといだった。

ワイバーン相手にどうにかなろうとも、僕は英霊相手には無力なのだと言う事実を只管に突き付けられていた。

防戦くらいならできる?

何と言う傲りなんだろう…アサシンクラスでもない存在に暗殺されかけるなんて、良い笑い話じゃないか…。

そんな暗い感情を必死に胸の内に抑えつけながら、僕は皆とは離れた場所で兄弟子相手に槍を振るっている。

突いて、薙いで、払って…いずれも鋭い殺気を込めたままに、必死に振るっていく。

だが、兄弟子であるクー・フーリンはいずれも受ける事無く見透かしたように避け続ける。

 

「そら、もっと突いてこい。テメェは見込みがあるんだからよ」

「っ…せいっ!!」

 

強く踏み込み、渾身の一撃を突き込む。

勿論ルーン魔術による身体強化を乗せた一撃は、常人であれば視認することすら不可能だろう。

だが、人ではない存在にはその限りではない。

やはり、クー・フーリンは僕の一撃を容易く避ける。

瞬間首筋に走る殺気に、僕は慌てて突き出していた手首を立てる事で、死の一閃を手に持つ槍で受け止めて致命傷を避ける。

しかし、その一撃は容易く僕の身体を弾き飛ばして背中から強かに地面に身体を打ち付けてしまう。

 

「ヒュ…!!」

 

身体から絞り出す様に息を吐き出し、反動で地面から浮いた瞬間に槍の石突を地面に叩きつけて、腕力だけで体を上へと跳ね上げさせる。

身体が充分に跳ね上げられれば、支点にしていた槍を薙ぎ払われて空中でドラム式洗濯機の中に放り込まれたかのように大回転し始める。

 

「ほい、一丁上がり!」

「ぐぇ…」

 

クー・フーリンは無様に空中で回転している僕の胴体を軽く蹴り上げて、肩で受け止めてそのまま担ぐ。

お師匠に引き続いて、兄弟子にまでお米様抱っこされる羽目になってしまった…。

いやまぁ、お師匠程気兼ねしなくていいのだけれど。

 

「なぁに、焦ってんだ?」

「…焦ってるってわけじゃ…」

 

槍の軌道どころか僕の心の内まで見透かされていたようで、快活に笑いながら僕のお尻をペシペシと叩いてくる。

 

「ったく、マスターもまだまだケツが青いもんだ。その分じゃ女を抱いたことすらねぇだろ?」

「兄さん、セクハラっすよセクハラ~」

 

僕は仕返しと言わんばかりに胸板に膝で思い切り蹴るものの、大してダメージになっていないのか体幹がぶれる事が無い。

まぁ、僕も身体強化は切っている上に強く蹴っている訳でもないので、じゃれているようなものなのだけど。

 

「スカサハに強いところを見せてやりてぇってのは分かるけどな…蛮勇は駄目だっつったろうが」

「…僕は、できる事をしたいんです。何もしないままでその場に居るのが…苦痛で…」

 

何もできないと言う事は、死んでいることに等しく感じてしまう。

きっとそれは…あの人達を見てしまったからなのだろう。

僕の親権を押し付け合っていた、あの人たちを。

 

「それこそ馬鹿だって話だ。英霊なんてのは呼び出した奴の兵器だからな。お前はその場に居るだけで兵器を使っているに等しい。お前は居てくれるだけで俺たちに戦う理由をくれてんのさ」

「居るだけで…?」

 

クー・フーリンは僕の言葉に小さく頷き言葉を続けていく。

 

「スカサハはどう考えてるか分からねぇけどな、俺っていう戦士はお前に勝利を奉げる駒みてぇなもんだ。お前が見ているってだけで恥ずかしい戦いはできねぇってなもんさ。単純なもんだろう?」

「それが、マスターと英霊の関係性なんでしょうか?」

「少なくとも、俺とお前の関係性ってだけだ」

 

英霊それぞれに個性や性格があるならば、英霊の数だけ付き合い方と言うものがある。

少なくとも、クー・フーリンは僕に自分で言ったような使うものと使われるもののドライな関係性を求めている。

勿論、情が無い訳ではないのだろうけど、少なくとも戦場にそれを持ち込むつもりは無い。

 

「…そんなものですか」

「そんなもんだ…あんま難しく考える必要はねぇだろ。明日は正念場だ…気張れよマスター」

 

クー・フーリンはそれだけ言うと快活に笑って、野営地へと僕を運ぶ。

マスターとしての在り方…それが僕の頭の中で眠るまでグルグルと回り続けた。




あけましておめでとうございます
本年もよろしくおねがいします

奇蹟って冷静に考えるとかなりやばいスキルだと思うの…
今回の霊基変換は、立川の聖人が与えた聖杖がマルタの真摯な祈りに呼応して起きた奇跡と言う事で此処は1つご容赦ください。
あのエロ衣装でヤコブの手足とか最高じゃない?


次回予告

竜殺し

「…此処に来てこれを言うのはすまないとは思う。ファヴニールに勝てるかどうかは微妙なところだ」
「ゼロじゃなきゃ勝てるでしょ」
「おう、勝てる勝てる」
「…キミたち、軽く考えてないかね!?」

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