Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#24

広大な平野で、僕たちは待ち受ける軍団を睨み付ける。

空を覆いつくさんが如くのワイバーン達はけたたましく咆哮をあげてこちらを威嚇し、しかし襲ってくる素振りは見せない。

それは絶対的な強者としての誇り(驕り)があるからだろう。

強大巨大な邪竜ファヴニールは、天を貫かんと大きな咆哮をあげて憎しみに満ちた目を僕達に…とりわけ縁の深い長身痩躯の大剣使いへと注ぎ続ける。

かの剣士はそれでも臆することなく、泰然とした態度を崩さない。

ジークフリート…かつてファヴニールを討ち取った悲運の英雄は、この戦場においても英雄然とした雰囲気を崩すことは無い。

ピリピリとした空気の中、ファヴニールの足元から邪竜の旗を掲げながら竜の魔女が前へと出てくる。

 

「こんにちは、ジャンヌ(わたし)の残り滓」

「……いいえ、私は残骸でもないし、そもそも貴女でもありませんよ、竜の魔女」

「……?」

 

完全に見下した視線を送り嘲る様な笑みさえ浮かべていた黒ジャンヌは、ジャンヌの言葉に虚を突かれたような顔になり、訝しがる様に首を傾げる。

英霊、と言うものは座からコピーされた分身…所謂分霊と呼ばれる存在だ。

故に、同一人物ではないと言う言葉には僕としても些か疑問に思わざるを得ない。

 

「貴女は私でしょう。何を言っているのです?」

「今、何を言ったところで貴女に届くはずがない」

 

ジャンヌは深呼吸してから毅然とした力強さで前へと進み、その手に持つ救国の御旗を高く掲げる。

それは目の前の脅威に対する猛然とした反抗であり、不退転の覚悟の顕れでもある。

 

「この戦いが終わってから、存分に言いたいことを言わせてもらいます!」

「ほざくな!!」

 

黒ジャンヌはジャンヌの言い分、態度が気に入らないのか、怒りに顔を歪めて黒焔を纏った魔力を放出させる。

まるで、自身の怒りを僕達に見せつける様に。

 

「この竜を見よ!この竜の群れを見るがいい!今や我らが故国は竜の巣となった!」

 

黒ジャンヌは空いた腕を大きく広げて、自慢の玩具を誇るかのような笑みを浮かべる。

無邪気に邪悪に笑みを浮かべ、正しいものを見せるかのように。

 

「ありとあらゆるモノを喰らい、このフランスを不毛の土地とするだろう!それでこの世界は完結する。それでこの世界は破綻する。そして竜同士が際限なく争い始める。無限の戦争、無限の捕食…それこそが真の百年戦争――邪竜百年戦争だ!」

「貴女は…間違っている!!」

 

愉悦に歪んだご高説を真っ向から否定するように、立香さんが声を張り上げる。

そう、それはジャンヌ・ダルクの願いの終着点としては、あまりにもかけ離れてしまっている。

そもそも、彼女が旗を掲げた理由は…。

 

「何……!?」

「必至に戦って!必死に耐えて!それでも前を向いて、裏切られて!それで憎むのは良い、憎まれても仕方がない!マリーだって言ってた、『フランス王家は貴女にうしろめたさがある』って…だから、それはきっと正当な怒りなんだと思う…」

「ならば、私の行う事に口を出すな、小娘!」

「でも、その願いは間違っている!!」

 

立香さんの言葉に、汚物を見るかのような視線を向ける。

まるで、触れるなと言わんばかりに…そして、真っ向から否定する言葉が立香さんから放たれた瞬間、突如ファヴニールの身体に大砲による砲撃が叩き込まれる。

 

「次から次へと…っ!!」

 

僕達から見て右方向…そこにフランスを守る兵士達が一斉に大砲をファヴニールやワイバーンに向けて撃ち続けている姿が見える。

その先頭には白い鎧を身に着けた騎士の姿がある。

 

「撃て!ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ!後の事など気にするな、フランス中からかき集めた砲弾と言う砲弾!撃って撃って撃ちまくれ!!」

「ジル!!」

「ジル・ド・レェ…私のすることを貴方が否定すると言うの!?」

 

かたや喜びに、かたや悲しみに満ちた声で先頭に立つ騎士の名を呼ぶ。

ジル・ド・レェ…青髭と呼ばれた狂気の殺人嗜好者は、しかしその片鱗を感じさせない強い勇士としての覇気を存分に僕達に見せつけてくる。

 

「恐れるな!嘆くな!退くな!!人間であるならば、此処でその命を捨てろ!!!」

 

火砲に、咆哮にかき消されるはずのその言葉は、遠方であっても僕達の耳にしっかりと焼き付く様に聞こえてくる。

まるで力強い獅子の咆哮が如し、だ。

 

「もう一度言う!恐れる事は決してない!何故なら我らには――」

 

 

 

――聖女がついている

 

 

 

あまりにも力強い想い。

それは確かに彼らを鼓舞し、そして僕達をも鼓舞させる。

兄弟子は朱槍を肩に担ぎながらニッと口角を吊り上げ、お師匠は心地よさそうに瞳を閉じて言葉に酔いしれる。

アマデウスは少しばかりの呆れと共に楽隊を用意し、マリーは咲き誇る白百合の如き可憐さを笑みを以て伝える。

エリザベートはこの極地において臆することなく気力に満ち溢れ、清姫はこの土壇場においてもブレずに僕に寄り添い続ける。

タラスクの背に仁王立ちするマルタは拳を揉み解しながら、感極まっているジャンヌに声をかける。

 

「あんな風に言われたら、負けなんて認められない…このカチコミであの魔女ぶん殴って改心させるわよ!」

「マルタ様…はい!!」

 

マシュは盾を前へと構えて立香さんの前に立つ。

 

「マスター、貴女は私が必ず守ります…守ってみせます!」

「うん!マシュ、行こう!!」

「じゃ、手筈通りに…立香さん、君は後ろを振り返らずに突っ走れ!」

 

全員の準備が整ったところで、僕は立香さんに声をかける。

振り返らずに突っ走れ…振り返ってしまうと足が止まってしまうだろうからだ。

ならば、彼女には走って走って走りまくって…オルレアンへと辿り着いてもらう必要がある。

何故ならば、目の前にいる魔女はただの幻影…この場に居はしないのだ。

カルデアだって無能じゃない…遭遇した英霊の霊基はすべてチェックしているし、その霊基パターンが戦場に現れればすぐに察知できる。

普段はヒステリックでもやる時はやる司令官と、勤勉なドクターがいるのだから…できないわけがない。

 

「強固な信念…反吐が出そう。ファヴニール!あの聖女を、あの軍を、この祖国を!!悉く燃やし尽くしなさい!!」

 

ファヴニールが一歩前へと出ると、合わせる様にジークフリートとゲオルギウスが一歩前へと出る。

信を置けると思ってくれているのか、その背を僕達に向けながら。

 

「三度、貴様と相見えようとはな。もしかすると、別の時空、別の世界では違う形で繋がったかもしれないが――!!」

「ジークフリート…竜殺し!!」

 

ジークフリートは、その手に大剣を持って天に向かって掲げる。

邪竜を前にした英霊は、まるで1枚の絵画の様に美しく見える。

 

「ファヴニール!邪悪なる竜よ!俺は此処に居る!ジークフリートは此処に居るぞ!!再び貴様を黄昏に叩き込む。我が正義、我が信念に誓って!!」

「蹂躙しなさい!!」

 

ジークフリートがバルムンクをの切先をファヴニールへと差し向けると同時に、猛然とファヴニールが大地を踏みしめて此方へと向かってくる。

ファヴニールの巻き起こす砂煙に黒ジャンヌは巻かれると同時に姿を消す。

おそらくオルレアンで高みの見物と洒落込むつもりなのだろう。

 

「走れ!走れ!!走れ!!!」

「途中まではお供しますわ。さぁ、行きますわよ!『百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)』!」

 

それぞれがそれぞれの仕事を行うために、散開してオルレアンへとひた走る。

この場に残されるのは、ジークフリート、ゲオルギウス…そしてお師匠であるスカサハと僕だけだ。

僕はこの手に朱槍を持って、深く息を吐き出す。

 

「…すまない、この土壇場で言う事でもないのだがな…」

「どうかされましたか?」

 

先ほどまで雄々しかったジークフリートは、しかし非常に申し訳なさそうな声をあげる。

自信がない…と言うのとはまた少し違うのだけれど、口にするべきでは無いけど言っておかないと後悔するような…そんな雰囲気だ。

流石に隣に立つゲオルギウスもそんなジークフリートに感化されたのか、不安そうに声をかけている。

 

「…正直に告白すると、どうして勝てたのか俺にも分からん」

「いきなり不安な事を言いますね…ジークフリート殿程の英雄が」

 

ゲオルギウスは手に持っていた長剣の切先を僅かばかり下げて、ジークフリートへと顔を向ける。

言葉とは裏腹に不安さを感じさせない表情だけども。

 

「記憶に刻まれているのはただ1つ。あれは勝利して当然の戦いではなく、無数の敗北から僅かな勝ちを拾い上げるような戦いだった。慎重に策せ、大胆に動け、広い範囲で物事を見ろ、深く一点に集中しろ」

 

ジークフリートは僕へと顔を向け、ジークフリート自身が死闘の中で感じ取っていた感覚を言葉へ変えていく。

 

「海の様に、空の様に、光の様に、闇の様に…矛盾する2つの行動を取れ。そうしなければあの邪悪なる竜は絶対に倒せない」

「だ、そうだ…良太、お主も覚えがあろう?」

「何ッ…!?」

 

お師匠はジークフリートの言葉にくつくつと笑い、僕の肩をポンと叩く。

…思い起こされる、忘れもしない春の夜…どうあがいても勝てやしなさそうな波濤の獣との一騎討ち。

自身の持ちうるすべてを叩きつけ、なお勝てそうにもない絶望感…。

僕は思わず頭を抱えてガタガタと震えだす。

 

「勘弁してください勘弁してください悪口言わないんで勘弁してください」

「まったく…神秘の薄れた個体とは言え、波濤の獣を制したのだからシャキッとせんか!」

「なんと、噂に名高い海獣クリードを!これも主の思し召しか…ジークフリート殿、この戦い、安心してマスターに剣を預けられますな」

「フッ…よもやこんな豪胆なマスターに出会えるとはな…」

 

ファヴニールが目前に迫り咆哮を上げると同時に、脳裏に居るあの海獣の咆哮と声が重なる。

 

「や、や、やってやらぁっ!かかってきやがれクソ海獣がぁっ!!!」

「ふむ、やけっぱちになったな…では、各々()()で事にあたるとしよう」

「出鼻を挫くといたしましょう…これこそがアスカロンの真実!」

 

僕が朱槍を地面に突き立てて13の原初のルーンを展開し始めるのと同時に、ゲオルギウスは高く剣を掲げて宝具の真名解放を始める。

それと同時にジークフリートもバルムンクを肩に担ぐ様にして構え、ファヴニールへと敵意を漲らせる。

 

「撃ち落とす…『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

「汝は竜!罪ありき!『力屠る祝福の剣(アスカロン)!!」

 

同時に放たれる竜殺しの宝具は、こちらへと突進してくるファヴニールの体躯を確かに押し留め、ファヴニールは大きくたたらを踏む。

しかし、邪竜はこれでは止まらないと言わんばかりに口内に爆炎を滾らせ、一直線にすべてを焼き払おうとする。

 

「そら、すぐに倒れてくれるなよ!?」

 

お師匠はファヴニールの下顎を下から突き上げる様にして朱槍を投げ放ち、頭を思い切り上へと跳ね上げさせる。

すでに吐き出されなければならないドラゴンブレスは、その一撃によって天空へと放たれて炎の柱が一時的に出来上がったかのようにもみえる。

真名解放をしないであれだけの一撃を叩き込むお師匠が凄いのか、それとも言うほどファヴニールが弱いのかは分からない。

けれども竜殺しを含め、僕達に一切の油断は無い。

お師匠や一時的にパスを繋げたジークフリートとゲオルギウスでさえ、僕から遠慮なく魔力を持って行っているのだから。

すぐさまファヴニールは頭を足元にいるお師匠へと向けて、その逞しい前足を思い切り持ち上げてそのまま下ろす。

その一撃は容易く地震を引き起こし、衝撃波が荒れ狂う様に放たれる。

しかし、そこは影の国の女王…武芸百般を修めた戦士であるお師匠には非常に鈍重であり、前足を振り下ろす頃には跳躍してファヴニールの頭へと取り付いている。

同じくして、ジークフリートとゲオルギウスがファヴニールを左右から挟撃し、分厚い甲殻に覆われた足を、腹を自慢の宝具で斬り裂いていく。

 

「そらっ!!」

 

傷を付けられたファヴニールは猛り狂い、頭を大きく振ってお師匠を振り落とそうとするも右目にアンカー代わりと言わんばかりに朱槍を突き立てられて振りほどくどころか視界を奪われる羽目になる。

これには堪らずファヴニールは逃げ出そうと大きく翼を動かしてゆっくりとした速度ではあるものの大空へと舞おうとする。

 

「地べたを…這え!!!」

 

令呪を一画、自身の魔力代わりに消費して13の原初のルーンを起動。

僕の元から放たれた原初のルーンは、ファヴニールの周囲を取り囲んでそれぞれがファヴニールの肉体に楔の様に喰い込んで地面へと引きずり下ろしていく。

空に逃げられたら、手数を減らしかねない…それを許せるほど余裕はない。

だけど、人1人分の魔力ではもって数秒の儚い拘束に過ぎない。

それでも…その数秒、あの人たちが許すものでは無い。

 

「刺し穿ち、突き穿つ…『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!!」

 

お師匠はファヴニールが飛び上がった瞬間に頭を蹴って、ファヴニールよりも高く跳躍。

僕が拘束術式を展開したのと同時に本命の朱槍の真名を解放し、地面へと縫い付ける様に心臓目掛けて投げ飛ばす。

朱槍は紅蓮の彗星となってファヴニールの背中から地面へとめり込む様に貫き通し、一際甲高い咆哮をあげる。

心臓を貫かれて尚動こうとするファヴニールは、しかしゲオルギウスの決死の一太刀によって片翼を付け根から切り飛ばされて逃げ道さえも完全に塞がれてしまう。

 

「ジークフリート殿、トドメを!!」

「邪悪なる竜は失墜し、今こそ土に還る時…!落陽へと至る我が剣を見よ!!」

 

ジークフリートが大剣を高く掲げると同時に、邪竜の似姿の様に角と翼、強靭な尾が生える。

ジークフリートはかつて、あのファヴニールの血を浴びて強固な肉体を得た逸話がある。

おそらくその血は呪いそのもの…やがて自身を邪竜へと至らしめるような強力な呪いだったのかもしれない。

それが今こうして発現し、しかし自身の力となって大剣の輝きが増していく。

 

「さらばだ、ファヴニール!!『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!!」

 

神代の濃密な魔力が乗った剣戟は唐竹割に繰り出され、ファブニールの脳天から尾までを突き抜ける。

一瞬の静寂の後にファヴニールの肉体は左右に分かたれるように開いていき、黒い霞となって消えていく。

 

「見よ!聖女の騎士があの強大な邪竜を打倒した!ワイバーンどもが混乱している今こそ好機!進め!!」

 

ジル・ド・レェは僕達がファヴニールを打倒したのを見て、士気を上げて進軍を開始する。

それに対して僕は顔面を蒼白にして、立つのもやっとと言うだらしのない姿を晒してしまっている。

 

「はぁ…はぁ…なんとか、なった…」

「マスター、東雲 良太…ここは俺と聖ゲオルギウスでワイバーン退治を行っておく。君は女王スカサハと共にもう1人のマスターの元へ」

「えぇ、それがよろしいでしょう。あの城は伏魔殿…何が起こるか分かりませんからな」

 

よろよろとした足取りでどうにか立ち上がった僕に、ジークフリートとゲオルギウスの2人が声をかけてくる。

そう、まだ大将首を挙げていない…つまり、決戦が終わっていないと言う事だ。

 

「お師匠、お願いします」

「まったく、倒れてくれるなよ?」

 

お師匠へと抱えて運ぶようにお願いすると、肩に担ぐ様にして抱きかかえられる。

まるで米俵か何かの様だ…いつもこの方法で運ばれている気がする。

 

「ジークフリート、ゲオルギウス…フランス国民を守ってあげてください。無かった事になるとは言え、死んでいい訳ではないですから」

「ああ、分かっている…俺の思う正義をかざし、竜を退治するとしよう」

「マスター、ご武運を」

 

2人と言葉を交わし終えると、お師匠は加減なしの全速力でオルレアンへと走り始める。

皆が無事なのは分かっているけど、大詰めも大詰め…これで終わりにしなければ…!




ようやくここまできました…長かったなぁ


次回

狂気と狂信と

「この怒りは正当なものだ!私がそう感じるからこそ…!!」
「だからこそ、違うのです…アナタも分かっている筈です…ねぇ―――」

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