Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#25

剣を生み出し手に持てば、それを矢として弓に番えて標的を打ち抜く。

赤い外套の弓兵は、自身のマスターとは対となるもう1人の戦いをつぶさに観察していく。

あの日、あの夜…人としての生気を失った機構を彼は垣間見た。

それはただ在るだけ。

かつての自分がそうであったように、()()()1()()()()()を果たすことに執心する自動人形に他ならない。

 

(あれは…ともすれば危ういものだ。もっとも、私よりも些か私欲に満ち溢れた望みなのだろうがね)

 

自身のマスターとそのメインサーヴァントであるマシュ・キリエライト、そしてこの特異点の渦中の人物の片割れであるジャンヌ・ダルクは漆黒の騎士を討ち果たしてオルレアン城内へと侵入を果たし、それと同時に朱槍を持つ東雲 良太も酷く消耗しているものの邪竜を滅ぼすことに成功する。

弓兵は、ほうと感嘆の息を吐きながらもやはり苦い顔をする。

窮地にあって、人と言うものは恐怖に竦む。

如何に強大な獅子が傍に居ようとも、万が一と言う事を考えずにいられないのが人間だ。

余程の愚者でもない限りは、だが。

はたして、かのマスターはどちらなのだろうか…と思案するも、その思考は傍らに現れた猟犬によって遮られることになる。

 

「おう、赤マント。こっちのマスターも移動を開始した。いっちょ派手に城落としと行こうや」

「了解した、青マント。では、仕上げに掛かるとしようか」

 

朱槍を持った青い外套の槍兵が、弓兵の傍らに立って気さくに声をかけてくる。

彼にとって共闘は一度や二度ではないし、敵対もしてきた。

故に互いの手札は理解しているし、この特異点に入る前にすり合わせもそれとなくこなしている。

チームであるが故に私情を挟む余地がない。

そんなものは犬に食わせてしまい、兵器としての本分を全うするのが弓兵の信条であった。

 

(感情を余分な贅肉…と言っていた少女は、さて…どうだったか…)

 

脳裏に微かに残る、故郷で起きた聖杯戦争…そのマスター。

あかいあくまは今でも弓兵の脳裏に焼き付いて、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「な~に、ニヤついてやがる?」

「なに、君も私の事を過保護だなんだと言えんと思ってな」

「はぁ?」

 

槍兵のマスターが、影の国の女王に抱えられて移動するのが見える。

槍兵としては、自身のマスターにかかる負担は極力減らしておきたいのであろう。

彼らの進む道を立ちはだかる様に飛来するワイバーンを見て、弓兵は軽く肩を竦めて弓に矢を番えた。

 

 

 

 

 

 

 

オルレアン城に着く頃には、カルデアからの魔力バックアップもあってか僕のコンディションはある程度の回復をすることが出来た。

ルーン魔術による身体強化を以てしても全力疾走のお師匠に追いつくのは困難なので、着くまで運ばれ続けた訳だけど…。

道中の障害はエミヤや清姫、エリザベートが順次駆逐してくれていたので、非常に快適ではあった。

 

「酷い臭い…」

「まるで子供の癇癪と言ったところだ。怒りをぶつけずには居られないから、こうして所かまわず見境なく殺すことに執心したのだろう。行くぞ」

 

城内の通路を歩くと、空気に焦げ臭さや生臭さと言ったものが含まれていることに気付いて顔を顰める。

恐らく、オルレアンに住んでいた人々を自身の在り方そのままに殺し続けた結果なのだろう。

城には死臭が染みついてしまっている。

ジャンヌ・ダルクは火刑に処されるまであらゆる拷問と凌辱を受けて、その尊厳を踏みにじられ続けたと言う。

人の悪性をまざまざと見せつけられ、魔女として処刑された彼女の怒りは想像に難くない。

だけど、僕達と行動を共にしたジャンヌは、そんな怒りを見せずに裏切者に対して手を差し伸ばした。

救って見せると戦い続けた。

僕達の想像とは違い、彼女は只管に穏やかだった。

ならば…いま、この城の惨状を作り上げた黒いジャンヌは一体何者なのだろうか?

 

「どれ…種明かしと行こうか、マスター?」

「色々考えても無駄ですからね」

 

城主の間の大きな扉を押し開き、戦場となっていたであろうその部屋に入る。

余程激しい戦闘があったのか、その部屋はところどころが砕け、或いは焼け焦げている。

しかし、立香さんとマシュは傷だらけの身体で力強く立ち、そして部屋の中心で対峙する3人を見つめる。

1人は僕達と行動を共にした救国の聖女ジャンヌ・ダルク。

彼女は哀れみの表情を浮かべたまま、床に倒れている黒いジャンヌ・ダルクとそれを抱きかかえる黒い魔術師を見つめる。

 

「さぁ、安心してお眠りなさい。後の事は私に全てお任せを――」

「あぁ…ジル…貴方が戦ってくれるなら…私は――」

 

ジル…そう呼ばれた黒い魔術師は、穏やかな笑みを浮かべて黒ジャンヌを赤子をあやす様に慰める。

ジャンヌはそれを痛ましそうに見つめ、そして黒ジャンヌがジルの腕の中で消えていくのを見つめる。

彼の腕の中には、清水の様に清らかな輝きを放ち続ける杯だけが遺される。

 

「彼女は私ではなかった。そもそもそんな存在ですらなかった…」

「あの、それは一体――」

「勘の鋭いお方だ」

 

ジャンヌ=黒ジャンヌではない…?

ジャンヌは確信を以てそう口を開けると、マシュが困惑した呟きを漏らす。

それを制したのは僕でも、立香さんでもなく黒い魔術師のジル・ド・レェだった。

 

「我が願望の一端…如何でしたかな、聖処女よ」

「貴方は…私の死を境に狂い果ててしまったのですね…」

 

ジルは左手に恭しく杯を持ちながら立ち上がり、不気味すぎるほどに穏やかな笑みを浮かべてジャンヌだけを見つめる。

それは漸く再会できたと言う、喜びと郷愁を滲ませた笑みだ。

 

「いいえ、いいえ…私は狂っていませんぞ。私はただ在るがままにいるのです」

「その結果が私の姿を模した人形なのですか?」

「言ったはずですぞ…一端であると――」

 

竜の魔女は実在しない…それこそ、本当にジャンヌ・ダルクに憎しみと言った感情が無い事を指示している。

彼女は、なるほど…確かに聖人なのだろう。

大よそ人の考えとはかけ離れたものを持ってしまっている様なのだから。

 

「私の願望はただ、貴女を蘇らせることでした。そう!この万能の願望器、聖杯によって!」

 

ジルは左手に持っている杯を、天に掲げる様に僕達に見せつける。

それは間違いなく聖杯と呼ぶに相応しい清らか(じゃあく)さを湛えている。

それを目にした瞬間立香さんとマシュの身体が強張り、互いに視線を交えさせる。

僕は立香さんの肩を叩いて首を横に振り、事の成り行きを見守らせる。

 

「心から…心底から願ったのです。当然でしょう?私は貴女をお救いしたかったのですから。だと言うのに、聖杯にその願望は拒絶されました。万能の願望器でありながら、それだけは叶えられないと!」

 

ジルは血が滲むほど拳を握り締め、憎々し気に聖杯を見つめる。

藁をも縋る想いで願ったその願いが叶えられなかったが為に、その無念のぶつけ所が無いから…。

 

「だが、私の願望など貴女以外には無い!ならば、新しく創造するしかない!私が信じる聖女を!私が焦がれた聖女を!そうして――」

 

鬼気迫る顔で痛烈な叫びをあげたと思えば、すぐさま穏やかな表情でジャンヌへとジルは手を伸ばす。

それは漸く手に入れる事ができたと言わんばかりに。

 

「聖杯そのものを核とし、私のジャンヌ・ダルク(竜の魔女)を造り上げたのですよ…ジャンヌ…」

「…ジル、貴方の中の私は、最早私では無くなったのですね…。えぇ、道を違えてしまった貴方を私は諭しましょう。確かに裏切られました。確かに嘲弄されました。成してきたことに対する対価として、無念の最期と言えるでしょう」

 

ジャンヌは共に戦った戦友の変わり果てた姿に悲しみの表情を浮かべ、首を横に振る。

僅かに声を震わせながら、ジャンヌは言葉を続ける。

これ以上、道を違えさせてはならないと。

 

「けれど、祖国を恨むはずがない。憎むはずがない。何故なら…この国には大切に想っている貴方達が居たのですから」

「おぉ…お優しい。あまりにお優しいその言葉。しかし聖処女よ、その優しさ故に貴女は1つ忘れておりますぞ。例え、貴女が祖国を憎まずとも――」

 

 

 

 

――私自身が、この国を、憎んだのだ!!!

 

 

 

 

ジルは怒りに身を震わせ、咽喉を搔きむしりながらどす黒い血涙をその魚眼の様な目から流す。

それはきっと消え果ぬ憎しみ。

それはきっと燃やし続けねばならない、黒い情熱なのだと言わんばかりに。

 

「そう!私は憎い!貴女にすべてを押し付け!果ては魔女として認めたこの国が!故に滅ぼそうと誓ったのだ!――あぁ…それでも、それでも貴女は赦すのだろう、お優しい聖処女よ…」

「ジル…」

 

悲痛な狂信者の叫びは最早、止まらないし止められない。

ジャンヌはその痛ましい姿に、胸元を抑えて名を呟く事しかできずにいる。

 

「しかし、私は赦さない。赦してなるものか!!神とて、王とて、国家とて我が怒りは止められぬ!止められぬ以上は滅ぼして見せよう!故にこれは正当なのだ!正当な怒りを以て託された我が願望!!だからこそ私はジャンヌを造り出すことができたのだ!!!!」

「だからこそ…彼女は私たりえない…それを分かっている筈ですよ。ねぇ…ジル・ド・レェ」

 

狂い果てた狂信者…憤怒にその身を焦がしたが故に、ジル・ド・レェはジャンヌを理解できなくなってしまっている。

その怒りは室内を満たし、立香さんとマシュはビクリと身を震わせる。

それほどまでに鬼気迫る気迫がそこにあった。

そんな怒りを間近で見せられたジャンヌは、毅然とした表情でジルを見つめる。

 

「それでも…貴方が恨むのは道理でしょう。貴方が聖杯で得た力で、この国を滅ぼそうとするのも悲しいくらいに道理です。そして、そこに対峙すべきなのは私なのでしょう。私は、聖杯戦争の裁定者…ルーラーなのだから」

「我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥッ!!!」

 

ジルは怒りのままに攻撃的な指向性を持たせた魔力の塊を造り出してジャンヌに対して叩きつけようとするも、その一撃はジャンヌの軽やかなステップと共に回避される。

 

「立香さん、良太さん…お2人はこの城から脱出を。彼は私が連れて逝きます」

「それは!」

「そうしなくてはならない…ああなってしまったのは、きっと私の責任ですから」

 

立香さんは首を横に振って一緒に戦おうと言おうとするも、ジャンヌはそれをやんわりと止める。

きっとジャンヌなりに責任を感じてしまっているからこそ…なのだろうけど。

 

「僕達にも彼には用事があるからね。具体的にはあの左手に持っているもの…とか?」

「そ、そう聖杯回収をしなくちゃいけないから、ジャンヌ1人にするなんて選択肢ないんだよ!」

 

僕達は僕達で彼に用事がある。

この時代を乱した最たる原因である聖杯…その回収をしなくてはならないからだ。

助け舟と言わんばかりに顔を輝かせた立香さんは、ブンブンと首を縦に振って無理やりにでも戦列に加わる。

そんな立香さんと僕を見たマシュはクスリと笑みを浮かべ、ジャンヌは諦めたように肩を落とし、小さく『ありがとう』と呟く

僕がジャンヌより前へと一歩出ると、お師匠は軽くため息を吐いて僕の襟首を掴んで持ち上げる。

 

「グエー」

「まったく、マスターが簡単に前に出るでない。聖女よ、露払いは私とマシュで受け持とう。お主はあの狂信者の濁った眼を戻してやると良い」

「…はい!」

 

お師匠は自身の背後に僕を無造作に放り投げると、静かに槍を構える。

僕らが揉めている間に、ジルはタコともヒトデともつかない怪物を聖杯で強化を施しながら生み出し始めている。

 

「おぉ!見よジャンヌ(竜の魔女)よ!これが、これこそが正当な貴女の怒りですぞ!!」

 

呼び出した怪物は次第にジルの肉体を覆っていき、室内を埋め尽くし始める。

その速度は時間が進むにつれて加速していき、城主の間にミシミシと軋む音が響き渡り始める。

僕は手に持つ朱槍に魔力を込めて触媒とし、原初のルーン一文字を空間に書き出して背後の壁に撃ち込んで破壊する。

あれは、このまま此方を圧し潰す気だ!

 

「皆、この城から退避!ここじゃ狭すぎる!」

 

僕の言葉に一同素直に頷いて、僕が壊した壁の穴から慌てて飛び出していく。

お師匠が殿となる形で部屋を出た瞬間、爆発するかのような音と共に肉の塊が膨れ上がり、僕達が駆け抜けている通路を一気に埋め尽くしていく。

このままでは逃げ切れないと悟ったのか、マシュはその手に持つ巨大な盾を構えて正面に見える壁に思い切り叩きつけて脱出口を作り上げる。

 

「皆さん、此処から脱出を!!」

 

マシュは焦りに若干上ずった声を上げるや否や、立香さんの身体を些か乱暴に抱えて穴から外へと飛び降りていく。

 

「きゃあぁぁ!!」

「そら、とっとと行かんか!」

「まって!お師匠ぅうぅ!!」

 

立香さんが悲鳴を上げて脱出するのを確認したお師匠は、再び僕の襟首を乱暴に掴むとそのまま無造作に穴に向かって投げ飛ばして僕を城から脱出させる。

その瞬間、僕の視界に入ったものは、城を取り込んで尚大きく成長する巨大な肉の柱だった。




いやぁ、寝違えって歳食うと本当に痛いんですね!(白目


次回

「まぁ・すぅ・たぁ…」
「ヒェッ」

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