Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#26

――この世に神がおわすならば

―――必ずや、この私めに天罰がくだるでしょう

 

 

 

「兄さん!着地任せます!!」

 

お師匠によって城内から放り出された僕は、巨大な肉塊に内側から浸食されて巨大な柱の様な化け物となるのを目撃する。

それはあのヒトデの様なタコの様な…名状しがたい、生物として嫌悪感を覚えずにはいられない醜悪な姿を晒している。

天高く聳える様に立つそれは、狂った男の歪んだ怒りを代弁しているかの如くだ。

 

「ったく!世話の焼ける弟だなぁ!」

 

僕の声に反応を示したクー・フーリンは、すかさず宙に放り出されている僕を空中でお姫様抱っこの要領で受け止め、難なく着地をして勢いそのままに僕を地面へと降ろす。

降ろされるままに僕はそのまま駆け出して、肉の塊となったオルレアン城から離れていく。

城門前まで移動すると、そこには無事に脱出することができた立香さんとマシュ、ジャンヌがオルレアンを見上げていた。

 

「東雲さん!」

「遠慮なしにぶくぶく大きくなっちゃったなぁ…あれ自体が強力な魔力炉になってるみたいで、カルデアとも通信できないし…」

「ジル…」

 

打開策を相談しようとカルデアと通信を取ろうとするものの、莫大な魔力の嵐の所為か思う様にカルデアとの通信ができずにいる。

…ある意味、好き勝手するチャンスではあるのだけれど。

立香さん達と揃って肉の柱と化したオルレアンを見上げていると、肉の柱の天辺付近が内側から異常な程大きく膨れ上がり始める。

それと同時に僕の両足に力が入らなくなり、思わず両手を地面について四つん這いの体勢で倒れ込んでしまう。

 

「ぅ…ぁ…」

 

全身を襲う倦怠感と渇きにも似た何か…体内から急速に魔力が失われていくのを感じ、僕はあの肉の柱の中で何が起きているのか察する。

…お師匠は生粋のバトルジャンキーだ。

お師匠はその立場上、影の国から外に出る事が叶わない。

彼の国の門を閉ざし、中に居るものを外へと出さないように見張らなければならないからだ。

強敵との闘いを求めて止まないにも関わらず、自分から挑みに行くことが出来ないと言うジレンマ。

それを常々抱えていた訳なのだけれど、人理焼却に伴って影の国は消滅…つまり、お役目から解き放たれた状態になっている。

そんな存在が自由に強敵と戦っていい状態になったらどうなるのか…?

答えは勿論―――

 

「おうおう、あの女派手にやっていやがるな…良太、踏ん張れるか?」

「そんな…このままでは、東雲さんの魔力が枯渇してしまいますよ!?」

 

マシュが顔面蒼白となっている僕の背中をさすりながら、思わず声を荒げる。

体内の魔力が枯渇してしまうと、最悪死に至ってしまう。

こんなところで、僕はまだ死にたくはない…死ねない。

まだ、望みも何も果たしていないまま死にたくはない…だから、僕は死なないように必死に地面にルーン文字を刻み始める。

 

「枯渇してここで死ぬってんなら、それまでってだけだ…マシュの嬢ちゃん。俺たちケルトの戦士は常在戦場ってな」

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

フェオ、ラド、ゲボ、ジェラ、イング…5文字のルーン文字を円になる様に書き込み、ありったけの魔力を掌に載せて叩き込んでルーン魔術を発動して結界を起動。

僕は睨み付ける様に、先ほどからお師匠が内部から派手に壊して落ちてきている蠢く肉塊を見つめる。

その肉塊は地面に落ちると同時に人間大のヒトデ型の魔獣となり、動き始める。

 

「兄さん!」

「マシュ!」

 

僕はすかさずクー・フーリンに魔獣を仕留める様に指示を出す。

僕が声を上げるのと同時に、立香さんも僕の意図を察したのかマシュに同様の指示を出して立ち向かわせる。

クー・フーリンは持ち前の速度を活かした戦いで魔獣たちの群れの隙間を縫うように駆け抜け、血風をまき散らしながら無数の魔獣を蹴散らしていく。

その姿は正に猟犬…その異名に偽りなしと言ったところだ。

マシュは、クー・フーリンが撃ち漏らしてしまった魔獣を丁寧に手に持つ巨大な盾を叩きつける様にして挽肉に変えていく。

時に堅牢な盾は、恐るべき打撃兵器と化す…英霊の膂力であれば、その威力は推して知るべし。

魔獣たちの血が宙を舞うと、その血は地に落ちる事無く霧散して消えていく。

魔獣が消されるたびに、僕の体内魔力が僅かばかりに増えていくのを感じていく。

僕が起動したルーン魔術は、所謂邪法に近いものだ。

生贄を得る事で魔力へと還元し、常に補給することができる。

 

「ぜぇ…ぜぇ…」

 

それでも、お師匠が持っていく魔力量の方が遥かに多い…。

お師匠が仕留めるのが先か、それとも僕が力尽きるのが先か…まるでチキンレースの様な戦いがこの場に起こっていた。

 

 

 

 

「この匹夫めがぁぁぁ!!!」

「そぉら、この程度で私が止められると思うなよ!?」

 

魔獣オルレアン体内…東雲 良太が外で必死に魔力をかき集めている最中、影の国女王スカサハは活き活きとした顔で手に持つ朱槍を華麗に舞わせて血風を巻き上げ続ける。

その身に返り血は一滴も付かず、場所が場所ならば華麗な踊りの様にも見えたことであろう。

キャスター、ジル・ド・レェはスカサハに対して自身の持ちうるあらゆる魔術、そして魔獣による集団戦法で排除しようと試みるも一向に排除できないままでいた。

ジル・ド・レェ…彼の身は確かにキャスターの英霊として顕現しているにも関わらず、彼自身は魔術師としては未熟だった。

それもその筈…彼自身は魔術師ではなく、その手に持つ宝具と聖杯こそが彼の魔術師なのだから。

莫大な魔力炉となる2つの触媒…奇跡の願望器『聖杯』と宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』。

ジル・ド・レェは螺湮城教本の召喚魔術を暴走させることでオルレアン城を巨大な魔獣と変え、手に持つ聖杯によって制御を成し得ている。

彼自身は魔術を扱う事に長けている訳ではないのだ。

故に魔獣の体内すべてが彼の武器ではあるが、それだけ…彼が信奉する神と同等の物を突き殺してきた影の国の女王にとって、アスレチックにも等しいものであった。

体内に生まれ出る魔獣は、スカサハの存在を認識した瞬間に襲い掛かり、そのたびに叩き潰される。

その光景を見せつけられ続けたジル・ド・レェの狂気の精神の中に、1つの恐怖が芽生え始める。

血風の中舞う影の国の女王…その顔には微笑が張り付いたままなのだ。

対軍宝具を使う訳でもなく、己の身体能力のみで魔獣の体内を駆逐し続ける。

 

―――勝てない

 

そう認識してしまう訳には行かない。

自らの怒りが正当なのだから、この怒りを以て世界を呑み込まなくてはならない。

ジル・ド・レェは自身を奮起し、励起し、想起する。

自身が勝つための方策を…。

 

「フン、やはり借り物の魔術師風情では無理か…もしや、とも思ったのだがな。魔力炉を2つ有していながらこの程度。つまらんぞ、ジル・ド・レェ」

「ただの英霊風情が大口を!貴様如き我が友プレラーティーより賜った魔術書があれば、蹂躙するに充分!フハハ!フハハハハハ!!」

 

ジル・ド・レェは聖杯に満ちる魔力を螺湮城教本に注ぎ込み、天高く掲げる。

室内を満たしていた肉塊がジル・ド・レェの元まで引いたと思えば、まるで大樹の幹の様な巨大な触手が無数に現れてせせら笑うスカサハへと殺到する。

本来であれば全力で回避すべきものであろう。

本来であれば如何な大英雄であろうとひとたまりもないない一撃であろう。

しかし、影の国の女王スカサハは退かない。

 

「果てなき武芸の果て…神さえ殺した槍の一突きを見るが良い――」

 

大型爆弾がさく裂したかの様な轟音。

巨大な触手は確かにスカサハに殺到し、轢殺し、鏖殺した。

その手ごたえを感じ取ったジル・ド・レェは両手を仰々しく広げて、勝利の確信と共に幼子を手にかけた時と同じような絶頂を迎える。

 

「見よ!これが!これが私の怒り!誰にも止められるものではないのだ!否!止めてはならぬものだ!!」

 

憤怒に彩られた狂気に騎士の精神は最早無く、それは狂人だけが持ちうる自己陶酔しかない。

ジル・ド・レェの怒りは聖女の怒りの代弁…それはただの驕りだ。

怒りは自身の怒りでしかなく、決して他者が代弁できるような物では無い。

正当な怒りであるならば、代弁等と宣う必要が何処にあるのだろうか?

 

 

 

――蹴り穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 

 

スカサハに群がっていた触手がピタリと動きを止めた瞬間に爆発を起こし、礫の如く無数のゲイ・ボルクが部屋中に突き刺さる。

ジル・ド・レェは表情を凍り付かせたまま、何かを蹴り抜いたままの姿勢で佇む槍兵の英霊を見つめる。

 

「期待外れだな。これならばまだ弟子どもを蹴散らした方が準備運動になる」

「キィィィヤァァァァッ!!!!!」

 

無傷。

かすり傷1つ負うことなく佇むその姿は最早黒い死神に他無く、ジル・ド・レェは狂ったように螺湮城教本による召喚魔術を連続で行い、雲霞の如く魔獣を呼び出し続ける。

スカサハはもう飽いたと言わんばかりに、部屋中に突き刺さるゲイ・ボルクを抜いては鋭く投げ放つ事で螺湮城教本を破壊しようとするも、魔獣たちが分厚い壁の様に立ちはだかって破壊を阻む。

 

「終われん!終われるわけがない!私の聖女(竜の魔女)の為にもこんなところで終われる筈もない!!」

「いいえ、ここで終わりにしましょう…ジル」

 

スカサハが新たに槍を抜き放つのと同時に、この戦場に聖女が歩み出る。

ジャンヌ・ダルク…数日前に火刑にかけられ、その身を委ねた聖女…彼女は何かを決意したかのように力強く、そして自愛に満ちた眼差しでジル・ド・レェへと歩み寄っていく。

 

「あぁ…あぁ…ジャンヌ…この怒りに終わりなどあってはならない。貴女を魔女等と宣った愚かな民衆を一人残らず殺しても足らないのだから!!」

「いいえ…もう、充分なのです…貴方は充分私に尽くしてくれた。だから…その怒り諸共に委ねましょう」

 

ジャンヌは腰の鞘から剣を抜き放ち、ジル・ド・レェの眼前まで歩を進める。

雲霞の如く現れていた魔獣はジャンヌを恐れる様に退いていき、その歩みを止める事ができないでいる。

 

「信仰も、怒りも、そして私の騎士である貴方も…私が連れて逝きます」

「何故だ…何故貴女はそうまでもこの世界を愛すると言うのだ!?」

「決まっています…私が愛した皆が居るからです。確かに私は魔女と蔑まれ教会から破門された身…されども私には大切な貴方たちが居た。私にはそれで充分なのです」

 

素朴な笑みを浮かべたジャンヌは、ジル・ド・レェの手から聖杯を取ってスカサハへと投げ渡す。

ジル・ド・レェは、ただただ呆然とした顔で、毒気が抜かれたかのような顔でジャンヌの顔を見つめ続ける。

 

「影の国の女王、誉れ高き武芸者であるスカサハよ…この場から脱出を。いずれ、轡を並べるときが来ることでしょう…その時は…」

「良かろう。縁としては充分、その時が来るのも早かろうが…」

 

スカサハは投げ渡された聖杯を受け取ると同時に背を向け、肉で覆われた壁を槍で穿ち抜き外へと脱出していく。

それを見届けたジャンヌは剣の刃を両手で握り締める様にして持ち、言葉を紡ぐ。

 

「――主よ、この身を委ねます――」

 

 

 

 

 

「以上が事の顛末だ」

 

レイシフト完了後のデブリーフィング。

お師匠の報告を聞いた僕達は一斉に小さくため息をつき、あの燃え上がる瞬間にジャンヌが、そしてジル・ド・レェに思いを馳せた。

ジャンヌもジル・ド・レェもフランスを愛した1人の人間たちだ。

ジャンヌは異端審問にかけられ、愛する人たちに見捨てられても憎まなかった。

愛する人たちが幸せになれるのならば、と納得したうえで火刑に処された。

死後、その遺体が辱められたとしても…。

だが、ジル・ド・レェは赦せなかった。

きっとジル・ド・レェが愛したものは、フランスと言う国ではなく…。

 

「ともあれ、アクシデントの連続ではあったけれど、無事に第一特異点の人理修正を行う事ができました。今後はレイシフトの精度を上げつつ通信装置の強化を行ったうえで第二特異点攻略を行います」

「一先ず、2週間の間は大きな調査は控える形になるね」

 

オルガマリー所長はパン、と手を叩いて緩んだ空気を引き締め直し、今後の予定をスクリーンに投影していく。

日々の訓練は当たり前として…小規模のレイシフト実験と言うのが気にかかる。

 

「所長、この実験ってなんなんです?」

「特異点の人理修復を行った、と言っても冬木の様にすぐさま特異点が崩壊するのではなく、時空の海を漂いやがて消滅するように消えていくの。つまり、その間は新たな火種が起きやすいと言う事よ。よって、そう言った火種が起こる前に問題を摘み取るのと並行して、現在残っているスタッフの練度を上げるために小規模のレイシフトを第一特異点を中心に展開します」

 

時間は一切無駄にできない上に、実践訓練程身に着くことは無い…と言う事か。

失敗が許されないからこそ、気を引き締め続けなくてはならない。

 

「はいはい!質問良いですか!?」

「帰って来たばかりだと言うのに本当に元気ね…いいわ、言ってごらんなさい」

 

立香さんは元気よく立ち上がりながら手を挙げて、質問したいとアピールする。

マシュは隣で少し恥ずかしそうにしながら立香さんの服の裾を引っ張って座らせようとする。

 

「次の特異点はどんな所になるんですか!?」

「良い質問ね…場所が分かれば当時の世俗や風習を学ぶこともできるでしょう」

 

所長は感心したように頷き、心なしかねちっこい笑みを浮かべているようにも見える。

所長は手元の機械を操作してスクリーンに資料を投影していく。

西暦60年…地名は…。

 

「ローマ帝国て…いきなり範囲広がり過ぎでは!?」

 

僕は思わず椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、思わず大声を上げる。

ローマ帝国…フランス全土だった第一特異点なんて比較にならない広大さを誇る国土をもつ大帝国として今なお名を馳せている。

様々な政治家を生み、西暦60年と言うと確か暴君ネロの時代だったはず。

世界史でも習うからなぁ…超有名だし…。

 

「そうは言うけど、確かにこの時代が特異点と化して歪んでいるのは確かだ。現地に赴いたら協力者を探さないと、だね」

 

Dr.ロマンは首を揉み解しながら、ご愁傷さまと言わんばかりの乾いた笑みを浮かべる。

一筋縄で行くわけが無いだろうけど…暴君ネロが治めているともなれば先行き不安にならざるを得ないなぁ…。

 

 

 

魔力吸いの結界のお陰もあってか前回の様な醜態を晒さないで済んだ僕は、自室のシャワールームで丁寧に()()を落とした後に久々に柔らかいベッドの中に潜り込んだ。

野宿続きだった為に柔らかいベッドで眠れると言うのは、非常に緊張が解けて良い…。

野宿の最中は、寝ていても周囲の変化に気を配り続ける必要があったから…。

温かいエミヤ特性の食事、温かいお湯の出るシャワー、温かく柔らかい抱き枕付きのベッド…文明万歳。

 

「あっ…そんな…ますたぁ(旦那様)ったら、大胆…でも、わたくしはいつでも…」

 

とても可愛らしく、且つどこかえっちぃ熱の籠った声が聞こえてくる。

旅の終盤で良く聞いた声な気がする…とはいえ疲れているので幻聴なんだろうな…と思った僕は、柔らかくて良い匂いのする抱き枕を強く抱きしめなおし意識を落とそうとしたところで、はたと思い直す。

僕の部屋に抱き枕なんてあっただろうか…?

開けたいような開けたくないような…嫌な悪寒が背筋に走るのを感じながらゆっくりと目を開ける。

 

「あぁ、ますたぁに今夜…わたくしのすべてを奉げる事ができるのですね!!」

「……!?!?!?!?」

 

僕は全身に魔力をみなぎらせて片手でベッドを押す様にして体を跳ね上げさせ、後転の要領でゴロゴロと床を転がって部屋の出入り口まで向かって後頭部を扉に強かに打ち付ける。

 

「~~っ!?ナンデ!?キヨヒメナンデ!?」

「それはもう、ますたぁの為ならば火の中水の中草の中…時空の彼方でさえも追いかけてみせますわ!」

「ヒェッ…」

 

何故だか扉はロックされたまま開かず、清姫はまるで蛇の様な身のこなしでするりとベッドから降りるとまるでてけてけの様に僕の足元まで這ってくる。

その姿はまさしく妖怪…ストーカーなんてメじゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を感じざるを得ない。

 

「ですから…今後ともよろしくお願いしますね…旦那様(ますたぁ)

「か、帰れーー!!!」

 

悲鳴にも似た僕の叫びは誰の耳に届くこともなく、そこで僕の意識は途絶えた。




東雲 良太に明日(の貞操)はない(嘘
みなさんバレンタインイベント楽しんでますか?
ぼくはえっちゃん呼符で引けてほっくほくですわ…えっちゃんかわいい…(尚、エンゲル係数



次回

幕間の物語~カルデア激震編~

「ふふ、ますたぁのややこが此処に…」
「不潔です、東雲さん!!」
「なにもないってばよ!?」

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