Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#3
轟々と何かが燃え続ける音がする。
轟々と何かが崩れ落ちる音がする。
それは破滅を終えたばかりの音に確かに似ていて、酷く気持ちが悪くなる。
これだけ煩い音を発していると言うにも関わらず、僕の周囲には人の気配と呼べるものが何もなかったからだ。
痛む体を漸く起こして、僕は目元を手で擦る。
どうやら、無事にレイシフトは完了したらしく、五体満足で今まで居たカルデアとは別の場所に存在していることが確認できる。
素早く意識を覚醒させた僕は、カルデアのマスターに支給される魔術礼装の一つである制服の襟元に備えてあるインカムを取り出し、耳につけながら辺りを確認する。
どうやら、僕が今いる場所はどこかのお屋敷の土蔵の中らしく、火が燃え盛る音がしているにも関わらず空気がひんやりとしている。
まずは安全確認…土蔵の中を調べていると、床に魔術師が描いたとしか思えない魔法陣の痕跡を見つける。
どうやら、魔術師の工房に放り込まれてしまっているようだ…。
魔術師と言う存在は、兎に角外敵に対する警戒と言うものを怠らない。
人道的か非人道的かに関わらず魔術とは秘匿されるものであり、たとえ同業者であっても外部に自身の魔術が持ち出されることを嫌う。
故に工房には、対侵入者用の攻勢防壁結界が仕掛けられているものらしい。
らしい、と言うのも講習で聞いた限りでしか知らないからだ。
僕自身工房を持っていないし、お師匠は影の国の女王…そもそも必要が無い。
僕は慎重に魔法陣から離れながら、土蔵の出入り口へと向かう。
幸いなことに、土蔵の扉が頑丈だったお陰で壊れていない。
難なくして外に出た僕は、目の前に広がる光景に思わず絶句する。
「な…これが…特異点…!?」
燃え盛る音が聞こえてきたとき、ある程度周囲の惨状は理解していた。
なんせ、火事だ…家の1つや2つ、倒壊していて当たり前だろう。
だけど僕が見た光景は、そんなレベルでは済まされない。
まるで炎を伴う竜巻でも起きたのかと言わんばかりに屋敷が、住宅街が、
カルデアの管制室内の爆弾テロなんて目じゃないレベルの破壊の痕跡に目を奪われていると、屋敷の残骸の方から爆発音が響き渡る。
思わず腕で顔を庇い身を竦ませていると、ガシャッガシャッと言う骨と骨が擦れ合うような音が響き渡る。
「…お化け屋敷だったって、訳じゃなさそうだ」
視界を覆っていた腕を退かして音の方へと目を向けると、骨だけで構成された人型の魔物であるスケルトンが三体程屋敷からこちらに向かってゆっくりと歩いてきている。
スケルトン…これらに属するアンデッドの類は生命反応に反応して襲い掛かってくるって話だったかな…。
周辺に居る生命反応と言うと、僕くらいなものだろう。
スケルトン達は手に持った鉈を構えて上顎と下顎を打ち合わせ、威嚇するように僕を三方から囲い始める。
「大丈夫…訓練でも修行でも何度も相手したんだから…」
僕は大きく深呼吸し、魔術回路を起動する。
同時に僕の魂魄に格納されている概念礼装を実体化させる。
それは血よりも朱く、死よりも黒い呪いの朱槍…影の国の女王がクリードの死骸より作り出したただ一本の
その槍を手に持ちゆっくりとした動作で構える。
とても今初めて持ったとは思えないほどに、僕の手に馴染む…飾り気のない無骨な槍は、僕の魔力に反応して穂先から紅蓮の魔力を僅かに放出させる。
「2番起動…シィッ!!!」
2番のルーン『ウル』による野生の力…猪突猛進たる力を足に与え、正面に立っていたスケルトンへと一気に接近。
えぐり込む様にゲイ・ボルクを頭部目掛けて突き出し粉砕させれば、そのままの勢いで槍を大回転させてスケルトンの胴体をバラバラに解体する。
「6番!『カノ』!!燃えろ!!」
6番のルーン『カノ』は火を象徴としたルーン文字。
純粋に魔力を炎へと変換して槍の穂先に纏わせて背後に向かって一閃。
穂先から伸びた炎が背後のスケルトン2体を纏めて薙ぎ払い焼き尽くしていく。
さすがに動きの遅いスケルトン相手に後れを取るほど、僕も間抜けではない。
と言うか後れをとったら、お師匠に地獄の1丁目から3丁目までの特訓フルコースを味わう羽目になってしまう。
戦いと呼べるほどでもない一方的な蹂躙戦に一息つき、手の中のゲイ・ボルクを見つめる。
どうやら、この槍は杖として魔術の触媒に使うのが一番良い様だ。
いつもよりルーン魔術を使った時の身体に対する負担が、いくらか軽くなっている。
もちろん、過信は禁物…慎重に、かといって出し惜しみなくいかなければ…。
「ひと先ず、龍脈が流れる場所を探そう…。カルデア、通信聞こえていますか?」
槍を肩に担ぐ様にして持ち、インカムのスイッチを入れてカルデアの管制室へと通信をいれてみる。
勿論、無駄な事は分かっているが、それでもやらないよりはマシだと思ったからだ。
連絡が取れれば、カルデア側からのサポートで苦労することなく龍脈を探し出すことが出来る。
しかし、返ってくるのは予想通りの砂嵐…地道にゲイ・ボルクを頼りに龍脈を探し出す方が良い様だ。
「スケルトンがさっきの3体だけとは考えにくいよなぁ。最悪、街1つアンデッドの巣窟なんてこともありうるかも…?」
嫌な考えが脳裏を過った瞬間、背筋に寒気を感じる。
意識を研ぎ澄ませて、前のめりに倒れ込むと僕の体のあった場所を無数のナイフが通り過ぎていく。
素早くルーンの3、5、15番を起動して遠投系の攻撃に対して絶大な効果を発揮する結界を展開する。
「アンデッド以外が居る…!」
『ほぅ、我が業を避けるか…どうやらただの魔術師ではないようだな?』
「生憎と僕はただの魔術師だよ。話ができるんなら此処は平和的に話し合いでサヨナラばいばいしません?」
『悪いが、人間は1人残さず根絶やしにしろ…と言うオーダーが下っている。諦めよ魔術師よ』
1人残さず根絶やしにしろ…恐らく冬木にこの惨状を強いた張本人は、余程人間が嫌いなのか、人間に対して何も感じていないのかもしれない。
で、なければこれ程の惨状を起こす存在が、まともな正気を持っている筈がない。
「悪いけど、僕は意外と諦めが悪くてね…果たさなければならない約束があるんだ!」
『ならばその約束、あの世で果たすが良いだろう』
言葉が先か、手が先か…謎の襲撃者は姿を見せる事無く僕の背後からナイフを投擲してくるが、結界に触れた瞬間にそれらは僕に触れる事無く捻じ曲げられて通過していく。
3番『ソーン』による危機回避、5番『ラド』による遠方から来るものに対する察知能力、そして15番『エオロー』による霊的防御による対投擲結界は、それこそ対魔力を纏った武器でもなければ僕に届かせることはできない。
「僕には君が見えないけれど、君の攻撃が当たることは決してないよ」
『小癪な…仕方あるまい、直接その命を摘み取るとしよう』
「…魔物じゃないとは思っていたけど…まさか…!!」
闇夜より現れたそれは人型…しかし、人型にしては腕と足がひょろ長くどこか奇形児を思わせる。
特筆すべきはその右腕…何かを隠すかのように筒状に包帯で覆われている。
のっぺりとした顔には白いしゃれこうべの仮面が縫い付けられ、全身からは黒い靄が溢れ続けている。
「
『如何にも。もっとも出来損ないに等しいが、魔術師1人殺すのにそこまで手古摺ることは無かろうよ』
サーヴァント…それは英雄や偉人と言った人々が死後祀り上げられることにより英霊と化したもの…特異点探索においてカルデアでも英霊を呼ぶことになっていたのだけれど…敵対者側には英霊を呼ぶ手段があると言う事になる。
そして、往々にして英霊に人が敵う事は無いとされている。
何故ならば、英霊となるほどまでに祀り上げられると言う事は、相応の偉業を成した人外とも言える存在だからだ。
僕はゴクリと生唾を飲み込み大きく深呼吸をする。
「だけど、貴方を倒して先に行かせてもらうよ…アサシンの英霊!」
『貴様の様な鈍間に捉えられると思うてか?』
無駄のない最速の動きで槍を構え、2番のルーンを起動。
打倒せねばならぬなら、打倒せしめてみせなくては。
お師匠ならば、一瞬でケリをつけるのだろう。
お師匠の様にいかなくても、あの人の弟子なんだと誇れるように闘わなくては、お師匠の顔に泥を塗ってしまう。
「ハァッ!!」
『ヌッ…!』
一瞬の踏み込みから、獣の様に鋭い連撃を絶え間なく叩き込み続ける。
アサシンの英霊は気配遮断に優れ、そして足も速い。
追いかけっこで疲弊したところを突かれるよりは、こうして肉薄して逃げられないように必殺の突きを連続で叩き込んでいく。
同じ土台に持ち込まなければ、恐らくまともな勝負になりはしないと思う。
違和感があるとすれば、アサシンの動きが精彩に欠いている気がする事か。
まるで、本調子の様には見えない。
だが、それならばそれで僕にとっては好都合…押し切れるうちに一気に押し切る。
「はぁぁぁっ!!」
『舐めるな!』
下から掬いあげる様に槍を振り上げ、アサシンが左手に持つナイフを思い切り跳ね上げて胴体をがら空きにさせる。
できた会心の隙を逃すことなく振り上げた反動を使い、体を回転させることで流れる様に心臓目掛けて突きを叩き込むが、包帯で覆われた右腕に阻まれて体に突き刺さる直前で止められてしまう。
『柘榴と散れ!』
「『カノ』!!」
しゃれこうべの目が笑みに歪み、跳ね上げられた左腕がそのまま僕の頭部目掛けて振り下ろされる。
しかし、僕は避ける事はせずこの好機をものにする為に6番のルーンを起動。
槍の穂先から爆炎が巻き起こり、アサシンの右腕を砕いて霧散させ体中を炎が嘗め回る。
『ぐぅぅぅぅっ!!』
「はぁっ…はぁっ…これで…トドメだ!!」
『チィッ…人間如きに後れを取るか…!!』
再び2番のルーンによる神速の踏み込みからの鋭い突きを叩き込み、ゲイ・ボルクの名に恥じぬよう心臓のある部分を一突きで刺し貫く。
5分にも満たない対英霊戦は、アサシンの不調と言う事もあって僕の勝利のようだ。
心臓を一突きにされたアサシンは黒い霧となって掻き消え、死体すら残らない。
あくまで英霊は霊子の塊に過ぎず、肉体と言うものを持っていない。
だから、死して消えるときは霞の様に掻き消えていく。
「ぐぅっ…出し惜しみしないにしても…キツすぎる…!」
僕はゲイ・ボルクを支えに立て膝をつき、全身から発せられる筋肉の悲鳴にうめき声をあげる。
そもそも、英霊と人とでは規格が違いすぎる…もし本調子だったら、僕はあっという間に地面を血で濡らしていたはずだ。
勝てたのは、ひとえに運が良かったからに他ならない。
2番のルーンによる身体強化は、思っているよりも肉体にダメージを与えている。
あくまでも今の僕はただの人間…影の国に居る時とは色々と勝手が違うのだ。
「おう、坊主。その槍どこで手に入れたか分からねぇが、中々やるじゃねぇか」
「少しくらい休憩させてくれませんかねぇ…?」
突如として、僕の目の前にフードを被った男が現れる。
その佇まいは清廉さを感じ、こんな廃墟の中であってもどこか清らかさを感じる。
その男は敵意を一切出していないが、現れ方からして間違いなく英霊だと思う。
「はっはっは、安心しな坊主。俺はスカサハ程鬼じゃないし、それにお前と敵対するつもりもねぇよ。手助けしないで見ていたのは悪かったけどな!」
「…お師匠の名前…なんで知ってるんです?」
「お師匠…?おいおい、マジか?お前マジで言ってんのか!?」
目の前の男はどうやらお師匠と知り合いらしく、僕の言葉を聞いて驚いたような声を上げる。
お師匠である影の国の女王、スカサハは数多いる勇士を多く育て上げた戦士たちの師だ。
だから、過去の英雄にお師匠の直弟子…つまり僕の兄弟子が居ても可笑しくない訳で…。
何が面白いのか、目の前の男は腹を抱えて笑い始め、ひとしきり笑った後肩で息をして徐々に呼吸を整え始める。
「ひーっ、ひーっ…まさかあの女、まだ弟子をとってたとはなぁ。死なねぇから聖杯戦争に参加することもないんで、接点を持つ事は無いと思っていたが…と、自己紹介くらいはしとこうか」
そういうと目の前の男は頭に被っていたフードを取り払い、素顔を晒す。
青い髪に赤く、猟犬を思わせる鋭い眼差し。
獰猛なその瞳の輝きは理知的でもあり、精悍な顔つきをした男は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「サーヴァント・キャスター。アルスターのクー・フーリンだ。まっ仲良くやろうぜ兄弟」
まだ話が始まったばかりだと言うのに、評価をつけていただきありがとうございます。
期待に沿えるよう精進したいと思います。
感想なんかもいただけると大変うれしいです。
これからもよろしくお願いします。