Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#30

「剣を納めよ、勝負はあった!…そして貴公たち、もしや首都からの援軍か?」

 

謎の軍勢とローマ帝国第五代皇帝ネロの軍勢との戦闘は、僕達カルデアの横槍の甲斐もあって大勝に終わった。

戦の趨勢が決したのを認めたネロは勝利の勝鬨をあげ、立香さんと合流した僕達の姿を値踏みするかのように見つめる。

僕やクー・フーリン、お師匠はケルトの戦士特有の装束を身に纏い、清姫はこの時代よりも後の日本の着物を身に纏う。

更に立香さんは近代的なカルデアの制服を身に纏い、エミヤに至っては何時の時代にも属してなさそうな紅い外套姿…訝しがるのも無理は無いだろう。

 

「すっかり首都は封鎖されていると思ったが…。まぁ良い、褒めてつかわすぞ」

 

ネロは可憐な華の様な笑みを浮かべて尊大な態度で胸を張り、その豊かな実りを僅かに揺らす。

僕はチラ、とクー・フーリンの方へと目を向けると、間違いないと言わんばかりに大きく頷かれる。

 

「いや~、俺たちはちょっとした旅の者でね。噂に名高い皇帝サマが襲われてたんで、ちょいと加勢させてもらったのさ」

「なんと、そうであったか。と、なると首都は未だに奴らの手の内と言う事か…」

 

クー・フーリンが手慣れた様子で適当に話をねつ造して伝えると、ネロは瞳の奥に僅かばかり残念な感情を浮かべつつすぐに思考を巡らせていく。

奴らの手の内…と言う言葉から鑑みるに、どうやらネロは首都から追放された形になっているようだ。

と、なると今回の異変が首都にある可能性があるものの、敵兵が逃げていったのは首都と覇別の方角になる。

この辺りに今回の特異点の面倒さが如実に表れている気がするものの、一筋縄で行くようであればそもそも大事件になる訳がない。

ひとまず、目の前の皇帝陛下に事情を聞かないと…。

 

「ともあれ、その方ら大儀であった。見れば勇猛果敢な戦士に至上の美を体現したかのような美しい女…なによりも身の丈もの得物を扱う少女は実に余の好みだ!何とも言えぬ倒錯の美があったな!」

「は、はぁ…ありがとうございます」

 

大盾を持っていたマシュの存在を見たネロは大層気に入ったように鼻息荒く頷き、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべる。

先ほどまであった戦闘の疲れなどどこ吹く風と言わんばかりのその笑顔は、彼女の後方に控えていた兵士達をも笑顔に変えていく。

これが皇帝たるもののカリスマ…と言うものなのだろうか?

 

「よいぞ。余と轡を並べて戦う事を許そう。至上の光栄に浴すがよい!」

「「ありがとうございます」」

 

僕と立香さんはそろえて感謝の言葉を口にして頭を下げ、お師匠を除いた全員が僕達に揃って頭を下げる。

お師匠は勇士たちの師である前に一国の王と言うべき存在だ。

そんな存在は軽々しく頭を下げるべきではない、と言う事なのだろう。

 

「先ほど、兄さ……いえ、クー・フーリンが言っていたように我々は旅の身…今この帝国で起こっている事件に関しては疎いのが現状ですので、少し説明していただいてもよろしいでしょうか?」

「クー・フーリン…?どこかで聞いたことがある様な気がするな…まぁ、良い。その話に関しては道すがらと言う事で良いか?余たちは一刻も早く首都ローマへと帰還する必要があるのでな」

「承知しました。では、移動を開始しましょう」

 

僕達は皇帝ネロの先導で一路首都へと向かう事にする。

現状、確かに思える事は歴史上暴君とまで言われたその皇帝が可憐な少女であること。

そして、その皇帝が前線に赴いてまで戦場に立たねばならない程に士気が低下していると言う事だ。

本来、軍隊と言うものは統率者が先陣切って戦場を駆け回ると言う事はしない。

もしその統率者が戦死か捕虜にでもなってしまった場合、軍と言う組織が瓦解してしまうのだ。

ましてや一国を統べる皇帝が前線に出てくるなど、論外中の論外。

おそらくネロの軍勢は、長期化している戦闘に疲弊しているのかもしれない。

一抹の不安を感じつつ、僕らはこの特異点解決への第一歩を漸く踏み出した。

 

 

 

途方もない話になってしまった…。

首都への帰還中も起こった散発的な戦闘…その敵性勢力の名は、『連合ローマ帝国』。

それは突如ローマ帝国領内で発生し、電撃作戦の様に領土を食い荒らしてしまい、既にかつての領土の半分以上を飲み込んでしまっている状態の様だ。

実態が分からず、首都の位置すらも分からない姿の見えない連合ローマ帝国は、残るローマ帝国の領土を奪いつくさんと帝国の敷いた防衛線を引っ切り無しに攻めていると言う事だった。

ネロはそんな防衛線で兵士達の士気向上の為の慰問を行っていて、留守にしている間に首都を包囲されてしまった。

ネロ達を襲っていた部隊は、首都を包囲している部隊との挟撃に持ち込むための物だった…と言う事だ。

このままでは首都に帰還することは叶わず、放浪する羽目になってはやがて大軍に磨り潰されることとなる。

よってネロは戦闘の疲れを押してでも進軍し、包囲網を敷いている()()()の首級を上げる必要があった。

指揮官が居なくなって困るのは、何も自分たちだけではないのだ。

 

「多勢に無勢は戦の常ではある。ではあるが、無勢の側に立つのは嬉しくない。疲れる!!」

「確かに…このままだと私たちも疲弊するばかりで旨味が…」

 

ネロはウガーッと両腕を振り回して鬱憤を晴らし、戦闘後の負担が取れない立香さんは困ったように眉根を寄せる。

立香さん達は極力相手を殺さないように戦っている為、その疲弊する度合いは普通に戦うよりもどうしても高くなってしまう。

僕達はあくまでも()()()()殺さないようにしているのであって、必要に迫られればサクリと送ってあげている。

…本当はいけない事なのだろうけどね。

 

「さて、良太…お主ならばこの状況…如何様にして打破する?」

「ふむ…そちらの槍兵はキレるのか?」

「なに、ちょっとした授業の様なものだ。戦士とは勇猛に戦うだけが仕事ではないからな」

 

お師匠は薄く笑みを浮かべて僕の方へと目を向ける。

僕は槍に付いた血を振り払って落としながら、空を仰ぐ様に顔を上へと向ける。

さて、ここまでで僕達が取得している情報で判断できる材料は…まず、一般的な兵士はほぼ人間の範疇を出ない。

これは恐らく連合が侵略した領土の人間を徴兵、教育したうえで投入しているからだと思う。

さすがにこれだけの広大な領土を攻めるとなると、いくら英霊の力があったとしても時間がかかる筈…で、あれば手駒を増やして攻めるのが定石と言うものだろう。

続いて、指揮官に該当するものは強大な力を持った存在だ、と言う事。

基本的に人間同士の戦争を行っているのだけど、その指揮官が前線にやって来ると必ずと言っていいほど敗戦を喫するそうだ。

と、なると考えられるのが、指揮官が英霊である可能性だ。

英霊でなくとも、何らかしらの魔術的な措置を施された人ならざる者であることは疑いようがない。

特にこの時代は現代と違って神秘を多く残しているのだから…。

 

「少数精鋭で陽動をかけましょう。カメの頭が引っ込んでいるのなら無理矢理引きずり出すまで」

「陽動、とな?」

「分の悪い賭けですけどね…皇帝陛下にも手を借りる事になりますけど…」

 

僕は槍の穂先で地面に簡単な絵を描き、思いつく作戦を説明していく。

作戦、と言っても単純なもので、ネロと立香さん、マシュ、エミヤの4人を中心にした小隊規模で派手に立ち回ってもらい、指揮官を引きずり出すと言うものだ。

武力を示すだけならばネロは必要ないのだけども、あちらはネロの首を欲している筈…並大抵の人間では太刀打ちできないと理解できれば、必ず指揮官が出てくるはずだ。

後はそいつを袋叩きにしてやれば、如何に英霊と言えども一溜まりもない筈だ。

 

「指揮官が出てきたタイミングで、僕達も加勢しましょう。相手に勝てるかもしれない…と思わせるのが重要なので…」

「猟犬と女王、それに龍の小娘では攻撃力が高すぎる、と言う事か」

「相手の本陣叩いた方が早いんじゃねーか?」

 

エミヤは納得したように頷き、クー・フーリンは不満顔で僕が地面に描いた絵に仮の本陣を書き足してバッテンマークを付ける。

クー・フーリンの言う事はもっとも…ただし、それは本陣の場所が最速で割り出せる場合に限られるだろう。

取り逃がす事になれば後顧の憂いとなることは目に見えているし、何より退却時に他の都市を襲撃し、蹂躙の限りを尽くしてしまうかもしれない。

 

「小規模…とは言えこれだけの大部隊ともなると隠密で動かして本陣を急襲することは無理でしょうし…それに本陣の場所までは…」

『いや、それに関しては此方で観測できるかもしれない』

「Dr.ロマン?」

 

困ったように眉根を寄せると、助け舟と言わんばかりにロマンが僕達に声をかけてくる。

姿なき声にネロは驚いたような声を上げ、興味津々と言わんばかりに口を開く。

 

「ほう、声しか聞こえぬと言う事は、魔術師だな!?」

『はい、姿を見せる事が出来ず申し訳ありません、皇帝陛下。自分の名前はロマニ・アーキマン。東雲 良太、藤丸 立香両名の師にあたる者です。早速ですが、話を始めますが…首都ローマの辺りを観測した際に君たちの英霊とは別の強力な反応を確認した。その反応がある部分をマーカーするよ』

「面妖な魔術…しかし実に美しい!余は魔術師の事を気に入りそうだ!」

 

僕の書いた簡易的な地図に重ねる様にして、シバを利用して作り出された立体映像が浮かび上がる。

其処には大まかな連合帝国の布陣と自分たちの位置、そして連合帝国側の英霊の反応があったポイントを示される。

位置としてはこの街道を迂回した先にある地点…僕は沈みゆく夕日を見つめながら深く息を吐き出す。

 

「…奇襲だ。奇襲をしかけましょう!夜になれば視認しづらくなってこちら側の被害を減らせるかも!」

「で、あれば短期決戦となろう…さすがにこれだけの軍勢が相手では、余の軍も長くは持ちこたえられないからな」

「いえ、軍は動かしません」

 

僕は首を横に振り、クー・フーリン、清姫…そしてお師匠を見る。

立香さんも同様にエミヤを見つめてから、口を開く。

 

「ロマン、公を此方に呼び出せるかな?」

『英霊のレイシフトかい?前回のレイシフト同様、座標がズレこんでしまうかもしれないけど…』

「ダメ元でお願い!相手が強力な英霊なら、戦力は多いに越したことはないから!」

 

立香さんは顔の正面で手を合わせて、拝むようにして姿の見えないロマンにお願いをする。

背後で所長が指示をしている声が聞こえるので、準備は進められている様だ。

 

『彼ならば孤立しても独力で合流できる可能性もあるか…所長も既にその気だし、すぐに送り込むよ』

「こちらの英霊はそれで6騎…十二分に勝算は見込める、かな?」

 

立香さんは前回の特異点の後、収拾された聖晶石を用いての英霊召喚実験を行い、戦力の増強に成功している。

その数10騎…そこには敵対関係にあった英霊の姿もあった。

そんな英霊をも力を貸してくれると言う状況は、今の僕達にとってありがたいと言うほか無い。

人理が無くなれば、自身が成した功績が消える…それが正道であれ悪道であれ無くなってしまうと言う事は自身の否定に他ならない。

…この人理焼却を行おうと考えた存在は、いったい何を考えてすべてを否定しようと思ったのだろうか?

カルデアからレイシフトを開始した旨を告げられると、すぐ傍に疑似的な魔法陣が浮かび上がり光の柱が上がる。

その中から現れた存在は、長身の男…闇に溶け込みそうな黒い貴族服を身に纏い、一振りの槍を携えた1人の男。

 

「世界に呪わしき我が名を吠え立てよう」

 

 

 

 

月が中天に輝く頃…夜の闇は深くなり、平原を照らす光は月と星だけに限られる。

お師匠のスキル『魔境の智慧』によって騎乗スキルを一時的に付与された僕達は、灯りの無いままに目的地へ向かって馬で疾走をしていた。

ネロの軍勢には後方で待機をしてもらい、敵英霊との戦闘を開始したと同時に首都正面方向へと攻撃を仕掛けてもらう手筈になっている。

強力な英霊を従えた部隊による強烈な打撃で指揮系統を麻痺させ、残る軍の包囲網を食い破り首都へ直進。

そのまま首都に残っている軍勢を引き連れて戻ってくると言う寸法だ。

敵陣地のテントが見えてくると、エミヤは馬を加速させてその背に立ち、黒弓に適当な剣を矢に変えて構える。

 

「では、始めるぞ、マスター!」

「やっちゃえ!!」

 

立香さんは覚悟を決めたのか強い意志を秘めた眼差しで敵陣地を見つめ、号令と共にエミヤは弓を強く引き絞って矢を放ち、夜闇を斬り裂く風切り音を発しながら一直線に矢が突き進む。

矢を放ち、数秒後に敵陣地に爆発が起こる。

名も無き剣とは言え宝具…内包した神秘はそこらの剣では遠く及ばず、その爆発力は広範囲に渡って衝撃が走り抜ける。

 

「余に続け!!奪うは敵指揮官の首だ!!」

 

ネロは馬上で真紅の剣を抜き放ち、我先にと敵軍へと突撃をする。

僕達はそれに続く様に馬を走らせていく。

遠くから鬨の声が聞こえる…恐らくネロの軍勢も決死の敵軍突破を決行している真っ最中だろう。

首都を守っている軍勢を引き連れてくることが出来れば、今の戦況を好転させることは容易い。

もちろん、お師匠達がこの程度の軍勢に敗れる事はないけども、長引けば長引くほど()()()()()()()が不利になってしまう。

 

「ウゥ…オォォオオオオオオッ!!!」

 

月明かりが一際強くなった瞬間、僕達の乗っていた馬が一斉に半狂乱になったが如く暴れ出し、僕達は地面へと放り出される。

僕は素早くルーン魔術を展開して風を操って空中に放り出された自身の身体を煽り、体勢を整えて地面に着地する。

立香さんは手綱を握っていたエミヤが抱えてくれたおかげで傷を負う事は無く、マシュも無事に降り立つ事ができた。

僕達は狂気を孕んだかのような殺気を感じ、一斉にそちらへと目を向ける。

 

『英霊の反応だ!来るぞ!!』

「はい、感じています…すぐ、そこに!!」

 

それは…獣の様であった。

全身の筋肉は爆発の時を今か今かと待つように撓み、呼吸は荒い。

狂気を宿したその瞳は闇の様に黒く、しかし何処かネロに面影を感じる。

その身は黄金の鎧を身に纏い、血の様に赤いマントが月明りに妖しく照らされる。

ネロは一瞬その表情を暗くし、しかしすぐにその色を激情へと変えて剣の切先を英霊へと向ける。

 

「伯父上……!!」

「――我が、愛しき、妹の子、よ」

『今、彼女は何と言ったのかしら?伯父上と言ったの…?』

 

所長は信じられないと言わんばかりの声を上げて僕達に確認をしてくるものの、僕達は一言も声を発することが出来ない。

全身に狂気を孕んだ殺気を叩きつけられ、一言でも発すればそれを皮切りに戦闘が開始されると言う予感がした為だ。

だが、そんな最中でもネロは構わず言葉を続ける。

 

「いいや、今は敢えてこう呼ぼう…如何なる理由か彷徨い出でて、連合に与する愚か者!カリギュラ!!!」

 

カリギュラ…特異点がローマと言う事で、ローマに関係するであろう英霊反英霊になりうる人物を調べていた中にあった名前。

名前、と言うよりも渾名なのだけれど…。

『小さな軍靴』と呼ばれたその男は、ローマ帝国第三代皇帝…月の女神に愛され(狂わされ)、狂気の内に身を晒し、暴君と成り果てた悪名高き皇帝。

彼は紀元41年に暗殺され、その生涯の幕を閉じている。

故にこの地にはカリギュラを知る者は未だ多く、その身のステータスは間違いなくトップランクの補正を受けていることは想像に難くない。

 

『いい、ここであのカリギュラを仕留めるのよ!野放しにしていては後々厄介な障害になる!』

「任せてください、所長!」

「心配いりません、先輩…いいえ、マスター」

 

所長は僕達に檄を飛ばす様に声をかけ、立香さんはそれに若干強張った声で応えると、マシュは安心させる様に前へと出る。

その先には漆黒の貴族服に身を纏う護国の鬼将ヴラド三世が、赤い外套のエミヤが並び立つ。

 

「こちらは貴方に合わせて動くとしよう」

「良かろう。お前の働き、期待させてもらう」

 

ヴラド公はその手に持つ槍を片手で構えて迎え入れる様に両腕を広げ、エミヤも両手に夫婦剣である干将莫邪を手に持ち全身の身体の力を抜く。

2騎に呼応するように僕の前にはお師匠とクー・フーリンが並び立ち、乾いた唇を舌で軽く湿らせている。

清姫は僕の傍らに立って、身を守る心積もりのようだ。

 

「本気は出さん。あぁ、きっとな」

「1人相手にタコ殴りってのは性に合わねぇが…まぁ、戦争なんざそんなもんなんでな!」

「斯様な野蛮な振る舞いは苦手…わたくしはますたぁの御傍に」

 

カリギュラはその身を深く沈めて左手を地に着け、ゆっくりとネロを睨み付ける様に此方へと顔を上げる。

それは獰猛な獅子にすら似ていて、此方をすべて食い破らんとする意思を感じ取れる。

その殺気に僕は手に持つ槍を構え、立香さんはマシュの影から令呪の刻まれた手を胸元に添えながら強い意志で睨みかえす。

 

――余の、振舞い、は…運命、で、ある

 

――奉げよ、その、命

 

――奉げよ、その、体

 

「『すべてを奉げよ!!!!!』」

 

大地を蹴り砕きネロ目掛けて飛び出したカリギュラは、その剛腕を思い切り振り上げて叩き込もうとする。

しかし、その一撃はネロに届くことは無く、ヴラド公が間に割って入ることでその一撃を受け止め、足元に小規模のクレーターが発生する。

 

「ぐ…!闇の時間である。血の晩餐である…!!!」

「ヴラド公!!」

「『ネロォォォォッ!!!!』」

 

その衝撃は僕達の足元にまで伝わり、彼のカリギュラが余程の難敵と理解するには充分だった。

ヴラド公はそのカリギュラと拮抗し続け、唐突にその身を霧の様に変化させて姿を消す。

突如として力比べが終わってしまったためにたたらを踏んでしまったカリギュラは、背後から急襲してくるエミヤの太刀筋を野生の獣の如き直感で拳を振るい、その軌道を変えさせる。

その衝撃は干将莫邪を砕くに十分な力で、エミヤは砕かれた剣を捨てては再び魔術で造り上げてその手に持って振るい続ける。

 

「そぅらっ!!」

「退きな!弓兵!!」

「遅いぞ!!」

 

お師匠は高く跳躍して数本のゲイ・ボルクを呼び出して頭上から降り注がらせ、離れた位置から姿を現したヴラド公も地面に槍を突き立てる事でカリギュラの足元から無数の杭を出現させる。

カリギュラはエミヤが離脱する瞬間を逃さずに、自身も素早く横に飛ぶ事で槍と杭の挟撃によるダメージを最小限に抑える。

しかし、その無防備になった隙をクランの猛犬が見逃すはずがない。

 

「おらぁっ!!!」

「叔父上、覚悟!!」

 

棒高跳びの要領で高く飛び上がったクー・フーリンはその勢いのままに1回転しながら槍をカリギュラに向けて叩きつけ、ネロも示し合わせたかのように英霊が如き身体能力で神速の踏み込みを見せてその剣の切先を突き出す。

避けきれないと悟ったカリギュラは左腕でその槍を掴んで受け止め、身体を無理矢理よじる事で急所を避けてネロの剣の一撃を脇腹で受け止める。

ネロの剣を脇腹に貫通させたまま、カリギュラはクー・フーリンごと掴んだ槍を振り回して地面に叩きつけようとする。

 

「アンサズッ!!!」

「ぐぅっ!!」

 

地面に叩きつけられる前に槍を手放したクー・フーリンは、素早くルーン文字を展開して至近距離で火炎弾を叩きつける。

ネロは自身にも被害が及ぶことを察知して脇腹を斬り裂く様にして剣を引き抜き、後方へと跳躍する。

 

「グゥゥッ!!『奉げよ!余に!奉げよ!!!!』」

「こいつ、バーサーカーか!!」

「何を今更!」

 

火炎弾で怯んだ隙に再度接近を果たしたエミヤは、両手に干将莫邪を出現させながら素早く両腕を振るい、浅くではあるものの着実に五体に傷をつけていく。

だが、カリギュラはエミヤの攻撃に構うことなくその手に持つ槍を槍投げの要領で後方に退避したネロ目掛けて投げ飛ばす。

 

「―――っ!!!」

 

絶体絶命…至近距離で放たれるその一撃は、しかしネロに届くことが無かった。

 

「ガッ…!!」

「なっ…余を…余を庇ったのか…!?」

 

その身を再び霧と生じさせ間に入ったヴラド公が、実体化して身を挺してネロの窮地を救ったためだ。

その槍の一撃は深々と腹部に突き刺さり、背中側に半分ほど貫通している。

ネロの体までほんの数センチで止まったのは、単純にヴラド公が槍を掴んで無理矢理止めただけに過ぎない。

その一瞬、エミヤですら僅かに動きが鈍り、その隙を突かれてカリギュラの裏拳を強かに頬に受け、身体を吹き飛ばされていく。

 

「よそ見とは感心せんな…?」

 

冷たい一声…お師匠は両手に持つゲイ・ボルクを華麗に操る事で全身に深手を負わせていく。

その連撃は薙ぎ、突き、払い…いずれもがカリギュラの反応を許すことは無い。

 

「『ガァァァァアア!!!!』」

「血に濡れた我が人生を此処に奉げようぞ…」

 

カリギュラが全身に深手を負ったダメージで膝をついた瞬間、あろうことかヴラド公はゆっくりと腹に突き刺さった朱槍を引き抜き、足元に血だまりを作っていく。

その惨状は彼の宝具を使う為の物…『血に濡れた我が人生』とは、まさに彼の身体に流れる血の一滴までもが再現を続ける。

 

「『血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 

思い切り引き抜かれた槍の勢いに乗じてその腹から鮮血が噴き出し、カリギュラ目掛けてすべてが禍々しい杭と化しながら襲い掛かる。

串刺し公…東ローマ帝国を滅ぼしたオスマントルコを撃退した逸話が昇華されたその宝具は、確かにカリギュラの肉体を貫いていく。

 

「あ…あぁ…我が、愛しき…妹の…子…何故、奉げぬ…奉げられ…ぬ…」

 

カリギュラはその身を杭に晒されながら肉体を透過させ、ネロへと手を伸ばしながらその姿を消していく。

ネロはその凄惨な姿にビクりと身を震わせつつも気丈に振舞う。

 

「消え、た…のか…?」

「いや…どうやら逃げられたようだ。…ほう、小間使い擬きが見ていたか」

 

お師匠は深く溜息を吐き出し両手に持つ朱槍を消していく。

気付けば周囲の戦場は静まり返り、勝鬨の声が夜の平原に響き渡っていく。

 

「そ、それよりも!ヴラドと言ったな!貴公身体、は…」

「皇帝よ。皇帝ネロよ…そう慌てるものではない。呪わしき我が身はこの程度の怪我、造作もない」

 

クー・フーリンの朱槍を地に突き立てながら、傷1つどころか破れているであろう衣服が治っている様を見せて、ネロを安心させる。

ネロはまるで手品を初めて見た子供の様に目をパチクリとさせ、首を横に振る。

 

「いやいやいや、余は目の前で貴公の身体が貫かれるのを見たのだぞ!?」

「マスター、余は疲れた…暫らく眠るぞ」

「あっありがとうございました!」

 

ヴラド公はネロの反応に面倒くさいと思ったのか、その姿を霊体化させて消す。

ネロは頭の上にクェスチョンマークを大量に浮かべながら首を傾げ、しかし首を横に振って気を取り直す。

 

「兎に角、兎に角だ!此度は余の方の勝ちだ!残党狩りはあろうが一先ず凱旋だ!!!」

 

意識を切り替えたネロは右腕を掲げて振り回しながら歩き始め、その後を立香さんとマシュが慌てて追いかけ始める。

 

「勝ったと言ってもまだ危ないんですから、先に行かないでください~~!」

「仕切り始めると止まらないなー?」

 

僕はその背中を見送り、この場に残った僕と契約している3騎とエミヤの姿を見つめる。

エミヤは裏拳を受けた頬が若干赤く腫れていて、少しばかり痛々しい。

僕達がこの場に残った理由は言うまでも無く、お師匠の呟きが原因だ。

 

「色男に箔がついたじゃねぇか?」

「まったく、無事だと分かっていて手を止める辺り、私もあのマスターに染まってきているのかもしれんな」

「それよりも、です…お師匠、小間使いと言うのは?」

 

クー・フーリンとエミヤの軽口を諫めつつ、僕はお師匠に目を向ける。

あのカリギュラが消えていく一瞬、お師匠だけは明後日の方向を見ていた。

おそらく千里眼によって何かを見たのだろう。

 

「言うまでも無く、あの冬木で出会った魔術師だ。この時代に奴はいる…が、正確な場所までは分からんな」

「呼ばれるまで引き籠ってたから耄碌したんじゃねぇd…!?」

「兄さん!?」

 

クー・フーリンが憎まれ口を叩き切る前に鼻っ柱にお師匠の右ストレートが叩き込まれ、平原をおよそ50メートル程弾き飛ばされていく。

口は災いの元…と言う事をどうにも学習してこなかったようだ…女王メイヴにも余計な一言言って怒らせた所為で死因になったっていうのに…。

僕は心中で手を合わせつつ、お師匠に話を促す。

 

『レフが…レフが居るのね?』

「あぁ…ただし、どうも聖杯を使って魔術的な結界を作り出している様でな。千里眼でも詳しい位置は見通せぬ」

 

…所長はレフ・ライノールに依存していた。

正確には、依存させられていた…と言ったところだろう。

Dr.ロマンの話では、このカルデアの所長となった時は上と下からの圧力の板挟みになり、精神的に追い詰められていたらしい。

そんな最中Dr,ロマンと共に所長を支えていたのが、レフだった。

彼が行う事は常に正しく、そして事態を好転させていく。

追い詰められた人間にとって、それは救いの神の様に思えただろう。

 

『いえ、居るのが分かっただけでも充分よ…必ず、彼に行き当たる…その時に…私は…』

『ともあれ、だ…皆お疲れ様。このまま皇帝陛下と一緒に首都に入ってくれ。彼女ならば君たちを無下に扱う事も無いだろう』

 

所長の言葉を遮る様にDr.ロマンが割って入り、一方的に通信を切る。

おそらく、所長の精神状態が不安定になった為だろう。

 

「立香さんには明日伝えるとしましょう…今夜くらいはゆっくり寝て疲れを取ってもらいたいですし…」

「お主、あの娘には甘いな?」

「…同年代なら甘くなると思いますけどね」

 

お師匠が茶化す様に僕の事を小突いてくるが、僕は唇を尖らせながら小さく反論してすたすたと歩き始める。

気付けば月も傾き始め、夜の世界が終ろうとしていた。




ごめんね!また切れなかったよ!
ちなみに、立香さんは豪運の持ち主なので、ガチャを引けば平気で星5を2枚抜きとか平気でします。

次回

「なんだか、眠れなくって…」
「眠れる方が凄いって…きっとね、人らしくするんであれば慣れちゃいけない事だからさ」

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