Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#31

夜明けを迎えて連合ローマ帝国を撃退した僕達は、勝利の興奮も冷めぬままに首都ローマへと帰還を果たした。

包囲され、不安な夜を過ごしていたであろうことは想像に難くなかったのだけれど、ローマ帝国の中心地であるこの都の住人たちは非常にタフだったようで、市場には商品が並べられ、活気の溢れる声が道行く人々にかけられていた。

マシュはこうした活気ある市場が珍しいのか興味深げに周囲を見渡していて、どこかおのぼりさんの様に見えて少しだけ可笑しかった。

皇帝自身によるローマ観光もそこそこに、僕達は彼女の住まう宮殿へと招待されることとなった。

もちろん、それはこれから僕達が成すべき事、ネロ自身が成すべき事の擦り合わせをするからに他ならない。

その擦り合わせもものの5分もあれば合致し、正式な協力関係へと至ることが出来た。

ネロは、このローマ帝国を脅かす連合ローマ帝国を排除したい。

僕達は、恐らく連合ローマ帝国にいるであろレフを捕縛し、更に聖杯を回収したい。

各々目指すべき到達点は違うものの、敵は共通している…それに、皇帝ネロから提示された待遇は願ったり叶ったりと言うほかなかった。

その内容は、僕達に対する衣食住に関する全面的なバックアップ、そして戦況や些細な情報に関する共有だ。

流石に僕としてはありがたい事この上ない訳なのだけれども、『いくらなんでも1日2日で僕達の事を信用しすぎているのでは?』と忠告をしてみたのだけれど…

 

『共に戦い、共に笑ったものを信用せずして何とする。それに、そんな忠告をするものが連合めの間者とは考えにくいからな!』

 

と快活な笑いと共に一蹴されてしまったわけで…皇帝の器量と言うものは何とも計り知れないものを感じざるを得ない…。

ともあれ、皇帝ネロと円滑な協力関係を築くことができた僕達は、今日1日を休息に使う事とした。

ネロとの情報交換は所長とDr.ロマンがやるから、一晩戦闘していた僕達は休め…と言う所長命令のお陰だ。

僕としては、まだまだ働くだけの元気はあったのだけれど、立香さんやマシュはそうもいかない。

前回と違って、今回メインで相手にするのは人間だ…それ相応の精神的負担と言うものは必ず彼女たちに圧し掛かってくる。

心に整理を付けると言う意味合いでも、この休息は不可欠なものなのだろう。

さて…話は変わる訳ども、我がカルデアには浴槽に浸かると言う習慣が無い。

広大な施設であるにも関わらず、立地条件と言うその一点において水を無駄遣いする余裕なんて無いためだ。

必然的に各部屋に備えられている風呂場はシャワーのみの代物となり、汚れを落とす為だけのものとなる。

ユニットバスであればバスタブがあるので、お湯を貯めると言う事ができるのだけれど…まぁ、こればかりはカルデアを立ち上げた人の意向があるので、今更文句を言ったところで始まらないし、仮に改築するなんてなったらそれこそ費用や労力が馬鹿にならない。

人理焼却中の今であるならば言わずもがな、だ。

しかーし…今僕達が居るのは華の帝政ローマ…天井から香水がシャワーの様に降り注いだりするトンデモ文明最先端の地。

何が言いたいかと言うと、大浴場がある。

湯船に、身体を、浸かれる、のだ!!

お風呂好き…とまでは言わないけれど、それでも学生時代――と言っていいのかは分からないけれど――足を延ばして湯船に浸かりたいと思った時は近所の銭湯に通うくらいはしていた。

湯船に浸かれるチャンスなんて今しかない!

と、言う訳で皆が寝静まった夜…僕はこっそりとこの宮殿にある大浴場…所謂テルマエと言う場所へとやって来た。

構造的には馴染み深い銭湯とそう大した差は無く、脱衣所で衣服を脱いでから浴場へと入っていく。

ネロの使う宮殿の浴場と言う事もあってか内装は非常に豪奢…薔薇を好んでいるのか至るところにそれらの装飾が施されているのが分かる。

いくつか区分けされた部屋は空気が熱せられて、湯冷めしないように設計されている様で、この時代の日本の文明と比べるとまるで魔法を使っているようにも感じられてしまう。

驚くべきことに熱いお湯が流れるシャワーまであって、ローマ人の風呂に対する並々ならぬ想いを感じ取ることが出来る。

 

「…令呪を以て告げる(セット)。清姫、大人しくあてがわれた部屋で寝なさい」

「あぁん、御無体な~」

 

シャワーを浴びるときにふと手の甲の令呪が目に入り、後数分もすれば補充されることを思い出した僕は、恐らく湯船の中に潜んでいるであろう清姫に対して令呪を行使する。

案の定湯船の中から出てきた清姫は、素直に令呪の拘束に従って僕の背中を目に焼き付ける様に見つめながらペタペタと足音を立てながら退室していく。

…あんまりどうでも良い事に使うものでは無い筈なのだけれど、1日1画補充されるのであればこういった使い方も悪くはないだろう。

シャワーで1日の汚れを落とした僕は、湯船に張られたお湯に手を入れて温度を確認し、ゆっくりと湯船の中に入り方までどっぷりと浸かる。

 

「あ゛~…足まで伸ばせてるぅ…」

 

オッサン臭い言葉を独り言ちながら、僕はゆっくりと全身の力を抜いて大きな湯船の上を浮き始める。

宮殿内のテルマエ…とは言え、平時では多くの人がこの場を利用していることを考えれば、今こうして貸し切り状態で使えると言うのはとんでもなく贅沢な事なんだと思う。

…皆と温泉旅行…行ってみるのも良いよなぁ。

そういえば、Dr.ロマンは日本に滞在していたことがあると言っていた様な…。

ぼんやりと取り留めも無い事を思考していると、ちゃぽんと言う音共に水面が揺れる。

どうやら誰かが湯船に入ってきたようで、僕は慌てて姿勢を正して入って来た人物へと目を向ける。

 

「夜遅くまでご苦労さまで…す…?」

「なるほど、ローマ式と言うのも悪くはない」

 

薄く赤みがかった黒髪を頭の上に纏め、涼し気な顔で笑みを浮かべている1人の女性。

その美しい肢体をタオルで隠す…等と言う事はせず、惜しげも無くさらけ出しているものの、水面が揺れて湯気も立ち上っているのでよく見る事は出来ない。

 

「…お師匠、ここ男湯なんですが?」

「女湯の方は煌びやか過ぎて趣味が合わんのでな。なぁに、男女の関係と言う訳でもないのだから何も問題あるまい?」

「……」

 

僕はそのまま顔の半分までお湯につかって、極楽極楽と呑気に風呂を満喫しているお師匠から背中を向ける。

まったくの盲点…こんなことは清姫くらいしかしないだろうからと気を抜いていた僕が間違いだったのだろうか?

据え膳食わぬは何とやらとは言うけれども、殊更こういった感情の表現が苦手な僕としては、頭の中が混乱の極みに達してしまっている。

 

「あのですねぇ…一応僕も男なわけでして…」

「ハハッ、聞くまでも無いとは思うが、よもやこの顔に魅入りでもしたか?」

「お師匠はもうちょっと自身の美貌に関して認識を改めるべきだと思います」

 

僕はお師匠に…スカサハに恋い焦がれている…と言う感情は多分間違っていないと思う。

それと同時に、僕はスカサハに対して大きく見劣りする存在であることも自覚している。

僕は兄弟子のクー・フーリンより遥かに弱い…勇気を持っているとも言えない。

 

「良太」

「なんですか?」

 

水面が再び揺れ、少しずつ少しずつお師匠が背中から近づいてくる気配を感じ取る。

僕はその動きに合わせてお師匠から離れるように動くものの、限られた湯船のスペースの中でそう簡単に逃げ切れる訳でもなく、あっさりと隅の方へと追い詰められていく。

 

「こっちを見ろ」

「いや、だって僕もですけど、お師匠裸じゃないですか…」

「人と話すときは顔を突き合わせるべきだ。それにここはテルマエ…裸を見られて恥ずかしい事もあるまい?だから、見ろ」

「豪胆すぎませんかねぇ!?」

 

裸を見られて…と言う以前に此処は男湯なのだ。

そも混浴であっても専用の服を着て入ったりするわけで、ヌーディストビーチよろしく何でもかんでも解放していいなんて言う道理が罷り通る訳がない…と思いたい。

とは言え、僕も青少年…ましてや好意を覚えた女性(ヒト)の裸に興味が無い訳でもなく、お師匠の言葉がまるで悪魔の囁きの如く脳内にこだましていく。

 

「ケルトの流儀は何時でも剛毅なものだ。お主もワシの弟子を名乗るならば、流儀に従わんとな?」

「お、応…」

「ん~?聞こえんなぁ~」

 

お師匠は僕を揶揄う様にクスリと笑い、僕は大きく深呼吸して覚悟を決める。

すなわち顔しか見ない…顔にしか意識を集中させない。

とても柔らかそうなものが湯船に浮いているかもしれないけれど、僕はそれを決して見ない。

見たいけれど、見ない。

意を決してゆっくりと振り返ると間近にお師匠の顔がある。

いつも見てきたその顔は、風呂場にいるせいかやや上気していて何処か艶を感じさせる。

 

「初心なものだ…よもや、女の裸は見慣れないか?」

「この歳で見慣れている方がどうかと思いますが…」

 

顔を下に向けたい衝動に必死に耐え、真っ直ぐにお師匠の顔を見つめる。

試されてる…確実に試されてる…。

意図は分からないけれど、そうでも考えないと理性が音を立てて崩れて逝ってしまう…。

 

「お師匠…あんまり、からかわないでください…」

「…やれやれ、押し倒す程度の甲斐性はあると思ったのだがな?」

「そうしたら、タダじゃ済まないでしょ…?」

「うむ、その心臓をグサリ、だ」

 

お師匠は子供の様な笑みを浮かべて僕の隣に移動し、手で胸元を押さえながら湯船に肩まで浸かる。

僕はお師匠から顔を背けて胸を撫で下ろしながら、ゆっくりと速くなっていた呼吸を整えていく。

…こっそり使おう、うん。

 

「…ほんと、色々と心臓に悪いですよ…」

「なに、お主ならば大丈夫だと踏んでいたからな。なんにせよ女湯の装飾が合わんのは本当だ。無駄に薔薇の花弁が舞っていたしな」

「ネロが聞いたら頬を膨らませて怒りそうですよ、それ…」

 

薔薇の花びら舞う大浴場かぁ…立香さんやマシュは無邪気に喜びそうだなぁ。

皇帝ネロ…と言うと黄金劇場(ドムス・アウレア)が有名だったかな…ただ、建設自体は今から4年後のお話なので、今は存在していない訳だけれど…。

かの宮殿建設の事業はローマの大火後と言う事もあって施策として非常に評価が高かったりする。

 

「個人の嗜好とはそう言うものだ。さりとて、あの小娘は気にも留めぬだろうよ。国を治める者としては及第点だ」

「お師匠が評価するって珍しいですね」

「お主と同じく、人らしく振舞っているからな」

 

…お師匠は本来、機械的に物事を処理するような性格だったそうだ。

それは人として死ぬことが叶わなくなり、あの暗く冷たい影の国を治める事になった事に起因している。

そういえば…夢で…見た、様な…?

 

「良太、お主とワシは殊更強く繋がっている。その分ではワシの夢でも見たか?」

「ような…気がするだけです…。悲痛な叫びの様な…」

 

お師匠は僕の頭を抱き寄せて優しく頭を撫でてくる。

視界にお師匠の裸体が広がり、僕は慌てる様に身を捩りながら目を瞑る。

 

「これこれ、暴れるでない。所詮過去は過去…お主が気にするものではない」

「別にハッキリ覚えてるって訳ではないんですけどね…?」

 

お師匠の力の前にはビクともせず、僕は諦めてお師匠に頭を撫でられ続ける。

その心地良い感触は段々と緊張していた精神を解きほぐすかのようで、僕は目を瞑ったままうつらうつらとしてくる。

風呂場で眠るのは不味い…し、死ぬ…。

 

「お、お師匠…そろそろ離してもらえません?」

「ワシの抱擁は気に入らんか?」

「そんな…パワハラみたいな絡み方…ぐぅ…」

 

段々と心地よくなってしまった僕は、朧げな意識のまま言葉を交わしてそのまま意識を手放してしまう。

その夜は、微かにとても良い香りがしたような気がした。

 

 

 

 

―――

――――――

――――――――――

 

 

 

 

たのしい夢だ。

ぼくとおとうさんとおかあさんと。

どこかとおくへいく夢だ。

こわい夢だ。

おとうさんとおかあさんはいなくなって。

ぼくのむねが穿たれる。

そんな、こわい夢だ。

 




話は進まない、肌色は多い。
こんよく に ゆめ を みたって いい じゃない 
                         らぐ


次回

「破竹の勢いって怖いなー、罠っぽくて怖いなー」
「君のケルト勢がハッスルしている所為だと思うがね…?」

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