Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#32

1日を休息にあてがい英気を養った僕達は、ネロの頼みもあってガリアへと遠征する事になった。

所長によると、ガリアは連合ローマ帝国との戦いに於ける最前線の1つであり、今も休むことなく戦線を維持し続けていると言う事だ。

ネロはそんな最前線にて激闘を繰り広げる兵士達の士気を鼓舞し、戦線を押し上げる為に赴く必要があるそうだ。

この特異点最大の要であるネロを単独行動させると言う事は、非常に危険な状態であるため僕達はこれを2つ返事で了承し、その日の内にガリアに向けて出立する事となった。

ガリアは首都ローマよりも北方…位置的には現代で言うフランスにある地だ。

いくら街道があるとは言え距離があるために、その道程は1週間ほどかかってしまった。

ガリアの手前で陣を張っている自軍の野営地へと向かうと、ネロは自軍の兵士達を集めて声を張り上げる。

 

「皇帝ネロ・クラウディウスである!これより謹聴を許す!」

 

ネロは旅の道程で見せていた少女らしい側面を見せず、凛々しい顔立ちと声色で兵士たちに檄を飛ばす。

そのカリスマに呑まれたのか、兵士たちの顔は戦場に出ているかのような精悍さと覇気を備えている。

 

「ガリア遠征軍に参加した兵士の皆、余と余の民、そして余のローマの為の尽力ご苦労!是よりは余も遠征軍の力となろう。一騎当千の将もここに在る!!」

 

ネロはそう言うと片腕を僕達の方へと広げ、兵士たちの視線を僕達に集中させる。

その視線に立香さんとマシュは若干たじろぐものの、小さく会釈をする。

クー・フーリンは兵士たちのその様子にニヤリと笑みを浮かべながら顎を擦り、お師匠はお師匠で涼やかにその視線を受け止めている。

ネロは兵士達を見渡した後に素早く剣を引き抜き、天に向かって掲げる。

 

「この戦い、負ける道理がない!――余と、愛すべきそなたたちのローマに勝利を!!!」

「「「「「ローマに勝利を!!!」」」」」

 

兵士たちはネロの言葉に続く様に拳を振り上げて、同じ言葉を口にする。

ローマに勝利を…例えそれが短くとも平和を得るために、この時代の人々が望んで止まないものだ。

マシュは、ビリビリと大気を震わせるかのような歓声に目を輝かせる。

フォウもまるで鼓舞するかのように、立香さん達の前で飛び跳ねている。

 

「すごい歓声ですね…これが、皇帝ネロ全盛期のカリスマ…というものでしょうか?なんだか、私まで鼓舞されてしまっている様で…」

「きっと、そうだろうね…グイグイと人を引っ張っていく、そういう魅力がネロにはあるんだと思う」

 

歴史…と言うものは当時の人々によって、都合よく解釈されてしまうときがある。

皇帝ネロは暴君としてローマを追われ、そして最後は自身で喉元を突いて自害する。

しかしドムス・アウレアの例があるように、必ずしも悪しきことを行ってきたわけではない…ただ、必要悪として描かなければならなかった時代的背景があったためだろう。

もっとも分かりやすい例で言えば、『パンがなければ、お菓子を食べれば良いのに』だろうか?

この言葉は、そもそもマリー・アントワネットが言った訳ではなく、昔の本の引用がいつの間にかマリー・アントワネットが言ったと言う風にすり替えられた…なんて説があるくらいである。

 

『藤丸、マシュ…先日話したように、過去の人間に未来の事を示唆するような発言は控える様に。どんな悪影響があるのか分からないのだから』

「…もどかしい、けど…救うはずの人類史が狂っちゃだめですしね」

 

所長は雑談をしていた立香さん達を窘める。

僕達は皇帝ネロが…そしてこのローマ帝国がどのようになっていくのかを知っている。

もし、それが本人にとって求めている結果でなければ…きっとその結末を回避するために足掻いてしまうだろう。

もし、その足掻きが成功してしまえば、それは未来に至る道筋とは大きく異なるものとなる。

過去の改ざんは未来へと波及し、未来は別のモノになってしまうだろう。

それは人理焼却に匹敵する、あってはならない事だ。

だからこそ、僕達は未来について、彼女たちに語るべき舌を持ってはならない。

 

『あれ…この反応は?マシュ、そこに――』

 

Dr.ロマンは何かに気が付いたかのようにマシュに確認を促そうとすると同時に、此方へと2人組が近づいてくる。

1人は少しばかり視線の置き場に困る様な軽装の赤毛の女性。

母性を強調するかの様な豊かなボディラインは、その…うん、これ以上は発言を控えておこう。

 

「おや、思ったよりお早いお越しだったね、皇帝陛下。んーと…そっちの可愛らしい女の子と初心そうな男の子が噂の客将かな?見かけによらず強いって噂で持ち切りだよ」

 

柔和な笑みを浮かべて話す女性は、優し気な雰囲気でこちらに接してくる。

声をかけられたネロは、先ほどまでの威勢がどこに行ったのか少しばかり表情が暗い。

 

「遠路はるばるこんにちは。あたしはブーディカ。このガリア遠征軍の将軍を努めてる」

「ブーディカ…?」

 

マシュはブーディカと言う名前に思いあたる節があるのか、名前を反芻してマシュはブーディカの事を見つめる。

ブーディカはマシュを見つめると、うんうんと頷いて殊更優し気な笑みを浮かべ始める。

 

「ブリタニアの元女王ってやつさ。落ちるところまで落ちたーって感じだね、アハハ。で、こっちのデカイ男が…」

 

ブーディカ…ブリタニアの元女王…確か、この頃のブリタニアはローマ帝国に反発していたような…?

僕は心の中で首を傾げながらも、ブーディカの隣に立つ暑苦しい笑みを浮かべている大男を見上げる。

一言で言うなれば…筋肉(マッスル)、だろうか?

その男は自身の鍛えに鍛えた青白い傷だらけの肉体を余すことなく曝け出し、異様な雰囲気を放っている。

お師匠はその大男を見ると、ほう、と感心したかのように片眉を吊り上げ、クー・フーリンは不気味な微笑みに眉をひそめている。

むぅ…。

 

「おぉ!この無数の圧政者に満ちた戦いの園に闘士がこんなにも集うか!さぁ!今こそ叛逆の時、さぁ共に戦おう。比類なき圧政に抗う者よ」

「へ?」

「は?」

「う?」

 

僕と立香さんとマシュの3人は、大男の発する言葉に一様に首を傾げる。

叛逆?圧政者?

 

「ハッ!?言葉に戸惑ってしまいましたが…この気配は、お2人とも…」

「へ?うわぁ、珍しいねぇ。スパルタクスが誰かをみて喜んでるのに襲いかからないなんて…滅多にない事よ?」

「襲うんすか…」

「襲うんすよ?」

 

僕のボヤキの様な呟きに、ブーディカはクスクスと笑いながら同じ口調で返してくる。

マシュの口ぶりからして、ブーディカとスパルタクスと呼ばれた大男は英霊なのだろう。

それならば、この戦線が押し返されない事に納得がいく。

目には目を、歯には歯を…と言ったところだ。

僕達――所長とロマンも含め――の戸惑いを他所にスパルタクスは真っ白に輝く歯を光らせながら凄惨な笑みを浮かべる。

…襲ってこないよね?

 

「叛逆の勇士よ、その名を我が前に示す時だ。共に自由の青空の下で悪逆の帝国に反旗を翻し、叫ぼう!」

「はい?」

「フォォォォ…?」

 

マシュとフォウはスパルタクスの言動に未だ混乱が止まずに首を傾げるものの、僕と立香さんは互いに視線を交わし大きく頷く。

 

「東雲 良太です」

「藤丸 立香です」

「え、名前を聞かれてたんですか?今の、そうなんですか?」

 

躊躇する事無く名前を告げた僕達に、マシュは驚いた顔で此方を見てくる。

名を示せって言ってるわけだし…まぁ、これなら理解できない訳でもないかな?

 

『どう考えてもバーサーカーよね…大丈夫なのかしら…?』

『まぁまぁ、はぐれサーヴァントが2騎も味方に居てくれるんだから、心強いじゃないか』

 

所長はスパルタクスの言動の可笑しさに眉を顰めるような声を出すものの、ロマンはこれを宥めて呑気な笑い声をあげる。

此方にいる英霊達と合わせれば過剰戦力も良いところだ…向こうが総力戦で挑んでこない限りは、ガリアの地を平定するのもそう難しくは無いだろう。

 

「ははーん、姿が見えない魔術師ってのはあんた達の事か。オルガマリーとロマニ、だっけ?そして」

「マシュ・キリエライトです」

「うん、名前は聞いてる。きちんと此処にも伝令が届いているからね。お気に入りの客将なんだってね、皇帝陛下?」

「……」

 

どうもネロは伝令文をしたためた時に、ご機嫌な内容を書き上げたようだ。

ブーディカの発言から察するに、僕達には現状を覆す何かがあると言う期待を寄せられているようだ。

僕は、ちらっと立香さん達を見るが、意識しているのかしていないのかマシュ達と雑談している。

ん…立香さんが驚いた…?

ブーディカがネロに声をかけているが、ネロは上の空と言った様子でブーディカを見つめている。

 

「ちょっと、皇帝陛下?」

「…ん、何か、言ったか?…少し、疲れたようだ。ブーディカ、客将達を頼む」

 

ブーディカがネロの顔を覗き込む様に近付くと、やはり心ここに在らずと言った様子で弱々しい声で眉間に皺を寄せる。

旅の行程的に、少々急いだ旅路だ…先の戦闘や、日々の公務に関する疲れが此処に来てネロに襲い掛かってるのかもしれないなぁ。

 

「ガリアの戦況について教えてやってくれ。余は頭痛がひどい…少しばかり床につく」

「あ、あぁ…分かったよ。この子達はあたしに任せといて」

「良太と立香も休むと良い…長旅だったからな」

 

ネロはそれだけ言うと、指揮官用のテントへ向かってよろよろと歩いて入っていく。

ブーディカはその様子を、やはり複雑な面持ちで見送っていく。

ローマとブリテンは敵対関係にあったはずだ…で、あるならばブーディカは一体どんな気持ちでネロに協力しているのだろうか?

 

「少し、良いかね?どうやら敵軍の斥候部隊が居たようだ。此方から離れていく小隊の姿を見つけた」

 

霊体化をしていたエミヤが僕達の前に歩きながら実体化する。

 

「幸い、まだ此方の動きには気づいていない状態なのでね。許可を貰えるならば、私たちの力を見てもらう良い機会だと思うのだが?」

「…ガリア攻略戦の事もあるし、疲れているだろうけど頼めるかい?」

 

今も昔も情報と言うのは命取りに繋がる。

斥候部隊に情報を持ち帰られては、今後の作戦行動に支障が出てくる。

僕はクー・フーリンへと目を向けると、待ってましたと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべられる。

 

「は~~、しょうがねぇ…しょうがねぇなぁ~。ちょっくら運動してきますかね?」

「そんなに嫌ならば、私1人で片付けてくるが…?」

「あ?その前にテメェから片付けてやろうか…?」

「「まぁまぁまぁまぁ」」

 

クー・フーリンがニヤニヤとした笑みを浮かべながら茶化す様に言うと、エミヤは呆れたように溜息を吐きながら悪態をつく。

これにクー・フーリンはコメカミをひくつかせて怒りを露にするものの、僕と立香さんは2人を必死に宥める。

戦闘中には凄まじいコンビネーションを見せてくれるのだけれど、この2人…第5次聖杯戦争の時の因縁が尾を引いているのか、普段は非常に仲が悪い。

にらみ合いを続けるクー・フーリンとエミヤを見るに見かねたのか、お師匠は両手に朱槍を持ちその穂先を2人の喉元に突き付ける。

 

()るのか?ヤらん(死ぬ)のか?」

「疾く、片付けるとしよう」

「ちょっくら片付けてくらぁ」

 

お師匠の剣呑な雰囲気にあてられた2人は、そそくさと霊体化して姿をかき消す。

お師匠はやれやれと肩を竦めてため息を零す。

 

「いつまで経っても子供で仕方ない…」

「あいつら…大丈夫なの?」

 

ブーディカは何か情けない男達を見るかのような目で、2人が消えていった方向を見つめる。

…戦場での2人を知らなければ、きっと誰しもが2人を同じような目で見るんだろうな…。

 

「いえ、本当…大丈夫なんで…兄弟子なんで…あんまり…」

「え、エミヤさん料理もできるし強いんで!大丈夫です!」

 

僕はなんだか無性に悲しくなってしまってブーディカから視線を逸らし、立香さんは両手をグッと握り込んで目を輝かせてブーディカに力説する。

 

「ま、まぁ…首都包囲戦の話も聞いてるし、期待はさせてもらってるからさ?」

「ほんと、すんません…」

 

なさけなーい出撃を果たした2人が帰って来たのは、きっかり5分後の事だった。

 

 

 

 

 

「君の師匠と言うのはいつもあの調子なのかね?」

「問答無用じゃなかっただけ、まだマシだったんじゃねぇかな?」

 

白と黒の刃が舞い、深紅の棘が軌跡を刻む。

赤と青の英霊は、先ほど喉元に付きつけられた殺気を振り払う様に、逃げ惑う斥候部隊の兵士を適切に処理していく。

黄昏時に輝く草原を、どす黒い朱が影を落としていく。

彼らが相手をするのは人間だ…あくまで、何の力も持たないこの時代に生きる人間だ。

英霊に追われて勝てる訳も無く、彼らに補足された時点で敵兵達の命運は決まっていたと言える。

 

「…しかし、斥候部隊を出してきたのはどういう腹積もりなのだろうな?」

「あ?何が言いてぇんだ?」

 

斥候部隊の始末を終えた2人は血の付いた得物を消して、互いに向き合う。

屍の中で対峙していなければ、世間話でもしているかのような気さくさすら感じさせる。

 

「奴らは聖杯を手にしていて、私たちよりも潤沢な魔力リソースがある…それならば魔術による遠見でもなんでも使って安全に覗き込むことが出来るだろうに」

「ヘッ、あのレフとかってやつは、上手く英霊を使えていねぇって事か?」

「聖杯による強制服従で、力を発揮できないのか…それとも…」

 

エミヤは腕を組んで視線を逸らして考え込む。

優先すべきは魔術の基礎も覚束ない自身のマスターの安全…その上でこの特異点を犯す癌の切除だ。

マスターなくして人理修復を成すことが出来ない。

例え、カルデアの火が英霊の現界を保っていたとしても、英霊を扱う人間が居なければ木偶の坊とそう大差が無いのだ。

勿論、クラスによってはその限りではないのだろうが。

突如クー・フーリンがエミヤの背中を掌で叩き、意識を思考の海から引き上げる。

 

「突然何をするのだね…君は?」

「終わったんならとっとと戻るぞ。遅くなったらあの女に何言われるかわからねぇからな」

「…そうだな」

 

クー・フーリンとエミヤは霊体化して、自陣の野営地へと戻っていく。

黄昏時の中…色を変える事無く輝き続ける上空の光帯が不吉に輝き続けた。




ブーさんはエッチだしスパPもエッチだと思います(個人差があります)

暫らく鈍足進行になる予感…

次回

「うめ…うめ…うめ…」
「マスター、まだまだ食事はたくさんある、そう慌てる事も無い」
「こっちもたくさんあるからどんどん食べちゃってね!」
「おぉ!此度の晩餐こそ明日の圧政者を打ち砕く礎とならん!!」
「スパさん落ち着いて!!」

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