Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#33

ガリアの地平線を東から昇ってくる太陽が明るく照らし始める。

夜の帳はとうの昔に取り払われ、これから起こる惨劇を包み隠さず晒し上げる様に地平が照らされていく。

僕は僕の英霊を引き連れ、ガリアを見渡せる丘の上で陣取っている。

無論単独で、だ。

ネロ率いるローマ帝国軍は、僕達が陣取る丘の後方で部隊を展開して開戦の時を待つ。

部隊の規模はほぼ同数…向こうは防戦に徹していれば良いだけなので、幾分気が楽なのだろうけど()()()()()()()

僕達が丘の上で陣取っている理由はただ1つ…敵ガリア防衛部隊に対して決定的な打撃を与える為に他ならない。

…最初、この案を出した時は立香さんとマシュに猛反対された。

相手は人間なのだから、手心を加えるべきなのだと。

僕はその意見を甘いとは言わないし、否定するつもりもない。

けれども此処は最早戦場で、僕達が手心を加えた所でローマ帝国の兵士たちは敵を殺すし殺されてしまう。

で、あるならば…一体どれほどの違いがあるのだろうか?

着ている礼装のフードを目深に被って丘の上で胡坐をかいて瞑想をしていた僕は、背後から近づいてくる気配にゆっくりと目を開けて深く溜息を吐き出す。

 

「作戦開始はまもなく…此処は君の持ち場ではないでしょ?」

「東雲、さん…」

 

少しばかり冷たい声色で、振り返りもせずに近付いてきた立香さんに声をかける。

立香さんは僕の声色にビクリと体を震わせて、息を呑む。

きっと、今の僕は彼女が良く知るタイプの人間ではないと感じ取ってしまったからだろう。

 

「僕達が戦端を開き、盾であるマシュを伴って戦場を駆け抜けるネロ率いる突撃部隊を補佐する…それが君の役割」

「で、でも…東雲さんはこれから何をするのか分かっているんですか!?」

「人を殺すんだよ。それこそ道端の小石を蹴り飛ばす様に」

 

僕はゆっくりと立ち上がり、右手にお師匠から下賜された呪いの朱槍…ゲイ・ボルクを呼び出してしっかりと握り込む。

握り込んだゲイ・ボルクはまるで熱を持ったかのように脈打ち、そしてなによりも冷たい。

魔術回路を1本1本丁寧に起動させていくと、僕を挟む様にお師匠と兄弟子が朱槍を手にした状態で霊体化を解いて実体を顕す。

 

「な、なんでそんな簡単に言えるの!?」

「死にたくないからだけど?」

 

僕は後ろへと振り返り、静かに泣きそうな顔をしている立香さんを見つめる。

僕は死にたくない。

昔、とてもとてもとてもとても…とても痛い目を見たから。

あんな痛い目を見るくらいなら…見るくらいなら…?

…いつ痛い目を見たんだったっけ…?

まぁ、なんであれ死にたくないし、死にたくなければ殺すしかない。

威嚇で退いてくれればいいけど、退けない存在だっているのは事実な訳だしね。

 

令呪を以て告げる(セット)。クー・フーリン、令呪の魔力を以て宝具の全力投擲にて連合ローマ帝国を殲滅しろ」

「おう、呪いの朱槍をご所望かい?」

「東雲さん!!」

 

令呪を1画消費すると、令呪が刻まれた右手に痺れるような痛みが走る。

僕は立香さんの制止を無視して、更に令呪を1画消費する。

 

続けて告げる(セット)。スカサハ、令呪の魔力を以て宝具の全力投擲にて連合ローマ帝国を殲滅しろ」

「いいだろう」

 

令呪が消費されて更に痛みが走り、それと同時に2騎の英霊に莫大な魔力が注がれる。

其処に僕は魔術回路を全力稼働させて2騎に魔力を送り込み、宝具の全力投擲の準備を推し進める。

突如として膨れ上がった魔力は紅蓮のオーラとなって天高く立ち上り、2騎の英霊はゆっくりとその場に身を屈める。

 

「どれ、クー・フーリン…あの程度の雑兵どもに手古摺ることもあるまいな?」

「ただの的当てと変わらねぇだろうが…これでもうちょいホネのあるやつが釣れれば御の字だけどよ」

 

ぐっと2人は地を這うように身をかがめた瞬間、地を粉砕する勢いで駆け出して同時に跳躍する。

それは、星にすら届くのではないかと思えるような高さで跳躍した2騎は、上空で朱槍を構える。

 

「「手向けとして受け取るが良い!!」」

 

2騎からあふれ出していた魔力は手に持つ朱槍に一極集中し、まるで空間が歪んで見えるほどの濃密な魔力の塊と化す。

それは上空高くに発生しているにも関わらず、ダウンバーストが発生したかのように上空から僕達に魔力の乗った風が吹きつけてくる。

立香さんは僕を止めようと此方へと駆け寄って来るけど…もう遅い。

僕の中のありったけの魔力が、宝具へと送り込まれていくのが分かる。

 

「『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』!!!!!」

「『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!!!!」

 

全身をルーン魔術で超絶強化を施し、2騎の手から全力で朱槍が投擲される。

それは投擲された瞬間に風の壁をぶち破り、瞬時に最高速度へと到達。

投擲したときに起きた炸裂音が遅れて僕達の耳元に運ばれ、2本の朱槍が絡み合う様に飛び交い、眩いほどの光を放った瞬間にそれぞれの槍から大樹が枝葉を伸ばす様に無数に分裂を起こしていく。

対軍宝具…その名に恥じない広範囲に渡る宝具の雨は、ガリアに展開していた連合ローマ帝国軍の中央へと降り注ぎ、着弾と同時に莫大な魔力が一気に開放される。

僕は駆け寄ってくる立香さんの身体に飛びついて地面に押し倒して、背後から迫りくる爆発の衝撃波から立香さんの身体を守る。

その爆発は大地を大きくえぐり取り、その熱は大地を溶かし尽し、その威力は人が耐えられるものでは無かった。

有体に言えば…消滅したのだ。

塵1つ残さずに、僕達に相対する連合ローマ帝国の大部隊の殆どがこの世から消え去った。

 

「…怪我はない?」

「っ…」

 

爆発の衝撃と閃光から数分後…気を失っていた立香さんはボンヤリとした表情で僕の事を見上げ、何が起きたのか分からない様子で首を動かす。

覆いかぶさっていた僕は背中に乗る土塊を落としながら静かに立ち上がり、立香さんへと手を伸ばす。

 

「…1人で、立てます」

「ん…立香さんはマシュのところに行って。清姫、立香さんを守って」

「ますたぁ…よろしいのですか?」

「よろしいのですよ?」

 

霊体化して僕を守っていた清姫に立香さんを守る様に言い渡し、荒廃した大地を駆け出す立香さんの後を追う様に言い渡す。

ゲイ・ボルクの全力投擲から難を逃れた部隊が、再編を済ませて戦場をかけ始めているのを見たからだ。

エミヤが立香さんの守りに就いているだろうけど、恐らく連合ローマ帝国から英霊が出張ってくるはずだ。

マトモな感性をした指揮官であれば、この一撃で部隊の撤退を促すはず。

なんせ戦略的には既に向こうは敗北している…ここで無駄に戦うのは愚の骨頂の筈なのだから。

 

「わかりました。ますたぁ、どうか無理をなさらぬように」

「清姫もね…」

 

清姫が移動した気配を感じれば、僕はどっかりと座り込んで戦場の中央突破を図っている部隊を見つめる。

おそらく、あれがネロの部隊の筈だ。

お膳立ては済んだし、恐らくはこれで…。

 

『…東雲くん、何も君が悪役に徹する必要はないんじゃないかな?』

「なんの事なんです?」

 

大きくため息を吐いて、空っぽの魔力をどうにかこうにか遣り繰りしていると、Dr.ロマンから僕に通信を入れてくる。

ロマンは僕の恍けた反応に深く溜息を吐き出し、話を続ける。

 

『確かに、今回の一撃で僕達の味方は損害を大きく減らせた。けれどもこの特異点が修復されてしまえば、仮に死んだ人間が居たとしても死んだことが無かった事になるんだ』

「死ぬなら、知らない人間がいいでしょ。一晩とは言え寝食を共にした人間が死んでしまう可能性があるのなら、そんな可能性は潰してしまった方が良い」

『っ…君、本当に高校生なのかい?』

 

味方の軍が次々と敵軍を制圧していく…それでも立ち向かってくる連合ローマ帝国軍には、一種の狂気すら感じてならない。

まるで洗脳された少年兵の様に、一途に、真っ直ぐに抵抗を続ける。

その姿は痛々しいほどに生々しく、愚かしいほどに滑稽。

笑いはしないけれどもね。

僕はロマンの言葉に肩を竦めるだけで答える。

少なくとも、お師匠に稽古をつけてもらっていた人間が普通の高校生な訳ないんだよなぁ…。

 

「さーってどう出るかね…?」

「私は動かない、と思うがな」

 

霊体化を維持したまま、お師匠とクー・フーリンが戦況の行く末を見守る。

今回、派手に宝具を撃ち込んだのにはもう1つ理由がある。

それは今相手にしている将以外の英霊の炙り出し。

…強烈な魔力反応を示し、雑兵を一瞬で消し飛ばしてしまえば相手方も此方の戦力を無視することができなくなる。

そうすれば、向こうから何かしら接触を図ってくるだろうと踏んでいたのだけど…。

 

「お師匠、動かない理由は?」

「そもそも人類史を焼却するような連中だからな…ここで何方かの人間が幾人消えようとも大した痛みではないのだろう。広がり切っている戦線を維持するのが困難になると言うだけで、本来であれば英霊だけでも事足りるのだからな。それを考えれば、此度の戦の動き…どうにもきな臭いものではあるが」

 

お師匠はどこか妖しい笑いを浮かべながら、自身の考えを述べる。

おそらくこの分だと千里眼を使用しないで、現状の行き当たりばったりを楽しんでいるんだろう。

軽くため息を吐くと、戦場から勝鬨をあげる声が上がっていく。

雌雄は…決したようだ。

僕はカルデアから戦闘が終わったことを告げられると、手に持つ朱槍を杖代わりに立ち上がり、ゆっくりと立香さん達が居るであろう方角へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

野営地に立てられた櫓の中に座り込み、僕は静かに石の表面を彫っている。

刻む文様は悉くルーン文字…お師匠から授けられた原初のルーンを1文字ずつ刻んでいく。

これらの小石はルーン文字に魔力を通すことで、さながら手榴弾の様に扱う事ができるため、いざと言うときの保険代わりの武器として使うことが出来る。

といっても石に込められる魔力量なんて高が知れているので、本当に困ったときの備え程度にしか機能しない。

 

「嫌われちまったなぁ」

「いやぁ、しょうがないでしょ…立香さんからすれば殺人鬼なわけだし」

 

僕に付き合って櫓で見張りをしてくれているクー・フーリンは、揶揄う様な笑みを浮かべながら僕に声をかけてくる。

結局、立香さん達と合流したは良かったのだけれど、立香さんとマシュは僕を見るなり視線を逸らしてしまい、取り付く島もない雰囲気だ。

ネロは顔色1つ変えずに僕を見るなり褒め称えてくれたのだけれど…まぁ、心中複雑と言えば複雑だ。

いや、覚悟が足りなかった…と言うべきだろうか?

因みに清姫は僕の隣に寄り添うように座って、何故かハァハァと興奮している。

正直ブレずに接してくれる清姫の存在が、非常にありがたく感じてしまう。

 

「話し合いでどうこうできるものでもないし、隣人が死ぬよか知らない奴が死ぬ方がまだ気が楽ってのも分からねぇでもねぇよ」

「エゴ…っちゃエゴなんですけどね…。立香さんやマシュはそれぞれなりに頑張っているわけだし」

 

僕は小石にルーン文字を刻む手を止め、櫓の縁に背中を預けて外を眺めているクー・フーリンを見つめる。

クー・フーリンはさっぱりとした性格だ。

ただ在るがままを受け入れ、その中で出来る事をやり遂げる…そういう在り方はとても眩しく見える。

 

「やめとけやめとけ。お前は俺じゃねぇんだし、生き方なぞる必要ねぇだろ?」

「心の中読まんでくださいよ…」

「わかりやすいってだけだろ」

 

クー・フーリンは意地の悪い笑みを浮かべながら、何処から調達して来たのか水筒の中の酒を一口煽って美味しそうに息を吐き出す。

 

「か~っ!飲みなれた味の酒ってのは美味いもんだな!日本で味わった日本酒みたいな焼けるような辛い酒も悪かねぇが」

「兄さんは過去の聖杯戦争の記憶を結構覚えてますよね…?」

 

冬木で出会った時、記憶は保持しているけど膨大な()()量に頭が追い付かず、必要最低限の記憶しか頭に残っていない…みたいな話をしていた。

にも関わらず、エミヤもそうなのだけれどクー・フーリンは過去に起きた第五次聖杯戦争の内容や因縁を記憶していて、更には『月』で起きた何かに関しても記憶しているみたいだ。

 

「まぁ、俺は元々キャスタークラスだしな。覚えてるって事はそれだけ知的って事なんだろうよ」

「知的なのと記憶力って関係あるんだろうか…?」

「イレギュラーにはイレギュラーが付き物ってな。まぁ、俺がお前の兄弟子で、英霊ってのは変わらねぇよ」

「ますたぁ、この清姫も最後までお付き合いいたします。えぇ、最後まで…フフフ…」

「ワァ、ウレシイナァ」

 

清姫の最期までって果てが無さそうで怖いな…。

イレギュラーとは言え、英霊の力として申し分のない働きをしているのだから、クー・フーリンの態度を見る限り問題は無いだろう。

僕は再び小石にルーン文字を刻む作業を再開し、雑念を振り払う。

清姫もクー・フーリンも…そしてお師匠も手を貸してくれるのだから…僕は僕のできる事をするとしよう。




スランプ中…お待たせしております…

次回

「神様ねぇ」
「胡散臭い」
「胡散臭い」
「重要な手掛かりかもしれませんね!」
「もっと心がときめかないのか、そなたらは!?」

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