Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#36

「余は何も間違えてはいない!余こそがローマを統べる第五代皇帝、ネロ・クラウディウスなのだ!」

 

真紅の薔薇を思わせる刀身が翻り、連合帝国に与するライダー…アレキサンダーの身体から真紅の花弁を舞い散らせる。

エミヤの双剣が、ヴラド三世の槍が、マシュのラウンド・シールドがネロを邪魔する雑兵とロード・エルメロイ二世の妨害を蹴散らし、勝利をもたらした。

アレキサンダーは口から大量の血を吐き出して膝を折りかけるも、手に持つ剣を地面に突き立てて支えにすることで決して屈することはしなかった。

その姿は少年なれど、覇王の兆しを持つ者…後に双角王(ズカルナイン)の異名を頂く征服王の姿のそれに近しかった。

 

「ガフッ…!これが今の皇帝の力、か…!」

「退かぬと言った!退かずに君臨し、華々しく栄える世界(ローマ)なのだから!!」

 

凛として聞く者の心を熱くするその言葉は、そうであって欲しいと言う悲痛な願いにも似ている。

だが、カルデアは…藤丸 立香は知っている。

その願いは決して果たされることが無い事を…そうとも知らず、それでも前進を続ける彼女を見て笑うものが…果たしているだろうか?

後に暴君と、悪なのだと蔑まれることになろうと、それこそが繁栄の為の前進(努力)なのだと信じて止まぬこの願いを誰が嘲笑う事ができようか。

ネロの言葉を聞いた立香は唇を噛み、顔を俯かせる。

 

「顔を上げよ契約者よ。これこそが王たる…皇帝たる者の信念だ。我らはその行く末を知ろうとも、顔を背けてはならぬ。大輪の薔薇が如き輝きから目を背けてはならぬ」

 

ヴラド三世は立香を叱咤するように声をかけ、孔明から放たれる魔力を伴った突風を槍で薙ぎ払う事で立香に危害が及ばないように防ぎきる。

 

「結末はどうあれ、その過程は決して間違ってはいない。彼女が信じているものは決して間違いなのではないのだ。だから、顔を上げるんだ、マスター。私たちには成すべき使命がある」

「ヴラド公…エミヤさん…」

「先輩、オーダーを!」

 

ロード・エルメロイ二世が攻撃態勢に再度入ったのを見て、素早く懐に潜り込んだエミヤは逆手に持った黒と白の夫婦剣…干将莫邪を振るってロード・エルメロイ二世に対して素早く切りつけようとする。

しかし、その動きはブラフ…エミヤの攻撃に合わせて後退した直後、エミヤの頭上から無数の岩石が降り注いでくる。

 

「チィッ!」

「これでも計略には自信があるのでね…。さぁ、どうするカルデアのマスター?君はもう1人のマスターに任せて逃げるほど臆病者でもないだろう?」

「っ…!」

 

ロード・エルメロイ二世は眼鏡を指で抑えながら、まるで立香の胸中に渦巻くものを見抜いたかのように挑発をする。

すなわち、恐怖。

人が人を殺す事に躊躇しない戦場と言う場で、表面上取り繕っては居たが恐ろしさを感じてしまっている。

特異点Fには人は居なかった。

第1特異点オルレアンでは人が襲われていた。

だが、この第2特異点においては、事情が違う。

同じように物を考えて、家庭を育む人々が殺し合っている。

大して罪が無いような人々同士が剣を持ち、槍を持ち殺し合っている。

もう1人のマスター、東雲 良太はそれを何でもないように鏖殺し、蹂躙し、それでも何も変わらなかった。

それでは()は?

エミヤは間一髪の所で後退して生き埋めになる事を防いだものの、岩石の幾つかが当たってしまったのか左腕をダランと下げている。

 

「ぬかったか…!」

「決断の時だ、契約者よ。生きるか、死ぬか、退くか、退かぬか…貴様は何を示す?」

「私は…っ!?」

「ほう…もう抜け出してきたか。早くしなければお前はいつまでもそのままだぞ、カルデアのマスター」

 

アレキサンダーとロード・エルメロイ二世の背後…その遠くで魔力を伴う眩いばかりの光が炸裂する。

それは、スパルタクスが宝具の開帳を行い、石兵八陣を打ち破った事を意味していた。

立香の脳内に僅かばかりに逃げの考えが鎌首をもたげる。

このまま待てば()()()が来てくれる。

そして、私を守る様に敵を薙ぎ払っていく。

少し…少しだけ耐えてしまえ、ば…。

 

「ぅ…うわぁぁぁぁ!!」

 

だが、それを良しとしない。

してはならない。

何故ならば、あの時私は傍らに居る英霊の手を取ったのだから。

優しかった後輩の手を取って奮い立ったのだから。

何よりも…彼に宣戦布告したのだから!!

立香は1歩前へ出て、マシュ、ヴラド三世、エミヤに魔術礼装による強化スキルを施す。

 

「私は!逃げない!!」

「フッ…それでこそだ…!」

 

ロード・エルメロイ二世は立香の宣言に満足げに頷き、自身の周囲に八卦陣を展開し始めるのだった。

 

 

 

――――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

むくり、と体を起こす。

周囲は何処か見慣れた風景で、大きく深呼吸をするように僕は息を吐き出す。

至近距離…と言うほどでもないけれど、スパルタクスの宝具による電撃爆発に巻き込まれる瞬間、お師匠とクー・フーリンが実体化してルーン魔術による障壁を張ってくれたところまでは覚えている。

しかしながら、バーサーカーの後先考えない高出力に僕の身体はまるで風に舞い散る枯葉の様に飛ばされてしまったのだ。

あれからどれだけの時間が経ったのかは定かではないけれど、問題は…。

 

「なぁんで、影の国なんですかねぇ…?」

 

漸く立ち上がった僕は、目の前の巨大な門を見てポツリとぼやく様に言う。

その門は今や懐かしい、お師匠と出会い、鍛えてもらった影の国に通じる門だったのだ。

とは言え、外観は鍛えてもらっていた時よりも些か新しく見えるし、何か所々血痕が見える。

 

「ッ…!!」

 

僕は無様に地面を転げまわる様に後ろへと跳躍しながら右手にゲイ・ボルクを持ち、体勢を立て直した瞬間に無造作に突き出す。

その一撃は上空から僕を突き殺そうとしてきたものの一撃と交差する形になり、火花を散らしながら僅かに僕の頬を裂きながら逸れていき、僕の一撃は相手に掠る事すらなかった。

僕は棒術の要領で相手との距離を開ける為に薙ぎ払う様に振るものの、交差した相手の()()によって跳ね上げられてしまい脇腹を強かに蹴り払われてしまう。

 

「ガッ!…クソッ!!」

「…我が朱槍を持つ者…貴様、どうやって我が城から持ち出した?」

 

ゾッとする程までに冷たく機械的な声。

だけど、その声は…聞き間違えようがない。

何故ならば、僕はその声を毎日聞いていたのだから。

 

「お、お師匠…!?」

「…貴様の様な恥知らずを弟子にした覚えはないが」

 

黒いマスクで鼻先まで隠しているものの、あの鋭い眼差しは間違いなくお師匠である影の国の女王…スカサハその人だ。

一瞬の狼狽…油断の隙にスカサハは距離を詰めて、必殺の一撃を僕の心臓目掛けて突き込んでくる。

僕は必死に身体能力をルーン魔術で補強する事でその一撃を脇下に通すことで避けるものの、遅れてやって来た風圧に身体が舞い上がり空中へと放り出される。

 

「こ、殺す気…!?」

「剥き出しの魂なんぞにうろつかれても邪魔なだけだ」

 

木っ端の如く舞い上がった僕は歯を食い縛り、身を捩りながら素早くルーン文字を起動させて視界にいるスカサハ目掛けて火炎弾を連続で撃ち込んでいく。

しかし、そのいずれも涼しい顔で片手に持った朱槍で撫でる様に逸らされていき、スカサハの背後にある門に直撃して焦げ跡を残していく。

 

「あぁ、なるほど。それならば納得が行くか。どうやら将来的にワシは耄碌するらしい」

「くっ…」

 

届かない…分かり切っていたことではあるけれど、今の僕ではスカサハに技が届かない。

さりとて、このまま黙ってやられる訳にはいかない…僕は、戻らなくてはならない。

成すべきことを成していないのだから…!

着地と同時に両足に限界ギリギリまで強化術式を施し、視界を置き去りにする。

体感で刹那にも満たないその時間。

瞬時に互いの槍の間合いに踏み込んだ僕は、持ちうる限りの技術を総動員して朱槍を連続で突き放つ。

ミシリ、ミシリと骨が悲鳴を上げ、全身の魔術回路が少しずつその機能を弱めていく。

 

「多少はらしく打てるが、遅い」

「うぁっ!!!」

 

だが、スカサハには届かない…いずれの突きもまるでダンスを踊る様に避けられ、容易く間合いを詰められると鳩尾目掛けて重く鋭い拳が叩き込まれ、胃液を吐き出しながら僕の身体は車に轢き飛ばされたかのように宙を舞って地面に激突し、道端の小石の様に転がっていく。

 

「いっ…ぐぁっ…!!」

「…消える前に教えてやる」

 

スカサハは素早く朱槍を弄ぶように回転させて構えると、朱槍に魔力を流し込んでいく。

()()が来る…絶対に避けられない絶死の一撃。

僕は痛みに痺れる体に叱咤を入れながら、震えながら立ち上がってスカサハと同様の構えを取る。

 

「槍とはこのように扱うものだ…!!!」

「ぁぁ…あああああああ!!!!!!」

 

ありったけの魔力を自身の朱槍に流し込み、スカサハとほぼ同時に一歩踏み込んで跳躍する。

届け…届け…届いてくれ、僕の一撃…!!

 

「『突き穿つ(ゲイ・)――』」

「『穿ち散らす(ゲイ・)――』」

 

放てば必中、穿つは心臓…あらゆる道理を無視して放たれる、必死の一刺し…!!

 

「『死棘の槍(ボルク)!!!』」

「『死華の槍(ボルク)!!!』」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ハ――ッグ…!!!!」

 

鋭く冷たい死の一撃を感じた瞬間に、僕は寝台から飛び起きて地面へと転げ落ちる。

全身と言う全身から冷や汗と言う冷や汗が流れ出し、僕は刺し貫かれた胸元を掻きむしる様にして傷を確かめる。

 

「ハァッ…ハァッ…!ハァ…ハァ…ゆ、ゆ…め…?」

「だ、大丈夫ですか!?カルデアの方々を呼べ、東雲殿が目を覚ましたとな!」

 

偶然、その場に居合わせた兵士が僕の身体を寝台へと抱えて降ろすと、部下の1人に

命令を下して走らせる。

どうやら、僕はスパルタクスの一撃が原因で、昏々と眠り続けていたようだ。

 

「発見してから丸2日寝ていたのです…あまり急に動くと体に障りますよ」

「そ、そんなに…。ッ…連合帝国とは…!?」

「スパルタクス殿と呂布奉先殿と合流するまで、進軍を一時停止しています。一先ずは身体を休めてください。私は陛下に伝えてまいりますので、これにて」

 

兵士に一礼をして退室するのを見届けた後、僕は全身の魔術回路に魔力を走らせて体の異常を探っていく。

幸いにして魔術回路事態に損傷はなく、魔力不足による全身の倦怠感くらいしか異常らしい異常は感じられなかった。

身体のあちらこちらに湿布が張られて包帯が巻かれているところを見るに、打撲ないし火傷で済んだのだろう…それらは魔術の治療魔術で何とでもできるので、闘いに支障が出る事も無い筈だ。

 

「「東雲さん!!」」

「お、おはよう…?」

 

バタバタとした足音がしたかと思えば、テントの出入り口に下がっている垂れ幕が思い切り捲られて立香さんとマシュの2人が中へと入ってくる。

今の今まで寝ていたために分からなかったけど、どうも今は真夜中な様で2人とも可愛らしいパジャマ姿でいる。

 

「あーん、旦那様(ますたぁ)!お目覚めになられたのですね!!」

「き、清姫…!」

 

立香さんとマシュが僕へと駆け足で近付いてくると、まるで2人をけん制するかのように僕の背後で清姫が実体化して背中から抱き着いてくる。

僕が慌てて清姫を引き剥がそうとすると、立香さんとマシュが汚物を見るかのような目で僕を見つめながらヒソヒソと何やら話している。

 

「幼女…ベッド…連れ込み…」

「ふ、不潔です…!」

「喧嘩売ってるのかな?」

 

僕はこめかみを痙攣させながらニコやかに穏やかに2人に声をかけると、2人とも体をビクッとさせて乾いた笑い声を上げながら首を横に振る。

 

「…それで、アレキサンダーとロード・エルメロイ二世は?」

「ライダー・アレキサンダーは皇帝ネロが、ロード・エルメロイ二世は先輩が撃破しました。部隊の損害もそう大きくはないそうです」

「…だろうね。彼らは僕の足止めが目的だったっみたいだし、殺す気は無かったんでしょ」

 

殺す気だったのならば、石兵八陣で拘束したときに僕の首を刎ねていた筈。

だと言うにも関わらず、彼らはそれをしなかった。

ネロがアレキサンダーを撃破した…と言う事はネロに接触する事自体が目的だったのだろうな…。

良い噛ませ犬だ。

 

「東雲さんが無事で安心しました。見つけた時は重傷を負っていて、応急処置が間に合わなければどうなっていたか…」

「お師匠達が霊体化してなかったらもっと危なかったな…はぁ…」

 

制御できていないバーサーカーは一体何をしでかすのか想像がつかない…と言う事を肝に銘じておこう。

スパルタクスに対して文句を言っても仕方がないし、そこは自身の失敗として教訓にでもするしかない。

 

「この清姫…ますたぁをお守りするどころか、お助けする事すらできず…!」

「あの状況じゃ仕方ないし、これからの戦いで仕事してもらう事になるから…」

「必ず!必ずますたぁのお役に…!!」

 

清姫はバーサーカーの筋力を以て、思い切り僕の事を抱きしめてくる。

僕は必死に身体強化を維持しながら清姫のベアーハグに耐えながら、立香さんへと目を向ける。

 

「ところで…随分久々だね、こうしてマトモに話すのは」

「そ、そう…ですね…あはは…」

「いやまぁ、蟠りが無くなったって言うなら良いんだけどね…」

 

立香さんは僕の言葉に罰が悪そうに視線を彷徨わせている。

マシュは立香さんが僕に何か言われてしまうのではないかと、おろおろとした雰囲気で僕と立香さんを交互に見つめている。

 

「…これだけはハッキリ言っておくけどね。僕は、僕の行ったことを間違いだとは絶対に思わない」

「…東雲さんは、どうしてそんな風に言い切れるんですか?」

 

直接行ったのは英霊とは言え、あの虐殺を行ったのは僕自身に他ならない。

だけど、それは僕が味方を傷つけたくなくて行った偽善そのものだ。

だからこそ後悔はしないし、それを間違いだったと認める気はさらさらない。

戦場に立つ戦士であろうとするならば猶更に。

 

「10年…僕はあの人の下で戦い方を、生き残り方を、何より心構えと言うものを叩き込まれてきたんだ。ある意味狂人ではあるだろうけど…僕はあの人が誇れるような戦士で居たい」

「だからって…!」

「だから戦うんだ。死ぬ気なんてさらさら無いけど、無様に死ぬことだけは絶対にしない」

 

本当に…狂人そのものだと思う。

けれども、僕は戦士であることを選ぶ。

お師匠に…スカサハに手を伸ばすために。

 

「私は…私は怖いです…人と人が憎しみ合いながら戦って死んでいってしまうのが怖い。けれども、私は逃げちゃ駄目なんです」

「先輩…」

 

立香さんは、声を震わせながら静かに僕を見据えてくる。

僕はそれを真摯に受けとめ、この特異点で一体何を感じ取ったのかを聞いてみたくなった。

きっと…その考え方は…。

 

「私はあの時、死にそうになっていたマシュの手を掴みました。あの時、掴めたのはマシュの手だけ…人理焼却とか訳が分からない中で、きっと皆助けを求めていた筈なの。でも、私が…私たちが頑張ればその人たちを助けられる。あの日、マシュの手を取った時の様に皆を安心させることができる。そうですよね?」

「きっとね…僕達は積み上げてきたものを救うために戦っている。だからそれを救えれば、きっと」

 

僕は立香さんの言葉に静かに頷き、その考えに肯定する。

特異点を解決することで、そこで死んだことが無かった事になると言うのであれば、人理焼却で消えていった人たちも何事もなく戻ってくると言う事なのだろう。

だからこそ、戦える人は戦うべきだ…抗う事が出来なかった人々の為にも。

 

「だから、私は逃げません。足が竦んでも英霊が…マシュが傍に居てくれるから!」

「…先輩…。先輩は、このマシュ・キリエライトが必ず守りますから!」

 

立香さんはマシュと手を繋ぎ、まるで太陽の様な笑顔を浮かべる。

それは迷いが晴れたかのような明るさで、そうそう曇る心配もなさそうだった。

マシュは、そんな立香さんを見つめて胸を張ってドンッと自分の胸を叩く。

僕は2人のそんな様子にホッと胸を撫で下ろし、蟠りが無くなって良かったと安堵した。




漸くセプテム終盤戦…ここまで長かったなぁ…三章以降も大変だ…頑張ります!


次回

「ローマ!」
「太陽万歳ではなく?」
「ローマ!!」

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