Fate/Grand Order 朱槍と弟子   作:ラグ0109

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#39

憤怒、殺気、憐憫…負の感情を孕んだその声は僕と立香さん、マシュに対して向けられる。

その魔術師は特異点X(F)の時と同様に緑を基調とした衣服に身に纏い、此方を見下す様に高みから此方を見下ろしてくる。

 

『レフ…』

 

絞り出すような悲しみの音色を伴った声色で、カルデアの所長であるオルガマリー・アニムスフィアは緑衣の魔術師レフ・ライノールの名を呼ぶ。

心の底から信頼していた友人だった男は、僅かばかり目を見開いて口元に凶悪な笑みを浮かべる。

最早、人としての形を残さず、消えてしまっていたと思っていたからだろう。

 

「これはこれは、オルガマリー・アニムスフィア!どうやって生き延びた?人の肉体を持たずして魂だけの身で!!」

 

レフは大仰に両腕を広げ、まるで舞台演劇の様にわざとらしい振舞いを見せる。

まるで、無駄な足掻きを嘲笑うかのように…。

その自信は、恐らくその手に持つ黄金の杯…聖杯を持っているからなのだろう。

 

『何故、私たちを裏切ったと言うの!?何が貴方をそうさせたと言うの、レフ!!』

「裏切った…?ハハ、ハハハハ!裏切ったも何も、《元々こうなる運命だった》と言うだけの事だ、口やかましいゴミ屑め!」

 

所長の叫びは空しくこの巨樹の上に響き渡り、レフはその言葉を唾棄すべきものだと切って捨てる。

恐らく、それがこのレフ・ライノールと言う人物の本性とも言える素の姿なのだろう。

レフの言葉に所長は言葉に詰まり、静かな嗚咽を漏らす。

 

『すっかり悪役が板についてきたじゃないか、レフ教授?と言うよりも、それが素なのかな?カルデアに居た頃より活き活きとしているよ、君』

 

所長に変わってDr.ロマンが通信に出れば、皮肉の様に話しかける。

ロマンとレフは、僕がカルデアに来た頃から親し気にしていたのをよく見かけていた。

印象としては真逆の様な気がしていたけど、友情とはそもそもそう言った性質を無視して成り立つことがあるもの。

だからこそ、なのだろうか…きっとロマンはレフの在り方に微かな引っかかりを覚えていたのかもしれない。

 

「聖杯を渡して、レフ・ライノール!」

「ほう。いっぱしの口を聞くようになったな、少女。聞けばフランスではそこの男と組んで大活躍だったとか。まったく――おかげで私は大目玉さ!」

 

立香さんは一歩前へ出て、レフに対して最終通告だと言わんばかりに口を開く。

それに対してレフは余裕をもった笑みを浮かべた後に、ふつふつと湧き上がる激情を抑える様に絞り出すような低い声で此方を睨み付けてくる。

フランスでは彼の姿は無かった。

実際にフランスをかき乱していたのは、聖杯を与えられたジル・ド・レェだった。

恐らく、レフの仕事は負の感情を持つ者、身に余る欲深い存在に対して聖杯を与えて暴走させるのが仕事なのだろう。

得てしてそういった欲望は、歴史を変えうる大きな力となる…聖杯ならば、それを無理なく余すことなく叶えてしまう。

事実として、ジル・ド・レェの願望…人としての復讐心をもった聖女ジャンヌ・ダルクをでっち上げると言う無茶をやってのけているのだから。

 

「本来ならとっくに神殿に帰還していると言うのに、子供の使いさえできないのかと追い返された!結果、こんな神秘の薄い時代で後始末だ。聖杯を与えて狂っていくその顛末を見物する愉しみも台無しだよ」

『フランスに姿を現さなかったのは、手ずから狂わせる必要がなかったから。でも、今回は…』

「はい、私たちが見た限り神祖ロムルスは人類の滅びを望んではいなかった。だから、レフ教授は干渉するためにこの場に留まる必要があった…そう言う事ですね?」

 

ロマンの言葉に続けるように、マシュは表情を曇らせながらカルデアに居た時とは比べ物にならない程に暗い感情を露にしているレフを見つめる。

ロマンと同様にマシュもレフとは長い付き合いだったようだ。

レフが訓練後のマシュを気遣っているようにしているのを、僕も幾度か見かけている。

 

『皮肉だなレフ教授。この時代、君の様な人類の裏切者は1人も居なかったって訳だ』

「ほざけカス共。人間になんぞ初めから期待していない。君たちもだよ、藤丸 立香、東雲 良太」

 

明確な殺意を受けて立香さんは少しだけ体を竦ませて、僕はそれを涼しい顔で受け流してゆっくりと前へと歩いていく。

あぁ…吐き気がする…。

 

「凡百の英霊をかき集めた程度で、このレフ・ライノールを阻めるとでも?」

「馬鹿にしないで!あの時の私たちとは違う!」

「あぁ…確かに変わったな。特に魔術師でもない君は立派に成長をしたとも」

 

レフは心無い賛辞と共に乾いた音のする拍手を立香さんへと送り、ゆっくりと頷く。

続く言葉は、やはり見下したものでしかなかったけれども。

 

「無駄に足掻けば無駄に苦しむと分からない。その愚かさが実に無様に成長したとも!」

 

レフは大仰に両腕を広げ、僕達の成そうとしていることは無意味なのだと言わんばかりに狂ったような笑い声をあげる。

聞きたいことは聞いた。

これ以上喋るとも思わない。

で、あるならば…。

 

()()()()()()()()()め!貴様は成長せんな!あぁ、本当に忌々しい…!!」

「黙ろう、な?お前はやっぱり死んでなくちゃさぁっ!!!」

 

僕は足に限界寸前まで強化を施し、その一瞬だけでもクー・フーリンに近い速度での踏み込みからの朱槍の一撃を叩き込もうとするも、それは目の前に差し出された聖杯による障壁によって防がれてしまう。

だけど、僕の朱槍は呪いの朱槍。

相手に突き立つと言う因果逆転を保持する対人宝具。

 

「『穿ち散らす死華の槍(ゲイ・ボルク)』!!」

「無駄と言っているだろう!」

 

僕の朱槍は真名解放と共に穂先が捻じれて華の蕾の様になり、咲き誇る様に開くと無数に増えた槍の穂先の全てがレフの心臓目掛けて瞬く間に襲い掛かる。

必ず殺す…そういう覚悟をもって放たれた必殺の一撃は、尚も聖杯によって防がれて僕諸共に弾き返す。

反発する一撃により凄まじい速度で弾き出されてしまった僕は、すんでの所で跳躍したクー・フーリンが受け止めてくれたおかげで、巨樹の枝から放り出されると言う最悪の事態から逃れることが出来た。

 

「馬鹿野郎!テメェが先走ってどうすんだ!」

「あ、あはは…体が勝手に動いてしまって…」

 

抱きとめた瞬間に咎める様に怒鳴られた僕は、ハッとなって我に返り気まずくて頬を掻いて誤魔化す。

お師匠にあれだけ扱かれたって言うのに、どうにも癖は抜け切らないようだ。

…あんな奴を放っておけるほど僕は器が大きい訳では無いけど。

 

「本当に腹立たしい男だな…東雲 良太…!!」

「腹立たしいのは余のほうだ、魔術師!よくも栄えあるローマ帝国の皇帝達を…神祖ロムルスを傀儡としてくれたな!その罪、万死に値するぞ!!」

 

ネロの激情を顕すかのように原初の火は赤く燃え盛り、今にも全てを飲み込んでしまいそうだ。

ネロにとって敬愛すべきかつてのローマ皇帝達…その祖である神祖までもを道具の様に扱えば、彼女の心情を推し量ることもできるだろう。

しかし、レフはその激情を見ても何の感想を持つことも無く鼻で笑う。

 

「所詮英霊は英霊…マスターに扱われる道具に過ぎん!それが人間を統べた者であろうと無かろうと崩せぬ絶対の理!あぁ…ロムルスと相対したお前のあの表情(かお)は中々心地よいものではあったな」

「貴様ぁっ!!」

「ハハハ、そして貴様たちカルデアはとんだ思い違いをしている!」

 

あくまでも自分がこの場にいる誰よりも上位に立つ者なのだ…と言わんばかりにネロの激情に歯牙にもかけず、真っ直ぐに僕達を睨み付ける。

よもや話は此処まで…あとは貴様らを排除するのみと言わんばかりに。

 

「聖杯を回収し、特異点を修復し、人類を…人理を守るぅ?馬鹿め、貴様たちでは既に()()()()()()()()。結末は確定し、抵抗した所で何の意味も成さない!貴様たちは無意味、無能!」

 

レフは堪えきれない笑いを零しながら、その手に持つ聖杯を高く掲げる。

勝利の美酒はこの杯に注がれているのだと言わんばかりに。

…ならば、その酒はレフの血をもって穢すとしよう。

散々こちらを嘲り、嗤い、愚弄してきたのだ…報いの刃こそがレフに相応しく思える。

 

「哀れにも消え逝く貴様たちに!今!!私が!!!我らが王の寵愛を見せてやろう!!!!」

「…!!」

 

聖杯が眩いばかりの輝きを放ち僕達の視界を奪った瞬間、巨樹が砕ける音が響き渡り何かが這いずる音が響く。

それは、天を衝く柱の様に巨樹を飲み込みながら拡大していき、醜悪な外見を有している。

体色は黒く染まり、稲妻の様に走る赤い裂け目には無数の目がびっしりと並べられ、そのいずれもが此方を睨み付けて背筋に悪寒が奔る。

それは事実、僕が見てきたあらゆる怪物よりも醜悪な見た目をした悍ましい何か、だ。

恐らくマシュのラウンド・シールドに隠れていたのであろうフォウも、異様な気配に飛び出して、威嚇するように可愛らしい咆哮をあげる。

 

「なんだあの怪物は!醜い!この世のどんな怪物よりも醜いぞ!」

「『ハハ!ハハハハ!ソレハその通り!ソノ醜さこそが貴様ラを滅ぼスのだ!』」

 

まるで複数の同じ声をもつ人々が一斉に走り出したかのような不協和音。

そんな音声が辺りに響き渡り、巨樹に根を下ろそうと言うのか今も尚侵食するかの如く巨樹を砕き、そして支えている。

 

『この反応…この魔力!英霊でも幻想種でもない!伝説上の…本物の悪魔だとでもいうのか!?』

 

ロマンの声の裏で、矢継ぎ早に支持を送る声が彼方此方から響いてくるのが聞こえてくる。

恐らく目の前の怪物の存在が、レイシフト中の僕達の存在をかき乱している為なのだろう。

僕達は、あくまでもこの時代にとっては存在する筈のない未来の存在だ。

だからこそ、存在立証が崩されることはこの世界からの存在の抹消…ひいては死に繋がる。

此処こそが…カルデアの総力を賭けた正念場だろう。

 

「『改めテ。自己紹介シよウ。私は、レフ・ライノール・()()()()()!七十二柱の魔神が一柱!魔神フラウロス…こレが、王の寵愛そのモの!!』」

「天に突き立つ、巨大な、肉の柱…?それに、ここまでの魔力は…所長、ドクター…!!」

『フラウロス…それがレフ…?それなら…本当に彼は…』

 

所長は狼狽えながらも声を絞り出し、大きくため息を吐く。

もう、所長も夢を見ている場合では無い…彼女の慕う男は、最初から此方を貶める為に近付いてきたのだと。

悪意を隠して善意の仮面を被っていた、本物の悪魔なのだったと。

 

『マリー、感傷は後にするんだ!僕は情報収集に全力を尽くす!だから君も…』

『わ、わかっています!藤丸 立香、東雲 良太、この特異点最後のオーダーです!目の前の魔神フラウロスをこの場で完全に撃滅しなさい!!』

「「了解!!」」

 

所長は震える声で、しかし誰よりも通る声で僕達に指令を下し、そして僕達はその指令を受け取った。

それと同時にフラウロスの肉体から、無数の触手が槍の穂先の様にうねりながら伸びてその切先を僕達マスターに向けて一斉に向ける。

端から英霊を無視して僕達マスターを狙う…つまり、あらゆる無駄を省いてここですべてを終わらせようと言う魂胆なのだろう。

しかし…フラウロスは此処に来て、文字通り()()()()()()()()()()()()()

 

「あぁ…こんなにも嘘を吐いて…その果てにこのような醜悪な姿を晒してしまうなんて…!!」

「き、清姫さん…?」

 

ふらふらと前に出たのは、見目麗しい少女である清姫。

その様子に立香さんは少しばかり怖い雰囲気を感じたのか一歩後ずさる。

レフ相手に退かなかったのに、清姫には末恐ろしものを感じてしまっているのか…?

 

「『目障りダ』」

「あぁ、どうして嘘を…この清姫に嘘を…あぁ…やはり嘘はこの世にいらない全てなのですね…!」

 

フラウロスの肉柱にびっしりと並んでいる眼…その1つ1つが一斉に清姫へと向けられ、妖しい輝きを放つ。

その輝きは純粋な魔力の爆発…立香さんとネロ達はマシュの盾による防御で難を逃れ、僕とクー・フーリン、お師匠はその場から跳躍することで爆発の衝撃から逃れる。

それと時を同じくして僕の体内から魔力が目減りしていくのが分かる…これは、少し不味い。

清姫は何よりも嘘を嫌うと言う話を聞いた…恐らくそれは安珍が嘘を吐いて清姫から逃げ出したことに起因しているのだろう。

本人は嘘を吐かれたとき、自分でも何をしでかすのか分からないと言っていた。

その言葉が意味するところはバーサーカー特有の狂乱状態。

対象を破壊するまで止まらない暴走状態だ。

 

「あぁ、どうかご照覧あれ…!これより目の前の大嘘吐きを退治します!『転身火生三昧』!!!」

 

狂乱したバーサーカー…その怒りは正に天を衝き、空気がビリビリと震える程の雷鳴が如き咆哮をあげて爆炎の中より巨大な燃え盛る龍が空を駆け巡る。

その長大な蛇の如き肉体でフラウロスの肉体に巻き付き、鋼鉄すら粉砕するであろう膂力で締め上げながら至近距離でドラゴンブレスを浴びせていく。

 

「立香さん!一気呵成に攻め立てて!」

「マシュ、皆!一気に決めるよ!!」

「はい、マスター!」

「その眼、余に向けるのは不敬であろう…ならば、その眼必要あるまい!『血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 

立香さんに大声で追撃を頼むと、ヴラド公は手加減無用とばかりに宝具を開帳し、全身から無数の杭を射出してフラウロスの瞳を次々に貫いていく。

しかし、その距離はあくまでも立香さんの周囲に存在する瞳に絞られていて、フラウロス全体の瞳を潰すにはあまりにも足りない。

 

投影開始(トレース・オン)…!!」

 

エミヤはその手に夫婦剣干将莫邪を作り出し、高く跳躍すれば限界まで夫婦剣を強化し、まるで白と黒の翼の様に変じた巨大な曲刀へと作り替える。

それと同時にエミヤの周囲に同様の大きさの干将莫邪を二対、投影によって作り上げると同時にミサイルの様に一斉に射出する。

 

「――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

飛翔する干将莫邪は、フラウロスの本体をすれ違い様に斬り裂き、そしてまるでブーメランの様にフラウロスの周囲を飛び回り次々に伸びる触手を斬り裂いていく。

 

「――心技 泰山ニ至リ(ちから やまをぬき)

 

エミヤは飛翔する干将莫邪にフラウロスの気が逸れた瞬間に、本体の肉体にその手に持つ干将莫邪を深々と突き刺し落下。

その傷を次々に広げていく。

 

「――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)

 

フラウロスの周囲を飛び回っていた干将莫邪は、突如として正確にフラウロスの傷口へとその切先を向けて一斉に突撃。

フラウロスの肉体の内部にまで、深々と抉り込む。

 

「――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)

 

フラウロスも清姫に焼かれ、ヴラドに串刺しにされ、エミヤに切り刻まれても堪えないのか、エミヤの足元に魔力を集中させて大爆発を起こす。

 

「――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんをいだかず)

 

その爆炎と煙で視界を塞がれるも二振りがフラウロス目掛けて投擲され、それぞれがフラウロスの巨大な瞳へと突き刺さり、体内に潜り込んだ干将莫邪と共に大爆発…壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を引き起こす。

内側から爆発する痛みは、さしもの巨体にも応えたのか、巨樹に根の様に張り巡らされた触手がのた打ち回る。

エミヤは爆炎の中から花弁の様な魔力の塊を身に纏って現れて、無傷でどうにかやりすごした事が確認できる。

 

「やれやれ…影の国の王城の支柱としてはそう悪くはない、が…」

「あぁ?歳食って趣味がねじ曲がったんじゃねぇか?」

「ハッハッ、まさかな。こんなねじくれた物はいらぬよ。精々がサンドバッグが関の山と言ったところだろうよ」

「お2人とも…良いですね?」

 

マシュが守り、ヴラド公が穿ち、エミヤが斬り裂き、清姫が焼き尽くす。

自身が良い様に蹂躙され、それでも尚健在の魔神フラウロスは聖杯の魔力を用いていると言う事もあるのだろうけど、その傷を全力で癒し、修復しながら此方へと苛烈なまでに攻撃を仕掛けてくる。

長期戦は圧倒的に不利…ならば、ケルト最高の師弟による全力を受けてもらうとしよう。

 

令呪をもって告げる(セット)。スカサハよ、令呪の魔力を以て宝具を解放し、魔神フラウロスを撃滅しろ」

「良いだろう、見せてやるぞ」

 

手の甲に焼けるような痛みが走ると同時に令呪が一画消費され、お師匠の魔力として還元されていく。

僕は正常に起動したのを確認して更に令呪をもう一画消費する。

 

続けて命じる(セット)。クー・フーリンよ、令呪の魔力を以て宝具を解放し、魔神フラウロスを撃滅しろ」

「おう、アルスターの流儀ってやつを見せてやるよ…!」

 

再び手の甲から感じる焼けるような痛み…令呪は無事に起動し、お師匠とクー・フーリンの肉体の隅々にまで行き渡った様だ。

お師匠は指先を宙に舞う様に走らせ、神代のルーン…原初のルーン文字を起動させる。

 

「では、我らの必滅の槍、受けてもらおうか」

「『無駄な動きヲするな!!!』」

 

こちらが何をしようとしているのかを悟ったフラウロスは、自身の肉体をも巻き込むほどの大爆発を起こさせ、清姫の拘束を無理矢理外す。

長時間炎を纏ってフラウロスを焼き尽くそうとしていた清姫も限界だったようで、その爆発の衝撃で変身が解けてしまい、頭からフラウロスの根元に向かって落下していくのが見える。

大爆発の瞬間、僕はお師匠達と同時に駆け出す。

クー・フーリンは光の御子の名に相応しき速度で一気にフラウロスの肉体を駆け上がり、その身体を蹴ってフラウロスよりも高い位置へと跳躍する。

お師匠は同時に駆け始めた僕の首根っこを摑まえて落下する清姫へと投げ飛ばすのと同時にさらに加速、クー・フーリンと挟み込むような形でフラウロスの背面へと移動する。

 

「っ…!!!清姫…!!」

 

お師匠に投げ飛ばされ、無事に清姫を空中で抱きかかえる事に成功した僕は、フラウロスの肉体を蹴って跳躍することで迅速にその場から離れ、巻き込まれないように必死に逃げる。

清姫の暴走、自身の身体強化、そして令呪を使ったうえで更に吸い取られていく魔力の所為で、僕自身ほぼ気合で立っているような状態だ。

今巻き込まれたら流石に死んでしまうのは想像に難くない。

 

「全呪解放、加減は無しだ…喰らいな!『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)』!!!」

 

クー・フーリンは自身の前方にお師匠がつかうルーン魔術と同様の物を展開。

一斉にルーン文字を起動させることで、バレルの役割を与えてフラウロスに対して朱槍を全力投擲する。

バレルを通った朱槍は一瞬だけその動きを止めるものの、瞬きする間も無く急加速。

赤黒い雷を放ちながら真っ直ぐにフラウロス目掛けて突き進んでいく。

その様は正に雷光が如くと言い切れる。

 

「所詮は小姓。武芸の一端目に焼き付けて逝け!『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)!!!」

 

お師匠の真名解放…その全力投擲は正に轟く雷鳴の如く鳴り響き、大気を振るわせていく。

投擲直後に天と地からフラウロスの肉体内を互いのゲイボルクが真っ直ぐに貫いていき、フラウロスの肉体の中心で衝突。

圧倒的魔力量をもった物質が衝突した時、フラウロスの肉体が内側からまるで水風船の様に膨らみ、辺りを白い閃光が覆いつくした。

 

 

 

 

「不明の敵性生物、撃破です!」

「やった!」

「油断は禁物だよ!」

 

肉体の内側からの爆発。

その一撃は柱の様な肉体を容易く分断し、そして崩壊させた。

クー・フーリンはお師匠であるスカサハより賜ったルーン文字、その全呪解放で強化した朱槍を投擲し、そしてお師匠は数々の神殺しを行ってきた武芸者。

その一撃は正に神さえ屠る一撃だったのだろう。

おかげで僕も魔力はすっからかんなのだけれど…一先ずは勝利と言えるだろう。

目の前の虫の息のレフから目を逸らすのならば、だけど。

 

「…馬鹿な…たかが英霊如きに…我らの御柱が退けられると言うのか?…いや、計算違いだ。そうだ。そうだろうとも…」

「現実を直視できんモノ程見るに堪えん物は無いな?」

「チッ、仕損じたかよ」

 

レフはうわ言の様に呟きながら、ギョロリと僕の方を睨み付けてくる。

貴様さえいなければ…と言わんばかりのその瞳は、生々しい人の憎悪に等しい。

僕の方こそ、貴様さえいなければこんな事にはならなかったのに、と言う思いなのだけれど。

お師匠は呆れたように溜息を吐き、クー・フーリンは苛立たし気に舌打ちをする。

後への禍根を断つためにも、此処で始末することが得策と言えるだろう。

僕は、2人にトドメをお願いしようとして…思いとどまる。

レフの肉体を中心として、冬木の地で所長が描いてくれた魔法陣に酷似したものが拡大していくのが見えたからだ。

 

「神殿から離れて久しいこの身は、壊死が始まっていたのだから、貴様ら人間が万が一にも勝ると言う事はあるだろう…だが…」

 

レフは、ふらふらとした足取りで後退すると、その手に持つ聖杯を天高く掲げる。

その瞬間聖杯が光り輝き、大気中のマナの濃度が極端に上がっていくのを感じ取る。

それは神代に匹敵するかもしれない程の魔力量とも言えるかもしれない。

 

『東雲、藤丸!早く彼にトドメを!英霊を召喚しようとしているわ!!』

「もう遅い!これより起こるのは途方もない破壊!喜ぶが良い、ネロ・クラウディウス!これこそ、真にローマの終焉に相応しい存在だ!」

「ローマは世界だ。そして、決して世界は終焉などせぬ!」

 

レフの言葉に、ネロは憤りを隠すことも無く原初の火の切先をレフへと突き付ける。

それはロムルスとの誓いを胸に、繁栄のために突き進むと覚悟したからこそ…ネロは強くあり続ける。

 

「誇りも、方向を誤れば愚直の極みでしかないか…ならばこそ見るが良い、貴様たちの世界の終焉を!さぁ、人類(せかい)の底を抜いてやろう!7つの定礎、その1つを完全に破壊してやろう!我らが王の、尊き御言葉のままに!」

 

聖杯からあふれ出す魔力が弾けると同時に、レフの前に1人の女性が降り立つ。

…その姿は、魔神が呼び出したとは思えないほどに白く、神々しい。

呼び出された女性はゆっくりと顔を上げ、どこかボンヤリとした表情で此方を見つめている。

まるで…今この場に居る事に実感が持てていないかのように。

 

「ハハ…これこそが貴様たちローマに終焉を齎すもの!大英雄アッティラ!貴様たちが神の鞭と呼ぶ存在だ!!ハハハ!終わったぞロマニ・アーキマン、オルガマリー・アニムスフィア!!人理継続など夢のまた夢!!アッティラは英霊ではあるが、その力は――」

 

レフが自慢げに鼻息荒く矢継ぎ早に話すも、その言葉は唐突に途切れることになる。

3色の一閃によって――

 

「黙れ――」

 

その場に合った巨樹の枝をアッティラが拾った瞬間に、機械的な3色の結晶を張り合わせたかの様な長剣へと変貌し、レフを一閃。

その肉体を真っ二つに切って捨てる。

 

『ちょっと、レフの反応が消えているわ!』

「か、彼は…彼は召喚した英霊に両断されました!真名はアッティラ、恐らくはセイバーです!!!」

 

生命として絶命したレフの肉体は召喚したアッティラによって打ち捨てられ、聖杯が彼女の手に渡る。

その瞬間その聖杯は彼女の霊基と一体となる様に吸収され、魔力放出量がけた違いに跳ね上がる。

 

「何か嫌な感じがするぞ…!マシュ、何かが来る!余にも分かるぞ!!」

『魔力反応の増大を確認!対城クラスの宝具が来る!!急いでその巨樹から飛び降りるんだ!!』

 

ネロはアッティラが構えた剣がドリルの様に回転し始めたのを見て、顔を引き攣らせる。

彼女の剣を中心に魔力を含んだ大気が渦を巻いて旋回し始め、その様相はさながらドリルそのものに見えてしまう。

 

「私は…アルテラ…フンヌの戦士である。そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王――」

「全員退避して!この巨樹から飛び降りるんだ!!」

「着地は私に任せよ!」

 

更なる魔力の増大は宝具を放っていないにも関わらず、巨樹の幹を破壊し始める。

その威力は今までの戦いで原型を遺していた巨樹の頑丈さを以てしても耐える事は出来ず、まるでこの世界の崩壊を暗示する様に徐々に崩れ去っていく。

 

「お前たちは言う――」

 

――私は、神の懲罰なのだと。

 

――――神の鞭、なのだと――――




次回

『あらゆる道は”愛”に通ずる』

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