Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
よろしくお願いします。
星1つない曇天の夜の下、赤く煌々と燃え盛る街の中を2つの影が疾駆する。
言うまでもなく、僕とキャスターのクー・フーリンだ。
「しっかしまぁ、神秘が薄いって言うのによく影の国まで辿り着けたもんだな」
「あ~、なんと言いますか…少し特殊な事情がありまして…」
アルスターのクー・フーリン…言わずと知れたケルト、アルスター神話における大英雄。
お師匠が特に力を注いで鍛え上げた僕の兄弟子にあたる人物は、快活に笑いながら僕の走力に合わせて並走している。
僕は足に5番のルーン『ラド』をかける事で、通常よりも早く地を駆け、或いは廃墟を飛び越えて新都と呼ばれる冬木の東側のエリアへと向かっている。
自己紹介を手早く済ませた後、僕はクー・フーリンに掻い摘んで自らが置かれている事態を説明した。
兄弟子、それも正気を保っている英霊ともあれば、絶対に力を借りなければならない。
それに、今の彼はルーン魔術師としての側面を前面に押し出したキャスタークラス。
僕の探知能力では龍脈の位置を正確に探り当てる事は出来ないかもしれないが、クー・フーリンの力添えがあればお師匠を呼ぶに適した場所まで案内してもらえるはずだ。
そう言った事情を説明すると、クー・フーリンは新都方面へ生きた人間が向かっているのを見かけたと言うのだ。
しかも2人…1人はバカデカい盾を持った少女だと言う。
英霊かとも思ったが、どうにも様子がおかしいので野放しにしたとのことだけど…。
もし、もしその2人組が立香さんとマシュなのだとしたら…早急に合流する必要がある。
その上で協力を願い出たら、クー・フーリンは考える素振りを見せる事無く頷いてくれた。
こうまでさっぱりしているのかな…英雄って?
「その、僕自身は影の国行ってないんですよ」
「はぁ?だったら、それこそ何で師匠からその槍貰ってんだよ」
「その…寝ると居るんですよ…影の国に」
不思議な事に、ただ眠るだけでは影の国に赴くことは出来ない。
夜、一日の疲れを取るための就寝時においてのみ、僕は影の国の門の前に魂魄のみで立っている。
一種の幽体離脱めいたこの状態は、本来であれば肉体に守られている人間の本質的な部分である魂が露出し、非常に危険な状態なのだとお師匠は言っていた。
にも拘わらず、影の国へと無傷で辿り着いているのが不思議でならない…とも言っていたなぁ。
お師匠は長生きしているらしいけど、分からないことは分からないみたいだ。
「魂魄って魂だけの状態で、影の国のあの大きな門の前に立っているんです」
「…って言う事は、なんだ…スカサハがお前を召喚でもしたんかねぇ?」
「いや、初めて影の国に赴いた時より前に接点なにもないですよ?」
お師匠が僕を召喚する理由が見当たらない以上、クー・フーリンの言う事はあり得ないだろう。
僕は今でこそルーン魔術を使う事ができるけども、お師匠と出会うより以前は存在そのものすら知らなかったのだ。
こんな御伽噺のような世界があることさえも…。
道中で出会うスケルトンの群れをクー・フーリンと共に撃破し、冬木商店街と呼ばれていたエリアを駆け抜けると前方に巨大なクレーターが現れ、思わず無事だった民家の屋根に飛び上がって足を止める。
これが今の冬木の惨状を生んだものの爪痕なのだろうか…?
「…これは?」
「見たまんまだ、あまり中に近寄るなよ?あの中にはえげつないレベルの呪いの残滓が残ってやがるからな」
民家の屋根から見下ろすクレーターの内部には無数のスケルトンや半透明なエーテル体…いわゆるゴーストがクレーターの中心部に向かって押し競饅頭でもするように集り続ける。
まるで、そこにあるものを必死に求め続けるかのように。
「どうやら、この冬木に根付いていた魔術師が聖杯の模造品作ってたみたいでな。あるサーヴァントが大聖杯を確保した瞬間…ドカン、だ」
「そして、この街はアンデッドが跋扈する死の街になった…と言う事?」
「概ねな。俺は何とか逃げおおせる事が出来たんだが、セイバーの奴が大聖杯に細工したのか次々と争っていた英霊達を従えていってな…どうしたもんかと頭を悩ませていたら…」
聖杯…あらゆる願いを叶える願望器とされる神秘の結晶。
冬木と言う土地はその聖杯を求めて7人の魔術師が争う、通称聖杯戦争なるものが行われていたって話だったっけ。
大聖杯なるものが何なのかは分からないけども、どうやらそれが聖杯戦争におけるキーなのかもしれない。
もっとも、今では元凶である英霊、セイバーが居るらしいのでその場所に赴く必要がある。
「僕が切った貼ったの死闘をやっていたのを見かけた訳ですか…」
「ハッあんなのは切った貼ったに入りゃしねぇよ。あの女もヌルイ修行つけてたのかねぇ…?」
「いえ、クリードけしかけられたりしました」
「うわぁ…ご愁傷さん…」
クー・フーリンは同情するように僕の背中を叩き、元気づけようとする。
クー・フーリンの物言いからして、どうやら昔からお師匠の過激な修行スタイルは変わってなかったみたいだ。
…僕、なんで生きてるんだろう?
「とにかく新都の方に向かわねぇことにはな。盾持った嬢ちゃん達と合流するんだろ?」
「彼女たちがもし僕の知る人間なのであれば、合流する必要があります。上手くいけば支援物資も手に入れられると思うので」
「そいつぁ結構。なら、ちょいと急がないとな」
僕はクー・フーリンの言葉に頷き、再び走り始める。
この状況下…1人でいるよりもマシュと立香さんに合流して対策を練る必要がある。
1人よりも2人、2人よりも3人、さらには大英雄の知恵も借りなくちゃ難題をクリアできない。
ただの人間が挑むには、あまりにもスケールが大きすぎる。
…なんとか、安定した龍脈の位置も探らなくちゃいけないしね。
「待て、坊主…どうやら敵さんがお待ちかねみたいだぜ」
冬木大橋と呼ばれる大きな鉄橋を渡ろうと進むと、橋の中ほどに身長2メートルほどの巨漢の黒い英霊が立っているのが見える。
手に持つは巨大な薙刀…黒い靄に覆われて実体が見えないけど、恐らく日本に由来する英霊だと思う。
『此処は通さぬ。通ってはならぬ…通りたくば、拙僧にその手の槍を置いていくがよい』
「そんなのできるわけ…ないでしょ!?」
橋、拙僧と言う一人称からお坊さん…えぇと、僧兵って言うのかな?
で、武器を寄越せって言うと…武蔵坊弁慶…なのかなぁ?
僕は槍を両手で構えて姿勢を低くし、いつでも突撃できる体勢を整える。
『であるならば、引き返すがよい』
「それもできない。僕は貴方を打倒して先へ進む」
「言うねぇ…男ってのはそう言う気概が無けりゃ生きてる意味が無い」
クー・フーリンは、僕の背後で感心したように言い、手に樫の木で作られたドルイドの杖を手に持つ。
クー・フーリンの代名詞であるゲイ・ボルク…それはキャスタークラスとなった今では所持していないそうで、自己紹介が終わった瞬間に譲ってくれと頼まれたりした。
勿論、僕にとって大事な槍なので
兄弟子の圧力って怖いよね…体育会系だと特に。
『ならば死ね。拙僧が殺そう』
「あぁ、そうかい…なら燃えちまいな!!」
クー・フーリンは先手必勝と言わんばかりにルーン魔術による火炎弾を練り上げ、弾丸もかくやと言わんばかりの速度で射出する。その数10…僕では精々その半数出せるか否かと言う高密度の火炎弾を一瞬で放って見せたのだ。
これが大英雄の扱う魔術…僕とてお師匠の弟子ならば、その高みに行かなくては!
高速で射出された火炎弾は得物を求める猟犬の様に黒い靄で覆われた英霊――黒化英霊と仮称する――へと食らいついていく。
だが、目の前の黒化英霊はそれらを薙刀を素早く振るう事で撃ち落とし、断ち切り弾き飛ばしていく。
その技量は確かに英雄と呼ぶに相応しいもの…だけれど、どこか精彩を欠いているように見えるのはアサシンの黒化英霊と同様だ。
薙刀を振るうタイミングを見て、僕もクー・フーリンの魔術に合わせて突撃。
がら空きになっている右脇腹を素早く突き刺し、素早く左へと飛ぶ。
『グヌゥッ…!』
「多少は無茶でもやってみせる!」
ミシミシと体が悲鳴を上げるが、前衛をやれる存在が僕だけな以上何とかクー・フーリンの為の囮になる必要がある。
どのみちこの任務に失敗してしまえば死ぬしかない…で、あるならば死に物狂いで生き残る気概で目の前の敵を打倒する。
僕が左へと跳躍した瞬間に、クー・フーリンの火炎弾が次々に黒化英霊へと叩き込まれていく。
左へと跳躍した僕は、全身を動かして重心移動を行い、鉄橋の柱に着地するように足を着ける。
「これで、終わりにさせてもらうよ!」
鉄橋の柱に着地する…と言えば聞こえはいいけども、実態は衝突しているのとなんら変わらない。
足にかかる衝撃と痛みに眩暈がするけど、そんなものはお構いなしに鉄橋の柱が歪むほどの力で柱を蹴り飛ばし、槍を上段に構えながら黒化英霊へと突撃する。
黒化英霊の間合いに届いた瞬間、勢いそのままに槍を叩きつける様に振り下ろすと、黒化英霊は手持ちの薙刀で僕の攻撃を受け止める。
「ぐぅっ!!!」
『拙僧が、殺す…!!』
凄まじい衝撃が両手に伝わり、びりびりと痺れが走るけどもそれでも僕はこの槍を手放すことはしない。
人理焼却が成されている今…お師匠と僕を繋ぐ唯一の存在だから…だから、手放すわけにはいかない!
奥歯が砕けそうになるほど思い切り歯を食い縛り、両腕に力を込める。
だが、所詮僕は人間…黒化英霊は薙刀の一振りで僕の身体を弾き飛ばされてしまう。
コンクリートの地面に身体を叩きつけられるものの、素早く槍を突き立てて体勢を立て直そうとするが下半身に力が入らない。
どうやら、肉体的に一時的な限界が来てしまったようだ。
「遅ぇよ…いっちまいなぁっ!!」
立たなければ、立ち向かわなくてはと歯噛みしていると、勝機と見たクー・フーリンが僕が弾き飛ばされた際にできた隙を見計らって、黒化英霊へと急接近。
よりにもよって手に持った樫の杖を野球のバットの様にフルスイングで黒化英霊の胴体目掛けて振り抜き、結果として黒化英霊の身体が浮いた。
その隙を間髪逃さず、追撃と言わんばかりに火炎弾を連続で叩き込んでいく。
黒化英霊の肉体を火炎弾が食い破り、まるで虫食いの様に穴だらけになっていく。
『ぬかった…!!』
「弟ばかり見てるから負けちまうのさ」
クー・フーリンは穴だらけになった黒化英霊に向かってニヒルな笑みを浮かべ、樫の杖を肩に担ぐ様にして持つ。
魔術師のクラスなのに、戦い方が乱暴だなぁ…。
『さも、ありなん…だが…通るが良い。あなたたちは力を示し――』
僕は黒化英霊が消える瞬間を、コンクリートの地面にへたり込んだまま見つめる。
その最後は幾分穏やかなように見え、些か今の状況が不本意な様にも思えた。
勿論、僕の個人的な感想なので、本当は何とも思っていないのかもしれないけど…。
一先ず、僕たちはこの冬木大橋での対英霊戦に勝利したみたいだ。
「まぁったく、俺も大概だがお前は無鉄砲だなぁ。生き急いでる訳でもないだろ?」
「たはは…ほら、魂魄で鍛えられても肉体が鍛えられてる訳でもないですから…でも、お師匠の顔に泥は塗りたくないんで…」
「お前のは蛮勇って言うのさ。そういうのは、あの女は好かないぜ」
クー・フーリンは僕を窘める様に言いながら此方へと近づき、手を差し出してくる。
僕が差し出された手を掴むと、クー・フーリンは思い切り僕の身体を引き摺り上げて確りと立たせる。
「ただの戦士ではいけない、ただの蛮勇でもいけないってな。口酸っぱく言われたもんさ」
「でも、僕にはできることなんて…」
「そう思いつめるもんでもないだろ。お前は十分勇気を知ってるし、術もすぐに見出せる。急ぐ奴ほど失敗しちまうしな」
クー・フーリンは僕の額を指先で弾いて黙らせ、ニカっと笑みを浮かべる。
どこか面倒見のいいお兄さんと言った雰囲気すら感じる笑みは、少しばかり安堵を覚えてしまう。
…兄弟が居たらこんな感じなのだろうか?
「とりま、先を急ぐとしようか。お嬢ちゃん達と合流して一息つかなきゃな…ルーンで誤魔化したって、生身の体にゃガタが来ちまう。こんな状況でも休めるときに体は休めろ」
呆けた顔でクー・フーリンの顔を見上げていると、頭を掴む様にワシワシと撫でられてしまう。
彼なりに僕の事を気遣ってくれるのが分かって、嬉しくなってしまう。
僕は両手で頬を叩いて気合を入れ直し、真っ直ぐに新都のある方角へと目を向ける。
彼の言うとおり体中は擦り傷切り傷だらけで、連続した魔術行使に身体が悲鳴を上げている。
可能ならば、仮眠だってとりたいくらいだ。
「うっし、じゃぁ行くとしますかね?」
「応ッ!!」
「ははっ、良い返事じゃねぇか」
気合が入り過ぎて腹から声を出してしまうけれど、空元気でもこうして力が入るのならばまだまだ何とかなるように思える。
僕は手の中にあるゲイ・ボルクを見つめ、決意を新たにする。
お師匠が誇れるような男になろう、と。