Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#42
――気にくわない。
――気にくわない。
――気にくわない。
――未だに生きてしまっている貴様が気にくわない。
――その身を埋めよ。
――その心を砕け。
――その魂、業火へと放つが良い。
――檻亡きモノよ。
「…ふわぁ…んんっ…!!」
固いベッドから状態を起こし、盛大に欠伸をしながら背筋を伸ばして強張る肉体を解していく。
第1特異点、第2特異点…共に誰1人欠ける事無く無事に完遂する事が出来た僕達は、人理を焼却された中に合って一先ずの平穏を謳歌することにした。
なんせ、特異点修正中は全職員がローテーションを組んで僕達の存在実証や資料集め、更には物資の管理をしていて気が休まる時間が無い。
そんな状態が長く続いてしまえば、早晩にこのカルデアは崩壊してしまう事は目に見えている…と言う所長の鶴の一声があって、次の第3特異点の観測作業以外の業務を休止してしまっている。
その観測作業も立香さんが新たに呼び出した英霊達の手を借りた上で、所長が行っている。
所長も疑似的に英霊となっているので、睡眠や食事等の生理現象に悩まされることが無くなっていると言う点が大きい。
とは言え、精神を安定させるためには英霊と言えど人並みの営みはあった方が良いそうなので、キリが良いところで所長には休んでもらう必要があるだろう。
僕はもう一度欠伸をしてからベッドから立ち上がり、カルデアに来た時に支給された標準的な制服へと身を包む。
現在、愛用している戦闘服は、データ取りと改良を兼ねてダヴィンチちゃんが預かっている状態だ。
なんでもルーン魔術との親和性を高めて、僕の負担を減らすことが目的なのだとか。
「おはようございます、兄さん」
「おう、おはようさん」
マイルームから出ると、偶然僕の部屋の前を通りがかったクー・フーリンに出会い、一緒に食堂へと向かう事とする。
現在カルデアの精鋭20余名…そこに英霊が20騎以上の英霊が加わっているので、最初の頃に比べてかなり賑やかになっている。
カルデアは国籍、魔術回路の有無を問わずに様々な国の人々が所属している。
そんな事もあり、自国の英雄と直に触れ合えてしまうこの環境と言うのはかなりの刺激になっているようで…。
「せーの!」
「「「ヴィヴ・ラ・フラ~~ンス!」」」
「余はな、この施設にテルマエを造るべきだと思うのだが!」
「皇帝陛下、物資が…」
「明日の我が身は今日まで鍛えてきた筋肉から!走り込みますぞ!!」
「~~!!」
とまぁ、こんな具合に大きな衝突も無く平穏無事に過ごせている訳である。
ヴラド三世はヴラド三世で裁縫教室とかやってるし…いや、本当に何なんだろう?
在り方が悪しきものとされる反英霊の立場の者であっても、分を弁えてくれているのが本当に凄い気がする…。
今の所、特異点で関わった英霊を中心に立香さんが召喚している。
縁、と言うものは本当に強固だ…時を超え、隔離された特異点で結ばれたものであってもこうして繋ぐ事ができるのだから。
「しっかしまぁ、古今東西の英傑勢ぞろいで、人理修復したら此処…やばいんじゃねぇか?」
「その辺は所長任せにするしかないでしょう。陰謀に巻き込まれるとか勘弁ですけどね!」
英霊、と言う存在は普通人間が勝てるような存在では無い。
そんな英霊が何人もカルデアの為に存在していたら、魔術世界…ひいてはこの世界の権力者たちは気が気では無いだろう。
いつその矛先が暴走するのかがわからないのだから。
「まぁ、それは後の事で、今は目の前の問題だけ考えましょう」
「へぇ…具体的には何だ?」
「それはもう、死活問題ですからね…この問題は」
僕の言葉にクー・フーリンは片眉を上げてニヤリと笑って聞き返してくる。
そう、この問題は今日の予定を考えれば、早急に解決しなければならない死活問題だ。
今日は新たに1騎僕が召喚をする予定で、それが済み次第カルデアの施設の案内…その後に戦闘シミュレーターを用いてお師匠とクー・フーリン、清姫を交えての
この親睦会がかなり長引くことになると思うので、乗り切るために必要な事を片付けなければならない。
カルデア内の通路を歩いて行くと、徐々に食欲をそそられる良い香りがしてくる。
その香りに連動するかのようにグゥ、と僕のお腹から空腹を訴える音が通路に響く。
「なるほど、そりゃ死活問題だわな」
「そうでしょう。腹が減ってはなんとやら…にしても、あの3騎のお陰でカルデアの食事事情ってかなり改善されたんですよねぇ…」
カルデアのスタッフの殆どが利用していた食堂…数百人規模の利用者が居たこの食堂は今のカルデアでは非常に閑散としているものの、出される料理はまるで三ツ星レストランのシェフ顔負けの料理が提供される場となっている。
アーチャー、無銘の英霊エミヤ。
ライダー、勝利の名を戴く女王ブーディカ。
そしてバーサーカー、謎の正妻メイド英霊タマモキャット。
この3騎が揃うまではエミヤだけに負担を強いる訳には行かないと言う事で、冷凍食品やレトルトをエミヤ監修の元スタッフが分担して食事を用意していたのだけど…立香さんがグルグル目で召喚を乱発して英霊が爆発的に増えたために、料理出来ちゃう系英霊に頼る事となった。
なんでもエミヤは世界中に高級レストランやホテルに従事しているシェフ友が居る程だったとかで、その腕は言わずもがな。
ブーディカは特異点での食事で自ら振舞っていた事もあって、その味は僕達の記憶に新しい。
で…問題のタマモキャットなのだけど…。
「ほう、我がご主人の生涯の友。強敵と書いて友の方の剥き出しマスターよ。今朝もこのタマモキャットのオムライスを食べるのだな?」
「うん、僕としては敵になるつもりはないんだけどね?あと朝からオムライスは重いです…」
「何を言うか朝の活力これすなわちニンジン。ニンジンなくしてオムライスは出来ずオムライスは天地の理なのだな」
なんでこんなにオムライスを推すのだろうか…バーサーカー故なのか兎に角会話らしい会話が成り立たない。
オムライスを頼んでもオムライスが出てきた試しが無かったりするし…そもそも本物の狐耳と尻尾はまだ良いとして、両手が完全に犬的な手で物が持てない筈なのに何故かキチンとした料理を作ってくる点が謎だ…。
「む…東雲 良太か」
「今日はモーニングセットAで」
POPに書かれていたメニューの内容を見て、僕はAセットを選択する。
Aセットはご飯、葱と豆腐のお味噌汁、焼き鮭、ほうれん草のお浸し、切り干し大根、冷ややっこの和食セット
因みにBセットは洋風、Cセットはタマモキャット激推しのオムライスだったりする。
お盆に料理が次々と乗せられていき、一言礼を言ってから僕は適当な席に座る。
「鮭ねぇ…」
「ケルトで言うとフィン・マックールの智慧の鮭でしたっけ?あの親指に鮭の油が跳ねたとかなんとかの?」
「ん?あぁ、そうなんだが…どっかで鮭の料理振舞ってもらった記録があるんだよなぁ。はっきりとは分からねぇんだが」
クー・フーリンは食事はしないものの、食堂に来たからには何かしら腹に入れようとでも思ったのか、コーヒーだけを注文して僕の真向かいに座って首を傾げている。
召喚された英霊が、過去に召喚されたときの記憶を色濃く覚えていることは稀だそうだ。
基本的には付与されるその時代に合った知識の波に流されてしまい、頭の中に残らない事が殆ど。
逆に言えば、強烈な経験程頭に残ると言う事だ。
クー・フーリンがエミヤとの闘いを覚えていたのも、それだけ印象に残っていたからと言う事だろう。
ずずっとお味噌汁を啜って、その豊かな出汁とお味噌の風味によるハーモニーに感嘆の溜息を吐く。
「どんな料理だったんです?」
「あー…あれ…アルミホイルだったか?あれで包んで蒸し焼きにするやつだ」
ホイル焼き…なんともお洒落な感じがするなぁ…レストランか何かにでも入ったのだろうか?
当時の聖杯戦争の時のマスターとかに連れられて。
「あー…いやどうなんだ…?美味ぇ!ってのは覚えてるんだけどなぁ」
「鮭のホイル焼きか…作れんことも無いが、試してみるか?」
ひと段落したのか、僕達の会話が気になったのかエミヤが此方までやって来てクー・フーリンへと視線を送る。
いつもの赤い外套姿ではなく、白いエプロンに三角巾を身に着けたその出で立ちは、給食のおばちゃんとかそう言った雰囲気すら感じさせる。
「東雲 良太…何を懐かしむような顔をしている?」
「そんな顔してました?」
「していたとも。それで、どうするのだ?」
「あ~、パスパス。晩飯に出せよ。それで1杯やるからよ」
クー・フーリンはひらひらと手を振ってエミヤの提案を断る。
エミヤもそれ以上食い下がる様な事はなく、そうかと一言だけ言って厨房の方へと引っ込んでいく。
恐らく昼と夜の下ごしらえを始めるのだろう。
「英霊って、基本的に酔いませんよね?」
「酔わねぇな…それでも味や刺激ってのは理解できるから、飲めるんなら飲んだって良いだろ?」
「羽目外さなきゃ僕としてはオッケーですよ」
英霊が酔っぱらって酒乱と化すとか考えたくも無いなぁ…令呪使って止めるにしたって精々3騎までだし…酒造りに特化してたり、お酒が宝具の英霊が来たら気を付けないと駄目かもしれない。
酒でガチの喧嘩に発展するとか本当に考えたくもないしね…カルデアが地獄になってしまう。
「ん…?良太、お主まだ食事を摂っていたのか?」
「お師匠、おはようございます」
「弟子に小言もらしに来たのか?」
「お主のその減らず口をこの場で縫い合わせても良いのだがな?」
エミヤ達の料理に舌鼓を打っていると、お師匠が霊体化を解除しながら此方へと歩いてくる。
クー・フーリンはニヤニヤとお師匠を茶化す様に肩を竦めるが、お師匠は槍の如き鋭い視線でクー・フーリンを射抜く。
「おぉ、怖…じゃ、マスター…お邪魔みてぇだから俺は退散するぜ。馬どころか心臓に槍を貰ったら敵わねぇからな」
「その軽口やめれば良いだけだと思うんですけどねぇ…」
クー・フーリンはささっと自身の肉体を霊体化して姿を消すと、お師匠は小さく溜息を漏らして頭を軽く振る。
柳の様に自然体で殺気を流されてしまえば、興が削がれる…と言ったところなのだろうか?
頼むから殺し合いは人理を救った後にして欲しいのだけれど…。
一先ず充分に美味しい朝食を堪能し終えると、お師匠は漸く僕に対して口を開く。
「随分と美味しそうに食事をするのだな?」
「いやだって、自炊じゃこんな美味しいご飯とか無理だし、レストランで食べるとしたら貧乏学生の僕じゃとても…」
「いやお主、学生は中退扱いだったではないか…」
「ヤメテー、僕は本当なら学生だったんですぅ…」
いや、自業自得なんだけども。
涙目でお師匠に抗議すると、バッサリとその部分は聞き流されてしまう。
「そんなことよりも、ダヴィンチがお主の事を探していたぞ?そろそろ召喚する時間だろう」
「やっば…ごちそうさまでした!」
「うむ、食器はタマキャが片付ける故、あの青い槍兵の如く犬の如く走れば良いワン!」
僕は慌てて椅子から立ち上がると、察したようにタマモキャットがささっと食器を片付けて持って行ってくれる。
この辺りの気配りはあれだろうか…メイド的な?
ともあれ、目指すは召喚ルーム…果たしてどんな英霊が僕の声に応えてくれるのだろうか?
「我が名はアルテラ。フンヌの末たる軍神の戦士だ。…お前が、私のマスターだな?」
アルテラ…アッティラと呼ばれた五世紀の大英雄。
西アジアから広大な版図を広げ、西ローマ帝国滅亡の原因にまでなった大王。
そして、第2特異点で最後に死闘を繰り広げた相手でもある。
あの時の彼女は聖杯によって暴走状態に陥っていたと言う話だ。
故に、今回もそうなるとは限らないけれど…。
召喚ルームの中心に顕れた白を思わせる空虚さと同時に何か秘める熱の様な雰囲気を纏ったアルテラは、いつまでも応えない僕をジィッとその赤い瞳で見つめて返答を待つ。
僕は大きく深呼吸をして、漸くアルテラの言葉に頷く。
「東雲 良太。僕が君のマスターだ。事情は…分かってもらえていると思う」
「あぁ、理解している。私は闘う者。殺戮する者。粉砕者。お前が、私を上手く使え」
機械的な対応は、どこか少女の面影を幻の様にしてしまっているように感じてしまう。
彼女の薄い褐色の肌に走る白い文様へと視線が引き込まれる。
あの死闘の時も思ったけれど、フンヌの戦士はああいった化粧をしているのだろうか?
「何だ?私の肌に刻まれたこれが珍しいか?」
「入れ墨かなにか…って言うには何か…違和感があって。ごめん、ジロジロ見過ぎた」
僕の視線に気づいたのか、アルテラは自身の身体に走る入れ墨を自身の手でなぞっていく。
その姿はどこか艶やかで、女性的な魅力を感じてしまう。
「これは、この世に生まれ落ちた時から、我が体に刻まれていたものだ」
「痣みたいなものなのかな?うん…僕は綺麗だと思う」
そう…その模様は綺麗なものだと思った。
自然に出来た者とは思えないその模様に、僕は何処か惹かれるものを感じたのだ。
とは言え、いつまでも呆けては居られないので、僕はアルテラへと歩み寄って手を差しだす。
その瞬間、足と脇腹に痛みが走った。
「ま・す・た・ぁ…?師であるスカサハさんは、良いとして…伴侶であるわたくしを差し置いて口説くとはどういうことなのでしょうか?」
「まって清姫、まって…バーサーカーパワーで脇腹掴まれたら肉取れちゃうぅぅぅ!」
一体いつから…いや、多分おはようのベッドからなんだろうけど、清姫は霊体化を解除して僕の脇腹を思い切り抓ってくる。
バーサーカーと言うクラス特性上その力は見た目のステータスよりも加算される形になるので、まるで強力な万力で肉が圧し潰されているような感覚に陥る。
「まったく、私が管理せねば、早晩セタンタ同様に早死にかもしれんなぁ?ん?」
「鉄のヒールはいけませんお師匠!あぁ!困りますお師匠それ以上は骨がイっちゃうぅぅ!!」
お師匠はお師匠で何が気にくわなかったのか、僕のつま先を靴のヒール部分で思い切りグリグリと抉る様に僕の足の甲を踏みつけてくる。
言うまでも無くお師匠の靴は鎧の一部なので、ヒール部分が金属でできている為に最悪足に刺さってしまう。
絶妙な力加減のお陰なのか、幸いにして激痛が走る程度に済んでいるけど。
アルテラはアルテラで僕の発言に、頬を幾ばくか朱に染めた後キリっとした無表情になりながらその手に三条の光を凝固させたかのような剣を持ってお師匠と清姫にその切先を突き付ける。
「やめろ、マスターに危害を加えるな」
「危害ではない。これは躾と言うのだぞ、フンヌの大王よ」
「これは
『おんやぁ。ラブコメと言うやつではないかな?東雲クン?』
一触即発と言わんばかりの剣呑な雰囲気の中、まるで空気が読めていないかのようなトーンでダヴィンチちゃんが僕を茶化す様な声色でスピーカー越しに話しかけてくる。
自分自身に火の粉が降りかからないので、この状況を精一杯楽しむ気なのだろうか?
「僕はラブコメなんてえ…求めてないんですぅ…」
「いい加減、マスターから離れろ」
「いいえ、わたくしは離れません」
「離れる理由は無い…とは言え、此処で暴れる訳にはいかない。そうだな、良太?」
「僕に話振らないでくれませんかねぇ…?」
お師匠はニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべながら僕の足から足を退かし、今度は僕の襟首を掴んで清姫ごとズルズルと引きずり始める。
清姫は清姫で無抵抗の僕を良い事に腰に抱き着いて、その柔らかい体を余すことなく僕に押し付けてくる。
…本当にクー・フーリンみたいに女が原因で死にそうなんです…?
「ついてこい、フンヌの大王よ。此処では迷惑がかかるからな」
「いいだろう」
「ぐぇ…」
元より、アルテラで無くともシミュレーターで訓練をする予定だったのだけれど、このままでは僕はさながら囚われの御姫様とかそういう扱いでシミュレーターの中に放り込まれることになるのだろう。
完全にペースがお師匠に握り込まれていて、アルテラとしても素直に従わざるを得ない状態だ。
下手に剣を振れば僕も巻き込まれるし、そもそもカルデアで暴れるなんてご法度だしね!
『ロマニに伝えてシミュレーターの準備をさせておくよ。では、東雲クン頑張りたまえ』
「地獄に落ちろダヴィンチちゃん!!」
朗らかな声で話しかけてくるダヴィンチちゃんに対して、僕は呪詛たっぷりの恨み言を叫んでお師匠に召喚ルームから引きずり出される。
この後、精根尽き果てるまでシミュレーター内に閉じ込められたのは言うまでも無い。
更新再開するのです。
お待たせいたしました…ここから変則的な流れでストーリーを追っていく形になりますが、それでもついてきていただければ本当にありがたいなって。
「ところで光の御子…君はシミュレーターに参戦しなくて良いのか?」
「痴話喧嘩は犬も食わねぇってな」
「犬だけにか…」
「おう、また決着つけるか?赤マント」
「いいだろう、青マント。いい加減君に喧嘩を売られるのにも飽きていたところだ。この辺りで三下り半を突き付けてやるのも悪くはない」
「ほえ面かくんじゃねぇぞこら」
とかいうやり取りが裏であったとか何とか。
次回(嘘)予告
「所長は…人理を救ったらどうするんです?」
「……考えてもみなかったわね。私はただ…逃げられなかっただけだったし…」