Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
#45
ふわり、とした浮遊感。
それと同時に起きる凄まじい倦怠感。
まるで眠りに落ちるかの様な感覚が僕の身体全体に襲い掛かり、僕は思わずその感覚に身を委ね…そして夢を見る。
此処までなら、いつも僕がレイシフトを行う際の感覚に似ている。
だけど、今回はどうにも勝手が違うようだ。
僕が見る夢なんて、それこそあの影の国での思い出と―――だけだ。
それなのに、僕の目の前にはとても鮮やかな着物を着た麗人が、目の前で微笑みながら立っている。
いつもと違う趣向に目をパチクリとさせていると、目の前の麗人はクスリと手で口元を隠しながら笑い、穏やかな声色で此方に話しかけてくる。
「あら。ここにお客様が来るなんて、どんな間違いかしら。夢を見ているのなら、元の場所にお帰りなさい」
「…此処に来たくて来たわけじゃないんです…僕はやることが…」
そう、成すべきことがある。
人類が未来へと生き延びるために、どうしたって成し遂げなければならない事が。
人理焼却…この事実を消し去るために僕は闘わなければならない。
「此処は境界のない場所…アナタはギリギリで踏み止まれる人なのだろうけど…ふふ、ごめんなさい。こちらが縁を結んでしまったせいね。今の内に謝っておくわ、
「貴女は…何者…?」
僕は、再び身体が凄まじい倦怠感に襲われるのを感じ取り、足元に広がる花畑に膝を折って倒れ込む。
何か…何かこのままだといけない気がする…けれども、この安らぐような倦怠感は抗いようのない揺り篭の様な魅力で満たされている。
さぁ、と言う音共に、僕の背を優しく刃が撫でていく。
それと同時に身体は直に死を感じたかのように緊張感に包まれ、呼吸は荒くなり、全身から冷や汗が滝の様に流れていく。
「っ…!!!」
「私は眠っているから外のコトは分からないけれど、何が起きたのかは予想できる」
麗人はいつの間にか手に持っていた刀を1度振ってから鞘に納刀し、此方にしゃがみ込んで両手で僕の頬に触れていく。
その瞳は淡い輝きを放ち…そう、まるで宝石の様な輝きを放つ。
「貴方を此処に引き寄せてしまった事は謝るわ。けれど、同時に貴方は貴方を憎む人に掴まっている。だから――」
それと同時に視界が暗転する。
死への恐怖感で身体の緊張は極限へと達し、まるで水中に落とされたかのように呼吸が出来なくなる。
僕は、一体誰と話しているんだ…!?
「――会う時があれば私の名前を呼んでね、命知らずのマスターさん」
得体の知れない麗人の一言と共に、僕は一気に身体が奈落の底へと落ちていく感覚に支配される。
何処までも何処までも続く深淵のその先…唐突に出口が出来上がったかのように落下している先に光が広がり、僕はあまりの眩しさに目を閉じてそのまま落下していく。
強い光が収まると、いきなり舗装された道路が目下に広がって受け身も儘ならないままに激突するように着地した。
「いっ……!!!」
着地した瞬間にすぐさま全身の肉体から力を弛緩させて五点着地の要領で道路を転がり、痛む身体に思わず身悶える。
覚悟も何もあったものではない唐突な仕打ちに、僕は思わず泣いてしまいそうになるのだけれど其処は我慢。
悪態の1つや2つ吐きたいけれど、そもそもレイシフトはまだ安定して行えると言う保証が無いので、スタッフにそんな悪態吐いているところを見せる訳にはいかない…と考えた所で、僕は自身が置かれている状況に気付く。
潮風が、ない。
「んな…ここは…!?」
遠くに見える高層ビル群、周囲も近代的な家屋が並び、見慣れたコンビニエンスストアやガソリンスタンド…なんだったら自動販売機だって置いてある。
そして、なによりも塔の如く高く聳えるマンションの様な建物が、近代日本であることを悠然と物語っていた。
「…海ってなんだっけ?」
「何言ってるんだ、お前?」
予定していた大航海時代的特異点とは打って変わって、非常に近代的と言うか僕の良く知る街並みに呆然として呟くと、音どころか気配すら漂わせずに背後からどこかぶっきらぼうな印象を受ける若い女性の声がかけられる。
レイシフト直後で感覚が鈍っている…等とは言えないだろう。
これが敵なら僕は虜囚か最悪死体送りだ。
「何黙ってるんだ?お前もそこら辺に居るゾンビだとか幽霊だとかそう言った類じゃないんだろ?」
「え~と…お姉さん…そのチクチクするような殺気を抑えていただけるとですね…?」
僕が無反応でいるものだから、後ろにいるお姉さんは僕の背中…と言うか首筋辺りに明確な殺意を向け始めながらゆっくりと近づいてくる。
僕は袖口に仕込んでいたルーン文字を刻んだ魔石に魔力を注ぎ込みつつ、ゆっくりと両手を上げて後ろへと振り返る。
そのお姉さんは、兎に角特徴的な…と言うか大分個性的な出で立ちをしていた。
目につくのは真っ赤に染められた革ジャン。
気温は肌寒いくらいなので、女性が革ジャンを着ている程度では個性的とは言えないだろうと思う。
別にロックな着こなしを…しているね、うん。
問題なのは革ジャンの下に着ている衣服。
何故か彼女は革ジャンの下に着物を着ているのだ。
どう考えても袖周りがとんでもないことになっている筈なのだけれど、彼女は今のファッションスタイルを貫いているのか、表情には煩わしさと言うものを感じさせない。
感じさせないのだけれど…。
「お姉さん、さっき会いませんでした…?」
「なんだ?最近はコスプレでもしてナンパするのが流行っているのか?」
「いえ、ナンパとかじゃなくてですね…」
さきほど、境界のない場所とかいう所で出会った女性と顔立ちが似ているのだ。
とは言え髪の長さがかなり短くなっているし、身に纏う雰囲気も真逆に感じる。
僕はキチンとレイシフトしていたのだろうか…いや、予定した場所に居ない時点で、このレイシフトは確実に失敗していると言えるのだけれど…。
どうしたものかと腕を組んで首を傾げた瞬間、僕の頬を掠める様にしていきなりナイフが投擲されるのと同時に、目の前のお姉さんの背後に髑髏の面構えをしたゴーストが両手の爪を振りかぶって襲い掛かろうとしているのを見る。
「お姉さん伏せて!」
「チッ…!」
お姉さんに伏せる様に言いながら、僕は袖の裏に隠していた魔石をゴースト目掛けて投擲。
小石がゴーストに触れた瞬間砕け散り、ルーン文字が内包していた魔力が解放されて爆炎が上がる。
お姉さんは伏せると同時に、しなやかな猫の様な身のこなしで僕の脇を通り抜けて投擲されたナイフを手に取り、何処からか現れたスーツに身を包んだゾンビの胴体を文字通り一閃し、まるで鋭利な剣で切り払ったかのように肉体をバラバラにしていく。
ただのナイフで、だ。
そこに疑問は感じるのだけれど、僕は意識を目の前の戦闘へと集中させていく。
自身に格納された概念礼装であるゲイ・ボルクを取り出して、素早く構える。
「はっ!」
鋭く息を吐き出しつつ1歩踏み込んでの渾身の突きを、僕の前に飛び出してきたゾンビの心臓目掛けて放つ。
吸い込まれるように心臓に突き立てられた朱槍を素早く引き抜いてから後ろ向きに回し蹴りを叩き込んでゾンビの身体を蹴り飛ばし、寄ってこようとしたゴーストへとぶつけ…るはずだったのだけれど、そのまま素通りしていく。
…ゴーストなどに代表されるエーテル体は、魔術などで補強した攻撃でなければ物理的な干渉を行う事ができない。
いつも自然な状態で穿ったりしていたので、うっかりそのことを忘れてしまっていた。
「やっすい夢だな…ゾンビとかしゃれこうべの幽霊だとか今日日流行らないだろ」
「夢じゃないんだよなぁ…」
僕が少々心細い思いで必死に槍を振るっていると、再び背筋に強烈な殺気を感じ取り、思わず状態を思い切り倒す。上体を思い切り倒す。
それと同時に、明確な死の気配が横に一閃される。
「ちょ!なんで!?」
「お前が現れてから幽霊だのゾンビだのが出てきたんだ。お前が元凶って事で良いんだろ?」
「よかねーです!」
どうも革ジャンのお姉さんは、あまり深く考える事をしないようだ。
僕と幽霊たちの因果関係を勝手に結んで、僕が元凶なのだと決めつけてしまっている。
「どっちにしろ、これは夢だ。此処で死ねばベッドで跳ね起きて『あぁ、悪夢だった』って言って終わりだ。オレが目を醒まさせてやるよ!」
「なんだかヤバい!!」
直感…とでも言うのだろうか?
何故か分からないけれど、お姉さんの攻撃は決して受け止めてはならない気がしてならない。
予感だけれど…分厚い鋼鉄ですら紙の様にスパスパと斬り裂いてしまう気がする。
「チッ、すばしっこい!」
「これでも、鍛えてるんで!」
足運び、腕の動き、呼吸、視線…それらの動きから死の一閃が何処からやって来るのかを予測して紙一重で避けていく。
互いの視線が交差するとき、お姉さんの両目がまるで虹の様な光を宿している事に気付く。
吸い込まれそうな程に綺麗な光を放つ両目は…まさに死と言うものを放っているように見える。
何にせよ、このお姉さんの攻撃は受け止めてはならない…理屈云々は抜きにして、ゾンビを両断する程の絶技なんて受けたいはずがない。
僕は両足に身体強化のルーン魔術を施して、一足飛びでお姉さんから距離を開ける。
しかし相手も距離を開けたがっているのは分かっていたのか、僕と同じタイミングと距離を跳躍して追いかけてくる。
「サーヴァント!?」
「オレは使い魔なんかじゃない!ほんと、すばしっこいなお前!」
絶対に受けてはならない。
説得しようにも聞く耳持たないスタンス。
このままでは埒が明かないのは自明の理…ともなれば、反撃に転ずるほか無い。
怪我をさせない程度に痛い目を見てもらうしかないと悟り、僕は腰にあるポーチから魔石を3個程取り出してそれを地面へと投げつける。
「目くらまし!?」
「その目が問題なんだから、目つぶしくらいするでしょ!!」
投げつけた魔石が地面に当たった瞬間、強烈な閃光を発して視界を白に染め上げる。
虹の光を放つ目…ゴルゴーン等が持つ魔眼の類ならば、視界を封じてしまえば妙にキツイ死の気配を遠ざけられるはず。
事実として未だ死の気配は感じるのだけれど、先ほどよりも幾分かはマシになっている。
閃光が収束する前にお姉さんから距離を取り、一呼吸つく。
「僕はゾンビだのゴーストだのとは無関係ですって…多分」
「多分じゃ困るんだよ。あんなのうろついてたら近所迷惑も甚だしいだろ」
「でも、僕だって襲われてたでしょ…?」
僕はお姉さんと敵対するような理由は無いので、一先ず距離を開けるだけに留めて穏便に話をしようとする。
お姉さんはお姉さんで目くらましが効いているのか、その場から動かずに苛立たし気に唇を尖らせる。
「とりあえず、今の状況は夢ではないんで…」
「こんなことが現実だって言うんなら、B級ホラー映画じみてるぜ?まったく…」
埒が明かないと思っていたのはお姉さんの方も同じだったようで、手に持っていたナイフを懐に仕舞い込み深いため息を吐き出す。
そんな様子に僕は漸く一息ついて、手に持つ朱槍を体内へと格納してゆっくりと近づく。
「僕は、人理保証機関カルデアから派遣された魔術師です。いや、本当はこの時代のこの場所に派遣された訳じゃないんですけど…」
「カルデア…?聞いたことないな。なんだそれ?」
「国連の機関なんだけどなぁ…」
漸く視界が元に戻ったのか、お姉さんは胡散臭いペテン師を見るような目で僕を見る。
先ほどまで虹の光を放っていた目はそこになく、日本人特有の黒瞳がそこにある。
僕はお姉さんに掻い摘んで現在の状況を伝えると、軽く鼻で笑われてしまった。
「それこそ笑えないな。寝ている間に人類は終わりましたなんて、与太話にだってなりはしない」
「まだ、終わってないから、こうして僕がいるんですけどね…。ともあれ、人の気配が無かったので途方に暮れていたんですけど、お姉さんが居てくれて助かりました」
「なぁ、さっきからオレの事をお姉さんって言うの止めてくれないか?オレには両儀 式って名前がある」
「それじゃ、両義さんで。僕は東雲 良太。さっきも言った通り魔術師です」
簡単な自己紹介を終え、僕とお姉さん…いや、両義さんは目の前で聳え立つ巨大な塔…オガワマンションと表記された建物を見る。
それはまさに異界の様な雰囲気を醸し出していて、今の状況の中心地なのだと誇示しているかのようにも見える。
「まぁ、アンタが派遣されたって言うんなら手伝ってもらおうか。魔術師って言うには腕っぷしも良いみたいだしな」
「カルデアと通信繋がらないですし、僕は構わないですけど…何をするんです?」
確実に異変が起きている。
その調査が必須なのは間違いないのだけれど、今はお師匠とはぐれてしまっている。
相手に英霊が出てきてしまった場合、両義さんと僕とではかなりの苦戦を強いられてしまう気がする。
しかし、両義さんはそんな僕の心中を知ってか知らずか、事も無げに僕にこう言い放った。
「なにって…決まってるだろ?このマンションの解体だよ」
大変お待たせしました…パソコン不調だったりリアルがクッソ忙しかったり、FGOのイベント全力疾走したりしていました…今年もよろしくお願いします…
翁、エレちゃん、北斎、セミ様…みんなきてくれたよ…翁は短期間で宝具マスキルマしたよ…
次回
「えーっとなになに…フロアを上がるためには条件があります…?」
「ドルア○ガかな…?」