Fate/Grand Order 朱槍と弟子 作:ラグ0109
ヘラクレスとの激闘で土壇場になって発動した守護結界は、所長によって名付けられた。
名付けられた、と言うのも宝具を展開したにもかかわらず、マシュ自身が宝具の真名、そして英霊の真名に至るまで力を発揮できなかった為だ。
名前なしでも宝具を展開することはできるものの、名前があるのと無いのとでは気合の入り方が違う…とクー・フーリンが提案した。
名前と言うものは物事を縛る言霊的な役割があるそうで、英霊もまたその例外ではないらしい。
契約を行う際に自身の真名と契約相手の真名を伝え合うのは、一つの魔術的儀式として機能している、との事だ。
なるほど、お師匠が僕に対して『マスターと呼べば良いのか?』と聞いたのは、この辺りの儀式を端折ったからのようだ。
僕とお師匠は互いの真名を既に知っているのだから。
ともあれ、こうしてアーサー王の聖剣、エクスカリバーに対する守りを得る事ができた僕達は、僕の提案通り敵の本丸である大聖杯が置かれているポイント『変動座標点0号』へと急行する。
この場所には柳洞寺と呼ばれる寺がある。
冬木の名所の一つだったらしいのだが、魔術師からの視点で見ると霊脈の集合地点になっているそうで、この地下に巨大な空洞が存在しているそうだ。
恐らく大聖杯はその大空洞に隠されていると見て間違いない。
僕が所長を抱えて走り、マシュが立香さん、お師匠とクー・フーリンは先行する形で先を走る。
お師匠が霊基を弄ったおかげか、クー・フーリンはキャスターだった時よりも力強く、そして頼もしい。
これが、アイルランドの光の御子…。
「へっへ、俺に惚れちまうか?」
「兄弟子のかっこいい姿は憧れますよ。ですから、必ず勝ってください」
「おうよ、俺の槍捌きの冴えってやつを見せてやらぁな」
クー・フーリンはどうしても弓兵との決着をつけておきたいそうだ。
今の聖杯戦争とは関係が無い、別の聖杯戦争において不完全燃焼のままになっている戦いがあったそうだ。
今回はそのリベンジマッチ、と言う事になるようだ。
「調子に乗るのは良いがな…ヘマをしたら竜の巣に叩き込むぞ」
「はっは、お師匠と弟弟子の手前、ヘマなんざできる訳がねぇだろうが」
「東雲さんは、本当にスカサハさんのお弟子さんだったのですね…」
住宅街に入り、倒壊した家屋を飛び越えながらマシュは改めて驚いたかのように呟きを漏らす。
本来であれば弟子入りはおろか、出会う事さえ困難な存在だ。
他人が聞いたら10人中10人は信じないだろうな。
前方に柳洞寺が鎮座する山が見えてくる。
傍目から見て、禍々しい魔力が山から溢れ出ていて鳥肌が立つほどの悪寒が走る。
「あそこが柳洞寺ね…なんていう魔力量…まるで噴火寸前の火山みたいじゃない!」
「さ、寒い…暑いはずなのに…!」
所長は柳洞寺のある山全体からあふれ出している魔力に慄き、立香さんは異変に身体を震わせる。
特異点と言うだけあって、その内包する魔力量も相当な様だ。
「山全体に結界が張ってあるな…なるほど、ここの住職共はナマグサでは無かったようだな。英霊の身では結界に入ってしまうとダメージを受けてしまう。大人しく階段を昇るとしよう」
「……」
「兄さん?」
麓の鳥居までやってきた僕たちは、所長と立香さんを降ろして長い石段を見上げる。
そんな中、クー・フーリンだけは別の方角へと訝しがるような目を向ける。
「いや、大丈夫だ。来ねぇなら来ねぇで楽ができるからな」
「…行きましょう」
恐らくは何処かに潜んでいるであろう、ライダーの英霊の事だろう。
教会からここまでスケルトンやゴーストを蹂躙することはあっても、一度も英霊との遭遇戦に陥っていない。
無駄な消耗が省けるので、僕としては万々歳だけども…不穏ではある。
余程守りに自信があるのか、それとも…?
少しばかりの疑念を今は捨ててしまい、目の前の事態解決に注力しよう。
石段を登り切り、半壊した大門を潜ると境内が見えてくる。
本堂はまるで台風にでもあったかのように崩れて廃墟になっており、ところどころ炎が燻っている。
「またぞろやって来たか…貴様も懲りん男だな、キャスター?」
「おうよ、つまらねぇゲームを終わらせに来てやったぜ、アーチャー」
アーチャーの英霊…その男の肌は浅黒く、髪は銀髪と言うにはあまりに白かった。
鷹の様に鋭い眼差しは遠目にみても分かるほどだ。
廃墟の上に腰掛けていたアーチャーは、ゆっくりとした動作で立ち上がって地面に降り立つ。
「大人しく大聖杯へと還れば良いものを…いまだに願望器が欲しいと見える」
「悪いが、そんな玩具を手に入れるよりも成さなきゃならねぇ事があるんでね」
「ほう…その物言いからして、知ったか」
アーチャーの着込む赤い外套が風に揺れ、アーチャーは酷薄な笑みを浮かべる。
この英霊は、今まで出会った英霊とは違う…彼の浅黒い肌はところどころひび割れていて、まるで憎悪を煮詰めたかのような禍々しい魔力が、ひび割れた所から光となって漏れ出しているのが見える。
「だが、知ったところで何とする、光の御子よ。最早事態は収拾できず、滅びを待つのが我らにできる唯一の事ではないのかね?」
「さぁてねぇ…とりあえず、俺としちゃいい加減お前と決着を着けるのも悪くないと思っていてな。そら、得物を出せよ。弓だろうと二刀だろうと好きなもんを持ちな…それくらいは待ってやる」
「所詮は血に飢えた狂犬か…」
アーチャーが嘲る様に嗤うと、両手に白と黒の二振りの剣を持つ。
その剣は形が同じで、一対の夫婦剣になっているようだ。
それを見たクー・フーリンは半身をずらして片手で槍をアーチャーに差し向け、肉体から魔力を溢れ出させる。
「マスター、手出しは無用だ」
「兄さん、ご武運を」
いつになく真剣な声色…光の御子、クランの猛犬と謳われた大英雄は、本気を出す腹積もりの様だ。
「行くぞ…いつかの時の続きだ、アーチャー。貴様に王道と言うものを見せてやる」
「何を言うかと思えばな…何時の事を言っているのやら…!」
アーチャーの肉体から禍々しい魔力があふれ出した瞬間、姿が消える。
「ぜぇぇい!!」
裂帛の気合を入れたクー・フーリンは槍を構え、体を屈めながら柄を盾にするように持ち上げると、瞬間移動の様に姿を現したアーチャーが二刀を振り下ろし、拮抗する。
しかしその拮抗も一瞬。
素早く押し返したクー・フーリンが空中で体勢を崩したアーチャーに向かって必死の突きを繰り出す。
だが、アーチャーはその動きを読み切って、左手に持つ黒の剣をゲイ・ボルクに叩きつけて距離を開ける。
華麗にアーチャーが着地をした瞬間、クー・フーリンは獣の如き神速で踏み込み、食らいつく様に連続で突きを放ち、或いは槍を薙ぐ。
しかし、それらの一撃はアーチャーの身体を掠ることなく夫婦剣によって逸らされていく。
「キャスターではなくランサーか…いずれにせよ最速のクラスの名が泣くな」
「はっ、まだ準備運動みてぇなもんだ!!」
徐々に、徐々に繰り出される槍の速度、力強さが増していく。
準備運動と言う言葉も強ち間違いではない…此処に来るまでに相手をしたのは有象無象のアンデッド。
準備運動にすらなりもしない相手ばかりだったのだから。
槍の冴えが変わってきたことに気付いたアーチャーは、忌々し気に舌打ちをして下から掬いあげる様に繰り出される石突による一撃を両刀を交差させて受けるも無残に破壊される。
クー・フーリンはそのまま体を回転させて回し蹴りを叩き込んでアーチャーの身体を本堂の瓦礫に叩きつける。
身体が衝撃で跳ね上がった瞬間に、アーチャーの周囲に4本のクレイモアが出現してクー・フーリンに向かって銃弾もかくやと言わんばかりの速度で射出される。
クー・フーリンはいずれも槍を払う様に振るう事で破壊し、無傷でこれらを凌ぎきる。
「―――
アーチャーは受け身を取って体を起こせば素早く両手に二刀を呼び出して投擲し、クー・フーリンに対して突撃する。
対してクー・フーリンは動かずに迎え討つ構えだ。
「―――
アーチャーは再度同じ二刀を手に持ち二連続で投擲。
アーチャーのあの剣達は無尽蔵に存在でもしているのだろうか?
都合三組の夫婦剣があらゆる角度からクー・フーリンへと躍りかかるものの、クー・フーリンは槍を使うまでもなくそれらを体重移動のみで避けていく。
しかし、夫婦剣は互いに互いを引っ張り合うのか反転しては再度クー・フーリンへと躍りかかり攻撃の手を止めようとはしない。
「―――
アーチャーの姿が消えた瞬間、上空へと再び姿を現してまるで宝具にしか見えない無数の剣を自身の周囲に配置して、まるで雨の様にクー・フーリンへと射出していく。
これにはクー・フーリンも槍を使わぬ訳にはいかず、直撃弾のみを槍で振り払い逸らし続ける。
「―――
アーチャーは落下しながら後ろ手に腕を交差させ、白と黒の大曲刀を手に持つ。
それはまるで翼の様に刃がささくれ立ち、まるで無数の剣がその二振りに凝縮したかのように見える。
クー・フーリンは間近にまで迫って来たアーチャーに向かって、獰猛な獣の笑みを浮かべる。
「―――
「ぐぅぅっ!!!」
まるで空間が爆ぜるかの様な轟音!
巨大な二振りの剣による振り下ろしをゲイ・ボルクによって受け止めたクー・フーリンは、しかし全身を投擲された夫婦剣達によって僅かばかり斬り裂かれる。
僅か、と言うのも何れもルーン魔術による火炎弾での迎撃を敢行し、二組撃ち落とすことに成功したためだ。
クー・フーリンが押されている…その様に見えたマシュが盾に力を込めるのを見て、僕はそれを手で制し首を横に振る。
「このままでは…!!!」
「駄目だよ、兄さんの邪魔だけはしては駄目だ。それをするならば、僕は君を許さない。これは戦士の矜持が関わる問題だ」
「うむ、マシュよ…大人しく見守るが良い。あの男がクランの猛犬とまで謳われた伝説の大英雄であるその証左を」
アーチャーのその一撃はあまりにも重く、クー・フーリンの足元が沈み込む。
しかし、それでもクー・フーリンに刃は届かず、どこか余裕さえ見てとれる。
「まぁったく、厄介な事になっちまったもんだよなぁっ!?」
「何を言い出すかと思えば…!!」
クー・フーリンは槍を斜めに傾けて、アーチャーの一撃を逸らして地面へと叩き込ませる。
空中に身体があったアーチャーはその動きに逆らう事が出来ずに二振りの剣をそのまま地面へとめり込ませ、すぐに体を捩じることで剣を下から上へと振り上げる。
そこには上から叩きつけられるようにゲイ・ボルクが振られ、奇しくも剣が盾の役割を果たす。
しかし、そこではクー・フーリンは止まらない。
そのまま体を縦に大きく回転させることで何度も槍を叩きつけ、体勢が悪いアーチャーは体を大きく弾き飛ばされる。
アーチャーはその動きに逆らう事はせずに、手に持っていた剣を消してハンドスプリングの要領で跳躍し、クー・フーリンと距離を空ける。
「ただの聖杯戦争が、人理修復なんつー大義名分抱えた大戦になっちまってるんだからな」
「だからどうしたと言うのだ、クー・フーリン。すでに人理は焼却され、この特異点は騎士王の手に落ちた。君たちの手では敵わぬ相手なのだぞ?」
先程までの激しいぶつかり合いが嘘だったかのような静寂。
クー・フーリンは旧知の人間に話しかける様に余裕をもって話しかけ、アーチャーはそんなクー・フーリンの態度に苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
「そいつは、やってみなくちゃ分からねぇってもんでな。それに、特異点を片っ端から片付けちまえばそれすら無かった事になる。こんなアホ臭い事はとっとと終いにしちまうのさ」
「人など勝手な生き物だ。自らが何をしているか理解せず、いざ自分が不利益を被ろうものならば泣き叫ぶ…不要なものだとは思わないか?」
「そんなことは知ったこっちゃねぇな」
クー・フーリンは大きく後退し、クラウチングスタートの様な構えを取る。
お師匠はクー・フーリンのその構えを見て、マシュに僕たちの前に出ていつでも宝具を展開できるように指示を送る。
どうやら、次で決着を着ける気の様だ…。
「俺たち英雄はいつだって他人の都合に踊らされる。英雄だって言ってもそこらの兵士と変わらねぇからな。称賛されるか無視されるかの違いってだけだ。
「…貴様も似た様な事を言うのだな」
「あん?」
「こちらの話だ。…I am the bone of my sword.」
アーチャーは確かに詠唱を行う。
無尽蔵の様にも感じる剣の射出…そこから察するに彼はアーチャーと言うよりもキャスターの側面が色濃い英霊なのかもしれない。
アーチャーの足元から黒い魔力が溢れ出し、肌のひび割れは加速していき崩壊を始める。
それと同時にアーチャーは左手に黒い弓を持ち、右手を前へと翳す。
「一つ、力比べと行こうか。この程度防げぬならば、騎士王に勝つ事など夢のまた夢と知れ」
「面白れぇ…なら、俺も全力の一撃をお見舞いしてやる」
アーチャーの右手に現れるは眩いばかりの黄金の剣。
それはまさしく星の光の様に淡く、そして鮮烈…アーチャーはその剣を手に持つと弓に番え限界まで大きく引く。
「この一撃、手向けとして受け取るが良い…!!」
対してクー・フーリンは助走をつけて大きく跳躍、ルーン魔術を併用し全身の肉体を強化し、ゲイ・ボルクの
「
「
地上より放たれるは黄金の星。
天空より放たれるは紅蓮の星。
その二つは2人の中間でぶつかり合い、鬩ぎ合う様に魔力の大嵐を発生させる。
黄金と紅蓮の光は混ざることなく互いを食いつぶそうと光を更に強くする。
長く、そして短いその拮抗は突如として崩壊する。
黄金の光を突き抜ける様にして紅蓮の光が飛び出し、アーチャーの心臓に深く突き刺さる。
「所詮は
「英雄に偽物も本物もあるか、戯け」
上空より着地したクー・フーリンは、空しく呟くアーチャーに対して呆れたように答える。
「今回は、俺の勝ちだ。王道ってのも悪くねぇもんだろう」
「ふん、オレにはそういう道は似合わないだけだ、クー・フーリン」
アーチャーは肩を竦めると自分の手でゲイ・ボルクを引き抜き、クー・フーリンへと放り投げる。
クー・フーリンはそれを黙って受け取り肩に担ぐ。
「柳洞寺の裏手に洞窟がある。そこから大空洞へと向かうと良い」
「煽るだけ煽ってそれか。やっぱりテメェは気に食わねぇ野郎だな!」
「オレは、より勝ち筋があるやり方を取るだけなのでね」
どこかアーチャーは勝ち誇ったかのように笑みを浮かべ、その肉体を崩壊させた。
アーチャーのあの口ぶりからして、どうやら時間稼ぎをしていたようだ。
それは、僕たちに対してではなく、もっと別の何かに対して。
この分であれば、おそらくライダーをけしかけてくる可能性は無いかもしれない。
「行くぞ、良太…お主は人理を救うのであろう?」
「応ッ!」
お師匠は決着が着いたにも関わらず動かない僕を見て、叱る様に額を小突く。
僕はすぐさま腹から声を出し、いつの間にか先に進んでいるクー・フーリンや所長たちへと走っていく。
大聖杯まで、あと一歩…もうすぐ、この特異点が終わりを迎えようとしている。
今回の紅茶は呪われた大聖杯バックアップによって超強化されたもの。
故に肉体崩壊を起こしますがエクスカリバー・イマージュを起動できた…と言う事にしてくだしあorz
固有結界は尺の都合です。期待させてすまない…