島村家の元フェザー級日本チャンピオン~challenge again~   作:伊吹恋

37 / 46
気づけば10000文字近く打っていました。
本日で襲撃編終了になります!



Round.22

「でいやああああ!!!」

 

雨と雷鳴がなる中、人気のない事務所で一人の青年が拳を振るう。

その拳は一度大きく振るった瞬間、3人ほどの男が吹っ飛ばされた。

 

「もっと数呼んで来い!数で押し切れ!!」

 

一樹の足元には既に10は超えるであろう人間が倒れている。一樹は肩で息をしながら次の標的を見る。

 

「チッ…!ウジ虫みたいに湧いてきやがって…!そんなんじゃ俺は止まらねえぞぉぉ!!」

 

一樹が叫んだ瞬間それを合図とするように一人の男が飛び込んでくる。男の振るう拳を受け流し横腹に一発拳を入れた後によろめいたところに顔面を殴り、男を吹っ飛ばす。

 

続いて次の男が一樹の腹めがけて掴みかかるが、膝と肘で頭と顔を挟むように殴打を入れる。掴んでいた力がゆるみ、体の自由が効き、すぐに男を蹴り飛ばした。

 

「何なんだこのガキ!」

 

「強ぇぞ!」

 

拳を再び構えなおし、一樹はしゃべっていた男の懐に素早く入り込み拳を叩き込み続けた。

 

「どけええええええ!!!!」

 

一人の構成員の男が扉を開いた。

その構成員の手には黒く輝く銃身。ショットガンが手に持たれていた。

 

「チィッ!」

 

一樹は近くにいた構成員の胸倉を掴みショットガン持ちの男が引き金を引く前にその男を盾にした。

プシュン!!

と火薬の炸裂音とは違う音と同時に一樹が掴んでいた男が苦しみの表情を浮かべた。

だが男は無事だ。血も出なければ返り血も出ない。

 

「ゴム弾か!俺ぁルークでもなければドウェイン・ジョン〇ンじゃねえぞ!」

 

すぐにつかんでいた男を撃ってきた男に投げ飛ばし、バランスを崩させ、よろめいた男に瞬時に距離を掴んで腕に持ったショットガンを掴み近くの柱に向かって投げ飛ばし、背中を殴打させる。

 

「配達どうも!」

 

手に掴んだショットガンをポンプアクションを行い次弾を装填させると、前にいた男に銃口を向けて引き金を引いた。

 

ゴム弾は立っていた構成員の肩に当たると苦痛で悶え始める。

 

ゴム弾とは暴徒鎮圧用に開発された非殺傷弾。主には警察組織などが使うもので、非殺傷とはいえその威力は絶大。普通の人間が受ければ骨が折れたりもするものだ。激痛が走るのも無理は無い。

 

次弾を装填するためにポンプアクションを行い、銃身にある弾を撃てる状態にし、突っ込んできた男の足を撃ち、ショットガンの持ち方を変えて男の頭にショットガンのストックを叩き込んだ。

 

「ぬあああああああ!!」

 

「ギィ!?」

 

あまりにも強い力で叩き込んだことによりショットガンのストックが割れる。

一樹はショットガンを乱暴に地面に叩きつけ、完全に銃をお釈迦にする。

 

その時点でその場に立っているのは一樹だけ、辺りは気絶するもの、痛みで悶えるものしかいなくなった。

 

「…結構デカい組織らしいな…だがあの女は何故俺から金を取る必要があるんだ…」

 

乱戦によりドバドバのアドレナリンを理性で取り除き、冷静に分析を始める。

この組織は間違いなく裏社会の住人であることは間違いない。言い方を変えれば極道だ。だがショットガンを持っているということは資金は1000万ほどはあるはずだ。だがこんなことをしてまで5000万の大金を何故欲しがるのかがわからない。

 

「考えるにして…こいつら三次団体の人間か…?」

 

考えられることは一つ。今一樹が襲撃をかけている団体は別の枝分かれした組織であること。

組織とは大きくなると必ず規範となる大きな組織、それを枝分かれさせるように統治させる組織が存在する。それを二次団体組織、三次団体組織、四次団体と別れさせ勢力を広がせる。それが裏社会の組織だったりする。ある程度大きなこの組織、この組織は二次団体か、三次団体に位置する人間ということだ。

となれば一樹の金を狙う理由。それは上の組織に渡すための上納金

アガリ

が目的だったら話はつく。

 

「…考えても仕方ねえか…とりあえず、上に行こう」

 

一旦考えることをやめ、一樹はとらわれているりあむを救出するために一樹は建物の階段を使って上の階に上がった。

 

 

 

 

 

 

一樹の事務所襲撃を行っているその頃、346プロダクション事務所では他のアイドルたちが集まり不安の様子を浮かべていた。

 

「お兄さん…」

 

卯月たちも今は事情聴取を終え、安全の為に346プロダクションに退避している。それは島村夫妻も一緒だ。一樹の店の襲撃があった以上島村一家にも危険が無いとは言い切れない。人が多い346プロダクションならまず大丈夫なはずだ。

 

「…一樹は…一体どこに…」

 

父の口から出た言葉は誰もが思っていることだ。一樹の店が襲撃され、店の中の人間は行方不明。何かヤバい組織に狙われている。だが三人はこれまでの一樹の行動からしてもそんな素振りはなかった。誰かに恨みを買うようなこと、誰から狙われるようなことはしていない。だとしたら考えられるのは…

 

「3日前…」

 

一樹の店に現れたあの女。

 

バァン!!

 

事務所のドアが勢いよく音が事務所に響く。

そこにいたのは

 

「ハァ…ハァ…」

 

息を切らし、ずぶ濡れの咲耶がそこにいたのだった。

 

「貴方は…現フェザー級日本チャンピオンの…」

 

「ハァ…ハァ…一樹は…どこだ!」

 

「えっ…?お兄ちゃん?何か知ってるんですか!?お兄ちゃんのこと何か知ってるんですか!?」

 

咲耶は自分の手に握られた携帯をその場の全員に見せた。

携帯のディスプレイには今日送られたメールが開かれて送り主は一樹の名前が入っており、

 

『卯月たちを頼む』

 

の一言だけが書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

部屋の中ではカチカチと時計の音だけが鳴っている。

その部屋にいるのは一樹の店を訪ねた大男と一樹の実の母がタバコを吹かしている。

 

「…明日ね。あの子が金を持ってきたらジャックあなたは組の直径組員。これでようやく私たち幸せになれるわね」

 

「…本当に大丈夫なのか…たかが20前半のガキだ…そんな大金を持ってるように思えんが…」

 

「大丈夫でしょ?今やあの子は売れっ子俳優よ?5000万なんて屁でもないわ。それに、こっちは人質がいるんだしね」

 

「…それが一番のヤバイ点かもしれんぞ」

 

「どういうこと?あの子がここに乗り込むとでも?できるわけないわよ。プロのボクサーだかなんだか知らないけど、ここは締盟組の事務所よ?そんな大きな組織の三次団体とは言え、そんなヤバイ組織に喧嘩ぶっこむ度胸なんてあの子にはないわよ」

 

「…ああいう人間は守るものの為に命を懸けるような奴が多い…お前が独断でやった行動は、鬼の巣をつついてしまったもんだ…」

 

「はぁ?もしかしてビビってるとか?」

 

 

 

『あ?なんだテメー…下の奴らはどうした!?』

 

組の事務所の迎えの控室。そこには組員たちの待機場は存在する。

そんな控室から聞こえる声は次第に怒号に変わる。

 

『テメー!ギャッ!?』

 

怒号は悲痛な叫び声に変わる。

 

『な、なんなんだテメー!!ぎゃあああ!!!!???』

 

「ほら出た…鬼が…」

 

「ぐあっ!」

 

扉をぶち破って入ってきた顔面を血で染めた構成員。そしてその後から一人の男が入ってくる。

頭に被っていたフードを取り、顔を露わにする。

 

「ヒッ」

 

一樹の実の母がおびえた声を上げた。そこにいたのは、

 

 

 

 

 

顔や拳に返り血で赤く染めた(一樹)がいた。

 

 

 

 

 

 

「りあむを返せ…出ないと…俺はテメーらを殺す」

 

「…随分と態度がでけーなクソガキ。お前誰を敵にしたと思ってんだ…」

 

「…知るか有象無象どもがぁ…りあむを返せ」

 

組長らしき男は立ち上がり一樹の前に立った。一触即発の状態である。

 

「あ、あ、あんた!どうなるかわかってんの!?ジャックの組にこんなことしたらあんたの人生全部———」

 

「黙れ」

 

実の母親に殺意と憎悪を混ぜた視線を向ける。一樹の母親は一瞬で黙り込み、怯えた。

 

「どうなるかだって?知ったことか。俺が一線超えようがそんなのどうでもいい。テメーらは既に一線超えてんだよ…ヤクザが堅気を拉致って堅気の金を巻き上げる…俺はそんなことに怒ってんじゃあねえ…俺が怒ってんのは…なんの関係もねえりあむを巻き込んだことだ…安心しろよ…テメーら生きて返さねえからよ…ヤクザだったら、『落とし前』をキッチリつけてもらう」

 

「…その根性と度胸は称賛に値する。だがお前の行動は実に愚かしい。俺を倒してここからガキを助けたところでお前が狙われるのは変わらんぞ」

 

「……」

 

「…俺は締盟組の三次団体組長…雷詩電だ」

 

「……なるほど、雷電で、ジャックか…」

 

「ふ、ふん!ジャックはプロのボクサーにボクシングの手ほどきを受けてるわ!しかもヘビー級よ!あんたなんか返り討ちよ!」

 

ヘビー級。それは男子ボクシング全17階級の中で二番目に重量級の階級。この上にはスーパーヘビー級というものが存在しそれが最重量級の位置に立っている。フェザー級とヘビー級。ウェイトが全く違う分パンチ力も凄まじい。

詩電は拳を構えて足を動かした。フットワークは本当にプロではないとは思えないほどの足さばき。一樹はジッと詩電の構えを見て

 

「あっそう」

 

あっけらかんと答え、拳を構え頭を振り出した。ピーカブースタイルだ。

二人の中には今リングがあった。徐々に間合いを詰めだす詩電。

詩電はある作戦がある。ピーカブースタイルには弱点がある。それは撃たれ続けること。どんなに強固な鉄壁も当て続ければ綻びが必ず出てくる。一樹の構えている腕のどちらかに集中的に撃ち続ければ当然痛みにより腕は重くなる。しかも詩電の破壊力はヘビー級に教えてもらったことにより破壊力は絶大だ。

 

一樹の一瞬の隙をつけばあとは畳みかければいい。詩電はそう考えていた。

 

そして、その瞬間が訪れた…

 

「(ここだ!)」

 

左のジャブが一樹に目掛けて放たれた。

 

ドゴォォォォォッ!!

 

まるで鈍器か何かで殴られたような一撃と白い歯が一本血と共に宙に舞った。

 

「ウッソ…」

 

男がダウンした。膝をついたのは…詩電だった。

 

「う…ぐぅぅぅぅぅ…!」

 

「イキがんじゃねえよ…ど素人が」

 

口から血を流し、倒れこむ詩電。それを睨む一樹。

 

「どう、いうことよ!どう、して…!」

 

一樹の母親は当然の質問を一樹にぶつける。怯えのせいで声は震えているが、どうしても言いたかった。

 

「オイオイ、舐めたこと言ってんじゃねえぞ…こちとら何年ボクシングしてると思うんだ?自分の弱点が何なんのか研究しねえと世界なんて狙えねえよ…テメーのボクシングは確かに綺麗だ。フットワーク、ジャブを撃った時のフォーム。全てが基礎通りの動きだった。だが…お前は本物のボクシングってものを知らねえ。言えば付け焼刃のボクシングだ…そんな素人に俺がぁぁぁ…!!」

 

一樹の足が前に進んだ。低い姿勢で一樹の拳が詩電の目の前まで迫っている。

 

「負けると思うなあああああ!!!!!」

 

渾身のアッパーが詩電の顎に突き刺さり、詩電の巨体が宙を舞った。そして事務所の組長の机に身体がぶち当たり、椅子に座った。だが、詩電に動く様子はない。体をビクビクと痙攣させ、目は白目を向き、口からはブクブクと泡を吹いている。

 

再起不能状態だ。

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

一樹の母親は怯えた。期待していた詩電があっという間に返り討ちにされたのだ。部屋の隅に座り込み、体をぶるぶると大きく震わせる。

詩電が再起不能に陥ると一樹は次に実の母親を睨む。慈愛などない。慈悲もない。瞳孔が開ききり、殺意が体中から出ているようにどす黒い感情が彼の身体から出ていた。

 

「来るなぁ!悪魔ぁぁ!!」

 

目の前まで迫った一樹の皮を被った何か。

 

うるさい

 

ガァァン!!

 

一樹の拳が壁に当たると、小さな穴が壁は拳がめり込み、パラパラと壁の破片が落ちる。

 

さあて、我が母よ…テメーらの企みはもう下の部下がベラベラ喋ってくれたぜ…三次団体が上の組織に成り上がるにはカネが必要だよなぁ…だからこそ上納金(アガリ)が必要だ…だから俺のカネを使い上へと昇り詰める…要点を取ればこんな感じか?だが、そんなお前らに質問だ…三次団体のテメーらがどうして5000万ぽっちのカネで直径組員になれると思ったぁ…?

 

「えっ…」

 

お前らは三次団体だ…だからこんなはした金で上へ登れると思うかぁ?直径組員は組織にとって基盤にも等しい。下の奴らに聞いたが、お前ら組み立ち上げて間もねえらしいじゃねえか…新参の組がいきなり直径団体として招かれたら他の組員はどう思うんだろうなぁ…しかも直径組員はたかが数千万の金なんて眼中にねえ筈だ。5000万のカネなんて組織からしたらはした金に等しいんだよ。よくて二次団体に格上げが組織としては望ましい。だがお前らはどこでその5000万という数字をたたき出した…まさかだが…それで直径組員になると頭の中で勝手に思ってんのか…?

 

「い、いゃ…それは…」

 

「滑稽だな…組織のことをまるでわかってねえな…まあいい…じゃあ本題に入ろう……

 

 

 

 

 

りあむはどこだ?

 

 

 

 

 

 

りあむは店にいる際に襲撃に会い、拉致された。今は小さな部屋で二日間も缶詰状態。暗く、狭い部屋はりあむの心を絶望色に変えていく。日の光もなく、唯々暗い視界の中でりあむが思い浮かぶのは自分の良き理解者である一樹のことばかり。

 

一樹が無事なのか?助けに来てくれるのか?淡い期待をずっと待っていた。しかし、時間が経つにつれてその考えがなくなり、絶望ばかりを思う。

 

「…会いたい…」

 

りあむの瞳から涙があふれる。

 

一樹に会いたい。その一言が自然と口から漏れる。

 

「会いたいよぉ…お兄さん…!」

 

「嗚呼、ここにいるぞ」

 

伏せていた顔を上げると、そこには光があった。

光はそっと手を伸ばし立っていた。

 

「お、兄…さん」

 

「遅れてすまん…助けにきたぞ…りあむ」

 

「お兄さん!!」

 

りあむは気づいていた時には一樹に抱き着いていた。

同時に大粒の涙がとめどなく出ていく。

 

「怖かった…!ひぐっ…怖かったよぉ…!」

 

「すまん…りあむ…」

 

恐怖から解放されたりあむを一樹はやさしく抱きしめ返した。

そして同時に、一樹の目からも涙が流れる。

 

「ホントに…無事で…よかった…!」

 

 

 

 

 

 

 

りあむを連れて一樹は監禁していた部屋を出る。りあむに自分がさっきまで来ていた上着をりあむに羽織らせ、肩を支えながら出てくる。

 

「どう…してよ…あんたさえ居なければ…」

 

「…」

 

まだ部屋の隅で泣いている実の母。だが一樹にとってもうどうでもいい存在である。

 

「…あんたなんか…生まなきゃよかった…!」

 

「…寂しい奴だ…」

 

「あんたなんかわからないでしょうね!貧しい場所で生まれ、なんの成果も残せずに歳をとって!どうでもいい男の子供を産んで、貧しくて苦しい生活をずっと送った私の気持なんかあんたにわからないわよね!

 

あんたは疫病神よ!あんたのせいですべて台無しよ!生まれてくるべきゃなかったのよ!この悪魔!!」

 

「……それでも、俺はよかったような気もするよ……。例え貧しかろうと、俺を生んでちゃんと育ててくれれば、俺はねじ曲がらずに母の為に生活をしてたような気がする。それが親子ってもんだから……だが俺はもう櫻田一樹じゃない。櫻田一樹は、あんたが俺を捨てて姿を消した時に死んだ。俺は…俺は島村家長男島村一樹だ。あの一家に出会い、俺は本当に幸せだ…だから…あえて俺はこの言葉を口にするよ……

 

 

 

 

 

――――生んでくれて、ありがとう。母さん」

 

母に向けたその笑顔は、先ほどの殺意と憎悪に染まった顔ではなかった。それは、慈愛に満ちかえったいつもの一樹の姿だった。

母はその姿を見て、再び俯き、涙を流した。

 

一樹はりあむを連れて事務所を後にした。

 

 

 

雨がすっかり止み、空には青い空が雲の隙間から覗いていた。二人は人気のない路地をゆっくりではあるが歩き続ける。一樹もりあむのペースに合わせて歩幅を合わせて歩いていた。

 

「…よかったの?お兄さん…お母さんなんだよね…?」

 

「…ああ、もう親子の縁は切ってるからな…この先あの人がどうなろうが、俺は知らない。どうせ癌がどうのこうのもウソなんだから。今は赤の他人だ。それに、俺はあの人に生んでくれたことは感謝はしてるが、お前を拉致ったことに関して許したわけじゃない。その後野垂れ死のうが、本当に病気で死んでいようが、俺の知ったことじゃない」

 

「…厳しいね、お兄さん」

 

「本当なら俺はあの場の人間全員殺そうと思ってたんだ。だが咄嗟に無意識にブレーキかけてたみたいでな…殺せなかった…これでも慈悲深い方だと俺は思うよ」

 

「…それならいいんだけど…お兄さんどうするの?ボクのせいで…お店…それにボクシングは…」

 

「俺はお前が守れたんならそれでいい。店も、ボクシングも、守るものを守れる代償なら安いもんだ…俺は目先の大事なもんを守れれば、後はどうでもいい。まあ、復帰早々乱闘騒ぎだ。資格は剥奪間違いなしだろうな…店は…修繕費メチャかかりそうだな…」

 

などと少し間抜けたことを口にしているが、全てはりあむを気落ちさせないように言ってる気使いだ。それは普段空気が読めないようなりあむでもすぐに気が付く。一樹もショックであることは違いない。

 

「…これからのことを考えるにりあむ、もうお前を島村喫茶に居させることはできない」

 

「…」

 

当然のことだ。今回の一件で一樹は三次団体の組を一つ潰した。これに関して組織のメンツは丸つぶれ。必ず組織の返しが来る。もう一樹は島村の姓も捨てる覚悟でいるのだ。

 

一樹が払った代償はあまりにも大きい。ボクシング資格剥奪。島村喫茶閉店。そして島村としての姓を捨ててしまう。あまりにも大きすぎる代償だ。

 

「俺はこの街を離れる…どこか離れたところ…そうだな、外国にでも出ていく気だ。お前は普通の、元の生活に戻れ…」

 

寂しい表情で問う一樹の姿。この街を離れる。その言葉がりあむの心を苦しめた。

 

「嫌だ…」

 

「ッ…?」

 

「嫌だ!お兄さんと離れるのも、この街からいなくなるのも絶対嫌だ!警察に言えば保護してくれるはずだよ!だから、ボクを置いていかないで!みんなを置いていかないでよ!」

 

「りあむ…」

 

信頼してくれる後輩の言葉、それは一樹の心を揺らがせる。だが決心は変わらない。

 

「ダメだ…俺はこの街に居られない…俺は、お尋ね者なんだよ。これ以上この街に居れば他の人に迷惑がかかる。俺はそっちの方が嫌だ…お前や義母さん、義父さん、卯月や346プロダクションのメンバーに迷惑かけたくない…わかってくれ…」

 

離れたくない。それは一樹も同じ気持ちだ。だが一樹の心はもう決まった。頑固な性格は誰に似たのか、そんなことを思ったその時だった。

 

「その必要はねえぜ」

 

人気のない路地から一人の紫色のスーツを着た男が現れた。その姿、立ち振る舞いは如何にも堅気のそれじゃない。気迫、立ち振る舞い、間違いなく組の直径団体か、それ以上か。

一樹はりあむを後ろで隠すように前に立つ。

 

「さっそく組織の耳に入ったか…お早いことで」

 

「そんなに警戒することもねえよ。もっと気楽にしてくれや、兄ちゃん」

 

「……」

 

「まあいいわ。今回の一件は全て不問とす。それがウチの親父の伝言だ」

 

「随分と物分かりがいいな…俺は三次団体一個潰したんだぞ?それがしっぺ返し無しとはどういうことだ…?」

 

「ハン、今回は堅気から金巻き上げようとした雷の落ち度だ。堅気に迷惑をかけたとなっちゃあそれこそウチのメンツ丸つぶれだ。だから穏便に済ませたいんだ」

 

「アンタらがそれでいいならいいが、警察が黙ってねえだろう」

 

「ウチくらいのデカい組織にもなれば多少融通が利くんだ。まあ、簡単に言えば隠ぺいだな。もう手続きもしてる。そっちの店の被害額もウチ負担で出してやるよ。勿論、ケジメだから雷持ちだ」

 

「…どうもピンと来ねえな。そんなことして何のメリットがアンタらにあるんだ。俺はただの一般人だ」

 

「……ハァ…面倒なあんちゃんだぜ…ウチの親父がアンタのファン…とでもいえば納得してくれるか?」

 

「…」

 

「…」

 

男を静かににらむ一樹だが、不思議と男の言葉にはウソとは思えなかった。男のまっすぐな目に、一樹は信頼しようという気にさせた。

 

「わかった…このことは不問。そしてこのことは他言無用…」

 

「わかってくれると嬉しいね」

 

男は懐からタバコを一本取り出しそれを口に咥えて火をつけた。白く濁った煙を口から吐き出し、男はきびつを返して背を向けた。

 

「もう一つだけ質問だ」

 

男は足を止めて一樹に視線を向ける。

 

「何だ?」

 

「アンタの…名前は?」

 

「俺か?俺は締盟組の組長代理 鬼島柊真だ」

 

組長代理とは、文字通り組長の代理にして組のナンバー2ということ。そしてその名前で一樹は信頼に値する人物であることを心から再確認した。

 

「ありがとう」

 

「礼には及ばんさ…今度サインくれよ。親父が喜ぶ」

 

男の後姿をずっと二人はその姿が見えなくなるまで見続けた。

 

こうして、一連の事件は終結した。

 

346プロダクションに戻り、一樹は元気な姿を皆に見せるために。

 

正直一樹も顔を合わせづらい。これだけ心配をかけたのだそれもそうだ。意を決し一樹は事務所のドアノブを握り、ドアを開けた。

 

「……お…兄…ちゃん」

 

すぐに飛び込んだのは卯月の泣き顔だった。一樹は指で顔をポリポリと掻きながら

 

「おっす…」

 

と返事をした。

 

「お兄ちゃぁぁぁん!!」

 

泣きながら飛びついてくる義妹に驚き尻もちをついた一樹はそれでもしっかりと卯月を抱きしめる。卯月も涙を流し泣きながらしっかりと一樹の身体を抱きしめる。

 

「卯月…スマン…心配かけて…」

 

感動の再開。それは事務所のみんなが涙を浮かべた。

そして一樹の傍まで来たのは島村夫妻。

 

「(義父さんの拳骨が飛んでくるだろうな…)」

 

などと思いながら一樹は目を閉じてその痛みが来るのを待った。しかし、次にやってきたのは、身を包んでくれる夫妻の姿だった。

 

「よかった…本当に…無事でよかった…!」

 

「ええ…本当に、よかったわ…!」

 

その温かみは一樹にとって涙を流すに値する出来事だった。不安、怒り、嘆き、そんな感情がすべて洗い流されるような感覚。

 

「我が子よ…!お帰り…!」

 

我が子。その言葉がどれだけ嬉しいものなのか、24年間生きてきた中で最高にいい言葉だった。

 

その瞬間、全ての力が抜け、一樹も涙を流した。子供の様に、しっかりと自分の身を包んでくれる家族を抱きしめ返し、泣きながら口を開いた。

 

「ああ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはさて置き…」

 

と抱きしめていた島村父が一樹から離れ…

 

パァァァァン!!

 

「へぶっ!?」

 

一樹にビンタを喰らわせた。

 

そしてそれを見ていた島村母も

 

パァァァァァン!!

 

「へぐぅッ!?」

 

ビンタを喰らわせた。

 

「皆を心配させた罰だ」

 

「えぇぇ…」

 

さっきまでのお涙頂戴の展開はいずこに、一樹は左頬を手で押さえる。

 

「じゃあ私もやっておこうかな」

 

と凛が前に出て一樹の右頬を

 

パァァァァァン!!

 

「ギエッ!?」

 

ビンタした。

 

「おい!左頬にビンタ喰らったのになんで次は右頬なんだよ!?」

 

「聖書にもあるでしょ?左を叩かれたなら次は右を出しなさいって」

 

「何その理屈!?」

 

「あっ、しぶりんずるい!じゃああたしも~!」

 

パァァァァァン!!

 

「ごえっ!?ホンダァァァァ!!」

 

それにつづいていくようにその場にいたアイドルは「私も私も」という感じに一樹にビンタを喰らわせていく。

全員がビンタし終わる頃には一樹の頬はパンパンに腫れあがり、見るも無残な顔になっていた。そこに追い打ちをかけるように咲耶もやってきて

 

バシィン!!

 

「おごっ!?」

 

左ジャブを一樹にかました。

 

「問題を相談もせずに全部ひとりでしょい込みやがって…本当ならストレートを放ちたいがジャブで勘弁してやる」

 

「ビンタにしろよ!?」

 

 

 

 

 

 

警察はこの事件の全てを隠蔽した。今回の店の騒動をちんけな強盗の襲撃であることを発表。犯人もでっち上げ、マスコミに信じ込ませた。あの鬼島という男の言った通り全て真実を闇の中に葬り去ったのだ。

 

一樹の店も修繕作業も滞りなく行われ、一週間もしないうちに店を元の綺麗な状態に戻した。だが、ボクシングジムの里中会長からはどうあれ暴力で拳を振るったという事実から一か月の出入り禁止を言い渡された。

店が復旧してすぐにりあむも再び店に戻り、いつも通りの生活に戻る。

 

そこには伊達メガネをかけ、コーヒーを啜りながら新聞を見ているいつもの一樹の姿がそこにあった。新聞にはなんの変哲もないニュースなどが書かれており、それをゆっくりと見ている。

 

「お兄さぁぁ~ん…お腹空いたよぉぉ~」

 

だらけた姿で出てきたりあむの姿を見て、一樹はフッと笑いながら伊達メガネを取り、新聞を折りたたんでテーブルに置いた。

 

「今起きたのかお前…もう昼前だぞ…夜更かししてたお前」

 

「いいじゃん休日にはたまに夜更かししても…それよりさ、お昼ご飯何?」

 

「アイドルのセリフじゃねえな…今日の昼は餃子だ」

 

「餃子!?やったぁ~!お兄さんマジすこ~♡」

 

「いいから顔洗ってこい!」

 

青年の大切なものは守られた。そして彼はその大切なものを一分一秒でも大事にしていき、その時間を島村一樹として噛みしめていく。

 

彼は島村一樹。島村喫茶店主にして俳優。そして、フェザー級プロボクサーである。




〜次回予告〜

店を再開させた一樹だったが、ボクシング出入り禁止1ヶ月は一樹にとってとてつもなく長く感じていた。そんな一樹の為にアイドルたちはある作戦を決行する!

次回Round.23「聖母ですか?いいえ、ボクサーです」

次回をお楽しみに!

ボックス!!

今回の一件でりあむちゃんの好感度爆上がりですね。
ですが一樹にとってりあむはもう1人の妹のようなものなのでやましい気持ちは一切持っていません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。