日はすでに落ちかかっていた。
遠い山間に半分ほど姿をうずめた赤い太陽が平野を赤く照らしている。
ミカサは立体機動でジャドの空を駆け、
ジャドの兵団宿舎に向かうとつないであった馬に乗り、
馬を走らせてジャドの西の森へと走っていた。
ミカサは揺れる馬上で考えていた。
確か、昼間クラリスが西の森にはフロンドの古城という廃墟があると言っていた。
ジャドを襲った百人以上の野党はそこを根城としている可能性は高い。
酒場のアンナの話では、すでにかなりのジャドの女たちが連れ去られていて、ジャドの駐屯兵団のビグスとウェッジがそれを追っている。
ことは急を要した。
女たちはフロンドの城に運ばれ、そこから人身売買のためにどこかへ連れ去られるだろう、
そしてジャドに戻ることは二度とない。
残酷な世界だ。ミカサは思った。
壁の外では巨人どもがうごめき、人類の存在そのものを危ぶませている。
しかしそれでもなお人類はその中で争っていた。
いかに訓練された兵団員とはいえ、
10人にも満たない数で百人以上からなる襲撃者を鎮圧できる道理はない。
ジャドは隔離地であり、援軍の期待もできなかった。
今晩中にジャドは焼き尽くされ、数日後ジャドを訪れた隊商を驚かせることになるのだろう。
少し不可解に思われるところもあった。
烏合の衆であるはずの野党たちはかなり組織化されて動いているようだった。
それにさらった女たちを売買するにはおそらくそれなりのルートが複数必要になるはずだ、やつらにそのようなツテがあるのだろうか?
疾走する馬のはるか前方、丘の合間からジャドの西の森が見えてきた。
ミカサは首に巻いた褐色のマフラーをにぎり、口元までたぐりよせると、さらに馬をはやめて森に走った。
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ジャドの酒場の前で、野党たちがにわかにざわめきだっていた。
酒場の二階でジャドの市民たちが立てこもっている部屋の扉はいまや頑丈に補強されていて簡単に破れそうにもない。
時間がかかることを見込んだ野党たちは、別の作業にとりかかっていた。
野党たちの目的は女をさらうことだけではなかった。
それ以外は殺して口を封じる、ジャドからは誰も証人は出てこないようにする手はずになっている。
そしてその殺しの手段については何の制約もない。
野党たちはジャドの酒場の前の大通りで大きな円をつくるように、3人の男を取り囲んでいた。
「ぐっ、は、はぁっ・・・」
円の中に突き飛ばされた男はよろめいて倒れ、絶え絶えに息をついた。
3人のジャドの男たちは建物の中に隠れていたところを野党たちに見つけられたのだった。
すぐに殺されるかと思ったが、野党たちは男の服をつかむと強引に道を引きずり、
気がつくとこの大通りに突き飛ばされていた。
いったいなんだ?
3人の男たちは恐怖に引きつった顔を付き合わせた。
するとすぐに、男たちのそばに外野から何かが投げられた。
ガランガランと音を立てて床に転がるそれを男たちが見ると、それは三本の刀剣だとわかった。
三人の男たちがキョトンとしたようにその三本の刀剣を見つめていると、
3人の前に一人の野党が歩いてきた。
見ると、野党は2mを超える巨漢で、はちきれんばかりの右腕に大鉈をたずさえ、右に大きく裂けた口をまがまがしくニヤつかせていた。
その口裂けの男が口を開いた。
「おれが、今から、お前らを殺す」
三人の男たちが小さく悲鳴を上げる。
「た、助けてくれ・・・」
言っても無駄だとわかりながら、三人のうちの一人が言った。
巨漢はそれを聞いて裂けた口を横に伸ばしていった。
「わかった」
口裂け男はそういって、地面に落ちている三本の刀剣を指指した。
「その獲物を持て」
3人の男たちは先ほどの地面に投げられた刀剣を見返した。
「それで俺を殺せたら、お前たちは逃げてもいい、殺せなかったら、俺が殺す」
口裂け男は笑って右手の大鉈を持ち上げた。
3人の男たちは大鉈が持ち上げられるのを見て、あわてて周りを見回した。
周りでは大通りを円状に囲んだ野党たちがニヤつきながらこちらを見下ろしていた。
逃げることはできそうになかった。
目の前には巨漢が自分たちを殺そうと歩みよってきている。
男たちはあわてて地面に投げられた刀剣のほうに走った。
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酒場の二階でアンナは目をとじて両手を組んでいた。
窓からは外の悲鳴が聞こえてくる。
少しして、アンナは部屋にガランガランと何かが放り出される音が聞こえた。
アンナが目を開けてみると、それは酒場の調理場にあったはずのいくつもの刃物だとわかった。
アンナは顔を上げてそれを放り出した男の顔を見た。その顔は薄く青ざめている。
男はいった。
「ここもいつか突破されるかもしれん。俺たちは惨殺される、女たちはさらわれる。その前にもうひとつの選択肢を残しておく、そのときになったら、自分たちでそれを選べ」
部屋の面々は、床の刃物を見てしかし誰も何もいえなかった。
アンナはそれを見ながら乾いた口をつばを飲み込むようにのどを震わせた。
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ジャドの兵舎の部屋の中で、ヤークトは地面に横たわるミーシャとクラリスの様子を見た。
二人ともナイフが刺さっていた傷口から、包帯に血をにじませ、浅くいきをしていた。
ヤークトはそれを見て、強く目を閉じると、震える右手を握り、自分の額に押し当てた。
「お、恐ろしい、拙者は…拙者は…」
右手を握るヤークトの口から搾り出すように言葉が漏れた。
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「ここからは立体機動に移る!」
ジャドの西の森に馬を走らせていたジャドの駐屯兵団員のビグスとウェッジは、
馬が森に走りこむと同時にアンカーを射出、森の中空を疾走しはじめた。
立体機動しながらビグスがウェッジに叫んだ。
「まずさらわれた女たちの位置を確かめろ!地面の野党どもは後回しだ!」
いわれてウェッジが了解と短くさけびかえした。
森の中空を高速移動できる立体機動に対して、
地面からできることはほとんどない。
たとえ弓矢を持つものがいたとしても、
立体機動の速度を射止めることはたやすいことではない。
まずは連れ去られた女の集団を見つけ、救出してから敵を排除しながら脱出する。
二人の兵団員は暗い森の間を立体機動で高速で疾走していった。
ビグスは森の中空から地面を見回した。
「くそっ、どこだ・・・」
「ビグスさん!何か来ます!」
ウェッジが叫んだ。
いわれて、ビグスははねるように顔を上げ目の前を見た。
すると前方の森の暗闇から、人影が三つ飛び出してくるのが見えた。
「なんだ!?くそっ!!」
人影が突進してくる。ビグスは短くうめいてブレードを目の前にかまえると、
ガキンと金属音がして人影が通り過ぎていく。
ビグスは振り返ってその人影を確認した。
「あれは・・・立体機動装置だ!なんでやつらがあれを持ってるんだ!?」
ウェッジも敵の突撃を回避したようで中空を疾走しながら後ろを向いた。
ビグスとウェッジを斬撃とともに通り過ぎた野党たちは、立体機動装置で反転し、再びこちらに疾走してきた。
「どういうことだ?なぜ・・・」
ウェッジが戸惑った様子でつぶやいた。
立体機動装置は兵団のみ所持できるもので一般に出回っているものではない。
ジャドの兵舎が襲われたのか?
仮にそうだとして、立体機動装置を盗んできたのだとしても、
立体機動装置の訓練もなしに使えるようなものではない。
立体機動で3人の野党たちがそれぞれおたけびをあげながら迫っていた。
迷っている時間はなかった。
「やるぞウェッジ!まずあいつらを処理する!」
ビグスは叫ぶと前方の木にアンカーを打ち込み、
グルリと反転するとブレードを構えて目の前に疾走してきた野党にたたきつけた。
ガキンと音がして二つの影が交差する。
ブレードとブレードが火花を散らして、どちらも無傷で交差した。
ビグスのブレードを持った手がジンジンとしびれる。
彼はしびれる自分の右手に少し目をやった。
「あの程度なら、やれる」
立体機動装置を使い空中で斬撃を放つことはできるらしいが、熟練した動きとはいいがたい。
こちらは二人であちらは三人、一人の人数差程度なら覆せなくはないだろう。
ビグスがそうかんがえ、立体機動で反転したそのとき、森の奥から叫び声がした。
「お前らは離れていろ!俺がやる!!」
ビグスが声がしたほうに顔を向けた。
「くそっ、ほかにもいたのか、しかしこの声は…」
立体機動装置を装備した3人の野党たちがその叫び声のあと森の暗闇に消えていった。
それといれかわりに叫び声がしたほうの森の先から人影が高速で飛び出してきた。
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ミカサが馬を走らせ、丘を越えると、
西の森の木々が見えてきた。
ミカサは決然とした表情で、両腰からブレードを抜いた。
森の巨大な木々が馬を走らせるミカサの目前にせまってくる。
ミカサは立体機動装置のアンカーを射出し、体が森の上空に強力に引き寄せられ、後部の強力なガス圧に推され森の中空を疾走しはじめた。
森の中空を立体機動で疾走する。
巨大な木々の幹が高速で後ろに過ぎ去っていった。
森は静かで、一見何事もないかのようだった。
ミカサは高速で疾走しながらあたりをみまわしていた。
すると森の地面に何かが落ちているのを見つけた。
「・・・」
ミカサがその上まで立体機動で移動すると、
それは体を胴から真っ二つに両断された人間だとわかった。
腰には立体機動装置を装備している。ジャドの駐屯兵団員ウェッジの死体だった。
ミカサが見ると、胴体は鋭く切り裂かれ、両断されて地面に血だまりを作っているのがわかった。
ミカサがあたりをみまわすと、近くの木の上にビグスがアンカーを木に突き刺したままぶら下がっているのがわかった。
ミカサがビグスが宙づりになっているところまでいくと、
彼はのどを切り裂かれ、心臓の鼓動に合わせるように首元から血を噴き出しているのがわかった。
ビグスは瀕死だったがまだ生きてはいるようで、目だけでギョロリとミカサのほうを見ると、口をパクパクと動かした。
「ガッ・・・キ、・・・ガ・・・」
それだけいうと、ビグスは何もしゃべらなくなった。
ミカサはその状況を分析しながら立体機動で再び森を走った。
今は連れ去られた人たちを助けることが先決だった。
状況から考えて、あの二人は森を立体機動で移動していたことは間違いがない。
その二人を、おそらく刃物で殺すには、それなりの高度から攻撃する必要があったはずだ。
であるならば、考えがたいことだが、可能性として・・・
ミカサがそこまで考えたとき、高速で疾走するミカサの目の前の森の暗闇から、雄たけびとともに三つの人影が迫ってくるのが見えた。
「やはりか…」
ミカサは両手に持ったブレードを握りなおし、立体機動でこちらに疾走してくる三人の野党のほうに立体機動で加速した。
「やっはああああぁぁぁぁ!!!」
先頭の男が叫びながらブレードを振りかぶった。
その後ろにはさらに二人の男がブレードを持ってこちらに飛んできている。
先頭の男のブレードがミカサの胴体に向かって振りぬかれる。
ミカサは疾走する軌道をずらして男のブレードをかわして交差した。
すると目の前から、そしてミカサの右上方からそれぞれブレードを持った野党が
立体機動で接近してきた。
ミカサは左手のブレードを目の前に突き出し、
目前から迫る野党のブレードを受けた。
ガキンと硬質の音が響く、
そのままミカサはまるでのれんが押されるように、
てこの原理で体を目の前の野党の上に浮かせると、
そのまま体を下にしながら右手のブレードで野党の胴体を横一線に切り裂いた。
男の血液が空中に撒き散らされるのと同時にミカサの上方から
ミカサに向かって振り下ろされた野党のブレードを、
ミカサは右足を振り下ろす野党の右腕に放ち、
男の右腕ごとブレードの斬撃をはねあげた。
「ぐおっ…!!」
男ははねあげられた右手の痛みに顔をゆがめながら、
残忍な目でミカサをにらみつけた。
ミカサは空中を疾走しながら体勢をととのえ、
空中で滞空するその野党に向かってアンカーを射出した。
バシュッ
音がして射出されたアンカーが野党の右足に食い込んだ。
野党がその痛みに鋭くうめき声を上げた。
ミカサはそれにかまわず、野党につきささったアンカーの縄をつかんで、その腕に力を込めた。
「おおおおおぉぉぉ!!」
ミカサはさけび、アンカーの縄を野党ごと回転させ、
はるか遠くで最初に交差した男に向かって、
アンカーを突き刺した男ごと高速で衝突させた。
「ぶごあっ!!」
衝突した男の腹部がくの字に曲がった。
野党を衝突させられた男がその野党に突き刺されたアンカーが続くミカサのほうを向くと、
すでにミカサが投げたブレードの刀身が高速で回転し、にぶく輝きながら折り重なった男たちのほうに飛翔してきているのが見えた。
ブシュっと音がしてミカサが放ったブレードの刀身が折り重なった男たちを
二人同時に腹部から貫いた。
二人の男の鮮血が空中に撒き散らされ、男たちとともに森の地面に落下していった。
ミカサはそれを確認し、アンカーを引き戻すと、そのまま体を前に反転させ、
さらに森の奥にアンカーを射出し、立体機動で森の中空を疾走していった。