ハロウィンと小児患者の話   作:とましの

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2話

難易度の高い手術だったが、優秀すぎる第一助手の手を借りて無事成功を収めた。

他の医師たちが立ち去る中、光秀は患者の母親に状態を説明する。手術は成功して腫瘍もすべて取り除くことができた。そして見た限り周辺組織に転移した様子はない。

あとは術後の経過を見つつ患者の回復を待って退院する見通しとなるだろう。

 

それら説明を終えた光秀はすでに無人となったシャワー室に入った。獣症の手術では医師たちの感染を防ぐため術後の消毒を念入りにしなければならない。そしてそんな医療従事者の感染リスクが存在する限り獣症の治療が一般に広がるのは難しい。

今回の患者が複数の病院を巡ったというのも、そこを起点としている。

 

シャワーを浴びた光秀は元の服に着替えるべくロッカーを開ける。しかしなぜかロッカー内には光秀の脱いだ服がなかった。

ただ服の代わりのように見知らぬ白い紙袋が置かれている。そのためロッカーを間違えたと考え周囲のロッカーを開かせるが他は空だった。

間違えていないと認識した光秀は紙袋を取り出して中を確認する。

 

「なんだこのデカいの……帽子か? あとは…ヅラ?」

 

紙袋からやけにつばの広い帽子を取り出すと、さらにかつらを見つけた。その時点で眉をひそめた光秀は、更衣室へやってきた幸村に目を向ける。

「真葉、俺の服知らねぇか」

「とりっくおあとりーと」

「この状態で菓子なんて持ってるわけねぇだろ」

数日前と同じ棒読みのような言葉を出した幸村に光秀は反射的に返した。だがふと数日前のやり取りを思いだし、改めて紙袋の中身を見る。

 

「真葉てめぇまさか…」

「イタズラできるもんならやってみろ、って言ってたからナ」

「今日はハロウィンじゃねぇだろ」

「日本は日にち関係なく騒いでるから良いんだヨ。けどそれ、ちゃんと着ないと逆にみっともないから気を付けろヨ」

じゃあなと素っ気ない言葉を残して幸村が立ち去る。それを呆然と見送った光秀はややあって苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

 

 

つばの広い帽子と長い茶髪のかつら。そして広く肩まで露出した服と、あきらかに丈の短すぎるスカート。さらのガーターで固定する形のニーハイソックスとブーツ。

 

ほぼ黒一色の衣装を幸村がどんな顔で用意したのかはわからない。

ただ幸村の実家がアパレル関係の会社を経営している事は光秀も聞いたことがあった。だとしたらこの程度のものは簡単に揃えられるのかもしれない。

 

絶対に似合わないとわかっているが、他に着るものがないのだから仕方ない。そう言い聞かせて衣装をまとった光秀は恐る恐る扉を開けて部屋の外をうかがい見た。

すると暇そうな顔で飴を舐めていた幸村と視線がぶつかる。

「うわ…」

「似合ってねぇって言いたいんだろ。それより俺の服返せ」

「明紫波の服は休憩室にある。それより似合ってないなんて言わねぇヨ」

壁にもたれていた幸村はそう言いながら扉に手をかけ近付いてくる。

「俺の見立ては間違ってなかったな」

「は?」

意味のわからない言葉に驚く光秀だが、その口に飴を入れられては文句が吐き出せない。あげく幸村が立ち去ってしまえば光秀はひとり飴を手に途方にくれる。

 

だがいつまでも更衣室にいるわけにはいかず、光秀は紙袋を手に廊下へ出た。そもそもロッカーには衣類の他に内線携帯もあったはずだ。それが見当たらないということはすべて休憩室に運ばれたということだろう。

そうして誰にも救いを求められない光秀はこそこそと廊下の隅を歩く。

幸いなことに手術室は地下にあり、職員でも立ち寄る人間は少ない。そのため人に出くわさず進むことができた。

 

だが階段近くまで来たところで頭上から話し声が聞こえ慌てて踵を返した。

近くの部屋に飛び込んだ光秀は立ち並ぶ本棚の隙間にしゃがみこむ。そして自分は何をしているのかと自問自答してみた。

 

そもそもこのまま一階へあがっても人目を避けることはできない。ましてや誰にも見つからず休憩室に行くことは不可能だ。

 

「…あ、そうだ。石黒がいたじゃねぇか」

 

本棚の隙間からはうように進みもうひとつの扉へ向かう。ここは資料室だから、その先には研究室がある。そしてそこには半ば住み込んでいるような男がいる。

自分より身丈のある石黒の白衣を借りていけば醜態をさらさずに済むはずだ。

 

 

 

 

顕微鏡ごしにウィルスの薬物反応を観察していた石黒は扉の開く音を無視していた。しかし視界の片隅で動く黒い影に気付くと顕微鏡から目を離す。

前木が洗濯物を持ってきたと思ったが、そうではなかったらしい。

机の向こう側でとがった帽子の先がゆっくりと動いている。

「ハロウィンの仮装ですか」

確か前木はハロウィン当日に仮装をして小児科で菓子を配る予定だったはずだ。だとしたら前日にそれを試しに着ることもあるだろう。

そう思うままに問いかけた石黒の視界の中で帽子の動きが止まった。

「こそこそと入り込んで、俺を驚かせるつもりだったんですか?」

いつも騒がしく現れる前木が柄にもなくこそこそとしている。ならば驚かせるか何か企てがあるのだろう。そう考えるまま問いかけるが相手は顔を見せようとしない。

そのため石黒はため息を漏らしながら立ち上がった。

机の横を回り込み前木の前に立つ

 

……はずだった。

 

 

やってくる石黒と顔を合わせないよう帽子のつばを引っ張り深くかぶる。そうして反射的に顔を隠そうとした光秀だが、意味のない事なのはわかっていた。

「明紫波?」

珍しく驚いたような声色で名前を呼ばれた光秀はゆっくりと相手を見上げる。すると予想した通り石黒の驚いた顔があった。

「何をしてるんですか?」

「悪戯されたんだよ。笑いたきゃ笑え」

「笑いませんよ」

帽子を深くかぶり再び顔を隠した光秀の頭上から簡潔な返事が落ちてくる。

それは真面目な石黒らしいものだった。そもそも石黒は人を笑うような性格をしていない。常に真面目で冷静に状況を分析し、察したように対応してくれる。そしてそんな石黒といると、不思議と落ち着くような気がしていた。

もちろん予想外のことには対処できないという欠点はあるが、年下なら許せる程度のものだ。

 

「どうしてそうなったんですか?」

「オペを終えてシャワー室を出たら服がすり替えられただけの話だ。服と携帯は休憩室にあるらしい」

石黒の問いかけに、光秀は顔を伏せたまま説明した。すると帽子のつばで狭まった視界の中で石黒が床に片ひざをつくのが見える。

「例の小児患者の執刀医、代わったことは聞いていました」

「真琴が第一助手で入ってくれたからな」

だからなんとかなった。自分の腕だけではあの子供は助けられなかった。そう素直に気持ちを吐露した光秀の肩に暖かな白衣がかけられる。

「あなたはあなたが思っている以上に有能な外科医ですよ」

石黒の言葉に驚き反射的にその顔を見上げる。すると先日と違い、今度はゆっくりと顔を近付けられた。

「そんなに肩を出して、寒くないですか?」

「…気にしてる余裕なんてねぇよ」

「それは大変でしたね」

他人事のような言葉とは裏腹に石黒はわずかに笑って見せる。それに目を奪われているうちにあごをつかみあげられ口付けられた。

 

「みっちゃーん! 洗濯物持っ……」

 

研究室へ飛び込んできた前木がかごを抱えたまま固まる。一緒に現れた真琴は真顔で石黒を眺めていたがすぐに顔を背けた。

そんな真琴の隣で前木は慌ててかごをソファに置く。

「ごめんみっちゃん! おれすぐでてくから!!」

慌てた様子のまま謝罪を口にした前木は研究室を飛び出していく。そしてひとり残った真琴は顔を背けたまま口を開いた。

 

「三成、光秀を見つけたら患者の術後経過はこっちでやると伝えておいてくれ。例の手術はモニター室で見ていた信長が目を見張るほど完璧だった。だけどどうせまた昨夜は徹夜で仕事をしていただろうから、少し休ませたいんだ。今回は特に集中力を必要とする手術だったから」

 

いつもクールな真琴は語尾と共に微笑を浮かべて石黒を見た。そして真琴に背を向けた状態で床に座り込んでいる人物を一瞥する。

だがその人物について何か言及するでもなく真琴は研究室から出ていった。

 

 

ふたりが出ていくと石黒はゆっくりその視線を降ろしていく。そうして帽子を少し持ち上げのぞき込むと、そこには真っ赤に染まった顔があった。

「真っ赤ですよ」

「うるせぇ…わかってる」

「本当に、あなたという人は」

仕事の面では優秀なのに、自分の事となると鈍感になる。そんな上司に呆れながらつぶやいた石黒の目の前で光秀が上目に見つめてくる。

「バカだって言いたいのか」

「それに近いかもしれませんね」

毒づきたい様子を見せる上司のあごをつかんだ石黒は再びゆっくりと顔を近付けた。

 

 

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