ハロウィンの催しも夕方には終わり入院患者たちは病室へ帰っていく。みながそれぞれの場所へ戻る中、青いドレスをまとった豊白秀吉は隣を歩く白雪姫に声をかけた。
「そーいえばクツ無くしたままなんやけど、ええのかな」
「靴をなくしたんですか? え? いつから素足なんですか? 怪我はありませんか?」
秀吉の問いかけに白雪姫の扮する慶次が驚きに目を丸める。子供たちに追いかけ回された慶次は秀吉が靴をなくしたことすら気付かなかったのだ。
「いつからやろなぁ…いろんなとこ走ってきたからわからへん」
そう言いながら秀吉はドレスの裾を持ち上げて足を見せた。靴の片方は無事だが、片足は素足の状態になってしまっている。秀吉は片足だけ爪先だった状態で今まで走り回っていたらしい。
「素足のことはええけど、あのクツも借りもんやろ?」
「あー…そうですね。おれちょっと落とし物なかったか聞いてきます」
慶次はキョロキョロと周囲に目を走らせると丈の短いドレスをひるがえして走り出した。その背中を見送った秀吉はひとりになるとため息を吐き出す。
「なんや…祭りのあとはいつもより寂しい気がするなぁ……」
つい先程までにぎやかな空間で子供たちを相手に走り回っていた。けれど祭りは終わり、また笑いのない淡々とした生活に戻るのだろう。
この医大の外科部には緋田派閥というものが大きく存在する。そんな緋田信長のライバルである秀吉は派閥の医師たちから疎まれていた。
そして狭い外科部の世界でのそれは秀吉を孤独にするには十分だった。
「あー……あかん。なみだでる」
目からこぼれた涙が一滴、ドレスに落ちてシミを作る。ドレスを汚したことに気付いた秀吉は慌てて周囲に目を向けた。拭くものを探そうにもこんな廊下ではタオルなど見つかるはずがない。
「大丈夫ですか?」
「おわっ」
唐突に背後から声をかけられ、秀吉は驚きの声をあげてしまう。しかし振り返った先にいたのは見知らぬ相手っはなかった。
「浅日君やないの。どないしたん?」
手袋で目元をぬぐい慌てて笑顔を作る。その様子を医学部の浅日長政はじっと見つめていた。
だが不意ににっこりと微笑むと手に持っていた靴を見せてくれる。
「この靴、豊白先生のものかなって、思いまして」
「あー、それウチのクツや。ありがとなー、どこで見つけてくれたん?」
「渡り廊下に落ちていたんですよ」
「そっかそっか、ほんま助かるわー」
明るい調子のまま靴を受けとるべく手を差し出す。しかし長政はそんな秀吉の目の前で床に膝をついた。
大切そうにそっと床へ靴を置くと秀吉の顔を見上げる。
「あなたのおみ足を見せてください。靴に合うかどうか確認したいので」
「……っ」
唐突に笑顔を消した長政のその言葉に、なぜか秀吉の心臓が激しく脈打つ。しかし長政を無視もできず秀吉はそっとドレスの裾をつかみあげた。そうして素足のままだった足を差し出すと、長政はその足に靴を履かせてくれる。
「ああ良かった。俺はあなたを探していたんです」
「…それ、最後まで続けなあかん?」
顔が熱くなるのを認識した秀吉は長政から目をそらす。するとひざま付いていた長政がゆっくりと立ち上がった。あげく秀吉の手をそっと両手でつかみあげる。
「あなたに永遠の愛を捧げます。シンデレラ」
「ほんま浅日君のそれ刺激強すぎるからやめといて!」
真剣な愛の告白を向けてくる長政に耐えきれず、秀吉は赤い顔で制止の声をあげた。すると長政は再びいつもの穏和な笑顔を取り戻してくれる。
「楽しくないですか?」
「楽しない! ほんまにほんま…本気にしてまうやん…」
お遊びで告白なんてされても嬉しくない。その一点で拒絶している秀吉は、熱の取れない顔を背けた。
そんな秀吉を見下ろしていた長政はややあってつかんでいた手を持ち上げる。そして絹の手袋に包まれた手の甲にそっと口付けた。
「本気にしていただいて構いません。ですからどうかひとりで泣かないでください。あなたに涙をこぼさせたくはないのです」
再び劇の中のような語り口調を見せた長政はポケットからハンカチを取り出す。そうして差し出されたハンカチを見た秀吉はつい笑ってしまう。
「せっかくの王子様やのに、ハンカチはかわええウサギちゃんやね」
「すみません。これしかなくて」
さっきまで格好良かったのにと笑う秀吉に長政も笑顔で返していた。