真・カンピオーネ無双 天の御使いと呼ばれた魔王   作:ゴーレム参式

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信頼と約束

「主神デウスの血を引き、神々が住む山(オリュンポス)を支配する者…戦神アレスとはオレのこと!!」

 

 膝づきなさい巫女よ、と、あふれ出す神気と威圧感を万里谷に放つアレス。

 神の威圧と恐怖心に万里谷は狼狽するもアレスに反論する。

 

「なっ、なにうえ、御身はメダリオンをご所望なのですか! これはあなた様と同じデウスの子であるアテナに系譜する物! いかようにお使うつもりですか!」

「ふふふふ、愚問ね、東の巫女。オレ――我は戦いの神であり城塞の破壊神。同じ戦の神でありながら城塞の守護者たるアテナとはもはや硬貨の裏表。ならばお互い毛嫌いし、戦い、殺し合うのは当たり前ではないの?」

「ならば、このメダリオンとどう関係があるのです!?」

「知れたこと。そのメダリオンを餌に我はアテナと勝負をする。そして、さらなる戦と反乱を引き起こす! 戦場こそが我が領域、闘いこそがオレを楽しませる遊戯の盤上! これ以上の明確な目的など存在しないわ」

「なっ!? そのような愚行が許されると思っているのですか!?」

「もちろん、許される。なぜならオレがオレ自身が許すのだから問題などあるはずがない。この身は神、ましてや、まつろわぬ神。周囲の常識なんてしったことではないわ」

「うっ……」

 

 万里谷は言葉を詰まらせる。

 眼前の神の暴論にかつてのトラウマの原因が蘇る。

 かの古き魔王と同様、あの神は闘いに餓えている。

 目的のために戦うのではない、戦うことが目的。血肉を踊る、命を懸けた殺し合い。それが目的であり理由であり、存在理由。それがかの古き魔王と酷似していた。

 だからこそ理解できる。

 どれほど聡明な聖人が説得しても、慈悲深い女神がお願いしても、彼ら――戦闘狂という人種は他者を食らい殺すことでしか生きられないケダモノだということを。

 ましてや一介の巫女風情では戦争を司る神格相手に、戦いは無益だと唱えたとしても、馬の耳に念仏にすぎない。

 ――だとしてもだ。

 

「たとえ、あなたさまがどんな横暴を述べようとこれだけは譲れません!」

 

 万里谷にも譲れない意地がある。

 自分が知っている魔王とは違う、優しき神殺しの青年との約束。

 彼が今現在、どのような状態かは知らぬが、おそらくアテナ相手に奮闘しているに違いない。

 ならば自分もまたその働きに応えるため、時間稼ぎをしてでもメダリオンを守り通す。

 たとえ、相手が神だとしても。

 

「いいでしょう。寄越さないのなら結構。だったら力ずくで奪うまで!」

 

 地面を蹴り、一瞬で距離を詰め、万里谷が握りしめたメダリオンにアレスは手を伸ばした。

 

 

======================

 

 

「ダメですエリカ様。うんとんもすんとも動きません」

 

 ハンドルを握りながら申し訳なさそうに言うのはエリカのメイドことアリアンナ・ハヤマ・アリアルディである。

 窓の外では夕方とはいえ、深夜のように真っ暗な闇が広がり、街の明かりや車のライトなど明かりはひとつもなかった。そのため道路では交通渋滞となってしまい、彼女が運転する車も渋滞に捕まり進むことができなくなっていたのだ。

 

「うーん、やっぱり車で移動したのは間違いだったわ」

 

 後部座席に座るエリカはそう呟き、隣で電話をかけている護堂に視線を移す。

 

「護堂、そっちは?」

「ダメだ。万里谷のやつ電話にでてくれねぇ…!?」

 

 苛立ちながら繋がらないケータイを握りしめる護堂。

 アテナと対面する事前に万里谷と電話番号を交換をしたのだが、万里谷のケータイはマナーモードになっており、さらに万里谷はアレスに意識が向いていたためケータイの存在を忘れていたことは、この時の護堂には知る由もない。

 

「くっそ。アテナだけでも厄介なのにさらにもう一体。しかも、アレスなんて、どうして神様が連続で来るんだ!?」

 

 車のドアを叩きつけ、苛立つ護堂。

 数分前、公園でエリカから謎の存在――第二のまつろわぬ神が日本に上陸し大破壊をもたらし、ムニンからその第二の神がアテナと同格であるギリシャ神話の神アレスだということが発覚。

 ムニンによれば、ムニンの主――北郷一刀がアテナと共に光の柱に包まれる際、護堂とエリカの護衛と監視を任されたフギンに情報を流したという。

 その情報に護堂は最初、耳を疑ったが頼れる相棒であるエリカから「アテナを倒せる存在はカンピオーネか同格の神くらいのもんよ。だいたいあの人が嘘の情報を与えてまでする理由はないでしょう?」という説明からしぶしぶ納得した。

 

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。カンピオーネになる前だってあなたウルスラグナとメカトロニクス、二体同時に相手したくせに」

「いやいや。あの時は口八丁でどうにかタイマンの状況にしてもらって戦う日をずらしただけで、神様二人同時とか普通に無理だから!」

「そうかしら? カズ――私の知り合いのカンピオーネはカンピオーネになった当日にまつろわぬ神を二体同時に相手して倒したわよ」

「そんな奴とオレを一緒にするな! 俺は普通の高校生だぞ!」

『疑問、普通の高校生は怪獣みたいな猪を召喚したり、ゾンビみたいに復活したり、あげくのはてに世界遺産を破壊するのですか?』

「ぐっ、カラスに正論いわれた…」

 

 助手席から後部座席を覗くムニンからの言葉に悔しがる護堂。

 流暢に喋るカラスに言われる筋合いはないが、事実のため反論する言葉がなかった。

 

「あのエリカさま。日本に上陸したのはアテナとアレスなんですよね? アテナはともかくアレスってあんまり強いイメージがありませんがそんなに危険な神なのですか?」

 

 アリアンナの疑問に、護堂も同意見だ。 

 ギリシャ神話においてアレスは知名度の高い神だ。神話にあまり詳しくない護堂も知っている。

 ただし、護堂の中でアレスという神は一言で例えるなら――チンピラのような印象だ。

 その理由は神話において、所かまわず勝負を挑み、そのたびに無残に負けているからだろう。

 アテナと同じ戦神であるも、アテナは智慧と戦略に兼ね備えた優秀な軍師タイプで、アレスは相手の力量を考えずガンガンいこうぜ精神で力押しをする脳筋タイプ。

 アテナの優秀差と比べればアレスが強いかどうかは実に曖昧だと護堂はそう認識していた。

 しかし、エリカはあえて忠告する。

 

「弱い強い以前に神である時点で災害となんら変わらないわ。その証拠に…ほら」

 

 エリカが窓の外を指さし、その方角に護堂が視線を移す。

 暗闇に包まれた夜眼になれたのか微かに視界がとれ、同時に何かしらの物音が聞こえる。

 護堂とアリアンナはその音を耳を傾けて目を凝らす。

 

「暗い…暗い…」

「明かり…だれか明かりを…」

「なんだんだよこれは!? 真っ暗で何も見えねぇ!」

「イッテ!? 誰だよ俺の足踏んだのは!」

「オイ! 俺の車をぶつけるなよ!」

「うるせぇい! こっちは大事な取引先との取引があるんだ! 止まってるんならそこどけよ!」

「うんだとこりゃ!」

 

 悲鳴と恐怖、そして騒がしい喧噪と罵倒に鈍い破壊音が車外から聞こた。

 わずかながら住民たちが暗い闇で争いを起こしていることが護堂たちにはわかる。

 

「この騒動…もしかしなくてもアテナとアレスのせいなのか?」

『首肯。街から光を奪ってるのはアテナです。彼女はもともと闇と冥府を司る神格。人間が闇に対する恐怖心を蘇らせたのでしょう。ただしこの喧噪の原因は別にいます』

「――アレスなのか?」

「そう。人間がもつ闘争本能を呼び起こして争いを誘発させるのも戦神の性質。アテナの闇に対する恐怖心が反比例して暴走しちゃってるんだわ」

 

 

 存在するだけ周囲に影響を及ぼすのがまつろわぬ神の厄介な特徴だ。

 しかも、今回はまつろわぬ神が同時に二体。その影響力は護堂の頭ではイメージしにくかったが、男たちが殴り合いを始めた途端に連鎖するかのようにあちらこちらで喧嘩が勃発し、暴走族もしくはヤクザ同士のカチコミのような光景を目にしてどれだけ危険なのか改めて理解した。

 

「被害の規模からしてアテナよりアレスのほうが大きんじゃないんかしら。ただでさえ戦争と狂乱を司ってるんだから、東京のど真ん中で出鱈目に暴れまくって阿鼻叫喚の戦場に変わるかもしれないわ」

「不吉なこというなよ。あぁもう、どうしてそんな危険人物が俺んとこにくるんだ!?」

『それがカンピオーネの宿命です。もうガンガン行こうぜ精神で特攻するしかありませんね』

「…いのちをだいじにする選択肢は?」

『ありません。精々じゅもんをせつやくのコマンドならいいでしょうけど』

「護堂の場合、使えるものは即使うから節約なんてするわけないわ」

 

 カラスと相棒の容赦ない事実に護堂は「それもそうだな…」と諦めたように深くため息を吐く。

 

「…やっぱりアテナの知識だけじゃなくアレスの知識も教授してもらえばよかったか…?」

「時間が無かったからしょうがないでしょ。それに教授しても今のあなたの剣で斬ることができるのはアテナとアレス、どちらか一体だけよ」

「あ~そうだった…」

 

 護堂の権能『東方の軍神』のひとつ化身『戦士』。

 神話の知識を言霊にし、言霊を黄金の剣に形成させ、相手の神格を斬る神殺しの剣である。

 神格持ちにとって天敵のような化身だが、デリメットして神に関する知識がなければ発動せず、また、同時に系統の違う神を斬ることができない欠点をもつ。

 神話の知識が乏しい護堂はエリカらから教授と呼ばれる魔術で神話の知識を)口移し(ディープキス)で教えてもらい、化身を発動することができるのだが、権能の掌握が進んでいないため連続で使用することができないのであった。

 

「まぁ、護堂がそこまでいうならこの場で教授の続けをしてあげてもかまわないけど…」

「あ、あのぉ~エリカさん? なんで艶にこちらに身を寄せていらっしゃるのでしょうか…!?」

「うっふふ、万里谷が心配だから教授を途中で中断したけど、無駄に時間を浪費するなら残りの知識を注いだほうがいいかとお思ってね。むしろあれじゃ物足りなかったし」

「物足りないってなにが!? 趣旨が変わってんぞ!? つーかアリアンナさんもいるんだし自重しろよ!」

「いえいえ、私のことはお気に召さらず。どうぞうどうぞ」←家政婦は見た

『呆気。緊張感がありませんね』←撮影モードON

「っていいながらデバ亀しないでくれません!? あと、おまえはおまえでなにスマホで撮影してるわけ!?」

『ただの趣味です。あと、撮影した画像はあとでTwitterで拡散しときますのでご安心を』

「あらいいわね。この際だから他の組織にも私達の関係を公表しましょうか。もちろん既成事実の意味を込めて」

「やめろぉー! それだけはやめてれくれぇぇ! 社会的に死ぬぅぅ!」

 

 そんなこんなで、車が小刻みに揺れながら数分後。

 護堂はなんとかしてムニンのスマホを取り上げるも、御婿さんにいけない体にされた後だった。精神疲労で息が荒い。

 なお、運転席のメイドは「さすがですエリカ様!」と頬を紅潮させてエリカを褒めている。この人は視界から除外しとこときめた。

 当の相棒はというとご満悦のご様子で肌も艶やかであった。

 紅き悪魔じゃなく紅き淫魔の間違いだろう、と護堂は内心で愚痴を溢しならフギンに話をかける。

 

「えぇーと、ムニンだったけ? おまえ、俺たちの傍にいていいのか? こんなこというのはアレだけど、自分とこの御主人さまがもしかしたらアテナかアレスに…」

『無用。私に課せられた命令は、貴方たちをフォローすること。相方と違って主からの命令は忠実に守ります』

 

 と、忠誠の騎士のように答えるムニン。

 その姿勢に「信頼してるんだな」と呟き微笑むが、

 

『なにより我が主があの程度の攻撃で死ぬなんてありえませんし』

「そうそう。死にそうな目に合っても『あ~死ぬかと思った~』っていいながらひょっこり生き残るのがオチよ」

 

 先ほどの忠誠心を吹き飛ばすように肩をすくめて言うムニンと、首肯するエリカ。

 相棒と畜生の言葉から一瞬、同じカンピオーネである剣馬鹿が護堂の脳裏に過ぎた。おそらく、とある部分だけ同じ人種なのだろう。会ったら会ったら苦労しそうだと会ったことのない先輩のイメージを固定化させる護堂であった。

 そんな護堂にムニンは言う。

 

『あと、万里谷祐理の安否は一様大丈夫でしょう。主が仕掛けておいた保険がありますので。アレならば多少の時間稼ぎになるはずです』

 

 

======================

 

 

 アレスの手がメダリオンへと触れる直前、頭上から突如として巨大な鋭いモノが振り下ろされた。

 アレスは咄嗟に地面を蹴り、バックステップして避ける。

 巨大な鋭いものはそのまま地面に突き刺さった。

 

 アレスと万里谷の間を遮り、地面を抉るのは――巨大な鎌の刃だ。

 

――ぎゃっははははは! 間一髪だったな。

 

 頭上から声が聞こえ、万里谷が見上げるとそこには巨大な鎌を振り下ろした一体の怪物がいた。

 

「…ジャックオランタン…?」

 

 西洋文化が疎い万里谷だが、秋とかでハロウィンで見かけるかぼちゃ頭の可愛らしいキャラクターだと思い出す。

 だが、屋根の上で愉快に笑うそれは愛嬌とは真逆な不気味で知性の欠片もない恐怖をモチーフにした化け物だった。

 

『オイオイ、来るのはアテナじゃなかったのかよ。聞いてねーぞ主』

「カラス…?」

 

 そんな化け物の横に一匹のカラスが、文句を言いながらアレスを一瞥していた。

 万里谷が漠然としていると霊視が発動し、カラスの正体に気づいた。

 

「北欧神話の主神オーディンの使いの一端…思考を意味する…フギン」

『なんだ霊視で読んだか。なら自己紹介はいらないな』

 

 そう言ってフギンはかぼちゃ頭の怪物――ハロウィンマンに叫ぶ。

 

『オイ、かぼちゃ頭! あまり飛ばすな! 独立可能とはいえ主からの供給ができない以上、エネルギー切れで顕現できなくなってしまう! 助けが来るまでこの嬢ちゃんを守り通すこと忘れじゃないぞ!』

 

――わーてんよ!

 

 ハロウィンマンが屋根から飛び立ち、アレスに向けて鎌を振り下ろす。

 

「ちっ、かぼちゃの癖にこざかしい!」

 

 迫る大鎌の刃を紙一重で避け、ハロウィンマンの巨体に蹴りを入れようとするアレス。

 ハロウィンマンはひらりと、空に舞う布のようにひらりと、蹴りを回避し連続で大鎌を振るう。

 

もらったー!

 

 ハロウィンマンが奇声を吼え、アレスを細切れにしようとするが、

 

「甘いっ!」

 

 身の丈以上の巨大な刃を、華奢に見える細腕での真剣白刃取りで受け止めたアレス。その刃を地面に深く食い込ませ固定させる。

 

――あっ、やべ――

 

 轟!!

 

 ハロウィンマンが一瞬硬直した瞬間、居合を詰めたアレスの拳がハロウィンマンの顔面に炸裂。

 電車の衝突事故のようにハロウィンマンの巨体が後方へ吹き飛ぶ。

 

「キャー!?」

『うっぎゃー!?』

 

 軌道上に居た万里谷とフギンは咄嗟に横へ跳んで回避するも、フギンだけは逃げ遅れてしまいハロウィンマン共々屋敷に激突。倒れ伏す万里谷の横で屋敷がトラックの衝突事故のように崩れ、ハロウィンマンの上半身が突き刺さった状態になってしまった。

 惨劇の犯人はそれを眺めていると、足元から転がってきた一枚のメダルを拾い上げた。

 

「これがあいつが欲しがっていたモノね」

「そんな…メダリオンが!?」

 

 どうやら回避する際、うっかりメダリオンを離してしまったらしい。

 万里谷は自身の失態に恥じる。

 

「さーて、これをどう使ってアテナの奴を弄ろうかしら…」

 

 メダリオンを指でいじりながら悪戯っ子の顔で考えるアレス。

 と、その時、

 

「やはり、それを狙っていたか――アレスよ」

 

 少女の声と共にアレスの頭上から漆黒の影のようなものが振り下ろされ、アレスを地面へ押しつぶした。

 

「ぐっへ!?」

 

 突然のことに反応できず、アレスは踏まれたカエルのような状態になり地面に臥す。

 「こんどは何なんですか!?」と万里谷は状況が追いつけず反射的に身構えていると、アレスを踏みつけにしていた影が霧散し、ひとりの少女の姿が出現した。

 

「全く、戦場で余裕に浸るなど不用心な。所詮は知性のない馬鹿ということか」

「ま…まつろわぬ神…アテナ!?」

 

 数時間前、霊視で確認したメダリオンを狙うまつろわぬ神――アテナ本人だ。

 彼女はたしか護堂とエリカが対処しているはずだと、万里谷はそう思っていた。

「ここにアテナがいるとすると、護堂さんたちの身になにかが!?」と万里谷は不安を抱く。

 しかし、彼女のそんな気持ちを無視するかのように、もうひとりの戦神が吼えた。

 

「いつまで乗ってるのよーッ!」

 

 噴火の如く地面から起き上がったアレスが自身を踏みつける天敵を空へと投げ飛ばす。

 しかし、飛ばされたアテナは上空で体勢を整え、優雅に着地する。

 アレスは忌々しそうに、アテナを睨む。

 

「くっ、生きてると分かっていたけどこうも早く来るなんて」

「貴様と違ってなにかと恵まれているのでな。運が味方したくれたのだ」

 

 そう言ってアテナが右手に持っていたモノをアレスに見せる。

 それはアレスが握っていたはずのメダリオンであった。

 

「いつのまに!?」

「もともとは妾の持ち物だ。返してもらうぞ」

 

 メダリオンを握りしめ呪文を唱えるアテナ。

 呪文を唱えるたび、メダリオンは呼応するかのように鼓動し妖しい光を灯す。

 

「先刻の奇襲の件を含め、その身にまつろわぬアテナの恐怖、深く刻んでやろうぞ」

 

 アテナがメダリオン――ゴルゴネイオンを天に掲げるとアテナの身体に闇色の光が染められ、容姿の輪郭が変化。さらに彼女の威圧と神としてのオーラが増し、アテナはアテナではない何かへと生まれ変わる。

 

「今こそアテナは古きアテナを取り戻す!」

 

 闇色の光が吹き飛び、そこにはゼウスの)(アテナ)はおらず、代わりに漆黒の鎌を持った女神――地中海を支配していた冥府を統べる叡智の女王――原初のアテナが慢心と歓喜に満ちた顔で降臨した。

 

「赤き神アレスよ。この古きアテナがこの手で貴様に引導を渡してやろう! 神話のように壺の中で泣き叫ぶがよい!」

「……いいでしょう。子供のあなたをいたぶり殺すのもいいけど、全盛期の貴女を倒すのも一興。 我が暴力でその綺麗な顔と肢体を屈辱と恥辱で汚してあげるわッ!」

 

 死の神力を迸る女王の宣戦布告に女将軍は真剣な眼差しで応える。その身体から死すら弾き飛ばすような熱く赤くそして力強い闘志に満ちた神力が迸っていた。

 それはすこしの動作で爆発する時限爆弾のような雰囲気。その光景を前に万里谷は震えて声を零す。

 

「アテナとアレス…おなじ神話の戦神でありながらその性質は正反対…」

 

 

 霊視による恩恵により、万里谷はこの二柱の神の本質をとらえることができた。

 だからこそわかる。―――彼女は対極的で対称的であることを。

 アテナが智慧で戦うなら、アレスは腕力で戦う。

 アレスが攻めが得意なら、アテナは守りが得意。

 そして、アテナが夜のごとき闇と絶対なる終焉という死を振りかざすなら、アレスは昼のごとき光と強靱なる闘志という生命で立ち向かう。

 まさに相反する二つの神髄。その神髄が己を証明するため相対する天敵を討とうとしていた。

 

「このままではこの地がトロイア戦争のような戦場に…いいえ、それ以上の惨劇になってしまう…! 止めなければ――ゴッホ…ッ!?」

 

 立ち上がろうとしたその時、万里谷の口から血がこぼれる。

 

「こ、これは死の呪い…アテナを直視したから…」

 

 原初のアテナは冥府の神である。その身自体が死と同意であり、見るだけで『死』という概念に汚染されるのだ。

 万里谷はまるで『死』という病原体が身体を蝕んでいるような感覚に襲われるも、それを抗うように別の何かが身体からあふれ出し死という感覚が薄れるのも感じとった。

 

「それだけじゃない…これはアレスの…戦いへの狂気…」

 

 生物は生命危機の陥る時、死に抗おうとする生存本能が存在する。

 戦いの中、人は体内からアドレナリンを生成し、興奮状態になって死につながる怪我や痛みを一時的に麻痺させ、延命させることもある。

 アレスは戦神であり、戦災の神でもある。兵士を扇動し、狂戦士のように戦わせる蛮勇の神格。

 死すら恐れない戦神の闘志に触れれば、冥府の死すら対抗できて当たり前だ。

 

「アテナの死と均衡して本能が…身体を生かそうとしている…死なないのはいいですがこれはあまりにも…うっわぁぁああああああああ!!」

 

 だが、それでも『死』は襲う。

 生きようとする身体に対して『死』が命を狩りつくそうと蝕み続ける。

 万里谷は痛みに悶えながらうずくまる。

 

「苦しい…痛い…ッ!?」

 

 生きる限り死があり、死があるからこそ生きる。死の呪いが強くなるほど、命の本能が高まり、命が増強するほど死もまた増強する。

 まるでイタチゴッコのように死と生という循環は彼女の肉体には耐えきれず、地獄のような激痛が駆け巡る。

 その苦しみは一思いに殺してくれと介錯を願うほどで、彼女の折れなかった精神を徐々に削っていく。

 

「もうこれまで――」

 

 

 

『もしも危険な目に合ったら俺を呼んでほしい』

 

 万里谷の意志が砕かれようとしたその時、脳裏に青年の声が再生する。

 

『俺のことを強く考えてくれ。必ず俺が万里谷を助けに行く』

 

 それは数時間前――草薙護堂がアテナのもとへ赴くまでの会話だ。

 

「……す……て…」

 

――彼は私が知っている魔王とはどこか違っていた。

 

『それは護堂さんの権能なのですか…?』

 

『あぁ、たぶんな』

 

『た、たぶんて!?』

 

『まだ使える条件がはっきりしなんだ。悪い』

 

――いい加減で自身の立場もわきまえず直感で物事を語る彼が人類が恐れる王なのかどうか疑問を抱いた。

 

「た……けて…」

 

――でもひとつだけ分かったことがある。

 

『確信がないこと言って悪かった。やっぱあぶな時はゴルゴネイオン置いて逃げてくれ』

 

――彼には素直で私や他人のこと第一に気に掛ける優しさがあった。

 

「……ご…さん…」

 

――だからだろうか、私が彼に畏れることもせず友のように言葉を交わせたのは。

 

『貴方は不思議な方です』

 

――だからだろうか、私は彼のために神に立ち向かうことができたのは。

 

「たす……て…」

 

――神同士の争いに口を挟めず隅で苦しむ不甲斐ない私ですがどうか一度だけ王(あなた)に願います。

 

『私はあなたを信じます』

 

――もしも、あの言葉が本当なら…嘘偽りのない友との約束ならば答えてくれますよね。

 

『きっとお呼びしますから助けに来てくださいね。必ず…』

 

――だから、

 

 

「――助けてくださいッ! 護堂さぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 二柱の戦神が相対する最中、一人の巫女の叫びが夜空へ木霊する。

 そして、

 

 

 ヒュゥ~~!!

 

 乙女の声に応えるかのように、彼女の眼前に一陣の旋風が吹く。

 風は激しさを増して、小さな竜巻へと形を変え、戦神の戦場の空気を乱す。

 

「なによ、この風?」

「…ほう、よもや死の淵から蘇るとは。さすがはカンピオーネといったところか」

 

 アレスとアテナが旋風のほうへ視線を移す。とくにアテナは感心したかのように風の発生源を面白そうに眺める。

 そして、小さき竜巻は役目を果たしたかのように突如として霧散し、ひとりの戦士を送り届けた。

 左腕に金髪の美女が離れないよう身を寄せ、右肩に妖しき大烏を乗り、その双眸は眼前の戦神たちを睨みつける。

 その姿はまるで神すら恐れない蛮族の王のような風貌であった。

 

「あぁ…」

 

 万里谷は身体の激痛を忘れるように安堵の息を零す。

 世界が彼を魔王と罵倒しようが、人々が彼を暴君だと罵ろうと自分は彼を信じるられる。

 

「……来てくださったんですね」

「約束したからな」

 

 

 なぜならその背中を観ただけで彼女の中に、神という畏怖は消え去ったのだから。

 

 

 

『おい、あいつら、あたしらのこと忘れてラブコメ的なことやってねぇか』

 

――ぎゃははは、青春だな

 

 

一方、がれきの下敷きなっていた一羽とカボチャは微かに香るラブ臭に人知れず呟いていた。


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