真・カンピオーネ無双 天の御使いと呼ばれた魔王   作:ゴーレム参式

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赤い星

 

 東方の軍神――その化身『強風』による瞬間移動でエリカ(とムニン)と共に万里谷がいる神社へと跳んで来た草薙護堂。

 彼が目にする。

 崩壊した神社と神社と神社に突き刺さったハロウィンの滑降をした謎の物体。

 対峙するアテナらしき白い美女見知らぬ赤い美女。

 そして、どこから『こいつを早くどかせろ~』と響く謎の声。

 

 そんな混沌として状況に護道は、

 

「どういう状況なんだこれっ…!?」

 

 脳の処理が追い付かずおもわずツッコミを入れてしまった。

 

『察するに、これは危機的状況から主人公が現れるテンプレ的な場面ではないでしょうか』

「あれって北郷一刀の化身じゃない。なんで神社で犬神家してるのかしら?」

「おまえら何暢気に静観してるわけ!?」

 

 そんな護道とは反対に、もう慣れていますとばかりにエリカとムニンは冷静だった。

 そんな一人と一匹に律儀にツッコミを入れる護堂に万里谷が近寄る。

 

「護堂さん、ご無事でなによりです…」

「万里谷! おまえ無事か!? ケガは!?」

 

 心配する護堂をよそに万里谷は弱弱しく言葉を語り掛ける。

 

「助けに来てくれてありがたいのですが私…もう駄目みたいです…」

「万里谷!?」

 

 突然、倒れようとする万里谷を護堂が支えた。

 護堂の腕の中で万里谷は今にも死にそうな顔色で、息が荒い。

 

「これは死の呪いに狂気的な闘争の波動! アテナの再臨とアレスの闘争心を直視したんだわ!」

 

万里谷の不調の原因に気づき、エリカが叫ぶ。 

 

「闘争の狂気に触発された精神が死に蝕られた肉体を無理に生かそうとしているけど…」

『警告。生と死が均衡しているため運よく生き長らえていますが、これは死にたくても死ねない状態です。死の呪いによる肉体的な崩壊とに闘争本能よる生命力の増幅…この繰り返しにこの子の身体は外も内もボロボロです。おそらく想像絶するような激痛が彼女を苦しませているはずです』

 

 エリカとムニンの説明を聞き、万里谷の眼を見る。

 護堂に抱かれ安堵している様子だが、瞳孔に光がなく、まるで介錯を求めているような眼差しを感じる。

 

――そんなことさせねぇ! 

 

「エリカ、どうすればいいッ!」

「『剣』を使いなさい。言霊の剣なら死の呪いも狂気の波動も消し去ることができるわ」

「よっし!」

 

 すぐさま化身『戦士』の一部を使用して、右手に黄金の剣を召喚する。

 権能を顕現させる言霊を紡ぎながら、剣の柄を万里谷の額にコンッと当てた。

 

「……うっ、あれ? 体が良くなった…?」

 

 万里谷の体を蝕んでいた呪いと狂気は黄金の剣による浄化が綺麗さっぱり消え去った。

 ムニンは万里谷の肩に乗り、彼女の状態を検査する。

 

『……安堵、バイタルは安定。危篤から脱出できた模様です。体力の消耗は激しかったようですが休息や治癒系の魔術で回復すれば良くなりますよ』

「ならここからは私に任せて。回復系の魔術ならすこしばかり使えるから」

 

 そういって、万里谷に魔術を施すエリカ。

 護堂は、万里谷をエリカに預け、二柱の神の片方――アレスの方へ睨みつける。

 

「それで、あんたがアレス本人でいいんだよな?」

「えぇ、その通りよもう一人の神殺し。オレこそがギリシャ神話を代表する戦神アレス。覚えておきなさい」

 

 艶笑を浮かべ、護堂を見下して言う。

 カンピオーネの直感か赤い美女がアレスだと気付いた護堂は気にせず言葉を紡ぐ。

 

「どうしてアレスが女になってるのかはこの際置いとくとしてだ。アンタらが万里谷をこんなに目に合わせたのか?」

「結果にいえばそうだといえるわ」

「うむ。妾も久々の力故に制御がきかぬようであったが、まぁ、どうでもいいことだ」

「どうでもいいだと? 俺のダチが死にかけたんだぞ。今だってあんたらのせいで暗闇一色で周囲の人が迷惑しているし、中には喧嘩沙汰で交通事故まで起こす出すバカまで現れてんだ。神様同士で喧嘩がしたいなら迷惑を掛からない他所でやってくれ」

「そのような戯言、妾たちが聞くとおもうか?」

「馬鹿だわ。神殺しってみんな能天気な頭でもしてるのでしょうかねぇ」

 

 怪訝するアテナと小馬鹿にするアレス。

 護堂は一度、深呼吸をして言葉を吐く。

 

「…最後の忠告だ。このままなにもしないで帰ってくれ」

 

「「断る(やだ)」」

 

 アテナとアレスの言葉が被る。

 

「そうかよ。ウルスラグナとメルカルトのおっさんとちがって話が通じるかもって考えた俺がバカだった」

 

 護堂は瞑目し、見開くと体から人間ではありえないほどの呪力を放出。

 双眸に込められた怒りと殺意を二柱のまつろわぬ神に向ける。

 その視線にアテナが興味深く頷く。

 

「ほう、初めて会った時とは見違えるほど殺気をだせるではないか神殺しよ。どうやら平和主義を撤回する気になったようだな」

「平和主義を鉄塊する気はない。ただ仲間がひどい目に合わされたんだ。それで怒らないほど俺はお人よしじゃないだけだ」

「その言葉はつまりあれか。妾たちを相手にするという意味でよいか?」

「乱闘ね。オレはOKよ。まとめてミンチにしてあげましょう」

 

 アレスが肉食獣のような双眸で、バキバキと指を鳴らす。

 

「無茶です護堂さん! 相手はまつろわぬ神二体! しかもギリシャ神話を代表する二大戦神です! 勝ち目などとても――」

「あのさぁ、万里谷。俺は別にあいつらに勝ちたいとか、勝率があるかないかで挑むわけじゃないんだ」

「…え? それは一体…?」

「俺はただおまえを傷つけたあいつらと、お前を守れなかった俺自身に対する怒りをぶつけたいだけだ」

「護堂さん…」

 

 拳を握り締め感情の爆発を抑える護堂。

 面白半分でトラブルを振りまく女神たちの態度に加え、大切な友人を傷つけられたのだ。

 怒るには十分すぎる理由だ。

 

「自分勝手な言い分ねぇ護堂」

「だな。八つ当たりって自分でも自覚しているけど、まぁ今回だけは大目に見てくれよ」

「ふふふ、今回だけ、ね。どうだか」

 

 自嘲する護堂につられてエリカも笑う。

 しかし、冷静に考えて万里谷の言う通り不利な状態には変わらない。

 せめて片方だけ相手にしてくる奴がいれば、と考えたとき――

 

 

「だったらその八つ当たり、俺も混ぜてもらうよ」

 

 

 青年らしき声が響いた瞬間、背景が変わった。

 

「赤い月…?」

 

 さきほどまで暗闇に包まれていたはずの町は赤い月が照らす怪しげな世界へと変貌していた。

 

「なによこれ? 急に世界が変わったわよ」

「結界か…? 世界の理すら浸食するとはよほど高度な術のようだ」

 

 眼前の女神たちの態度から彼女たちの仕業ではないらしい。

 護堂はなにか知らないと、エリカに聞こうとすると彼女はため息を一つ漏らしていた。

 

「…まったく、来ないとは思わなかったけど、タイミング良すぎじゃないの。――ねぇ、()()()()

「真の主人公は遅れてやってくるのが王道ってもんだよ」

 

 エリカの後ろから白いコートを着た青年――北郷一刀が歩いてきた。

 

「あんたは…」

「こうして面と向かってするは初めてだったね後輩。あの時は返事がないただの屍のようだ状態だったし」

「……もしかしてエリカとムニンが言っていたカンピオーネ…?」

「名前は北郷一刀。君の先輩で便利屋を営んでいる神殺しさ」

 

 一刀は護堂に近づき、彼の頭をポンポンと叩く。

 不意にフレンドリーに接する一刀に護堂は一瞬身構えるが、一刀から闘志や悪意はなく、まるで年上の優しいお兄さん的なオーラしかない。

 この人ほんとうに俺が知っているカンピオーネか? と、知人の同族と比べて疑問する護堂はとりあえず警戒心を解くことにした。

 

「へー、アテナが生きているのは想定内だったけど、まさか神殺しまで五体満足でぴんぴんしてるなんてね」

「当然だろう。あやつとて神殺し。そう簡単にはくたばらん。っが、こんなにも早く復活するとは妾も想定外だ」

 

 紅白の女神たちも一刀の登場に驚きを隠せず、興味深そうに静観していた。

 

「見ないうちに別嬪になったねミニ女神さま。イメチェンでもした?」

「本来のスタイルに戻しただけだ。そちらこそ、この場に来るまで時間をかけた分、最初の時と変わらぬではないか。汚れた髪くらい水で洗っておけ」

「ごめんごめん、君が去った後、こっちもいろいろと忙しかってね。とりあえず着替えだけはしておいたよ」

 

 いつもの癖でアレスの攻撃からアテナを守った際、ボロボロになってしまったコートだが、今は新品のものへと変わっていた。

 

「ここに来たということは、妾にリベンジをするためか神殺しよ?」

「うーん、それはまた今度にしとくよ。負けた賠償もまだ払ってないし。なにより負けてすぐ勝負を挑むほど無礼者じゃないから」

「ふっ、謙虚なことだな」

「だとすれば、あなたの相手はオレかしら?」

 

 アレスがアテナから一歩前へ出る。

 

「あんたのせいで俺の一帳羅が一回ダメになったからな。服の代金と慰謝料、アンタの身体で払ってもらうよ」

「はっ、そんな貧相な体でオレを満足できる?」

 

 ニヤリ、笑みを見せるアレスだが、双眸には傲慢さはなく、あるのは純粋な闘争本能だけだった。

 アレスは直感していた。

 こいつは強い。

 この中で誰よりも、と。

 

 アレスの興味が一刀に固定され、一刀は護堂に言う。

 

「ということで、赤は俺がもらうから白は頼んだよ後輩」

「言われなくても、俺の狙いは白のほうだ先輩」

 

 拳を交わし、二人の神殺しが改めて目の前の神へと対面する。

 その意気込みに二人の女神も答えるように、神殺しに宣言する。

 

「では始めよう。神と神殺しによる――」

殺し合い(デート)ってやつをね!」

 

 

=================

 

 

「挨拶代わりに、これでもくらいなさい!」

 

 アレスが地面を強く踏むと、地面が盛り上がり巨大な物体が姿を現した。

 

 

――グォォオオオオオ!!

 

 

 大地を揺らすほど雄たけびを上げたのは、体長およそ30メートルがあろう赤い剛毛に覆われた鋭い牙を持つ猪だ。

 

「なんだあれ!? 俺の化身みたいのが出たぞ!?」

「あれはアレスの聖獣です! アレスには狼、猪、鶏、啄木鳥の聖獣がおります!」

 

 自身の化身である神獣と瓜二つ――否、それよりも凶暴そうな巨猪が今にも突撃しようと身構える。

 

「だったら猪には『猪』で!」

「やめなさい護堂! こっちにはけが人もいるのよ!」

『結界を張ってるので現実世界には影響出ませんが、こっちまで被害が出るのでやめてください』

「ならどうするんだ!?」

「どうするのなにもここは……北郷一刀!」

「はい、任された」

 

 一刀が返事したと同時に猪が突進。その巨体で一刀たちを押しつぶそうとする。

 しかし、一刀は微笑を零し、腕を十字に振るう。

 連動して目に見えない糸――権能の神糸が二本交差し、突撃する猪を受け止め、張りながらその突進を停止させた。

 

 

――グォォオ?

 

「――吹き飛べ」

 

 一刀が呟いた瞬間、糸の反動で猪は跳ね返され、向こうの町へと吹き飛ぶ。

 ドゴーン! という轟音が響き、地面がすこし揺れた。町のど真ん中に土煙らしきものが上がっていた。

 

「お、おい、町のほうは大丈夫なのか!?」

「問題ないわ。この世界には一般人はいない。いるのは私たちだけよ」

 

 町のほうを心配する護堂にエリカが説明する。

 世界遺産をぶっこわした奴がいう資格はないのに。

 

「すごい…あれほどの神獣を一撃で―――あぶない!?」

 

 唖然とする万里谷は、一刀の背後に一瞬で回り込んだアレスを直視し、一刀に叫ぶ。

 アレスの手が一刀の首をへし折ろうと延ばされる。

 

「――ハロウィンマン」

 

 

 バッキーン!

 

 

 首の触る寸前、アレスはとっさに一刀から離れた。

 アレスがいた場所には見慣れた大鎌が地面に刺さっていた。

 

 

――ぎゃははははは、主の呪力で俺様ふっかーつ!

 

「チっ、またあんたかッ!」

 

 一刀の頭上で呪力を補給されたハロウィンがゲラゲラと下品に笑って浮かんでいた。

 アレスは再度、攻めようとするが一刀の周りに展開された複数の糸が行く手を阻み、糸に妨害されている瞬間にハロウィンマンの大鎌が攻め立てる。

 

「糸が邪魔で動きが――きゃっ!?」

 

――きゃっ!? てか、かわいい声なことで!

 

「うがぁぁ殺す! まとめて殺してやる!?」

 

 動きを封じられ、一方的に攻められるアレス。

 しかし、戦神は伊達でない。

 糸に拘束されないよう直感で見えにく糸を避け、ハロウィンマンの大鎌を手刀で反らしてつつ、一歩ずつ一刀に近づこうとする。

 攻防が続く一刀とアレスの戦いに護堂は目を丸くして傍観していた。

 

「あれが北郷一刀の権能…」

 

 以前、同族である剣の王と対面し勝負したたことを思い出す。

 彼の超絶した剣技で危機的状況に追い込まれが、あれは一対一の勝負だった。

 しかし、一刀は神獣?らしき化身とカンピオーネの視力でようやく知覚できる細い糸を操作して、二対一で神を封殺・圧倒していた。

 手札を残しているかもしれないが、もしも、彼と敵対するなら苦戦を強いられるのは間違いない。

 あのバカと同じ、後で死合しようぜ、という展開(ノリ)がないことを護堂は願いたい。

 

「貴様の相手は妾であろう草薙護堂!」

「うぉっ!?」

 

 護堂は獣的な直感で体を倒して、横に振られた黒い鎌を避ける。

 一刀とアレスの戦いに気を取られていたが、まつろわぬ神は一体ではない。

 アテナが尻餅した護堂に向けて鎌を振り下ろす。

 

「ちぃっ、またこれか!」

 

 鎌は空中で固定され、アテナは舌打ちをする。

 鎌の柄に一刀が巡り張られた糸が絡まり、鎌の動きを止めていたのだ。

 

「よそ見は禁物だよ後輩」

「悪いぃ、助かった!」

「オレを無視すんじゃないわよ!」

 

 ハロウィンマンの刃と神糸を掻い潜り、アレスが一刀へと着実に近づいてくる。

 

「ウィッカーマン!」

 

 一刀が叫ぶと同時に、アレスの影から燃え盛る松明の巨人――ウィッカーマンが顕現。

 その身を檻と化し、アレスを胴体へと閉じ込め、彼女もろとも焼き尽くそうとした。

 だが、

 

「しゃらくさいわぁあああああ!」

 

 神獣すら敗れはずの籠をアレスは膂力だけでぶち破り、その衝撃でウィッカーマンをバラバラに霧散する。

 これには一刀も驚き目を丸くするが、すぐにポーカーフェイスとなり、次の一手に移る。

 

「護堂、二手に分かれるぞ」

「っ!? わかった!!」

 

 護堂もさすがにまつろわぬ神が二体同時にいるのは面倒だと察し、承諾する。

 アレスは体についた煤を手で払い、アテナは神糸に拘束された鎌を分解させ、新たな鎌へと再構築していた。

 二人を離すのはこの時しかない。

 

「ハロウィンマンッ…!」

 

――ぎゃはははは承知!

 

 ハロウィンマンがアレスにめがけて突進。手に持った巨大なランタンで殴りかかろうとする。

 

「そんな玩具で!」

 

 アレスはランタンに向かって蹴りを入れ、ランタンを蹴り飛ばした。

 しかし、それはフェイク。

 ハロウィンマンの後ろから一刀がタックルし、アレスを両手で捕まえる。 

 

 

「ちょっ!? 一体に何を――」

「すこしばかり空へのデートに付き合ってもらうよ。来い、シャンタ!!」

 

 一刀がその名を叫ぶと空の果てから高速で飛んでくる黒い物体――シャンタク鳥のシャンタが神社と通り過ぎると同時に後ろ足で一刀とアレスを掴み取り、東京湾に向かって飛んで行った。

 

「あれぇええええええええええ!!?」

 

 奇鳥に攫われたアレスは驚きのあまり叫び声をあげながら、東京湾へと強制連行されていった。

 

「かぼちゃ頭の悪霊に火達磨人形、とどめは竜に似た奇鳥か。次から次へ、面白いモノを飼っているな、あやつ」

「おい、アテナ!」

 

 一刀のペットに関心を抱くアテナが名前を呼ばれて振り向くと、石灯篭が眼前に飛んで来た。

 アテナは驚きもせず鎌で灯篭を両断する。

 視界に護堂の姿が映る。

 

「来いよ、俺たちも場所を変えんぞ」

『護堂様、お供します』

『ふぅ、やっと出れた…って、ムニン? なぜここ? つうかどこに行くんだ! おい!?』

 

 

 不敵な笑みで手招きする護堂はそう言い残し、神社から走って離れる。

 続けて、一刀に置いてけぼりをされたムニンと、瓦礫からようやく抜け出したフギンが護堂の後を追う。

 

「ふっ、おもしろい。どのような策があるかわからぬが、その誘い乗ってやろうではないかッ…」

 

 アテナもまた興味津々で彼の背中を追った。

 

「北郷一刀は海へ、護堂は街ね。これならお互い気にせず戦えるわ」

「エリカさん…護堂さんはいったいなにを…」

 

 神社に残されたエリカと万里谷。

 万里谷は心配そうにエリカに尋ねると、エリカは自分が羽織っていたジャケットを彼女に羽織らせた。

 

「安心しなさい。あなたが身体を張ったおかげで、あの自称平和主義者も本気で戦う気になってくれたわ」

 

 出会って半年もないが、エリカは草薙護堂という少年を熟知している。

 彼は一度、火が付いたらとことんやる男なのだ。

 

「ところで万里谷。話が変わるけどあのアレスについて何か知ってる? 北郷一刀が相手してるから大丈夫と思うけど、念のため情報が欲しいの」

「……彼女を初めて見た時に、あれがアレスだと気づきました…。むしろ()()()()で神として現れるなんて思いも知りませんでした」

「あんな形?」

 

 万里谷の言葉に、エリカが小首を傾げた。

 世界一の霊視能力を持つ彼女が、たかが神話の神ごときで怪訝するとは一体?

 エリカ、どういう意味なのか聞こうとする万里谷が質問する。

 

「エリカさん。あの人は一体何者なんですか? 護堂さんのことを後輩と呼んでいましたし、もしやカンピオーネなのですか? それにエリカさんとは何気に親しげに話していました。いったいどういった人物で、どのような関係を…?」

「あら、あなたまで私の男関係に興味があるわけ?」

「いいいえ! そんな不謹慎なこと知りたいわけでは!?」

 

 顔を赤くしブンブンと横に振るう万里谷。

 そんなウブな彼女にエリカはくすりと笑う。

 ゴッホン、と万里谷はわざとらしくせきをして自身の心配を呟く。

 

「ただ、あのアレスはただの神ではありません。カンピオーネでも倒せるかどうか…」

「ふふ、ネガティブなコメントね。カンピオーネの恐ろしさを知る人間から出た言葉とは思えないわ」

「…正直、なぜ、そのような言葉がでたのか私にはわかりません。ただ、あれを霊観た瞬間、媛巫女としての本能が告げえるのです。――()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 アレスと最初に直視したとき、アレはまつろわぬ神だと思った。

 しかし、改めて観てみれば、自分が見ている部分は卵の殻であり、その中身は神とは違う別の存在が隠れていた――万里谷はそう結論したのだ。

 

「――まったく。どうしてこうもイレギュラーな相手ばかり寄ってくるのかしらあの人は…」

 

 そんあ不安が積もる万里谷に対して、エリカはそれがどうしたとばかりに呆れていた。

 

「万里谷、彼…北郷一刀については護堂と一緒に後で教えてあげる。その代わりこの先何があっても彼のことを深く考えたらだめよ。驚くだけ無駄に疲れるから」

「あのぉエリカさん…?」

 

 カンピオーネで勝てるかどうか話しているというのに、エリカは一切の不安も期待もせず東京湾がある方角へ視線を向ける。

 

「私の愛人ためアレス(そっち)は頼んだわよ。元カレさん」

 

 

 

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 シャンタの高速飛行おかげで一瞬で東京湾についた一刀。

 なお、アレスは一刀の腕で拘束され、「離せ離せ!」と喚きながら暴れていた。

 

「ご苦労様。ここからは俺がするから、安全な場所に避難してくれ」

 

 シャンタは奇鳴を叫ぶと一刀を離し、空の彼方へ飛び去った。

 一方、空中に投げ飛ばされた一刀はアレスの言う通り彼女を離してやり、距離をとる。

 

「蹄を鳴らせ、多脚の天馬」

 

 続け聖句と唱える。

 唱えた権能は『北欧の軍神』のひとつ『滑走する八足馬』。

 オーディンの愛馬であるスレイプニルの能力を付加する化身。

 発動すれば陸海空、さらに宇宙や移動もできない異空間などどんな場所でも移動が可能になる機動用の化身である。

 

「ミーミル、飛行制御は任せた」

――『了解』

 

 化身の制御を相棒の魔眼に任せ、アレスと向き合う。

 同じく東京湾上空に投げ飛ばされたアレスはいつのまにか空飛ぶローマ戦車を召喚しそれに乗っていた。

 

「わざわざ場所を変えるだけに神獣をタクシー代わりにするなんて贅沢な王様なこと」

「仕方ないだろう。俺の手札の中でアイツが一番早いし。周りを気にせず君が満足げに戦える場所と言えばここしか思いつかなかったから」

「ふん、どうだか」

 

 無理やり連れてこられたことに不満を零すアレス。

 一刀はなだめる様にいう。

 

「本音を言えば楽に倒せればそれでいいけど。そんなの俺も君も納得しないだろう。とくにあんたみたいな戦闘馬鹿は全力でやらないとあとでどんなしっぺ返しがくるかわかったもんじゃないしさ」

「あら、よくわかってらっしゃること」

 

 皮肉を混じらせて説明すると、すこしだけ機嫌が治った。

 自嘲で会話するとなぜか戦神系の神は大抵気に入る。戦神受けが良いジョークの一種だ。

 アレスは戦車から一本の槍を取り出し、石突を戦車の床にきつめに叩く。

 

「手を抜くほど甘ちゃんじゃないから。覚悟しときなさい」

 

 その言葉を合図に動力源である四頭の神馬がうめき声をあげ前進する。

 東京湾上空で北郷一刀VSアレスとの戦いが切って落とされた。

 

 

 

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 一方、アテナと鬼ごっこをしてた護堂はというと。

 

 

「どうしてアレスが女なんだ?」

 

 住宅地の路地裏を通りながらそう呟いていた。

 

『今更ですか』

「いや、だってアレスは男の神だろう? それが女の姿で現れたんだ。不思議に思うだろ?」

『それについてはあたしも同感だな』

 

 両肩にはムニンとフギンが乗っていた。

 護堂の後を追ってきたが飛ぶのに疲れたため彼の肩で小休憩をしていた。

 

『にしても原初のアテナに追われているのに余裕だな、おまえ。あたしたち命がけの追いかけっこしてなかったか?』

「最初のときはそれなりにシリアスがあったんだが…」

 

 チラッと、後ろを振り向く。

 

 

 

 

――グォォオ!!!

 

「この駄猪め! 主に似て我の邪魔をしおってからに!?」

 

 

 

 街中を這いずる巨大な黒い蛇とその頭に乗ったがアテナが巨大な赤い猪と対決していた。

 

 一刀が吹き飛ばしたアレスの神獣だ。

 

 運悪く街中へ弾き飛ばされた猪が護道を追っていたアテナとばったり出くわしそのそままバトル開始。

 

 怪獣映画のように、争うたびに住宅地が瓦礫と化していく。

 

 現実世界だったら大災害だったろうが、幸いに町には護道とその関係者しかいないため人的被害はゼロ。

 さらに、アテナはチンピラのように喧嘩を売ってくるアレスの赤猪に集中しており、護堂を追うことができずにいた。

 

 この怪獣バトルが終わるまで、しばらく走らなくてよさそうだ。

 

 被害の余波が来ないギリギリの距離を保ちつつ、護堂たちはリアル怪獣映画を傍観する。

 

『自分で話を折ったが話を戻そう。ムニン、アレスがなぜ女なのはおぬし知っているのか?』

『えぇ。ご主人様から情報を並列化させていただきましたので』

「情報を並列化?」

『護堂様は北欧神話で我々がどのような立ち位置なのかご存知ですか?』

「えぇーと、俺のイメージだとオーディオの使いパッシリみたいな?」

『だれが使いパシリだぁ! つうかお前もそのイメージかっ!』

「え、違うのか?」

『訂正。我々には意味名があります。フギンは《思考》を、私は《記録》。神話において私たちの役目は主の眼となり耳となり、そして使者として世界中を飛び回り情報を伝えることが役目』

『つまり、あたしたちはどんな遠い場所でも主と情報をリークすることができるってことだ』

「へぇー便利そうだなー(棒)」

『ほんとに理解してるのか?』

『フギン。今は私達のことではなくアレスについてです。余談はあとにしてください』

『むぅ、そうだったな。んで、主からの検討の結果、あのアレスがどのようなものなんだ?』

「俺も知りたい。もしかしたらあの神様もこっちに来るかもしれないしさ」

 

 相棒のエリカが信頼しているカンピオーネだが、完全には信用はしていない護堂。

 なにせ、同族のおかげでひどい目にあったのだ。疑心暗鬼になるのも無理はない。

 

『護堂様、勘違いしておりますがあの神はまつろわぬ神ではありません』

「は?」

『正確に述べますと、まつろわぬ神というカテゴリーには入ってはいますが、種族からして純粋な神というわけでもないのです』

 

 ムニンの言葉に護堂は怪訝する。

 まつろわぬ神なのにまつろわぬ神ではない。

 ならばあの戦神は誰だ、と疑問を視線で問いかける。

 

『アレス。アレは神話の殻を被った――』

 

 

 

 

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「YAHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」

 

 

 アレスが雄たけびを上げ、戦車ごとに突撃する。

 

「武具をあまりもたないアレスの数少ない神具か。征服王の戦車以上だ!」

 

 空を翔る戦車は一直線に加速し、特攻を仕掛けるが安易に避けられる。

 だが、あきらめず空中で湾曲に旋回し、再度突撃。

 

 一刀は避けず、あえて前へと飛び込み、四頭の神馬を踏み越えアレスの戦車に乗り込んだ。

 

 アレスは手に持った槍で一刀を払い薙げようとするが一刀は柄を掴みとめる。

 互いに槍の柄で押し合うも、二人の筋力で槍は折れてしまう。

 二人は折れた槍を剣としてぶつけて数回、折れた柄で打ち合うも互いの埒が明かず、折れた槍を捨て、拳と体術で殴り合いを開始。

 

 一刀の重く速い拳がアレスの顔をめがけて伸びるが、アレスは片手で反らし逆に一刀にアッパーを放つ。

 切れ味の良いアッパーで体が倒れそうになる一刀だが、同時に回し蹴りを放つ。

 アレスはとっさに両腕でガードするも耐え切れず、戦車の端に蹴り飛ばされ倒れてしまう。

 その隙を見逃さず一刀がアレスに馬乗りをして、連続で拳を振り下ろす。

 アレスは必死に両腕を盾にして防ごうとするも、一刀の拳はすさまじく、ガードの上から衝撃が届き、その顔に痣を残す。

 主人のピンチに気付いたのか神馬は急速旋回し、馬乗りになっていた一刀を空中へ投げ飛ばした。

 飛行状態をオフにしていない一刀は態勢を立て直すと、戦車は彼の眼前に停車する。

 戦車に乗ったアレスは口に溜まった血をペッと掃き出し、一刀を睨みつける。

 

「格闘技というより獣の膂力ね。身体能力は神と互角かそれ以上。技術は達人未満ってところかしら」

「さすがは腐っても戦神様。神話と違って相手の力量を見誤らない眼力の持ち主なことで」

 

 互いに称賛する神と神殺し。

 だが、アレスのほうは眉を寄せて一刀に言う。

 

「あなた、気づいていたわけね」

「ん? なんのことかな?」

「とぼけても無駄よ。この“(オレ)”が“アレス(オレ)”ではないことは最初に出会った時からわかっていのでしょ。初対面でオレの姿にリアクションをしなかったのはその証拠。先ほどの攻撃だって殺意なんて入ってなかったし」

「それはまぁ、女性の顔を殴るのは心苦しいし…」

「その割にはボカボカ殴ってたわよ。答えにくいなら神として質問するわ。あなたはいつから()()()()()()()()()()()()()?」

「…アテナと平和的に交渉してるときに降ってきたあの光。あの光に覚えがあってね。こことは違う次元列でとある英霊が振るっていたローマ神話の戦神の剣の光線と瓜二つだった」

 

 本来の使い手なだけに、規模と破壊力は破壊の王とは比べることはできないほどの威力であったが。

 最初は本物のマルスがまつろわぬ神になったと考えてたが、その考えはすぐに切り捨てた。

 

「とはいえ、ローマ神話において英傑で誇り高き戦神があんな奇襲をするとは到底思えない。だとしたら彼とは似て非なる存在。同一されるギリシャ神話の戦神アレスしかほかならない」

 

 一刀はさらにミーミルの瞳から得られた情報から言葉を紡ぐ。

 

「ベースとなった神格はギリシャ神話のアレスと素体に彼の妹であり戦禍を司るエリス、そしてメデゥーサと同様の怪女グライアイ。複数の神格を統合させたの君だ」

 

 先月の魔女神との記憶が蘇る。

 彼女もまた複数の神格で成り立つ合成の神だった。同じ存在がいてもおかしくはない。

 

「でもそれは君をこの世界に実体化させるための器に過ぎない」

 

 だが、アレスは違う。

 ただの神格がつなぎ合わせただけの神ではない。

 そう気づいたのはフギンから情報を並列化させたとき、彼女が万里谷に放った言葉だった。

 

――主神デウスの血を引き、神々が住む山(オリュンポス)を支配する者…戦神アレスとはオレのこと!!

 

「ギリシャ神話でもっとも嫌われ、城塞の破壊者としてオリュンポス山を滅ぼそうとする戦神が山の所有権を主張するなんて可笑しい。冗談だとしても言う理由もないし誇る確証もない」

 

 嘘や虚実を司る神格ならともかく、彼女は純粋な戦争の神。つまり脳筋である。

 嘘を吐けるほど頭脳は持ち合わせていない。

 

「君が事実を述べているのだとすれば、君が主張するオリュンポス山は果たして神話の山か、それとも地上の山なのか、そこが重要だ。ただし、そんな史実はどこにもない。地上においてね」

 

 オリンポスの山は現実に存在するギリシャ最高峰の山である。

 しかし、その名前と同名の山はもうひとつ存在する。

 

「アレスは戦争の神。ローマ神話でも戦を司っている。だからこそ見落としていた。あんたが司るのは戦いだけではないことを」

 

 ギリシャ神話のアレスとローマ神話のマルク。

 この二柱で連想するのは戦争。だが、もうひとつ共通点があった。

 

「太陽系でもっとも太陽と地球に近く、神々の山の名前をもち太陽系において一番巨大な火山がある星。ギリシャ語でアーレス。日本語で火星」

「…………」

「君は真正な神霊なんかじゃない。神話の衣を纏った神格。戦いの申し子にして赤き惑星の象徴」

 

 宇宙最大の火山“オリンポス山”がある太陽系で四番目の星にして、いづれ人類の手で開拓されるであろう未踏の領土。

 その大地から生まれた星の化身。

 

「――火星の星霊。それが君の正体であり本質だ――()()()()()()!」

 

 

 神話という箱庭から零れ落ちた人類の妄執と幻想で構築された神ではなく、ひとつの星から生まれた意思が実体化した純粋なる星の化身――星霊。

 

 物量的に神の上に位置する存在が、戦神の殻をまとい東京湾へと顕現したのであった。

 

 


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